第10話 ニャパラッチ
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「シラ様、あれ何?」
次の裁判の準備を手伝ってくれている唐瓜と茄子が書庫からとってきてくれた資料をペラペラと眺めていると、茄子が気になった様子で聞いてきた。
「あぁ、アレですか?アレは雑誌の取材らしいんですけど。」
初めは鬼灯の様子を見て、メモを取ったり、いくつか質問をしていたりしていた小判だったが、鬼灯は最低限の言葉しか返さず、いつも通りのデスク仕事に勤しんでいるので、ここ30分ほどは小判も飽きてしまったのか、床にゴロゴロと寝転んでは、あくびをかみ殺している。官吏の仕事は大抵座って行うものが多い。言い換えれば獄卒のようにあちらこちらに走り回ることは少ない。それを考慮して彼に取材を申し込むべきだったと退屈そうな小判に思う。
「へぇ…記者ねぇ…」
「猫又社の三途之川って雑誌らしいんですけど…知ってます?」
「へぇ!三途之川なんですか。姉ちゃんが読んでました。」
唐瓜曰く、結構有名どころの雑誌らしい。ゴシップネタで有名人の不倫や熱愛などをよく抜いているらしいが、正直興味がないので、その雑誌にお目にかかることはないだろう。
「シラ様も取材されるの?」
「いいえ、私はお断りしたし、鬼灯様も私が取材を受けることをあまりよく思っていないようですので。」
「えぇ…俺シラ様のこといっぱい知りたかったなぁ。スリーサイズとか」
「それを聞いた瞬間にそれは取材ではなく犯罪になりますからね。」
さて、当の小判はというと「にゃ~んか…地味なんだよァ」と不満気。カメラを構えて、鬼灯の周りをウロウロとしては、渋い顔をしている。
「補佐官の仕事なんて大半は紙の上での処理なんですよ。」
鬼灯は一度も顔を小判には向けずに淡々と言い切る。
「私は写真までOKしていません。」
「え~。」
「うっかり写ってしまうと責任問題になるんです。」
小判は鬼灯に促されて、渋々カメラをカバンに片付けている。官吏の仕事は本当に大変だ。鬼灯程にもなるととても重要な書類を任されるのだから、その責任は他と比べ物にならない。
写真を断念せざるを得ず、あからさまにガッカリする小判に鬼灯は深くため息をつくと、おもむろに立ち上がった。
「わかりました。そこにいられると私も重要書類へ手がつけられません。外へ出ましょう。白鷺さん。」
急に名前を呼ばれて慌てて立ち上がった。
「はい。」
「今からこちらの方を大釜へご案内します。貴方もついて来てください。」
「は…はい!」
鬼灯の不機嫌そうな顔をみて私は苦笑いをこぼした。多くは語らないようにしよう。
「ただし、私がいいというまで撮らないこと。」
「承知ッス!」
そんな鬼灯の御機嫌についてわかっているのかいないのか、小判は上機嫌で鬼灯の背を追った。私も唐瓜茄子に軽く挨拶をすると、御機嫌が正反対な二人の後を追った。
向かった先は湯気の立つ大釜。幾つもの大釜の中に亡者が押し込まれている様子を見れば、あぁ懐かしいと感傷に浸ってしまう。思わず腕まくりをしてしまうところから、私の職業病もなかなか抜け切れていないんだなぁ、と肩を震わせた。
「新卒の実習は大体ここで…」
「ハァ~~!」
小判に鬼灯が指を指しながら説明する姿を後ろから眺めた。この辺りも基本的には関係者以外の立ち入りを禁止されているので、小判にとっては新鮮な光景であるに違いない。
「昔ここで、白鷺さんが働いていたのでここの説明は白鷺さんの方が詳しいです。」
「へぇ…エリートじゃないんすね。」
「私も鬼灯様も下積み時代がありましたよ。補佐官には頭の良さだけではなく、経験も必要だと、鬼灯様が仰ってました。ね。」
鬼灯は小さく頷くと大釜の説明を促した。私は渋々と小判の横にしゃがむと膝をついて説明を始めた。
「大釜での刑は基本叫喚地獄に値します。叫喚地獄は殺生、飲酒、窃盗、邪淫の罪ですね。ここに、妄語が加われば大叫喚地獄に、更に邪見が入れば焦熱地獄に…となっていることは御存知ですよね?
一般的なイメージであっていますがそれぞれの罪に合わせた時間、大釜の熱湯で煮えられる。それだけの刑です。あまりの熱さに号泣、叫喚することから、叫喚地獄と呼ばれています。」
私は一つ一つ説明して行くとふむふむと可愛く返事をしながら小判が手元の手帳に記していく。
「あの先の男性の獄卒が見えますか?まさにあのようになっています。一つの大釜に押し込むと、浮き上がる前にまた押し込む。失神するまで続きますが、基本はあまりの熱さに失神出来ませんから、その点は大丈夫です。」
と説明していると、
「あっ、猫又?」
わぁ、可愛いと話しかけてきたのは閻魔だった。巨漢な彼は、この熱気の中で滝のように汗を流している。
「あっ、ホラ閻魔大王ですよ。あちらを取材しなさい。」
「鬼灯様がいいんですってば」
鬼灯が小判に閻魔を勧めるが素早く却下された。
「あ、その子記者なの?」
「何かいいネタあげてください。」
そう促されて、閻魔は腕を組んでその顎の逞しい髭を二三回撫でてから、
「この間、奪衣婆が「一回綺麗なヌードを撮ってみたい」って言ってたよ。」
「何で揃いも揃いって老婆の裸に積極的なんだよ。」
これでこの場にいる三人から提案された。やっぱり奪衣婆のヌードでいいと思う。その手の物好きにはきっと売れると思う。
「袋とじを必至で覗いた中学生が壊れたらどうする。」
「男はそうして強くなる。」
女にはわからない男の事情だが、奪衣婆のヌードで大人の階段を上ったとしても、それはどうも腑に落ちないことは女の私にもよくわかる。
「毎日ここへ来ちゃあサウナがわりにして、5時キッカリに裸のまま水がめへダイブするんだ…」
閻魔が困ったように言うので、私も肩をすくめる。昔からその週間があって、私がここ大釜で働いてる時は毎日のように職場をサウナ代わりにするなと喧嘩したものだ。
「そんなん、わっちに相談されても…」
「鬼灯様ッッ…実は猫派⁉」
奪衣婆の話で頭を抱える私たちの言葉を遮るように奇声をあげたのは不喜処のシロ。いつの間にか傍を通りかかった桃太郎のお供トリオが慌てた様子でこちらへ駆けてくる。
「どうしたんですか?」
「いや、シロが急に大釜に行きたいって。」
シロはどうも思い立ったら即行動派らしい。大釜に来ても特別面白いものもなければ、観光名所というわけでもない。亡者の出汁が嫌に匂うこの大釜をわざわざ見に来る必要があるのかと問いかけたくなるが、あえて黙っておく。それにしてもシロのような即行動派は、周囲の人にはいい迷惑なタイプだ。
「ねっ…猫…恐るべし魔力…」
「はい?私は金魚派ですが」
猫と戯れる鬼灯を見て、どうも鬼灯が猫派だと勘違いをしたらしいが、流石鬼灯。真顔で斜め上をいく回答をする。
「何だィ、あの白い毛玉ァ」
「元、桃太郎のお供ですよ。彼の取材はどうですか?」
やはり誰かに取材をなすりつけようとする鬼灯。もうここまで来たら、そろそろ諦めて取材を受けてあげればいいのに。
「えっ?何?取材?やるやるー」
「犬にゃァ興味ねぇよッッ‼」
興味津々のシロを振り払う小判。猫と犬という組み合わせは水と油のようであると勝手にイメージしていたが、こうやって戯れているのを見ると、意外にも癒される組み合わせなのかもしれない。
「何、新しい友達が出来た子供を見る母親の目してんでィ!」
薄っすらと微笑んでいたら、怒られてしまった。
「説明続けますよ。ここの釜は皆古く、多くが付喪神に…」
ワンワンニャンニャンと騒ぐ二匹を無視して、鬼灯が淡々と説明を続ける。
「付喪神は別名九十九神と呼ばれます。物は百年(九十九年)使用すると神となり自我が芽生えることからそう言われていますが、
ここの付喪神は平均でも千年物です。」
私も鬼灯に続いて説明すると、シロの相手をしながらも小判は耳をこちらに向けてよく話を聞いているようだ。そのような点を見てしまうと、猫は犬よりもより狡猾であるように思える。付喪神の話をしていて思い出したが、よく私はここの大釜の付喪神と大喧嘩をしたものだ。更に言えば付喪神に口説かれたこともある。
「さぁ、普段は公開しない釜の説明までしましたよ。十分記事になるでしょう。」
シロはどうも小判を気に入ったようで、めちゃくちゃに振り回しているが、その当の小判は焦ったように、
「えぇ⁉鬼灯様についてもっと詳しく…」
と慌てた口調で言う。しかし鬼灯は小判が知りたがっているプライベートな面を易々と打ち明ける程、優しいわけもなく「ダメです。」と一刀両断。鬼灯の硬いガードに白旗を振った小判は最後のお願いとして、
「やっぱり写真がねェと華がねーんスよ。ここをバックに一枚だけ!一枚だけでいいんで!」
と猫なで声をあげた。ここまでされているのを見ると、なんだか小判が非常に哀れになって来た。鬼灯は一度首を傾げて、まだいうかこのクソ猫という顔をした後、私の方を一度振り返った。「もういいでしょう?最後のお願いくらい聞いてあげてください」という哀れみを込めて頷くと、鬼灯ははぁと深くため息をつき、念を押すように言った。
「…仕方ないですね。一枚だけですよ。失敗しても一枚だけ。いいですね?」
「やった!承知ッス!」
小判はまるで水を得た魚のように跳ね回ると、意気揚々とカメラを構えた。
「では、そこの水がめをバックにお願いします。場所と角度が大事です。」
「こだわりッスか?いいッスね」
鬼灯は水がめを前に立つと愛用の懐中時計を眺めた。
「あと10秒」
鬼灯の低い声が辺りに響く。
「?…ライトアップでも始まるんすか…」
「ハイ!今!撮ってください!」
小判の声を遮るように鬼灯が声を荒げる。
「⁉ハイッ!じゃ、撮りますよ」
慌ててシャッターをきったその瞬間。
ーーザッパーン
と飛沫をあげて奪衣婆が水がめに飛び込んだ。
「フゥーサウナ最高。水風呂水風呂」
「ぐぼぁぁぁぁああぁぁ何しとんじゃ婆あぁぁああああ」
残念ながら彼が撮ることの出来るたった一枚の写真に入ったようだ、御愁傷様。火を吹いて怒り狂う小判。
「もう一枚!もう一枚!」
「ダメです、一枚だけです。あとのことは知りません。」
「何てお方だチキショーめ‼」
ぐすぐすと泣いて帰る小判の後ろ姿に私は苦笑いを零した。
「少し、やりすぎではありませんか?少し可哀想…」
「甘いですね。ああいう輩は初めに根を折らないとグングン伸びて後が大変なんです。」
そういう鬼灯は本当に鬼の中の鬼だった。
→後日談
次の裁判の準備を手伝ってくれている唐瓜と茄子が書庫からとってきてくれた資料をペラペラと眺めていると、茄子が気になった様子で聞いてきた。
「あぁ、アレですか?アレは雑誌の取材らしいんですけど。」
初めは鬼灯の様子を見て、メモを取ったり、いくつか質問をしていたりしていた小判だったが、鬼灯は最低限の言葉しか返さず、いつも通りのデスク仕事に勤しんでいるので、ここ30分ほどは小判も飽きてしまったのか、床にゴロゴロと寝転んでは、あくびをかみ殺している。官吏の仕事は大抵座って行うものが多い。言い換えれば獄卒のようにあちらこちらに走り回ることは少ない。それを考慮して彼に取材を申し込むべきだったと退屈そうな小判に思う。
「へぇ…記者ねぇ…」
「猫又社の三途之川って雑誌らしいんですけど…知ってます?」
「へぇ!三途之川なんですか。姉ちゃんが読んでました。」
唐瓜曰く、結構有名どころの雑誌らしい。ゴシップネタで有名人の不倫や熱愛などをよく抜いているらしいが、正直興味がないので、その雑誌にお目にかかることはないだろう。
「シラ様も取材されるの?」
「いいえ、私はお断りしたし、鬼灯様も私が取材を受けることをあまりよく思っていないようですので。」
「えぇ…俺シラ様のこといっぱい知りたかったなぁ。スリーサイズとか」
「それを聞いた瞬間にそれは取材ではなく犯罪になりますからね。」
さて、当の小判はというと「にゃ~んか…地味なんだよァ」と不満気。カメラを構えて、鬼灯の周りをウロウロとしては、渋い顔をしている。
「補佐官の仕事なんて大半は紙の上での処理なんですよ。」
鬼灯は一度も顔を小判には向けずに淡々と言い切る。
「私は写真までOKしていません。」
「え~。」
「うっかり写ってしまうと責任問題になるんです。」
小判は鬼灯に促されて、渋々カメラをカバンに片付けている。官吏の仕事は本当に大変だ。鬼灯程にもなるととても重要な書類を任されるのだから、その責任は他と比べ物にならない。
写真を断念せざるを得ず、あからさまにガッカリする小判に鬼灯は深くため息をつくと、おもむろに立ち上がった。
「わかりました。そこにいられると私も重要書類へ手がつけられません。外へ出ましょう。白鷺さん。」
急に名前を呼ばれて慌てて立ち上がった。
「はい。」
「今からこちらの方を大釜へご案内します。貴方もついて来てください。」
「は…はい!」
鬼灯の不機嫌そうな顔をみて私は苦笑いをこぼした。多くは語らないようにしよう。
「ただし、私がいいというまで撮らないこと。」
「承知ッス!」
そんな鬼灯の御機嫌についてわかっているのかいないのか、小判は上機嫌で鬼灯の背を追った。私も唐瓜茄子に軽く挨拶をすると、御機嫌が正反対な二人の後を追った。
向かった先は湯気の立つ大釜。幾つもの大釜の中に亡者が押し込まれている様子を見れば、あぁ懐かしいと感傷に浸ってしまう。思わず腕まくりをしてしまうところから、私の職業病もなかなか抜け切れていないんだなぁ、と肩を震わせた。
「新卒の実習は大体ここで…」
「ハァ~~!」
小判に鬼灯が指を指しながら説明する姿を後ろから眺めた。この辺りも基本的には関係者以外の立ち入りを禁止されているので、小判にとっては新鮮な光景であるに違いない。
「昔ここで、白鷺さんが働いていたのでここの説明は白鷺さんの方が詳しいです。」
「へぇ…エリートじゃないんすね。」
「私も鬼灯様も下積み時代がありましたよ。補佐官には頭の良さだけではなく、経験も必要だと、鬼灯様が仰ってました。ね。」
鬼灯は小さく頷くと大釜の説明を促した。私は渋々と小判の横にしゃがむと膝をついて説明を始めた。
「大釜での刑は基本叫喚地獄に値します。叫喚地獄は殺生、飲酒、窃盗、邪淫の罪ですね。ここに、妄語が加われば大叫喚地獄に、更に邪見が入れば焦熱地獄に…となっていることは御存知ですよね?
一般的なイメージであっていますがそれぞれの罪に合わせた時間、大釜の熱湯で煮えられる。それだけの刑です。あまりの熱さに号泣、叫喚することから、叫喚地獄と呼ばれています。」
私は一つ一つ説明して行くとふむふむと可愛く返事をしながら小判が手元の手帳に記していく。
「あの先の男性の獄卒が見えますか?まさにあのようになっています。一つの大釜に押し込むと、浮き上がる前にまた押し込む。失神するまで続きますが、基本はあまりの熱さに失神出来ませんから、その点は大丈夫です。」
と説明していると、
「あっ、猫又?」
わぁ、可愛いと話しかけてきたのは閻魔だった。巨漢な彼は、この熱気の中で滝のように汗を流している。
「あっ、ホラ閻魔大王ですよ。あちらを取材しなさい。」
「鬼灯様がいいんですってば」
鬼灯が小判に閻魔を勧めるが素早く却下された。
「あ、その子記者なの?」
「何かいいネタあげてください。」
そう促されて、閻魔は腕を組んでその顎の逞しい髭を二三回撫でてから、
「この間、奪衣婆が「一回綺麗なヌードを撮ってみたい」って言ってたよ。」
「何で揃いも揃いって老婆の裸に積極的なんだよ。」
これでこの場にいる三人から提案された。やっぱり奪衣婆のヌードでいいと思う。その手の物好きにはきっと売れると思う。
「袋とじを必至で覗いた中学生が壊れたらどうする。」
「男はそうして強くなる。」
女にはわからない男の事情だが、奪衣婆のヌードで大人の階段を上ったとしても、それはどうも腑に落ちないことは女の私にもよくわかる。
「毎日ここへ来ちゃあサウナがわりにして、5時キッカリに裸のまま水がめへダイブするんだ…」
閻魔が困ったように言うので、私も肩をすくめる。昔からその週間があって、私がここ大釜で働いてる時は毎日のように職場をサウナ代わりにするなと喧嘩したものだ。
「そんなん、わっちに相談されても…」
「鬼灯様ッッ…実は猫派⁉」
奪衣婆の話で頭を抱える私たちの言葉を遮るように奇声をあげたのは不喜処のシロ。いつの間にか傍を通りかかった桃太郎のお供トリオが慌てた様子でこちらへ駆けてくる。
「どうしたんですか?」
「いや、シロが急に大釜に行きたいって。」
シロはどうも思い立ったら即行動派らしい。大釜に来ても特別面白いものもなければ、観光名所というわけでもない。亡者の出汁が嫌に匂うこの大釜をわざわざ見に来る必要があるのかと問いかけたくなるが、あえて黙っておく。それにしてもシロのような即行動派は、周囲の人にはいい迷惑なタイプだ。
「ねっ…猫…恐るべし魔力…」
「はい?私は金魚派ですが」
猫と戯れる鬼灯を見て、どうも鬼灯が猫派だと勘違いをしたらしいが、流石鬼灯。真顔で斜め上をいく回答をする。
「何だィ、あの白い毛玉ァ」
「元、桃太郎のお供ですよ。彼の取材はどうですか?」
やはり誰かに取材をなすりつけようとする鬼灯。もうここまで来たら、そろそろ諦めて取材を受けてあげればいいのに。
「えっ?何?取材?やるやるー」
「犬にゃァ興味ねぇよッッ‼」
興味津々のシロを振り払う小判。猫と犬という組み合わせは水と油のようであると勝手にイメージしていたが、こうやって戯れているのを見ると、意外にも癒される組み合わせなのかもしれない。
「何、新しい友達が出来た子供を見る母親の目してんでィ!」
薄っすらと微笑んでいたら、怒られてしまった。
「説明続けますよ。ここの釜は皆古く、多くが付喪神に…」
ワンワンニャンニャンと騒ぐ二匹を無視して、鬼灯が淡々と説明を続ける。
「付喪神は別名九十九神と呼ばれます。物は百年(九十九年)使用すると神となり自我が芽生えることからそう言われていますが、
ここの付喪神は平均でも千年物です。」
私も鬼灯に続いて説明すると、シロの相手をしながらも小判は耳をこちらに向けてよく話を聞いているようだ。そのような点を見てしまうと、猫は犬よりもより狡猾であるように思える。付喪神の話をしていて思い出したが、よく私はここの大釜の付喪神と大喧嘩をしたものだ。更に言えば付喪神に口説かれたこともある。
「さぁ、普段は公開しない釜の説明までしましたよ。十分記事になるでしょう。」
シロはどうも小判を気に入ったようで、めちゃくちゃに振り回しているが、その当の小判は焦ったように、
「えぇ⁉鬼灯様についてもっと詳しく…」
と慌てた口調で言う。しかし鬼灯は小判が知りたがっているプライベートな面を易々と打ち明ける程、優しいわけもなく「ダメです。」と一刀両断。鬼灯の硬いガードに白旗を振った小判は最後のお願いとして、
「やっぱり写真がねェと華がねーんスよ。ここをバックに一枚だけ!一枚だけでいいんで!」
と猫なで声をあげた。ここまでされているのを見ると、なんだか小判が非常に哀れになって来た。鬼灯は一度首を傾げて、まだいうかこのクソ猫という顔をした後、私の方を一度振り返った。「もういいでしょう?最後のお願いくらい聞いてあげてください」という哀れみを込めて頷くと、鬼灯ははぁと深くため息をつき、念を押すように言った。
「…仕方ないですね。一枚だけですよ。失敗しても一枚だけ。いいですね?」
「やった!承知ッス!」
小判はまるで水を得た魚のように跳ね回ると、意気揚々とカメラを構えた。
「では、そこの水がめをバックにお願いします。場所と角度が大事です。」
「こだわりッスか?いいッスね」
鬼灯は水がめを前に立つと愛用の懐中時計を眺めた。
「あと10秒」
鬼灯の低い声が辺りに響く。
「?…ライトアップでも始まるんすか…」
「ハイ!今!撮ってください!」
小判の声を遮るように鬼灯が声を荒げる。
「⁉ハイッ!じゃ、撮りますよ」
慌ててシャッターをきったその瞬間。
ーーザッパーン
と飛沫をあげて奪衣婆が水がめに飛び込んだ。
「フゥーサウナ最高。水風呂水風呂」
「ぐぼぁぁぁぁああぁぁ何しとんじゃ婆あぁぁああああ」
残念ながら彼が撮ることの出来るたった一枚の写真に入ったようだ、御愁傷様。火を吹いて怒り狂う小判。
「もう一枚!もう一枚!」
「ダメです、一枚だけです。あとのことは知りません。」
「何てお方だチキショーめ‼」
ぐすぐすと泣いて帰る小判の後ろ姿に私は苦笑いを零した。
「少し、やりすぎではありませんか?少し可哀想…」
「甘いですね。ああいう輩は初めに根を折らないとグングン伸びて後が大変なんです。」
そういう鬼灯は本当に鬼の中の鬼だった。
→後日談