第8話 龍虎の二重奏
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今日は朝からずっと、資料室で資料の整理を行っていた。お昼前ごろに切り上げて、午後の裁判の準備をし、ようやく閻魔大王と鬼灯のいる職場へと戻ることが出来た。すっかり時計の針は、長短ともどもてっぺんから傾いており、それを見れば自分の腹時計の正確さを感じさせられた。
「あれ?閻魔大王。鬼灯様はどちらへ?」
「さあ…拷問中かな?」
「そうですか。」
鬼灯はいつもそばのデスクに座っているはずが、今は何故か空の椅子がぽつりと虚しげにたたずんでいるだけだった。
「どうして?」
「いえ、これから良ければお昼に誘おうと思っていたのですが。拷問中でしたら、仕方ありませんね。先に頂くことにします。」
私が残念そうにため息をついたのを見て、閻魔は何を思ったのかニヤリと笑うと、その逞しい髭を撫でる仕草をした。
「最近ずっと思ってるんだけどさ。白鷺ちゃん、鬼灯君にそろそろ気があるんじゃない?」
「ありません。」
「即答だねぇ。」
「戯言をおっしゃらないでください」と閻魔大王を一瞥し、更に深いため息をついた。
私が鬼灯に気がある。ありえない。確かに誰もが羨むほどの長身、美しい顔、逞しい身体。それだけでは飽き足らず、官僚にまでたどり着くだけの秀才さを持ち合わせ、手の抜き方を知らないのかと思うほどに何事も完璧にこなし、厳しい一面も見せながらも、獄卒に慕われている完璧人間。最高の上司であり、最高の仕事上のパートナーだとは思うが、気があるかと言われると…。
「ありませんね。ありえません」
「そこまで否定しなくても…。でも僕はお似合いだと思うけどなぁ。」
閻魔大王が手のひらに余るほどの逞しい鬚をまた悠然と撫でながら、ぽつりとつぶやく。
私と鬼灯が肩を揃えて並んで腕を組み、他愛もない話をしながら地獄デート。結婚まで考えるくらい親密になったなら、それはやはり、接吻をしたり、それ以上のこともするに決まってる。あの低く腹の底に響くような声にそっと甘い言葉を囁かれながら、彼のゴツゴツとしたてのひらが私の素肌を這うのだろうか。
そんないかがわしい想像をしてしまった瞬間に、私は我に返って頭を抱えた。
「馬鹿ッ!私、何考えて…」
「白鷺さん」
「ひぃあぁぁぁぁ」
背後から聞き慣れたバリトンボイスで声をかけられて、思わず奇声を上げてしまった。それも今この時まで彼の声を想像しながら、いかがわしい想像をしていたのだから決まりが悪い。
「ほほほほほ…鬼灯様!」
「鬼灯君、白鷺ちゃんがね、君とご飯を食べようと誘いたがってたんだ。」
慌てふためく私をよそに、閻魔は身を乗り出して、余計なことを鬼灯に告げる。私たち二人を見つめる目は期待の目だ。
「…そうなんですか。しかし、すいません。先に用がありまして。」
「そうなんですか?」
「えぇ。今から馬頭さんのところへ行こうと思いまして。」
馬頭。もうかれこれ50年は会っていない。私が年一回の女子会に参加しないのが悪いのだろうが。
「白鷺様もいくー?」
鬼灯の足元から顔を出したのはシロだった。尻尾を大きく振りながらつぶらな瞳で私の返事を促している。シロの存在に今更ながら気がついたのは黙っておこうと思う。
「そうですね。私も御一緒してもよろしいですか?」
「構いませんよ。」
「ではそうします。」
昼食は帰ってきてからにしよう。それでも遅くはない。私は浮足立つシロと揺れる鬼灯の絵柄の着物の後を追った。
馬頭とは天国と地獄、そして現世全ての境で門番をしている馬の頭をした獄卒である。もう一人門番として牛頭という獄卒もいるが、そちらとも私は仲が良いわけである。
「白鷺様は馬頭とどんな関係なの?」
シロが見上げて言うので、私は顎に手を添えて首を傾げた。
「そうですね…古い付き合いですね。私がまだ大釜で働いていた頃です。」
「え⁉白鷺様、大釜で働いてたの⁉」
シロは私の言葉に足を止めてあんぐりと口を開けた。
「あれ?知りませんでした?私、元は普通の獄卒でしたよ?」
「そうなんだ。ずっとエリートかと思ってた。俺がここに来た時にはもうこの仕事だったもんね。」
最近のようで、随分前の桃太郎一行との出会いをふと思い出し、あの時の一連の流れを頭の中で反芻させては、ふふっと笑いが漏れてしまう。あれからというものこの真っ白な犬と、バンダナの猿と、バリトンボイスなキジと一緒に行動することが多くなった。賑やかでとても楽しい。更に私も鬼灯も動物が大好きなのだからもうそれは天国であるに違いない。いや、地獄だけど。
「かつては"大釜の白鷺"と二つ名がつく程有名だったのですよ。」
「いやぁ…過去の話です。」
シロはふうん…と納得したように再び歩き出した。
「そこで、鬼灯様にスカウトして頂いたんです。何度かお断りしたのですが、是非と言うので…」
「懐かしいですね」
彼からのあの強烈なアプローチは今でも覚えている。あの頃は、この人がわりと恐怖の対象であったのだが、正直ほんの数年経つと笑い話のように感じてしまっていた。
「それで、ですね。私が大釜で働いていた頃によく相談に乗ってもらいました。仕事に失敗したときや、悩んでいるときも、彼女らの大らかで寛大な性格になら、何でも話せたものです。」
それもまた遠い昔の話だが。今の職についてからは、互いに多忙を極め、なかなか会えずにいる。
「へぇ~、早く見て見たいな、馬頭って人。」
「人…なのかな…?」
馬の頭をしている生物を人と名称して良いもの何のだろうかと悩んだが、とりあえず百聞は一見に如かず。私がとやかく説明するよりも会って見る方が早い。
「そろそろ見えてきますよ。」
天国と地獄、現世全ての境にある大きな門。彼女たちの仕事場である。他愛もない話をしながら、私と鬼灯そしてシロはその門の入り口をくぐった。
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「あれ?閻魔大王。鬼灯様はどちらへ?」
「さあ…拷問中かな?」
「そうですか。」
鬼灯はいつもそばのデスクに座っているはずが、今は何故か空の椅子がぽつりと虚しげにたたずんでいるだけだった。
「どうして?」
「いえ、これから良ければお昼に誘おうと思っていたのですが。拷問中でしたら、仕方ありませんね。先に頂くことにします。」
私が残念そうにため息をついたのを見て、閻魔は何を思ったのかニヤリと笑うと、その逞しい髭を撫でる仕草をした。
「最近ずっと思ってるんだけどさ。白鷺ちゃん、鬼灯君にそろそろ気があるんじゃない?」
「ありません。」
「即答だねぇ。」
「戯言をおっしゃらないでください」と閻魔大王を一瞥し、更に深いため息をついた。
私が鬼灯に気がある。ありえない。確かに誰もが羨むほどの長身、美しい顔、逞しい身体。それだけでは飽き足らず、官僚にまでたどり着くだけの秀才さを持ち合わせ、手の抜き方を知らないのかと思うほどに何事も完璧にこなし、厳しい一面も見せながらも、獄卒に慕われている完璧人間。最高の上司であり、最高の仕事上のパートナーだとは思うが、気があるかと言われると…。
「ありませんね。ありえません」
「そこまで否定しなくても…。でも僕はお似合いだと思うけどなぁ。」
閻魔大王が手のひらに余るほどの逞しい鬚をまた悠然と撫でながら、ぽつりとつぶやく。
私と鬼灯が肩を揃えて並んで腕を組み、他愛もない話をしながら地獄デート。結婚まで考えるくらい親密になったなら、それはやはり、接吻をしたり、それ以上のこともするに決まってる。あの低く腹の底に響くような声にそっと甘い言葉を囁かれながら、彼のゴツゴツとしたてのひらが私の素肌を這うのだろうか。
そんないかがわしい想像をしてしまった瞬間に、私は我に返って頭を抱えた。
「馬鹿ッ!私、何考えて…」
「白鷺さん」
「ひぃあぁぁぁぁ」
背後から聞き慣れたバリトンボイスで声をかけられて、思わず奇声を上げてしまった。それも今この時まで彼の声を想像しながら、いかがわしい想像をしていたのだから決まりが悪い。
「ほほほほほ…鬼灯様!」
「鬼灯君、白鷺ちゃんがね、君とご飯を食べようと誘いたがってたんだ。」
慌てふためく私をよそに、閻魔は身を乗り出して、余計なことを鬼灯に告げる。私たち二人を見つめる目は期待の目だ。
「…そうなんですか。しかし、すいません。先に用がありまして。」
「そうなんですか?」
「えぇ。今から馬頭さんのところへ行こうと思いまして。」
馬頭。もうかれこれ50年は会っていない。私が年一回の女子会に参加しないのが悪いのだろうが。
「白鷺様もいくー?」
鬼灯の足元から顔を出したのはシロだった。尻尾を大きく振りながらつぶらな瞳で私の返事を促している。シロの存在に今更ながら気がついたのは黙っておこうと思う。
「そうですね。私も御一緒してもよろしいですか?」
「構いませんよ。」
「ではそうします。」
昼食は帰ってきてからにしよう。それでも遅くはない。私は浮足立つシロと揺れる鬼灯の絵柄の着物の後を追った。
馬頭とは天国と地獄、そして現世全ての境で門番をしている馬の頭をした獄卒である。もう一人門番として牛頭という獄卒もいるが、そちらとも私は仲が良いわけである。
「白鷺様は馬頭とどんな関係なの?」
シロが見上げて言うので、私は顎に手を添えて首を傾げた。
「そうですね…古い付き合いですね。私がまだ大釜で働いていた頃です。」
「え⁉白鷺様、大釜で働いてたの⁉」
シロは私の言葉に足を止めてあんぐりと口を開けた。
「あれ?知りませんでした?私、元は普通の獄卒でしたよ?」
「そうなんだ。ずっとエリートかと思ってた。俺がここに来た時にはもうこの仕事だったもんね。」
最近のようで、随分前の桃太郎一行との出会いをふと思い出し、あの時の一連の流れを頭の中で反芻させては、ふふっと笑いが漏れてしまう。あれからというものこの真っ白な犬と、バンダナの猿と、バリトンボイスなキジと一緒に行動することが多くなった。賑やかでとても楽しい。更に私も鬼灯も動物が大好きなのだからもうそれは天国であるに違いない。いや、地獄だけど。
「かつては"大釜の白鷺"と二つ名がつく程有名だったのですよ。」
「いやぁ…過去の話です。」
シロはふうん…と納得したように再び歩き出した。
「そこで、鬼灯様にスカウトして頂いたんです。何度かお断りしたのですが、是非と言うので…」
「懐かしいですね」
彼からのあの強烈なアプローチは今でも覚えている。あの頃は、この人がわりと恐怖の対象であったのだが、正直ほんの数年経つと笑い話のように感じてしまっていた。
「それで、ですね。私が大釜で働いていた頃によく相談に乗ってもらいました。仕事に失敗したときや、悩んでいるときも、彼女らの大らかで寛大な性格になら、何でも話せたものです。」
それもまた遠い昔の話だが。今の職についてからは、互いに多忙を極め、なかなか会えずにいる。
「へぇ~、早く見て見たいな、馬頭って人。」
「人…なのかな…?」
馬の頭をしている生物を人と名称して良いもの何のだろうかと悩んだが、とりあえず百聞は一見に如かず。私がとやかく説明するよりも会って見る方が早い。
「そろそろ見えてきますよ。」
天国と地獄、現世全ての境にある大きな門。彼女たちの仕事場である。他愛もない話をしながら、私と鬼灯そしてシロはその門の入り口をくぐった。
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