第9話 精神的運動会
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翌日の運動会本番は演目が決まっていたからか、それなりの心の準備が出来ていたからか、精神的運動会の開始の時点で獄卒たちの目はまさに獣。昨日は結局2回リハーサルをさせられ、心身ともにクタクタな獄卒たちの眼は、今日こそは鬼灯には振り回されないぞと狂気と勢いを孕んでいる。
第一種目目の借り物競争。安定の茄子が一位となり第1レースを終了させた。
そして私の番。二度目の光景。直線コースの先に紙が散らばっている。私もなんだかんだいって、鬼灯に振り回されて迷惑している。
「ヨーイ…」
ーードンッ
昨日と何一つ変わらないバズーカ音に一斉に飛び出した私たち。今回はバズーカの合図が4度目とあり腰を抜かす人は誰一人としていなかった。後方で紙に辿り着くと一枚拾い上げた。真っ白な紙の真ん中に大きく文字が書かれていたが、その文字を見ると同時に私は胸を槍のようなもので刺された気がした。激しい衝撃に私は手で口元を覆った。
そこには、「好きな異性」と書かれてあった。きっとこれを昨日唐瓜が拾ったのだろう。正直私はこれを一番拾いたくなかった。
「…好きな…」
私の好きな人はここにはいない。地獄になんかいない。かつて愛した人はいたが、その人はもうきっと転生しているに決まっている。そう思うと悲しさや虚しさがせり上がってきて涙で前が滲んだ。人前で泣くのは嫌いなのだと、グッとこらえて、瞬間的に頭を回転させる。
そんな過去のことを気にしていないで、早く好きな異性。鬼灯に…。
…待って。どうして好きな異性で鬼灯が出てきた。咄嗟に出てきた彼の顔。ハッと本部を見ると紙とにらめっこする私を不思議に思っているのか、鬼灯が首を傾げていた。カーッと体が熱くなる。何考えてるんだろう私は。他の知人を絞り出す。
「あーっ、もう切りが無い!」
私は紙をぐしゃりと手の中で握りつぶすと、急いで、彼"ら"の元へ駆けていった。
「あれー?シラ様?」
「白鷺様…どうかし…」
「茄子さん、唐瓜さん、早く来てください!」
それだけ声を掛けると、後ろを振り返る間も無くゴールに走り出した。茄子と唐瓜が顔を見合わせると、その意味を理解せずにただ言われたまま私の後ろについて走り始める。
「白鷺様、でてるよー!」
「頑張れ、白鷺様!」
「シロさん、柿助さん、ルリオさんも来てください!」
今度は不喜処の応援席の前を通り過ぎる時に、声を上げて応援してくれていたシロ・柿助ルリオに声をかけて走り出す。
「えぇぇ⁉なんでぇ⁉」
「良いから走れ、シロ」
「あれ?先輩たちも走ってるけど…何なんだろう。」
何が何だかわからないというように、首を傾げながら私の後を追う柿助とシロ。パタパタと後を追って飛んできたルリオが肩に乗る。
「どうしたんですか、白鷺様。」
「ん?…秘密です!ゴールまでのお楽しみですよ?」
本部の前を通る時にも、鬼灯、閻魔に声を掛ける。医療部の前を通る時にも、白澤、桃太郎に。他にも知人の獄卒に声をかけて行く。いつの間にか、私の後ろには沢山の人が走ってついて来ていた。面白がって意味もなく列に飛び込む新人の若い獄卒も混じった。
そして、そんな大行列を率いてゴールテープを切った。意味もなく会場中が拍手に包まれる。意味もなくみんなが声を上げて笑う。
「白鷺さん」
後方を走っていたのか鬼灯がお腹周りに抱きついて離れない茄子をどうにかしようと考えていた私に話しかけて来た。
「これは…一体どういうお題だったんですか?」
そう言われて私は茄子の頭を撫でた。続いて肩のルリオ、イガグリ頭の唐瓜、シロ、柿助。そうしてやっと手の中で握りつぶされていたお題を広げた。
「好きな異性です。」
ざわっ…と辺りが騒ついた。
「言われてみれば、男しかいない。」
今更気がついたのか唐瓜が辺りを見渡す。
「地獄にいるみんなが大好きだからこうして仕事をしていられるんです。」
ここでこうして日々楽しく過ごせているのも、私を慕ってくれる人たちがいるから。こんな私を支えてくれる人たちがいるから。本当は女性にも走ってほしかったんですけど、と前提を入れながら私は照れ隠しをするようにニッコリと笑った。
「だから、みんなが好きな人です!」
一瞬その場に沈黙が訪れた。
「…あっ…ってズルイかな…変かな…?」
てへへと再び照れ隠しのために笑うと、その瞬間鬼灯の手がパンッと叩かれた。
「はい、優勝!」
「優勝⁉」
なぜか、私が開始早々優勝してしまったが、鬼灯の言葉をきっかけにその場にいた全員が万歳をして、喜びを分かち合っている。
「シラ様ぁ~、俺嬉しいー」
再び茄子に飛びつかれ、シロと柿助は足元で私に体を擦りつけている。
「やっぱり、白鷺ちゃんは可愛いよ!良い子だよ!惚れ直しちゃった。」
腹回りに茄子、後ろから白澤に抱きしめられる。
「ちょちょちょ!白澤様!」
「俺たちも惚れ直したぞー!」
「白鷺様さいこー!」
「俺たちのアイドルー!」
「結婚してくれーー!」
会場中から、野次というのか、声援というのかが次々と投げられる。
「親衛隊の人たちも熱を増しましたね。」
鬼灯が騒がしい会場中に響き渡るように手を叩いた。
「はい、もう終わりです。皆さんもとの場所に戻りなさい。」
はーい、と良い返事の後バラバラと解散する。そんな人の流れの中、鬼灯が私の腕を掴んだ。
「白鷺さん」
「はい?」
「……色々言いたいことはありますが…我慢します。」
そっと彼の手が伸びると目の下の涙袋を親指で撫でた。
「泣かれましたね?」
彼の顔つきは本当に険しく、正直ドキッとした。どう答えようかと迷う。「はい」と言うほど涙は流していないけれど、「いいえ」ときっぱり答えることもできない。それにそのような少しの変化も気付くことの出来る鬼灯に、少しときめきを感じてしまうのは、イベント効果というものなのだろうか。
「…大丈夫ですよ。」
そう大丈夫。もう大丈夫。
彼の手をそっと取ると両手で包み込んだ。
「白鷺さん…」
「ここだけの話、このお題を見た時、一番初めに貴方の顔が浮かびました。…どうしてでしょうね。」
私はクスリと笑うと、呆然とする鬼灯の手を優しくおろし、人の流れに乗って、彼の横を通り過ぎた。
「白鷺さん!」
彼が私の腕をもう一度掴もうとしたが、残念ながら彼の手は宙を掴んだ。
「…愛してますよ。」
風に乗ってそう言われた気がした。
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第一種目目の借り物競争。安定の茄子が一位となり第1レースを終了させた。
そして私の番。二度目の光景。直線コースの先に紙が散らばっている。私もなんだかんだいって、鬼灯に振り回されて迷惑している。
「ヨーイ…」
ーードンッ
昨日と何一つ変わらないバズーカ音に一斉に飛び出した私たち。今回はバズーカの合図が4度目とあり腰を抜かす人は誰一人としていなかった。後方で紙に辿り着くと一枚拾い上げた。真っ白な紙の真ん中に大きく文字が書かれていたが、その文字を見ると同時に私は胸を槍のようなもので刺された気がした。激しい衝撃に私は手で口元を覆った。
そこには、「好きな異性」と書かれてあった。きっとこれを昨日唐瓜が拾ったのだろう。正直私はこれを一番拾いたくなかった。
「…好きな…」
私の好きな人はここにはいない。地獄になんかいない。かつて愛した人はいたが、その人はもうきっと転生しているに決まっている。そう思うと悲しさや虚しさがせり上がってきて涙で前が滲んだ。人前で泣くのは嫌いなのだと、グッとこらえて、瞬間的に頭を回転させる。
そんな過去のことを気にしていないで、早く好きな異性。鬼灯に…。
…待って。どうして好きな異性で鬼灯が出てきた。咄嗟に出てきた彼の顔。ハッと本部を見ると紙とにらめっこする私を不思議に思っているのか、鬼灯が首を傾げていた。カーッと体が熱くなる。何考えてるんだろう私は。他の知人を絞り出す。
「あーっ、もう切りが無い!」
私は紙をぐしゃりと手の中で握りつぶすと、急いで、彼"ら"の元へ駆けていった。
「あれー?シラ様?」
「白鷺様…どうかし…」
「茄子さん、唐瓜さん、早く来てください!」
それだけ声を掛けると、後ろを振り返る間も無くゴールに走り出した。茄子と唐瓜が顔を見合わせると、その意味を理解せずにただ言われたまま私の後ろについて走り始める。
「白鷺様、でてるよー!」
「頑張れ、白鷺様!」
「シロさん、柿助さん、ルリオさんも来てください!」
今度は不喜処の応援席の前を通り過ぎる時に、声を上げて応援してくれていたシロ・柿助ルリオに声をかけて走り出す。
「えぇぇ⁉なんでぇ⁉」
「良いから走れ、シロ」
「あれ?先輩たちも走ってるけど…何なんだろう。」
何が何だかわからないというように、首を傾げながら私の後を追う柿助とシロ。パタパタと後を追って飛んできたルリオが肩に乗る。
「どうしたんですか、白鷺様。」
「ん?…秘密です!ゴールまでのお楽しみですよ?」
本部の前を通る時にも、鬼灯、閻魔に声を掛ける。医療部の前を通る時にも、白澤、桃太郎に。他にも知人の獄卒に声をかけて行く。いつの間にか、私の後ろには沢山の人が走ってついて来ていた。面白がって意味もなく列に飛び込む新人の若い獄卒も混じった。
そして、そんな大行列を率いてゴールテープを切った。意味もなく会場中が拍手に包まれる。意味もなくみんなが声を上げて笑う。
「白鷺さん」
後方を走っていたのか鬼灯がお腹周りに抱きついて離れない茄子をどうにかしようと考えていた私に話しかけて来た。
「これは…一体どういうお題だったんですか?」
そう言われて私は茄子の頭を撫でた。続いて肩のルリオ、イガグリ頭の唐瓜、シロ、柿助。そうしてやっと手の中で握りつぶされていたお題を広げた。
「好きな異性です。」
ざわっ…と辺りが騒ついた。
「言われてみれば、男しかいない。」
今更気がついたのか唐瓜が辺りを見渡す。
「地獄にいるみんなが大好きだからこうして仕事をしていられるんです。」
ここでこうして日々楽しく過ごせているのも、私を慕ってくれる人たちがいるから。こんな私を支えてくれる人たちがいるから。本当は女性にも走ってほしかったんですけど、と前提を入れながら私は照れ隠しをするようにニッコリと笑った。
「だから、みんなが好きな人です!」
一瞬その場に沈黙が訪れた。
「…あっ…ってズルイかな…変かな…?」
てへへと再び照れ隠しのために笑うと、その瞬間鬼灯の手がパンッと叩かれた。
「はい、優勝!」
「優勝⁉」
なぜか、私が開始早々優勝してしまったが、鬼灯の言葉をきっかけにその場にいた全員が万歳をして、喜びを分かち合っている。
「シラ様ぁ~、俺嬉しいー」
再び茄子に飛びつかれ、シロと柿助は足元で私に体を擦りつけている。
「やっぱり、白鷺ちゃんは可愛いよ!良い子だよ!惚れ直しちゃった。」
腹回りに茄子、後ろから白澤に抱きしめられる。
「ちょちょちょ!白澤様!」
「俺たちも惚れ直したぞー!」
「白鷺様さいこー!」
「俺たちのアイドルー!」
「結婚してくれーー!」
会場中から、野次というのか、声援というのかが次々と投げられる。
「親衛隊の人たちも熱を増しましたね。」
鬼灯が騒がしい会場中に響き渡るように手を叩いた。
「はい、もう終わりです。皆さんもとの場所に戻りなさい。」
はーい、と良い返事の後バラバラと解散する。そんな人の流れの中、鬼灯が私の腕を掴んだ。
「白鷺さん」
「はい?」
「……色々言いたいことはありますが…我慢します。」
そっと彼の手が伸びると目の下の涙袋を親指で撫でた。
「泣かれましたね?」
彼の顔つきは本当に険しく、正直ドキッとした。どう答えようかと迷う。「はい」と言うほど涙は流していないけれど、「いいえ」ときっぱり答えることもできない。それにそのような少しの変化も気付くことの出来る鬼灯に、少しときめきを感じてしまうのは、イベント効果というものなのだろうか。
「…大丈夫ですよ。」
そう大丈夫。もう大丈夫。
彼の手をそっと取ると両手で包み込んだ。
「白鷺さん…」
「ここだけの話、このお題を見た時、一番初めに貴方の顔が浮かびました。…どうしてでしょうね。」
私はクスリと笑うと、呆然とする鬼灯の手を優しくおろし、人の流れに乗って、彼の横を通り過ぎた。
「白鷺さん!」
彼が私の腕をもう一度掴もうとしたが、残念ながら彼の手は宙を掴んだ。
「…愛してますよ。」
風に乗ってそう言われた気がした。
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