第4話 白澤
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「それにしても驚いた。すっかり好青年になって。」
「あまり、以前のことは言わないでください…。忘れたい過去です。」
照れたように笑う桃太郎の横顔にそっと笑いかけた。
「今、俺薬、漢方を学んでいるんです。その学んでいる人が白澤様なんです。」
話によれば先程の桃園も白澤のものであるそうだ。あの広大な土地を管理しているとは、相当の権力者だとうかがえる。白澤は中国で昔から伝わる幸運をもたらす聖獣。聖獣と桃とはなんともありがたい組み合わせだ。一人であの樹を愛でた手のひらを擦り合わせて拝む。
「それにしても気になっているのですが、白澤って四足歩行ですよね。どうやって薬の調合をしているのんだろうって。指先もきっと蹄でしょうし。」
「それは会えばわかりますよ。」
しばらく談笑を続ける二人の目に中国造りの家が見えた。扉のそばには「うさぎ漢方極楽満月」と看板が掲げてある。
「あそこです!」
興奮したように急に走り出した桃太郎。まるで先生の家庭訪問に喜ぶ子どものような姿に愛らしさを感じる。駆けていく桃太郎のその背中から大きな桃の実が零れ落ちた。それを拾い上げると手一杯に桃の感触が広がり、思わず顔を近づけて、大きく深呼吸をした。幸せな香りが肺いっぱいに膨らんで恍惚。向こうから桃太郎の呼ぶ声が聞こえて、慌てて彼の後を追う。
「白澤様、ただいま戻りました。」
そう言って扉を開けた瞬間。
「こんの!クソ野郎!」
「デジャブッッッ!!!」
割烹着の男が桃太郎にクリンヒットした。桃太郎もろとも地面に倒れこむ。驚いた私は咄嗟にそばの茂みに身をかがめる。
「死ね、このクソ野郎。」
そんな言葉で罵りながら一人の少女が顔をのぞかせた。相当の美人だ。あんな子はなかなかいない。腹を立てながら店内から出て行く彼女の後ろ姿を眺めながら、あんな線の細い女の子でも男一人を投げ飛ばせるのだと無性に感心してしまった。
「また、ですか。白澤様。何人目ですか?」
「そうだね…十三人目だね。」
シャチホコの状態で固まる男を桃太郎は白澤と呼んだ。白い割烹着は遠目でもわかるほど、土で汚れてしまっている。
「はぁ…可愛いんだけどな、みんな。」
男は仰向けに寝転び直すとため息をついた。軽く目を閉じて眉間にシワを寄せる。
「貴方が悪いんですよ…とっかえひっかえ…」
「手厳しいなぁ…」
桃太郎の呆れた言葉に白澤はククッと喉の奥で笑った。
私は茂みから出て、ゆっくりその彼に近づくと顔を覗き込んだ。と同時にあっと驚き、溢れそうになった声を飲み込んだ。鬼灯と瓜二つであるのだ。白い肌も目元も顔つき全てがよく似ている。
変化も得意としている白澤は、人間の姿としてこの桃源郷に店を構えているのだとわかり、一人納得する。それにしても、本当に鬼灯とよく似ている。すこし毒を抜いた鬼灯という感じだ。
顔面から滑り込んだからか額が擦り切れているのを見て、思わずそっと傷口に触れる。
「桃タロー君。君の指はこんなに冷たく、細く、繊細であったかな…?」
「あ、白鷺さん。ほっといても大丈夫ですから。」
そう言われてもほっとけない性格である。私はそっと手ぬぐい(現世のハンカチ)を取り出すとそっと額に被せた。
「あ、えっと…」
呆れたように肩を竦める桃太郎への返事を口に出そうとした瞬間、額に当てる私の手首が目にも止まらぬ速さで掴まれた。
「ひっ…!」
白澤の目がカッと見開かれる。
「女の子⁉」
「え…あ、はい。」
「御客さんですよ白澤様」
勢いよく起き上がった白澤は私の手をとり、これ以上ないほどの笑顔で迫ってきた。顔の距離がものさし一本で測れるほど近づく彼の顔に引きつる顔が隠せない。
「やぁ…君可愛いね。どこのお嬢さんかな?」
さっきまでの弱々しい姿は何処へやら。すっかりスイッチが入ってしまっているようで、まつげに息がかかるほどの近さで、喋りかけてくる。
「ん?可愛らしい角だね。地獄からわざわざ来てくれたの?謝々、ありがとう。」
腰に回された腕の動きが厭らしい。私の知らない聖獣の姿に慌てて、身をよじる。
「今ヒマ?何ならお茶でも、どう?」
暇なわけがないと言いかけてギュッと口を閉じる。早く帰って仕事をしないと日が暮れて、もう一度日が昇っても終わらない。こんなところで油を売る時間など私にはないのだ。
「閻魔大王から、こちらのものを頼まれました。頂けますでしょうか。」
「閻魔?獄卒の子?んん。やっぱりお香ちゃんの言い、君と言い、獄卒の子には可愛い子が多い。」
ちょっと待ってね、とウインク一つよこして店内に入っていく白澤を見て私はため息をついた。思ってたより、濃い。キャラが濃い。
「すいません、白鷺さん。あぁいう人でして。女性には目がないんですよ。」
桃太郎のが呆れたように言う。
「ついさっき醜態を晒したところなのに、すぐ乗り換えて。女の子が怒るのもわかりますよ。あれでも、中国の妖怪の長なんですよ。」
呆れた様子の桃太郎。しかし、どこか愛情のある眼差しに尊敬の念を感じられる。そっと微笑むと、桃太郎は決まりが悪そうに唇を噛み締めて、瞳をあちらこちらへと揺らした。図星だったと確信すると同時に、妙に可愛らしく感じてしまう。
「はい、これが腰痛ね。」
白澤が手渡す小さな紙袋を受け取るとお金を払う。「謝々」と囁く白澤に軽く会釈をして、その場を立ち去る。
さぁ、帰ろう。やらなくてはならないことは山ほどある。どの順番が効率が良いかを頭の中で構成して、指折り数えていると、背後から着物の袖からはみ出した手首を掴まれた。
「あっ、ちょっと待ってよ。名前教えて」
振り返ると白澤が呑気な顔で笑っている。表情豊かな様子に、鬼灯に似ているようで、正反対の人だとぼんやりと考えた。
「知りたいなぁ。君の名前。」
私の顔があからさまに嫌そうに歪む。しつこい人は老若男女関係なく苦手なのだ。腕に力を込めて振り払おうとするも相手の力は底知れず。全くもってびくともしない。私もそこそこ馬鹿力であると思うが、私の力にびくともしないところは鬼灯そっくりだ。
「白鷺です。」
「へぇ、白鷺ちゃんって言うんだぁ。やっぱり名前も可愛いね。」
ありきたりな台詞に眉間にしわがよる。一体今までにその台詞を何人もの女性に囁いてきたのだろううか。
「あの、私…仕事があるので。」
「なんでぇ…?地獄の仕事なんて男にさせておけばいいじゃない。可愛い君には似合わないよぉ?」
余計なお世話である。このご時世になってもなお、力仕事は男の仕事で、女は下がっていろと言われるのは、本人にそのような気がなくとも、素直に受け入れられない。
「ご心配なく。鍛えていますので。」
「ストイックだね。でもこんな綺麗な手は人を傷つけて血に染め上げるためにあるんじゃなくて、僕の手を握るためにあると思うな」
そう言って強引に手の甲に口付けを落とした。
その時。
「では、私の拳は貴方の血で染め上げるためにあるのでしょうね。」
聞き慣れた低い声が背後から聞こえたと思うと、空を切るような音がして私の耳元を大きな拳が掠っていった。その拳は容赦なく白澤の顔面に叩き込まれると、男の体は軽々と飛んで行った。本日二回目の光景に、私と桃太郎は顔を見合わせる。
「帰りが遅いから迎えに来たというのに、なんでこんな変態に絡まれているのですか、貴方は?」
そう言って私の肩を抱いた人物に私は安堵の息を漏らした。
「ありがとうごさいました。すごく助かりました、鬼灯様。」
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「あまり、以前のことは言わないでください…。忘れたい過去です。」
照れたように笑う桃太郎の横顔にそっと笑いかけた。
「今、俺薬、漢方を学んでいるんです。その学んでいる人が白澤様なんです。」
話によれば先程の桃園も白澤のものであるそうだ。あの広大な土地を管理しているとは、相当の権力者だとうかがえる。白澤は中国で昔から伝わる幸運をもたらす聖獣。聖獣と桃とはなんともありがたい組み合わせだ。一人であの樹を愛でた手のひらを擦り合わせて拝む。
「それにしても気になっているのですが、白澤って四足歩行ですよね。どうやって薬の調合をしているのんだろうって。指先もきっと蹄でしょうし。」
「それは会えばわかりますよ。」
しばらく談笑を続ける二人の目に中国造りの家が見えた。扉のそばには「うさぎ漢方極楽満月」と看板が掲げてある。
「あそこです!」
興奮したように急に走り出した桃太郎。まるで先生の家庭訪問に喜ぶ子どものような姿に愛らしさを感じる。駆けていく桃太郎のその背中から大きな桃の実が零れ落ちた。それを拾い上げると手一杯に桃の感触が広がり、思わず顔を近づけて、大きく深呼吸をした。幸せな香りが肺いっぱいに膨らんで恍惚。向こうから桃太郎の呼ぶ声が聞こえて、慌てて彼の後を追う。
「白澤様、ただいま戻りました。」
そう言って扉を開けた瞬間。
「こんの!クソ野郎!」
「デジャブッッッ!!!」
割烹着の男が桃太郎にクリンヒットした。桃太郎もろとも地面に倒れこむ。驚いた私は咄嗟にそばの茂みに身をかがめる。
「死ね、このクソ野郎。」
そんな言葉で罵りながら一人の少女が顔をのぞかせた。相当の美人だ。あんな子はなかなかいない。腹を立てながら店内から出て行く彼女の後ろ姿を眺めながら、あんな線の細い女の子でも男一人を投げ飛ばせるのだと無性に感心してしまった。
「また、ですか。白澤様。何人目ですか?」
「そうだね…十三人目だね。」
シャチホコの状態で固まる男を桃太郎は白澤と呼んだ。白い割烹着は遠目でもわかるほど、土で汚れてしまっている。
「はぁ…可愛いんだけどな、みんな。」
男は仰向けに寝転び直すとため息をついた。軽く目を閉じて眉間にシワを寄せる。
「貴方が悪いんですよ…とっかえひっかえ…」
「手厳しいなぁ…」
桃太郎の呆れた言葉に白澤はククッと喉の奥で笑った。
私は茂みから出て、ゆっくりその彼に近づくと顔を覗き込んだ。と同時にあっと驚き、溢れそうになった声を飲み込んだ。鬼灯と瓜二つであるのだ。白い肌も目元も顔つき全てがよく似ている。
変化も得意としている白澤は、人間の姿としてこの桃源郷に店を構えているのだとわかり、一人納得する。それにしても、本当に鬼灯とよく似ている。すこし毒を抜いた鬼灯という感じだ。
顔面から滑り込んだからか額が擦り切れているのを見て、思わずそっと傷口に触れる。
「桃タロー君。君の指はこんなに冷たく、細く、繊細であったかな…?」
「あ、白鷺さん。ほっといても大丈夫ですから。」
そう言われてもほっとけない性格である。私はそっと手ぬぐい(現世のハンカチ)を取り出すとそっと額に被せた。
「あ、えっと…」
呆れたように肩を竦める桃太郎への返事を口に出そうとした瞬間、額に当てる私の手首が目にも止まらぬ速さで掴まれた。
「ひっ…!」
白澤の目がカッと見開かれる。
「女の子⁉」
「え…あ、はい。」
「御客さんですよ白澤様」
勢いよく起き上がった白澤は私の手をとり、これ以上ないほどの笑顔で迫ってきた。顔の距離がものさし一本で測れるほど近づく彼の顔に引きつる顔が隠せない。
「やぁ…君可愛いね。どこのお嬢さんかな?」
さっきまでの弱々しい姿は何処へやら。すっかりスイッチが入ってしまっているようで、まつげに息がかかるほどの近さで、喋りかけてくる。
「ん?可愛らしい角だね。地獄からわざわざ来てくれたの?謝々、ありがとう。」
腰に回された腕の動きが厭らしい。私の知らない聖獣の姿に慌てて、身をよじる。
「今ヒマ?何ならお茶でも、どう?」
暇なわけがないと言いかけてギュッと口を閉じる。早く帰って仕事をしないと日が暮れて、もう一度日が昇っても終わらない。こんなところで油を売る時間など私にはないのだ。
「閻魔大王から、こちらのものを頼まれました。頂けますでしょうか。」
「閻魔?獄卒の子?んん。やっぱりお香ちゃんの言い、君と言い、獄卒の子には可愛い子が多い。」
ちょっと待ってね、とウインク一つよこして店内に入っていく白澤を見て私はため息をついた。思ってたより、濃い。キャラが濃い。
「すいません、白鷺さん。あぁいう人でして。女性には目がないんですよ。」
桃太郎のが呆れたように言う。
「ついさっき醜態を晒したところなのに、すぐ乗り換えて。女の子が怒るのもわかりますよ。あれでも、中国の妖怪の長なんですよ。」
呆れた様子の桃太郎。しかし、どこか愛情のある眼差しに尊敬の念を感じられる。そっと微笑むと、桃太郎は決まりが悪そうに唇を噛み締めて、瞳をあちらこちらへと揺らした。図星だったと確信すると同時に、妙に可愛らしく感じてしまう。
「はい、これが腰痛ね。」
白澤が手渡す小さな紙袋を受け取るとお金を払う。「謝々」と囁く白澤に軽く会釈をして、その場を立ち去る。
さぁ、帰ろう。やらなくてはならないことは山ほどある。どの順番が効率が良いかを頭の中で構成して、指折り数えていると、背後から着物の袖からはみ出した手首を掴まれた。
「あっ、ちょっと待ってよ。名前教えて」
振り返ると白澤が呑気な顔で笑っている。表情豊かな様子に、鬼灯に似ているようで、正反対の人だとぼんやりと考えた。
「知りたいなぁ。君の名前。」
私の顔があからさまに嫌そうに歪む。しつこい人は老若男女関係なく苦手なのだ。腕に力を込めて振り払おうとするも相手の力は底知れず。全くもってびくともしない。私もそこそこ馬鹿力であると思うが、私の力にびくともしないところは鬼灯そっくりだ。
「白鷺です。」
「へぇ、白鷺ちゃんって言うんだぁ。やっぱり名前も可愛いね。」
ありきたりな台詞に眉間にしわがよる。一体今までにその台詞を何人もの女性に囁いてきたのだろううか。
「あの、私…仕事があるので。」
「なんでぇ…?地獄の仕事なんて男にさせておけばいいじゃない。可愛い君には似合わないよぉ?」
余計なお世話である。このご時世になってもなお、力仕事は男の仕事で、女は下がっていろと言われるのは、本人にそのような気がなくとも、素直に受け入れられない。
「ご心配なく。鍛えていますので。」
「ストイックだね。でもこんな綺麗な手は人を傷つけて血に染め上げるためにあるんじゃなくて、僕の手を握るためにあると思うな」
そう言って強引に手の甲に口付けを落とした。
その時。
「では、私の拳は貴方の血で染め上げるためにあるのでしょうね。」
聞き慣れた低い声が背後から聞こえたと思うと、空を切るような音がして私の耳元を大きな拳が掠っていった。その拳は容赦なく白澤の顔面に叩き込まれると、男の体は軽々と飛んで行った。本日二回目の光景に、私と桃太郎は顔を見合わせる。
「帰りが遅いから迎えに来たというのに、なんでこんな変態に絡まれているのですか、貴方は?」
そう言って私の肩を抱いた人物に私は安堵の息を漏らした。
「ありがとうごさいました。すごく助かりました、鬼灯様。」
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