第4話 白澤
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「待ってください。鬼灯様!」
足早に白澤達から距離をとっていく鬼灯に、やっとのことで追いつき、その袖を引いたのは、彼らの姿がもう既に見えなくなってしまってからのことであった。
「もう少しゆっくり…」
息が上がり切ってしまった私の言葉。しかしその先は言葉にならなかった。振り返った鬼灯の顔が非常に不機嫌だったからだ。
「ひッ…」
ものすごい形相の鬼灯に私は後ずさった。
「ごごごごごごめんなさい!」
何に一体怒っているのか解らないがこの不機嫌に入ると鬼灯は手を付けられない。頭を下げて彼の視線から逃れるようにしたが、見下げる彼の視線が私の頭頂部にグサグサと刺さってくる。
「貴方は、自分自身がどういう立場であるか理解していますよね?」
「はい!重々承知です。」
あからさまに不機嫌な声に恐る恐る眼だけで彼の顔を盗み見る。ザァと強い風が髪をたなびかせる。長い私の髪が揺れるのと同じ動きで、鬼灯の短い髪が揺れる。
「なら……私のいう事を聞きなさい」
彼の大きな手が私の手首を掴む。細い手首に巻き付く大きな手のひらは蛇のようである。獲物をじわじわ殺していくように締め付けるは手首。細い目に睨みつけられて身体が動かない。
「今後あの男に会わないでください」
そう言う彼の表情はいつも以上に厳しかった。深く刻まれた眉間の皺にどこか哀愁を感じる。
「え…ッ」
「貴女は、私の部下でしょう?」
一度彼はそこでごくりと唾を飲み込むと、低い声で短く言い放った。
「なら、他の男の所にいくな。」
彼は今まで聞いたことのない乱暴な言葉で言った。彼の奥歯が言葉にならない怒りを噛み砕くようにごりごりと噛み締められるのに合わせて、キリキリ砕かれるかと思ってしまう強い力で手首が捻りあげられる。
「痛い…いたいッ!」
天国に私の悲鳴が響き渡った。そばでお食事中に兎がその声に驚いて、走り去っていく。鬼灯も私の悲鳴を聞いて、驚いたように手首を離した。
しばらく沈黙が二人の間に流れる。赤くなってしまった手首を反対の手でさすりながら、彼と目が合わないように、彼のつま先を見つめた。
「だから…私は貴女をあの男に会わせたくなかった…」
振り絞ったような声が彼の口先から細い線の様になって出た。会わせたくない奴とは白澤だったのか。霞む瞳で鬼灯を見上げる。
何も言わずに彼は私の方に一歩踏み出した。それに合わせて私も一歩後ずさる。
彼の乱暴な行動が…怖い。
じりじりとにじり寄る彼に私は初めて恐怖を感じた。どこか鬼の中の鬼、鬼神であることを嘘のように感じていた。
ただ、今。私は彼に恐怖を抱いている。首に手を掛けられてそのまま息の根を止められてしまうのではないか。皮膚や骨をいとも簡単に貫通し、心臓をえぐりだされてしまうのではないか。そう思い込んでしまうほど彼が怖い。
「ごめんなさい……」
唇が僅かに震えている。体の底から震えが上がってきている。足もガタガタと震えている。
彼がそっと両腕を伸ばした。まるで逃がさないと言うように。そして問答無用に引き寄せた。乱暴に顔が胸に衝突する。ギュッと抱きしめられてからやっとほっとした。
胸に顔が押し付けられると、彼の心臓の振動が頬を伝って感じられる。心臓がしっかり動いている、脈が規則的に動いていると思うとやっと鬼灯の存在が身近に感じられた。
この間閻魔がそっと教えてくれたことがある。
閻魔も、私も、鬼灯もみんな人間であったと。死を経験し、ここにいると。しかし鬼となり、閻魔となった今、人間とは別の心臓が動き出した。心臓であり、心臓でない。
私にはその心臓が、きっとない。中途半端な存在。
でも、彼の心臓は動いている。一分一秒絶えることなく動いている。私と同じようで、私と違う。それが妙に心地よかった。
「鬼灯様…」
「あの男の匂いが付いているなんて、考えられません。消臭です。」
私たちを囲うように風が吹き抜けた。どこか桃の香りがして、鬼灯の匂いをかき消した。
私はいつになれば、この人のように心臓が動くのだろうかと頭のどこかで考えながら、そっと鬼灯に身を委ねた。
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足早に白澤達から距離をとっていく鬼灯に、やっとのことで追いつき、その袖を引いたのは、彼らの姿がもう既に見えなくなってしまってからのことであった。
「もう少しゆっくり…」
息が上がり切ってしまった私の言葉。しかしその先は言葉にならなかった。振り返った鬼灯の顔が非常に不機嫌だったからだ。
「ひッ…」
ものすごい形相の鬼灯に私は後ずさった。
「ごごごごごごめんなさい!」
何に一体怒っているのか解らないがこの不機嫌に入ると鬼灯は手を付けられない。頭を下げて彼の視線から逃れるようにしたが、見下げる彼の視線が私の頭頂部にグサグサと刺さってくる。
「貴方は、自分自身がどういう立場であるか理解していますよね?」
「はい!重々承知です。」
あからさまに不機嫌な声に恐る恐る眼だけで彼の顔を盗み見る。ザァと強い風が髪をたなびかせる。長い私の髪が揺れるのと同じ動きで、鬼灯の短い髪が揺れる。
「なら……私のいう事を聞きなさい」
彼の大きな手が私の手首を掴む。細い手首に巻き付く大きな手のひらは蛇のようである。獲物をじわじわ殺していくように締め付けるは手首。細い目に睨みつけられて身体が動かない。
「今後あの男に会わないでください」
そう言う彼の表情はいつも以上に厳しかった。深く刻まれた眉間の皺にどこか哀愁を感じる。
「え…ッ」
「貴女は、私の部下でしょう?」
一度彼はそこでごくりと唾を飲み込むと、低い声で短く言い放った。
「なら、他の男の所にいくな。」
彼は今まで聞いたことのない乱暴な言葉で言った。彼の奥歯が言葉にならない怒りを噛み砕くようにごりごりと噛み締められるのに合わせて、キリキリ砕かれるかと思ってしまう強い力で手首が捻りあげられる。
「痛い…いたいッ!」
天国に私の悲鳴が響き渡った。そばでお食事中に兎がその声に驚いて、走り去っていく。鬼灯も私の悲鳴を聞いて、驚いたように手首を離した。
しばらく沈黙が二人の間に流れる。赤くなってしまった手首を反対の手でさすりながら、彼と目が合わないように、彼のつま先を見つめた。
「だから…私は貴女をあの男に会わせたくなかった…」
振り絞ったような声が彼の口先から細い線の様になって出た。会わせたくない奴とは白澤だったのか。霞む瞳で鬼灯を見上げる。
何も言わずに彼は私の方に一歩踏み出した。それに合わせて私も一歩後ずさる。
彼の乱暴な行動が…怖い。
じりじりとにじり寄る彼に私は初めて恐怖を感じた。どこか鬼の中の鬼、鬼神であることを嘘のように感じていた。
ただ、今。私は彼に恐怖を抱いている。首に手を掛けられてそのまま息の根を止められてしまうのではないか。皮膚や骨をいとも簡単に貫通し、心臓をえぐりだされてしまうのではないか。そう思い込んでしまうほど彼が怖い。
「ごめんなさい……」
唇が僅かに震えている。体の底から震えが上がってきている。足もガタガタと震えている。
彼がそっと両腕を伸ばした。まるで逃がさないと言うように。そして問答無用に引き寄せた。乱暴に顔が胸に衝突する。ギュッと抱きしめられてからやっとほっとした。
胸に顔が押し付けられると、彼の心臓の振動が頬を伝って感じられる。心臓がしっかり動いている、脈が規則的に動いていると思うとやっと鬼灯の存在が身近に感じられた。
この間閻魔がそっと教えてくれたことがある。
閻魔も、私も、鬼灯もみんな人間であったと。死を経験し、ここにいると。しかし鬼となり、閻魔となった今、人間とは別の心臓が動き出した。心臓であり、心臓でない。
私にはその心臓が、きっとない。中途半端な存在。
でも、彼の心臓は動いている。一分一秒絶えることなく動いている。私と同じようで、私と違う。それが妙に心地よかった。
「鬼灯様…」
「あの男の匂いが付いているなんて、考えられません。消臭です。」
私たちを囲うように風が吹き抜けた。どこか桃の香りがして、鬼灯の匂いをかき消した。
私はいつになれば、この人のように心臓が動くのだろうかと頭のどこかで考えながら、そっと鬼灯に身を委ねた。
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