魔法少女ばあやの日常

「殿下いけません! このあと語学の先生がいらっしゃるのですよ!」
「うるさい、ばあや! 俺は勉強なんてまっぴらなんだ!」

 ダミアン王子はわたしの制止を無視して、部屋を出ていってしまいました。
 
 わたしはエデルミラ。
 バル国バルトロン城にお仕えして五十五年。今年七十歳になるメイドです。

 王子はもう十六歳。
 だというのに、日課は家庭教師から逃げること。
 国主となる心構えが足りない困ったお人なのです。

「くーー!! また逃げましたねダメアン! 探すの大変なのに! 残業代よこせ!」
「アタシも探しします。もしもダメアン様が魔物と出逢ってしまったらいい餌ですわ!」

 若いメイドたちは怒り心頭。
 ダメアンというのは、密かにメイドの間で使われているダミアン王子のあだ名です。
 すぐ逃げるダメ男だからダメアン。

「助かるわ。わたしは庭園を探します。あなたたちは西棟と東棟をお願いできるかしら。できたら他の子や騎士にも声をかけて」
「はい、エデルミラさん!」

 いまバル国は平和とはいいがたい状況。
 正体不明の、通称魔物まものと呼ばれる化物がうろつくようになったのです。

 騎士団が巡回して追い払ってはいますが、倒すには至っていません。
 魔物に見つかったが最後、王子は一分と保たず召されるでしょう。

 二人のメイドはそれぞれ駆け出す。わたしも庭園に向かいました。


 刈り込まれた庭木の影、東屋、石像……人が隠れられそうな場所を丹念に見て回りますが、姿が見えません。
 王子が常に移動している場合、いつまでも終わらない追いかけっこです。

「殿下! 出てきてくださいませ!」

 歩き疲れ足が痛みだした頃、空から白くてふわふわの何かが舞い降りてきました。

「こんなに才能の溢れる人とはじめて会ったでし! ぺぺと契約して魔法少女になってほしいんでし」

 それは、白いうさぎでした。
 どうしてうさぎが喋るのか、宙に浮いているのか、疑問はつきません。

「魔法少女? わたしがですか」
「キミは魔法少女のリーダーにふさわしい。ほかの魔法少女と一緒に、魔物を異界送還してほしいのでし!」 

 わたしは魔法少女と名乗るにはあまりに年を取りすぎています。

「ねえあなた。あまり老人をからかうものではないわ。こんなおばあちゃんが少女になんてなれるものですか」
「ぺぺはぺぺといいまし。そうお呼びくだはい」

 質問の答えになっていません。

「では、ぺぺ。わたしは見ての通り老体。それに、一度も武器を取ったことがないの」
「問題ありませんでふ。キミならできるでふ。これを空に掲げて、『トランスフォルマぺルーカ!』と唱えるのでふ!」

 もふもふした前足で、真っ青な石がついたブローチを渡されました。

 幼い女の子がするならまだしも、七十歳のおばあちゃんがそんなことを? 

 ぺぺのつぶらな茶色の瞳がジッとわたしを見ています。
 試すまで、見込み違いだということを納得してくれそうもありません。
 あたりに人がいないのを確認してから、息を大きく吸い込んで言います。

「と、トランスフォルマー、ぺルーカ!」

 ブローチがまばゆい光をはなち、わたしの体を包み込む。
 手先、足先に光が走る。
 十部丈のメイド服も光に包まれました。
 ひっつめ髪にしていたまとめ髪が光を帯びてほどけていく。

「な、なにが起きているの?」

 心なしか、わたしの声が高くなっている。

 光がおさまったとき、わたしはーー
 伝説の魔法少女になっていました。

「なんっなんですかこれはーー!?」



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