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密室の恋愛

大正末期。
人力車が走る通りに そのカフェー「せせらぎ」はあった。
パタパタと走る音が聞こえてくる。
学生服を着た美しい少年が 額に汗しながら扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
野菊の柄の着物を着た女給が白いエプロンをひるがえして挨拶する。
「すみません。薫子さん…あの」
少年は少し言い淀む
「あの、祐也さんは来てますか?」
まるで人形のような中性的な容姿の少年に薫子は微笑んで目配せする
「いらっしゃいますよ」
と 奥の席に目を向けた
パッと少年は笑顔になる、満面の微笑み。
少年が足早に近づく奥の席には紺飛白の着物を着た凛々しい青年が座っていた
「聖」
名を呼ばれた瞬間 少年は頬を染めた
「祐也さん…」
青年も優しい顔で見つめている
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「貸していた本はどう?」
「あ、はい」
聖が持って来たのは江戸川乱歩の本だった
「もう父上や母上に隠れて読むの大変でしたよ」
言いながらソファに腰掛ける、紅いフカフカのソファだ。
「こういうのに煩い家柄だからね、聖の家は」
ニコニコと笑いながら祐也は言う

柳ヶ瀬 祐也は書生、現代の学生の身分で裕福な家からの支援で学ぶ優秀な人材である。
一方の清楚な美少年は二階堂 聖といい 貿易商を営む中流階級の華族の子息である。

二人は大學の先輩、後輩ではあるが 身分は天と地ほど違っているのだ

「江戸川乱歩は本屋で手に取っただけで嗤うお方もおられますからね」
聖は残念そうに言う「とても面白いのに」と付け加えて
「君はホント変わった子だね」
祐也の笑みがニヤニヤに変わる
「はぁ」
変わった子…と云う言葉に聖は落ち込む

「あ、薫子さん 僕にも珈琲を一つ」
薫子は優雅に会釈し奥に消える
「ここの珈琲とカステラは中々だね」
ふいに 祐也は言う
「そう言えば この前母上が大阪にお住まいの方から銀装のカステラを戴いて余っていると言っておりました」
「へぇ ソレはいただきたいね?」
祐也はいたずらっぽく目を細めた
「とってきましょうか?」
クスクス笑いながら応える
「取ってくるのかい?盗ってくるのかい?」
聖の言葉にニヤリと嗤ってからかう
「一年前は大人しそうな坊ちゃんだと思ったのに、とんだ悪戯っ子だね?」
「もう十九になるのに子供扱いしないでください」
何時も何時も子供扱いされるたびに落ち込む
「よしよし」
人の気も知らず祐也は頭をポンポンと撫でた
「もう…」
余計に聖は拗ねる
「ふふっ、じゃあカステラを取ってくる代わりに良いものをあげるよ」
「なんですか?」
「ほらっ…」
祐也は鞄から小瓶を取り出す
「金平糖!」
綺麗ですね…と言う前に祐也の言葉が遮る
「大學の是澤教授のお宅に伺った時に戴いたんだ」
「誰にですか?」明らかに不機嫌にそう聞いた
「あぁ 教授の娘さん」
やっぱり。そして祐也は楽しそうに笑っている。
「とても可愛らしい方ですからね」
ますます聖は不機嫌になる
「あれ?まさか妬いてるのかな?」
祐也の言葉に虚を突かれて口篭る…
「べ、別に…そんな事は」
「聖は嘘がつけないな」
拗ねた聖の顔を見て可笑しそうに笑う
「君ほど可愛い子はいないよ?」
言いながらも笑いは止まらないようだった
「何故みんなそういう事を言うんですか」
キッと睨みつける眼差しも可愛らしい仔犬にしか見えない
「まぁ 君はもっと江戸川乱歩を読んでもう少し悪い子になった方がいいな」

「僕は充分悪い子です」
少しの間の後 祐也を上目遣いに見ながら言う
「例えば?」
「それは…」
「聖が悪い子なら俺は極悪人だな」
「はぁ…」
曖昧に相づちを打つ

妙な空気に聖は視線を落とした
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