第0話 始まりは大釜から
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「これが閻魔大王行き、こっちが上に目をいれてもらって。で、こっちはシュレッターね。」
仕上がった資料や請求書の山を部下に分けて渡していると、大釜の大きな扉が重い音を立てて開き、「失礼します」と律儀に挨拶をして鬼灯が入って来た。遠巻きに私の手元の紙の束を見て目を細める。
「本当に終わったんですね。」
「はい。目を通してハンコを押せばいいだけのものばかりでしたので。」
部下に押し付けられた乱雑にまとめられた資料の山は中身が全てハンコを押せばいいものだと気付いた。この手の仕事は何百年も続けていれば随分慣れてしまった。
もしややこしく時間のかかる仕事ばかりであったのなら、部下に押し返すか、そのままの足で上司に文句を言いに行くか、書類の束を釜に押し込むか、上司を釜に押し込んでいた。
「素晴らしい仕事力です。うちの閻魔 にも見習わせたくらいです。」
「今この人、天下の閻魔大王をアホって言いましたよね。」
鬼灯の言葉はさておき、褒められて悪い気はしない。素直に照れてしまい、自然と照れ隠しの笑みが漏れてしまった。
「見学しますか?」
「はい、是非お願いします。」
重い扉の少しだけ開いた扉から一人ずつ体をよじりながら、研修生だという鬼たちが入ってきた。今年は受け入れが多いらしい。ザっと四・五十人はいるだろうか。全ての研修生がその熱気に目を細めて、唸り声を上げている。
「こちらが大釜のプロフェッショナル、白鷺さんです。」
「みなさん、気楽見学していってくださいね。」
私の言葉に「はい」と勇ましい返事が帰ってくる。その一方で何処からともなく聞こえてくるのは、新人らしい偏見の声。
「え、あんな人がこんな力仕事できるのか?」
「事務係しか手が空いてなかったんじゃない?」
声を抑えたヒソヒソ声もこの(地獄だけに)地獄耳にはしかと入っている。しかしこんな言葉ももう聴き慣れたもの。言い返すよりも実際に目にしてもらったほうが幾分も良い、と説明を続ける。
「みなさんご存知かと思いますが、ここ大釜は罪人を熱湯、または熱した油で茹でるという地獄です。」
軽く説明をしながら集団を案内する。釜に手を触れようとする獄卒を一喝しながら、釜の様子やその仕事の内容を大まかに伝えていく。
「亡者は肌がただれ、腫れ、溶けてもその痛みを永遠に感じ続けなければなりません。それでは実際に拷問しますので、見ておいてください。」
今回担当する亡者はチャラチャラした女性。髪は金髪・べっとり厚化粧。見ていてケバケバしく、軽い印象であるが、罪は暴行である。別れた男の後をつけ、暴行を加えたという。見た目が軽いのに恋愛に関しては重たすぎる。
「別にアタシ悪くないしぃ」
と自らの罪を軽く捉えているようで見ていて腹立たしい。私のところに連れてこられる亡者は罪の意識がなく、極悪非道の奴らが多い。
「みなさん、ここからが私たちの仕事ですからよく見ておいてくださいね。」
まず始めにすることは、罪人に罪の意識があるかの確認である。
その際、少しでもあれば手加減してやるし、なければ手加減なんてものはいらない。今回は明らかに後者だ。
「アタシを捨てようなんて100年早いのよ!あいつが地獄にこればいいのよ!」
と、自分に一切の非がないと思いこんでいる。
「けれど、貴方は罪を犯した。それ以上でもそれ以下でもない。最低な人間。」
次は少し揺さぶりをかけてみる。ここで少しでも罪の意識が見えたなら前者に移行できる。 私は静かに言うタイプだが、結構激しめに罵しる人もいる。
「あんたに何が解るのよ!愛した男に逃げられる辛さ!」
「なんにもわかりたくない。逃げられるだけの何かが貴方にはあったの。別に知りたくないけれど。」
ここでプライドの高い人間ほど簡単に逆上してくる。私のような小柄な女性であるということだけで、舐めた口も聞かれるし、傷つくような言葉も浴びせられる。この時此方が感情的になってはいけない。あくまで冷静に。
「ふざけんなブス!」
「あら、貴方に言われるほど衰えてはいないと思うけどね。厚い化粧で隠さなくてはならないほどの貴方のお顔に比べたらね。」
静かに言いやると、床に置いた手を踏みつける。パキッと良い音がしたが、それは骨が砕けるような感覚ではなく、もっと別のものが砕けるような感覚。
「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああ、アタシの2時間かけたネイルがぁああ!!」
そんなに必要かと問いたくなる程長かったつけ爪が見事に割れていた。「2万もしたのよ」とぐちぐちと文句を垂れる女の前髪を鷲掴みにして鼻先に近づける。
「この地獄に金も美も若さも名誉も無駄なだけ。あるのは永遠の痛みと苦しみ。死刑囚も大統領、奴隷も王族も関係ないわ。」
そっと語りかけると、女の顔がひどく歪み上がる。
「今日は私、研修生の前だから手加減してるわよ。普通なら爪どころか指までぐちゃぐちゃになるくらい踏み潰してやるのに。」
くすくす笑うとあたりの空気が徐々に凍っていく。
「私ね、下積み時代から爪を剥ぐ拷問は上手かったのよ。痛めつけて痛めつけて、これ以上にないくらい痛めつけて剥いでやるの。」
と爪を剥ぐ機器を扱う仕草をする。
「こうやって、一気に行くのではなく、ゆっくりゆっくり…メリッメリッて音がして、その度に亡者が悲鳴をあげるのよ。」
今思い出してもゾクゾクしちゃう…と恍惚に囁くと、後ろの研修生の誰かが生唾を飲み込んでゴクリという音が響いた。
「あなた、私が相手でよかったわね。来世はきっと罪を犯さなくなるわ。アリ一匹殺せないほど。恐怖のあまりにね。」
女の顔から血の気が引いて行く。髪を掴んだ手で床に叩きつけると、女の額から固いもの同士がぶつかり合う音がした。口の端から漏れたくぐもった悲鳴。頭を抑えて白装束の首根っこを掴んだ。
「次は実践です。どうぞ、台に上がってみてください。滑りますので気を付けてくださいね。」
ズリズリと引きずって釜の淵にまで持ち上げる。先ほどまで私に対して、小柄だ、事務員だと言っていた研修生たちが、その様子を見て、小さな声で感嘆の声を漏らす。
「あんたみたいな餓鬼が生意気言うな!私はもう28歳よ!偉そうな口をききやがって!」
「あっそ。私は170になったわ。というか28にもなってそんな格好している方が、ドン引きなんですけど。大人になれ、アラサー。」
ぽんっと放りこむと、ぼちゃんっと水滴がはねて、女は熱湯に落ちて行った。
上から相”棒”で押し込む。この棒は下積み時代から使っていて私の汗と涙が染み込んでいる。
「動き回るので、その都度押し込んでやってください。あ、そこ、そんなに覗き込むと落ちちゃいますよ。」
「あぼぼ…あついッ…熱いッ!たすけ…!」
五月蠅い女を熱湯に沈めて私は色々と解説を続ける。
「ここの温度は1000度以上あります。あ、水の沸点は100度なんて言わないでくださいね。地獄ですから。」
すると1000℃に浸かっているというのに元気な亡者は棒を掻い潜り大声を上げた。
「ふざけんなッ!このクソばばぁ!」
「火力強めて」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
先ほどよりも増して、大きな音を上げて炎が燃え上がる。
「うるさいときは、顔を沈めて鍋の底に押し付けましょう。手加減は必要ないですよ。死んでますから、好きにしてやって下さい。」
ぐいぐいと上から押し込む。手のひらに女が暴れる感覚が伝わってくるが、培われた馬鹿力は屈強な男だって敵わない。
「白鷺様はドSなんですか?」
そばにいた研修生が恐る恐る聞いてくるので、私は手を止めずにニッコリ笑った。
「仕事上Sじゃないと心身が持たないんでね。けど日頃はそうではありませんよ。そう言う性癖もありませんし。
でも、もし体験なさりたかったらどうぞおっしゃってくださいね。いくらでもして差し上げますよ?」
ニコリと笑いかけると、新人たちの顔が青ざめていくのが、妙にいじめ甲斐があって、可愛らしい。
しばらくして、ピタリと抵抗が止み、大釜の中の波が少しずつ小さくなっていく。棒をあげると力尽きた亡者がぷかぷかと浮いてきた。
「これで今日は終わりです、気が付いたら何度も。これを300年続けます。」
鬼灯が手を打つと研修生たちはハッと顔を上げた。
「白鷺さん、ありがとうございました。では、次に参ります。次は血の池地獄です。」
これでここの研修おしまいらしい。私はこれで上がってしまおう。それくらい許されるほどの重労働はした。それに今日は緊張して体ががちがちだ。
肩をほぐしながら着替えるために帯に手を掛けた。
「白鷺さん」
「はい?」
振り返るとそこには、先ほどと全く変わらない鬼灯の姿があった。何も変わらない美しい彼の姿だ。
「後日、お礼をさせて頂きます」
そう言われて豆鉄砲をくらったように驚いてしまった。
私はただ仕事をしていただけなのに。お礼をされるようなことは何一つしていない。
「いいです!そんな…」
「必ず。」
そう短く言い残すと彼は去って行ってしまった。
そのクールな対応に惹かれる女性は多いと聞く。なんとなく納得できてしまう。
「はぁ…疲れた。寝よう」
帯を解いて私は帰路についたが、鬼灯のあの短い「必ず」という一言がずっと私の脳裏にこびりついていた。
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仕上がった資料や請求書の山を部下に分けて渡していると、大釜の大きな扉が重い音を立てて開き、「失礼します」と律儀に挨拶をして鬼灯が入って来た。遠巻きに私の手元の紙の束を見て目を細める。
「本当に終わったんですね。」
「はい。目を通してハンコを押せばいいだけのものばかりでしたので。」
部下に押し付けられた乱雑にまとめられた資料の山は中身が全てハンコを押せばいいものだと気付いた。この手の仕事は何百年も続けていれば随分慣れてしまった。
もしややこしく時間のかかる仕事ばかりであったのなら、部下に押し返すか、そのままの足で上司に文句を言いに行くか、書類の束を釜に押し込むか、上司を釜に押し込んでいた。
「素晴らしい仕事力です。うちの
「今この人、天下の閻魔大王をアホって言いましたよね。」
鬼灯の言葉はさておき、褒められて悪い気はしない。素直に照れてしまい、自然と照れ隠しの笑みが漏れてしまった。
「見学しますか?」
「はい、是非お願いします。」
重い扉の少しだけ開いた扉から一人ずつ体をよじりながら、研修生だという鬼たちが入ってきた。今年は受け入れが多いらしい。ザっと四・五十人はいるだろうか。全ての研修生がその熱気に目を細めて、唸り声を上げている。
「こちらが大釜のプロフェッショナル、白鷺さんです。」
「みなさん、気楽見学していってくださいね。」
私の言葉に「はい」と勇ましい返事が帰ってくる。その一方で何処からともなく聞こえてくるのは、新人らしい偏見の声。
「え、あんな人がこんな力仕事できるのか?」
「事務係しか手が空いてなかったんじゃない?」
声を抑えたヒソヒソ声もこの(地獄だけに)地獄耳にはしかと入っている。しかしこんな言葉ももう聴き慣れたもの。言い返すよりも実際に目にしてもらったほうが幾分も良い、と説明を続ける。
「みなさんご存知かと思いますが、ここ大釜は罪人を熱湯、または熱した油で茹でるという地獄です。」
軽く説明をしながら集団を案内する。釜に手を触れようとする獄卒を一喝しながら、釜の様子やその仕事の内容を大まかに伝えていく。
「亡者は肌がただれ、腫れ、溶けてもその痛みを永遠に感じ続けなければなりません。それでは実際に拷問しますので、見ておいてください。」
今回担当する亡者はチャラチャラした女性。髪は金髪・べっとり厚化粧。見ていてケバケバしく、軽い印象であるが、罪は暴行である。別れた男の後をつけ、暴行を加えたという。見た目が軽いのに恋愛に関しては重たすぎる。
「別にアタシ悪くないしぃ」
と自らの罪を軽く捉えているようで見ていて腹立たしい。私のところに連れてこられる亡者は罪の意識がなく、極悪非道の奴らが多い。
「みなさん、ここからが私たちの仕事ですからよく見ておいてくださいね。」
まず始めにすることは、罪人に罪の意識があるかの確認である。
その際、少しでもあれば手加減してやるし、なければ手加減なんてものはいらない。今回は明らかに後者だ。
「アタシを捨てようなんて100年早いのよ!あいつが地獄にこればいいのよ!」
と、自分に一切の非がないと思いこんでいる。
「けれど、貴方は罪を犯した。それ以上でもそれ以下でもない。最低な人間。」
次は少し揺さぶりをかけてみる。ここで少しでも罪の意識が見えたなら前者に移行できる。 私は静かに言うタイプだが、結構激しめに罵しる人もいる。
「あんたに何が解るのよ!愛した男に逃げられる辛さ!」
「なんにもわかりたくない。逃げられるだけの何かが貴方にはあったの。別に知りたくないけれど。」
ここでプライドの高い人間ほど簡単に逆上してくる。私のような小柄な女性であるということだけで、舐めた口も聞かれるし、傷つくような言葉も浴びせられる。この時此方が感情的になってはいけない。あくまで冷静に。
「ふざけんなブス!」
「あら、貴方に言われるほど衰えてはいないと思うけどね。厚い化粧で隠さなくてはならないほどの貴方のお顔に比べたらね。」
静かに言いやると、床に置いた手を踏みつける。パキッと良い音がしたが、それは骨が砕けるような感覚ではなく、もっと別のものが砕けるような感覚。
「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああ、アタシの2時間かけたネイルがぁああ!!」
そんなに必要かと問いたくなる程長かったつけ爪が見事に割れていた。「2万もしたのよ」とぐちぐちと文句を垂れる女の前髪を鷲掴みにして鼻先に近づける。
「この地獄に金も美も若さも名誉も無駄なだけ。あるのは永遠の痛みと苦しみ。死刑囚も大統領、奴隷も王族も関係ないわ。」
そっと語りかけると、女の顔がひどく歪み上がる。
「今日は私、研修生の前だから手加減してるわよ。普通なら爪どころか指までぐちゃぐちゃになるくらい踏み潰してやるのに。」
くすくす笑うとあたりの空気が徐々に凍っていく。
「私ね、下積み時代から爪を剥ぐ拷問は上手かったのよ。痛めつけて痛めつけて、これ以上にないくらい痛めつけて剥いでやるの。」
と爪を剥ぐ機器を扱う仕草をする。
「こうやって、一気に行くのではなく、ゆっくりゆっくり…メリッメリッて音がして、その度に亡者が悲鳴をあげるのよ。」
今思い出してもゾクゾクしちゃう…と恍惚に囁くと、後ろの研修生の誰かが生唾を飲み込んでゴクリという音が響いた。
「あなた、私が相手でよかったわね。来世はきっと罪を犯さなくなるわ。アリ一匹殺せないほど。恐怖のあまりにね。」
女の顔から血の気が引いて行く。髪を掴んだ手で床に叩きつけると、女の額から固いもの同士がぶつかり合う音がした。口の端から漏れたくぐもった悲鳴。頭を抑えて白装束の首根っこを掴んだ。
「次は実践です。どうぞ、台に上がってみてください。滑りますので気を付けてくださいね。」
ズリズリと引きずって釜の淵にまで持ち上げる。先ほどまで私に対して、小柄だ、事務員だと言っていた研修生たちが、その様子を見て、小さな声で感嘆の声を漏らす。
「あんたみたいな餓鬼が生意気言うな!私はもう28歳よ!偉そうな口をききやがって!」
「あっそ。私は170になったわ。というか28にもなってそんな格好している方が、ドン引きなんですけど。大人になれ、アラサー。」
ぽんっと放りこむと、ぼちゃんっと水滴がはねて、女は熱湯に落ちて行った。
上から相”棒”で押し込む。この棒は下積み時代から使っていて私の汗と涙が染み込んでいる。
「動き回るので、その都度押し込んでやってください。あ、そこ、そんなに覗き込むと落ちちゃいますよ。」
「あぼぼ…あついッ…熱いッ!たすけ…!」
五月蠅い女を熱湯に沈めて私は色々と解説を続ける。
「ここの温度は1000度以上あります。あ、水の沸点は100度なんて言わないでくださいね。地獄ですから。」
すると1000℃に浸かっているというのに元気な亡者は棒を掻い潜り大声を上げた。
「ふざけんなッ!このクソばばぁ!」
「火力強めて」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
先ほどよりも増して、大きな音を上げて炎が燃え上がる。
「うるさいときは、顔を沈めて鍋の底に押し付けましょう。手加減は必要ないですよ。死んでますから、好きにしてやって下さい。」
ぐいぐいと上から押し込む。手のひらに女が暴れる感覚が伝わってくるが、培われた馬鹿力は屈強な男だって敵わない。
「白鷺様はドSなんですか?」
そばにいた研修生が恐る恐る聞いてくるので、私は手を止めずにニッコリ笑った。
「仕事上Sじゃないと心身が持たないんでね。けど日頃はそうではありませんよ。そう言う性癖もありませんし。
でも、もし体験なさりたかったらどうぞおっしゃってくださいね。いくらでもして差し上げますよ?」
ニコリと笑いかけると、新人たちの顔が青ざめていくのが、妙にいじめ甲斐があって、可愛らしい。
しばらくして、ピタリと抵抗が止み、大釜の中の波が少しずつ小さくなっていく。棒をあげると力尽きた亡者がぷかぷかと浮いてきた。
「これで今日は終わりです、気が付いたら何度も。これを300年続けます。」
鬼灯が手を打つと研修生たちはハッと顔を上げた。
「白鷺さん、ありがとうございました。では、次に参ります。次は血の池地獄です。」
これでここの研修おしまいらしい。私はこれで上がってしまおう。それくらい許されるほどの重労働はした。それに今日は緊張して体ががちがちだ。
肩をほぐしながら着替えるために帯に手を掛けた。
「白鷺さん」
「はい?」
振り返るとそこには、先ほどと全く変わらない鬼灯の姿があった。何も変わらない美しい彼の姿だ。
「後日、お礼をさせて頂きます」
そう言われて豆鉄砲をくらったように驚いてしまった。
私はただ仕事をしていただけなのに。お礼をされるようなことは何一つしていない。
「いいです!そんな…」
「必ず。」
そう短く言い残すと彼は去って行ってしまった。
そのクールな対応に惹かれる女性は多いと聞く。なんとなく納得できてしまう。
「はぁ…疲れた。寝よう」
帯を解いて私は帰路についたが、鬼灯のあの短い「必ず」という一言がずっと私の脳裏にこびりついていた。
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