げんしん
夢を見るのだ。何度も、何度も。悲しいほど鮮やかに――目の前に広がるこの景色が、まるで、今まさに現実世界で繰り広げられているかのように、はっきりと、五感のすべてに知覚される。
『お世話になりました』
最後まで温かな言葉がそれでもどこか寂し気に聞こえたのは、この胸に宿るどうしようもない感情によるまやかしに過ぎない。あえて名付ける気にもならなかったそれが、みっともなく縋りつこうとしているだけだ。だって、彼の別れに、湿度は似合わないだろう。きっと、からりと笑って。お互いにとって傷とならないように、相手のことを想いやる優しさで、寂しさも未練も見せることなく別れを告げられる男だ。そう、理性では分かっている。分かっているのだ。とっくに、何もかもを。
それでも、それでも。
『モンドまで来たら、ぜひ』
さようなら、また会いましょう、と。そんな言葉を口にして、笑う男。翡翠の瞳が、きらきらと眩くて。とびきり優しい笑顔も、甘い声も。己にだけ許されていた全てを置いて、置き去りにして。
(嗚呼、けれどこれは――私が)
この太陽のような男の手を、離すこと。この家から、この国から、彼の故郷へと送り出すこと。このような場所に、彼を縛らないこと。彼の身体の半分に流れる、自由を愛する民の血を大事にすること。
彼に、トーマに、明日を与えること。未来ある場所へ送り出すこと。
(私が、願ったこと)
夢は、願望の表れにすぎない。心から望んだいつかの未来を、何度も何度も脳内で反芻している――それだけのことなのだ。
夢の終わりは、いつもそのことを思い出して笑いだしてしまう。大きく手を振って小さくなっていく背中を見送りながら、はらはらと落ちる桜の中で笑って、嗤って。
そうして、そのまま朝が来る。
神里綾人が心の底から望み続けている夢のひとつが、ひだまりとともに終わりを迎える。
「おはようございます、若。今日は、いい夢が見られたみたいですね」
「――ええ、とても。素敵な夢を、見ました」
お題/夜の創作お題bot @odaiibot
『お世話になりました』
最後まで温かな言葉がそれでもどこか寂し気に聞こえたのは、この胸に宿るどうしようもない感情によるまやかしに過ぎない。あえて名付ける気にもならなかったそれが、みっともなく縋りつこうとしているだけだ。だって、彼の別れに、湿度は似合わないだろう。きっと、からりと笑って。お互いにとって傷とならないように、相手のことを想いやる優しさで、寂しさも未練も見せることなく別れを告げられる男だ。そう、理性では分かっている。分かっているのだ。とっくに、何もかもを。
それでも、それでも。
『モンドまで来たら、ぜひ』
さようなら、また会いましょう、と。そんな言葉を口にして、笑う男。翡翠の瞳が、きらきらと眩くて。とびきり優しい笑顔も、甘い声も。己にだけ許されていた全てを置いて、置き去りにして。
(嗚呼、けれどこれは――私が)
この太陽のような男の手を、離すこと。この家から、この国から、彼の故郷へと送り出すこと。このような場所に、彼を縛らないこと。彼の身体の半分に流れる、自由を愛する民の血を大事にすること。
彼に、トーマに、明日を与えること。未来ある場所へ送り出すこと。
(私が、願ったこと)
夢は、願望の表れにすぎない。心から望んだいつかの未来を、何度も何度も脳内で反芻している――それだけのことなのだ。
夢の終わりは、いつもそのことを思い出して笑いだしてしまう。大きく手を振って小さくなっていく背中を見送りながら、はらはらと落ちる桜の中で笑って、嗤って。
そうして、そのまま朝が来る。
神里綾人が心の底から望み続けている夢のひとつが、ひだまりとともに終わりを迎える。
「おはようございます、若。今日は、いい夢が見られたみたいですね」
「――ええ、とても。素敵な夢を、見ました」
お題/夜の創作お題bot @odaiibot