第4話 白澤
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鬼灯はどうも先日シロたちを連れて天国へと行っていたらしい。異様にご機嫌な鬼灯とどこか疲れ切った顔をした元桃太郎のお供たちがそろって閻魔殿に帰ってきたところを偶然遭遇した。
一人と三匹のそんな仲良さげな様子を見せつけられて、当たり前のことながら羨ましく思い、後々私も行きたかったと文句を垂らした。唇を尖らせて何しに行ったのかと問い詰める私に、鬼灯は黙秘を決め込み、ツンと立った私の唇を指で摘んで言葉を制するだけであった。そんな彼の手から逃れて、今度は私も連れて行くようお願いすると、驚く程頑なに断られた。
「貴方には絶対に会わせたくない人がいるんです。」
複数回に渡って、交渉するしつこい私に、最終的には怒りのこもった様子で、静かに声を荒げた。
鬼灯が私に会わせたくない人。天国に女がいるのかもしれないという疑惑が湧き上がったが、別にいようがいまいが私には関係ない。ただ少しだけ、あの鬼灯が声を荒げるほど会わせたくない人物に興味を抱いた。私の中の好奇心が静かに顔をもたげ始めている。
そんな私も今、天国は桃源郷、そこにいる。
今は仕事の真っ最中である。娯楽のために来たわけではない。まさに今人手が足りないと、あちらこちらに走り回っている予定であったのだが、そんな時に限って、閻魔大王が腰痛を訴えたのだ。
一日何時間もの間、閻魔殿にて裁判を行う閻魔が腰を痛めるのも無理はない。あまりの痛みに耐えられないと私に遣いを頼んだのだ。
それまでやっていた仕事を途中で全て切り上げて出てきたのだが、また帰ったらその仕事が倍になっているのだろうと考えると非常に憂鬱である。
天国は何年ぶりになるのかと指折り数えたが、20年を過ぎたあたりから考えるのをやめた。獄卒になる前はほんの数日であるが、ここにいたのだ。
人の悲鳴もなければ、血なまぐさくもない。小鳥のさえずり、どこからともなく香る甘い香り。過去の判断には後悔はしていないが、獄卒になる前はここで過ごすことも選択肢に含まれていたので名残惜しい気もしてしまう。
道端でむしゃむしゃとお食事中の兎さんを横目に、手元のメモに書かれた簡易な地図通り進んでいく。
「ハクタク…様か…」
閻魔から言われた遣いとは薬剤師である白澤に薬をもらいに行くということであった。あまりこちらの人物に精通していないので、「うさぎ漢方極楽満月」「 白澤」という名前にいまいちピンとこない。
白澤とは中国の伝説の生き物であり、万物を知る珍獣である。天国で薬屋をしていたなんて初耳である。私が今までに文献で見た白澤は、牛のような馬のような生き物で、体中に目がある不思議な生き物であった。きっと四足歩行であろうと推測されるが、一体のどのように薬を調合しているのか必見である。
「あ…。」
甘い香りにふと顔を上げると果樹園に出ていた。そんなに深く考え込んでいただろうか。昔からどこか抜けているところがある。一度考え込むと周りが見えない癖もそろそろ直さなければならない。
そっと、果樹に歩み寄る。果樹と言っても桃しか見当たらない。桃は昔から厄を払う高貴な果物であるとされているので、天国には多く自生している。もちろん管理されている木もある。艶やかな実を見る限り、多分ここにあるのは全て管理されている桃だ。
豊満な実を大量に支える枝々や幹は太くしっかりとしている。まるで息をしているように脈打つ幹に、そっと頬を寄せた。桃の香りが鼻腔をくすぐる。肉質もしっかりとしていて、それは立派な桃である。その自然美にうっとりとしてしまい、しばらくそこにたたずんでいた。
「あのっ…」
桃の実に見惚れていた私に向かってかけられた声にふと振り返ると、そこにはふっくらとした顔の男性が立っていた。頭巾を深く被り、竹の籠を背負っている。中には桃の実がぎっしり。
「何してるんですか?」
「あ、すみません、思わず…って、桃太郎さんじゃないですか!」
下膨れの顔に、独特な声、見れば見るほどあの時、地獄に乗り込んできた桃太郎の顔が脳裏に過ぎる。厚い化粧を落とし、すっかり見違えた。桃太郎は首を傾げたが、しばらくして思い出したかのように手を打った。
「鬼灯様の部下の、第二補佐官白鷺さん。」
「今はこちらで働いてるんでしたね。」
彼に歩み寄ると、あの時とは異なる顔つきに非常に感慨深くなる。穏やかになった瞳に薄く紅のない唇は逆に凛々しさを感じさせ、爽やかさと清潔感を感じる。
「どうかなさったのですか?」
「お恥ずかしながら、道に迷ってしまって。」
自虐的に笑うと、釣られて桃太郎も微笑む。
「どちらまで?」
「えっと…ハクタク?様のところです。ご存知ですか?」
すると桃太郎は手を打ち、人懐っこい笑顔で、私の手を引いた。
「なら、ご案内しましょう。」
「えっ、よろしいのですか?」
「ええ、実は僕、今そこで働いてるんです。」
なんという偶然。私は思わず声を上げて歓喜した。
「よろしくお願いします!」
→
一人と三匹のそんな仲良さげな様子を見せつけられて、当たり前のことながら羨ましく思い、後々私も行きたかったと文句を垂らした。唇を尖らせて何しに行ったのかと問い詰める私に、鬼灯は黙秘を決め込み、ツンと立った私の唇を指で摘んで言葉を制するだけであった。そんな彼の手から逃れて、今度は私も連れて行くようお願いすると、驚く程頑なに断られた。
「貴方には絶対に会わせたくない人がいるんです。」
複数回に渡って、交渉するしつこい私に、最終的には怒りのこもった様子で、静かに声を荒げた。
鬼灯が私に会わせたくない人。天国に女がいるのかもしれないという疑惑が湧き上がったが、別にいようがいまいが私には関係ない。ただ少しだけ、あの鬼灯が声を荒げるほど会わせたくない人物に興味を抱いた。私の中の好奇心が静かに顔をもたげ始めている。
そんな私も今、天国は桃源郷、そこにいる。
今は仕事の真っ最中である。娯楽のために来たわけではない。まさに今人手が足りないと、あちらこちらに走り回っている予定であったのだが、そんな時に限って、閻魔大王が腰痛を訴えたのだ。
一日何時間もの間、閻魔殿にて裁判を行う閻魔が腰を痛めるのも無理はない。あまりの痛みに耐えられないと私に遣いを頼んだのだ。
それまでやっていた仕事を途中で全て切り上げて出てきたのだが、また帰ったらその仕事が倍になっているのだろうと考えると非常に憂鬱である。
天国は何年ぶりになるのかと指折り数えたが、20年を過ぎたあたりから考えるのをやめた。獄卒になる前はほんの数日であるが、ここにいたのだ。
人の悲鳴もなければ、血なまぐさくもない。小鳥のさえずり、どこからともなく香る甘い香り。過去の判断には後悔はしていないが、獄卒になる前はここで過ごすことも選択肢に含まれていたので名残惜しい気もしてしまう。
道端でむしゃむしゃとお食事中の兎さんを横目に、手元のメモに書かれた簡易な地図通り進んでいく。
「ハクタク…様か…」
閻魔から言われた遣いとは薬剤師である白澤に薬をもらいに行くということであった。あまりこちらの人物に精通していないので、「うさぎ漢方極楽満月」「 白澤」という名前にいまいちピンとこない。
白澤とは中国の伝説の生き物であり、万物を知る珍獣である。天国で薬屋をしていたなんて初耳である。私が今までに文献で見た白澤は、牛のような馬のような生き物で、体中に目がある不思議な生き物であった。きっと四足歩行であろうと推測されるが、一体のどのように薬を調合しているのか必見である。
「あ…。」
甘い香りにふと顔を上げると果樹園に出ていた。そんなに深く考え込んでいただろうか。昔からどこか抜けているところがある。一度考え込むと周りが見えない癖もそろそろ直さなければならない。
そっと、果樹に歩み寄る。果樹と言っても桃しか見当たらない。桃は昔から厄を払う高貴な果物であるとされているので、天国には多く自生している。もちろん管理されている木もある。艶やかな実を見る限り、多分ここにあるのは全て管理されている桃だ。
豊満な実を大量に支える枝々や幹は太くしっかりとしている。まるで息をしているように脈打つ幹に、そっと頬を寄せた。桃の香りが鼻腔をくすぐる。肉質もしっかりとしていて、それは立派な桃である。その自然美にうっとりとしてしまい、しばらくそこにたたずんでいた。
「あのっ…」
桃の実に見惚れていた私に向かってかけられた声にふと振り返ると、そこにはふっくらとした顔の男性が立っていた。頭巾を深く被り、竹の籠を背負っている。中には桃の実がぎっしり。
「何してるんですか?」
「あ、すみません、思わず…って、桃太郎さんじゃないですか!」
下膨れの顔に、独特な声、見れば見るほどあの時、地獄に乗り込んできた桃太郎の顔が脳裏に過ぎる。厚い化粧を落とし、すっかり見違えた。桃太郎は首を傾げたが、しばらくして思い出したかのように手を打った。
「鬼灯様の部下の、第二補佐官白鷺さん。」
「今はこちらで働いてるんでしたね。」
彼に歩み寄ると、あの時とは異なる顔つきに非常に感慨深くなる。穏やかになった瞳に薄く紅のない唇は逆に凛々しさを感じさせ、爽やかさと清潔感を感じる。
「どうかなさったのですか?」
「お恥ずかしながら、道に迷ってしまって。」
自虐的に笑うと、釣られて桃太郎も微笑む。
「どちらまで?」
「えっと…ハクタク?様のところです。ご存知ですか?」
すると桃太郎は手を打ち、人懐っこい笑顔で、私の手を引いた。
「なら、ご案内しましょう。」
「えっ、よろしいのですか?」
「ええ、実は僕、今そこで働いてるんです。」
なんという偶然。私は思わず声を上げて歓喜した。
「よろしくお願いします!」
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