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 朱田 なつめ(しゅだ なつめ)
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あだ名


極彩色の君が



 終業を知らせる鐘と共にパァンと戸が外れてしまいそうなほどの勢いで武道場の戸が開かれた。犯人は容易に想像できる。
「お祭り行こー!」
 いつの間に死覇装から着替えたのか、犯人のなつめは涼しげな薄浅葱色の浴衣に身を包んでいた。
「あれ? 弓親たちは? 執務室にいなかったから、ここにいると思ったんだけどな」
「弓親なら帰ったぞ。隊長と副隊長もとっくの前にな」
「えっ! 隊長と副隊長、ずるっ! 今、仕事終わる鐘が鳴ったのに?」
「今に始まったことじゃねえだろ、あの人たちは」
「……まあ、確かに」
 なつめは眉を寄せ、腑に落ちてなさそうな顔で呟いた。
 俺も帰路につくべく、鍛錬に使っていた木刀を仕舞う。床に置いていた水筒すいづつと手拭いを片手で拾い上げ、戸に向かって歩く。戸のところでは、尚も「でも、やっぱりずるいよね……あたしも隊長とか副隊長になったらいっぱいさぼれるのかな……」とくだらないことを呟いているなつめが突っ立っている。
「じゃあな」
 その横を通り過ぎ、武道場から一歩踏み出す。
 と、同時になつめに腕を鷲掴まれてしまい、もう一歩目は出なかった。
「待って!」
「んだよ」
「『お祭り行こう!』って言ったじゃん!」
 眉を寄せて逆八の字にしているなつめ。不満そうに口角を下げ、口を結んで俺をじっと見つめ、目で訴えられる。
「一人で行って来いよ」
「ダメ! 射場さんがお好み焼きの出店を出すから、『みんなを連れて行くね』って言ってるの。一角も『行く』って言ってたじゃん」
 そういえば、そんな話を飲み屋で射場さんから聞いた記憶がある。そして、それに対してなつめがそんなことを言っていた気もする。そんな会話が俺と弓親の前で繰り広げられていたが、俺たちは同意をした覚えはない。
 さては弓親の奴、逃げたか。あいつは、人混みが嫌いだ。花火は風情があって好きだろうだが、騒がしい祭り会場には何か特別な理由がなければ行くことはないだろう。
「ね~え。みんな来なかったら、射場さんが泣いちゃうから行こうってば」
 記憶を遡っていると、なつめは俺の体を揺さぶり始めた。その遠慮なさに頭がぐわんぐわんと揺れ始める。
「お祭り〜! 今日行かないと次行けるの来年になっちゃうよ〜」
「わーったから、揺するな!」
 俺がそう言うと、寄せていた眉毛がぱっと離れて笑顔が咲いた。
「浴衣、持ってきてる?」
「持ってきてるわけねえだろ。お前と一緒にすんな」

 *

 「お祭りに行くなら浴衣に着替えないと、お祭りに失礼だよ」と謎の理論をなつめに言われ、着替えるために一度自室に帰ることになった。
 まあ、体を動かして汗をかいた体を早々に水で清めたいと思っていたから丁度良い。
 なつめは上機嫌に鼻歌を歌いながら俺の横を少し跳ねながら歩いている。そんな様子を見ていると、いつも騒がしい自隊の副隊長が頭に浮かんできた。今のなつめはあのチビのように分かりやすいぐらい自分の感情が常に表情やら動きに出ている。「童心を忘れていない」と褒めるべきかは、分からない。毎日よくもうこう飽きもせず楽しく過ごせるものだ。いつもの黒と違い、彩度のある着物を身に纏っているせいか、なつめが普段より朗らかに見えて和んでしまった。
「馬子にも衣装だな」
「孫?」
 なつめは不思議そうに「衣装?」と呟きながら、自分が着ている浴衣を確認していた。少し考えて、期待に満ちた瞳を輝かせながら見つめてくる。
「それって、誉め言葉?」
「まあ、そうだな」
 俺の言葉を聞くと嬉しそうに笑い、さらになつめは上機嫌になった。
 自室に到着し、鍵を開けると家主の俺より先になつめが戸を開けて、真っ先に中へと入っていく。
「おじゃましま~す!」
「おい。俺より先に入るな」
「固いこと言わない、言わない」
 なつめは俺の肩を軽く叩くと玄関で下駄を脱ぎ、家の中に上がる。
「一角!」
「なんだよ」
「三分で支度しな!」
 器用に片目を閉じながら、そう言うとなつめは居間へと消えていく。
 やはり、「少しは大人になれ」と𠮟るべきなのかもしれない。深いため息が出た。
 俺も玄関で草履を脱ぎ、まずは汗を流すために風呂へと向かう。
「ねえ、一角! ここにあるお煎餅、食べてもいい?」
 脱衣所で死覇装を脱いでいると、居間からそんな言葉が聞こえてくる。恐らく、座卓に置いていた醤油煎餅を見つけたのだろう。
「そんなもん食ったら、お好み焼きが腹一杯で食えなくなるぞ」
「これぐらいでお腹いっぱいにならないよ〜。食べるね~、いただきま~す」
 そんな声を聞きながら、死覇装と褌を取っ払った俺は浴室の戸を開けた。

 *

 風呂から上がり、深蘇芳色の浴衣に着替えて居間へ戻ると、なつめは畳に寝転がり伝令神機をいじっていた。
「七分と四十三秒の遅刻でーす」
「ガタガタ言う女は嫌われるぞ。早く行きたいなら一人で行けって言っただろ」
 なつめは頬を膨らませて不機嫌を露わにしてくる。
「ガタガタ言う男も嫌われるんですー。あとさ、『馬子にも衣装』って誉め言葉じゃないんだけど! ほら!」
 眉を顰めたなつめは体を起こし、伝令神機の画面を俺へ突き付けてくる。そこには『馬子にも衣装』ついて解説されている画面。そんなもの見せられなくても、言葉の意味なら知っていて使ったに決まっている。
「お前にぴったりの言葉だろ?」
「絶対バカにしてる! 冷やかし言葉だから誉め言葉に使ったらダメです、って書いてあるよ」
 ぐいっ、と伝令神機をさらに俺へ寄せてくる。近過ぎて、そこに書いてある文字なんか読めやしない。
 居間の座卓に目をやると、空になった煎餅の袋が三つ。腹一杯になると忠告したのに三枚も食ってやがる。食い意地が張っているなつめが食い物を目の前にして腹一杯で食べられないと口にしたことを目にしたことがないが──本当にこいつは、遠慮というものを知らない。煎餅は四枚あったはずだから、残りは一枚しかない。残りの一枚がこいつなりの"遠慮"なのかもしれないが。
「腹一杯になるって言っただろ」
「煎餅も、射場さんのお好み焼きも、別腹だもん」
「じゃあお前の本当の腹はどこにあんだよ」
「一角には教えな~い」
 なつめは唇を尖らせながら、空になった煎餅の袋を屑入れへ捨てた。
 残り一枚である煎餅を俺も手に取り、封を破る。姿が露わになった煎餅に食らい付き、バリバリと音を立てながら胃袋に収める。
「お好み焼き、食べられなくなっちゃうよ」
「別腹だ」
 俺の言葉を聞いたなつめは、にっと口を開き笑った。
「さっさと行って、さっさと帰るぞ」
「さっさと帰ったらダメなんだってば、満喫して帰るの!」
 なつめは立ち上がると俺より先に玄関へと向かい、下駄を履いて家の外へと出て行った。

 *

 なつめは上機嫌に体を大きく跳ねさせながら、からんからんと下駄を鳴らしながら歩いている。手に持っている巾着もそれに合わせ、大きく弧を描く。
(……なんだよ。俺の家に向かう時より楽しそうじゃねえか)
 そんな考えが頭に浮かぶが、それは当たり前だ。なつめの当初の目的である"祭り会場"へ向かっているのだから。楽しそうなこいつを見て和んでいた俺だったが、なぜだか今はどこを探してもそんな俺は見当たらなかった。それ以上は深くは追求することなく、横に並んで歩いていると賑やかな雰囲気が近付いてくる。
 祭り会場は、既に大賑わいだった。
 人が溢れかえっており、その光景になつめは感嘆の声を上げた。ひとしきり祭りの空気感を味わった後に、俺の袖を引っ張る。
「射場さんの屋台、見える?」
 周りの音にかき消されてしまわないようになつめは背伸びをして俺へ顔を近づけ、口元に片手を添えている。無意識に俺は、軽く背と膝を曲げて自らも顔を寄せていた。
「どの辺りか聞いてねえのか?」
「聞いてない。お好み焼き屋さんだからすぐ分かるかなって思って」
 確かに屋台の定番といえば、"お好み焼き"ではなく"焼きそば"だ。材料費も手間もかかるほうを選ぶのは、尸魂界を探してもあの人ぐらいだろう。
 俺は姿勢を正し、背筋を伸ばす。目を凝らしながら人混みの頭の上を見渡した。
(……絶対、あれだな)
 綿飴、かき氷、唐揚げと並ぶ中、派手に筆で書いた"お好み焼き"の文字。その隣には、恐らく狛村隊長であろう動物の絵が書いてある。笑顔で愛嬌を振りまくその動物は狼というより、犬に見えた。
「真っ直ぐ行ったところにあるぞ」
 また無意識になつめの身長に合わせて屈み、耳打ちする。なつめはまた笑顔になると待ちきれないというように足を踏み出し、人混みの中に入っていこうとした。
 反射的になつめの手を掴み、それを制する。
「おい」
「なに?」
 目を丸くして素っ頓狂な顔で俺を振り返る。
「勝手にはぐれようとするな。……一緒に行かねえと射場さんが泣くんだろ?」
「うん!」
 なつめは間抜け面から笑顔に戻ると、俺の手を握り返す。
「はやく、行こ! 一角!」
 祭りの熱気からか頬を薄らと上気させ、なつめは目を細めて笑いながら俺の名を呼んだ。
 その顔に一瞬、心臓がドクッと鼓動が強くなった。
(……何だ、……今の?)
 そんなことを知らないなつめは、それ以上は俺に考える暇を与えずに俺の手を引きながら人混みの中へと入っていく。人混みの間を縫うように歩くなつめの背中を眺めながら、足を動かしていると射場さんの屋台へと辿り着いた。
「射場さーん!」
 なつめが声を張りながら大きく手を振ると、鉄板と睨み合っていた射場さんが顔を上げた。
「おう、一角になつめ! よう来たのう!」
 同じよう大きく手を振っている射場さんは、起こし金を持ったままだ。ねじり鉢巻に法被を着ている射場さんも、童心を忘れていないらしい。
 客は丁度捌き終えたところなのか、俺たち以外の客は一組だけだった。作っていたお好み焼きを容器に入れ、客に渡すと俺たちの番になる。
「お好み焼き、二つください!」
 なつめが意気揚々と人差し指と中指を立てると、射場さんは申し訳なさそうに肩を落とした。
「すまんのう、ついさっき売り切れてしもうたんじゃ」
「えー! そんなぁ……! ほら! 一角が三分で支度しないからじゃん!」
 なつめはこの世の終わりだと言いたそうな顔で、繋いでいる俺の手をぶんぶんと振り始める。食べられなかった不満をここで発散されても困る。
「だから、俺は祭りに行きたいなら一人で行けって言っただろ!」
 なつめの手を振り払うと、すぐにまたなつめに手を掴まれて強く揺さぶられる。
「だから! 一角と一緒じゃないと意味ないって言ったでしょ! 行くって言ったんだから、ガタガタ言わないで!」
「知らねえよ! 今食えなくても、お前はしょっちゅう射場さんに強請ってお好み焼き作ってもらってるだろうが! お前も俺と行くって言ったならガタガタ言うな!」
「屋台で食べるとまた違うでしょ! ブカ価値だったのに!」
「"付加"価値、な!」
「そうとも言うけど!」
「そうとしか言わねえんだよ!」
 互いに引かずに言い合っていると、射場さんが口を大きく開いて笑い始めた。
「すまん、すまん。全部嘘じゃ。まだ出せるけえ、そがぁに喧嘩すな」
「本当っ!? まだ食べられるの!? やったー!」
「一角となつめは相変わらず仲ええのう」
「これのどこが仲良いんだよ」
 射場さんはまた大きく笑うと、なつめの頭に手を置いて豪快に撫でた。
「ちいと待ちょれ。すぐに一番うまいお好み焼き、作っちゃるけえの」
 鉄板に目を落とした射場さんは鉄板に生地を引き、その横でそばを焼き始める。工程が進むにつれ、少しずつ食欲を誘ってくる香りが強くなっていく。
 なつめは射場さんに撫でられ少し乱れた髪をそのままに、射場さんの手元に終始夢中になっていた。あらぬ方向に跳ねている髪をそっと指先で撫でつけても、その瞳が俺に向けられることはなかった。
 
 *

 射場さんのお好み焼きを手に入れた俺たちは、一旦屋台が並ぶ区画から離れた。人影のない場所を探し、石階段に並んで腰を下ろした。
 お好み焼きはマヨネーズで屋台の看板と同じ狛村隊長の絵が描かれてあり、なつめは「かわいい」「食べるの勿体ない」と興奮気味に言っていた。だが、伝令神機で写真を撮り終え、箸を一度付けると「美味しい、美味しい」とその箸が止まることはなった。
「やっぱり射場さんのお好み焼き、美味しいね」
「だな」
 食欲をそそるソースの良い香り。少し焦げ目の付いた焼きそばのパリパリとした触感が癖になる。俺の箸も止まらなかった。
「来て良かったでしょ?」
「……そうだな」
 俺の返事を聞くとなつめは満足げに笑い、またお好み焼きを食べ始める。
「日番谷隊長と乱菊さんがかき氷やってるらしいから、それも後で食べないとね。あと浮竹隊長は綿飴屋さんをやってるんだって! そこも行かないとね」
 お好み焼きを食べながら次の食べ物の計画を話し始めるなつめ。相変わらずの食い意地だ。
「腹はちきれるぞ」
「別腹って言ったじゃん」
「明日、腹壊しても知らねえからな」
「壊さないも〜ん」
 そんな話をしながらお好み焼きを胃袋に収めていると、ゆっくり口笛を吹くような大きな音が聞こえてきた。その音が聞こえなくなり一瞬の静寂が訪れる。そして、体に大きく響く破裂音と共に夜空一面に大輪の花が咲いた。柳のように光が枝垂れていき、それが消える前にまた口笛の音が鳴る。そしてまた花が咲く。次々にきらびやかな花火が打ち上げられ、夜空が彩られた。
「わあ……!」
 なつめは鮮やかな夜空に感嘆の声を上げた。ふと、それまで花火を映していた俺の瞳が勝手になつめを映し出す。
「……」
 なつめは瞳にきらきらと光を反射させながら、夜空に目を奪われていた。
 俺の視線に気づいたなつめは、夜空から俺へ目を移す。目が合うと、なつめは目を半月に細めて歯を見せながら無邪気に笑う。
「きれいだね」
 花火の光に照らされ多色に輝く笑顔に思わず目を奪われた。
辺りが薄暗いせいなのか、少し大人びて見えた表情に俺の心臓がまたドクッと大きく跳ねる。一度だけではおさまらず、ドクドクと大きく鼓動し始めた。
 これでは、まるで──
 そこから続く言葉を口を開き、己の声でかき消した。
「……歯に青のり付いてんぞ」
「うそっ!」
 なつめは顔を青くさせ、片手で口を覆ったまま巾着をゴソゴソと漁り出す。
「あっ! 手鏡、忘れた!」
 一人で慌て始めるなつめに構わず、夜空に花火は打ち上がり続ける。そして、いまだに俺の心臓も大きく音を打っている。
「ティッシュで取れるかなぁ……」
 俺の心臓を狂わせた表情とは違い、今は眉を寄せて困った表情を浮かべている。それさえも花火が彩り、俺の目には──
「……嘘だけどな」
 また自分の思考を止め、己の声でかき消した。
「え? 本当? 青のり付いてない?」
「おう」
「……ばーかっ! 悪質っ!」
 射場さんの時とは反応が打って変わり、なつめは口を結ぶとキッと眉間に皺を寄せて俺の肩を拳で軽く殴った。
 それでも俺の心臓は強く鼓動し、存在を主張している。
 体を打ち抜くような花火の大きな爆発音に心臓が勝手に呼応してしまっているのだろう。
 そう決めつけて俺は、残りのお好み焼きをかき込んだ。



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