第2話 シロ、日々勉強
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大釜の仕事を終えたころには私の体は全身が悲鳴を上げていた。獄卒を持ち上げる腕力も、棒で押さえつける脚腰もひどくなまっている。大釜を出てからずっと机に向かう仕事をしていると言っても、もう少しは筋力も体力も残っていると思っていたが、これ程動かないとは。自分の衰えを実感して、ひどく落胆する。
鬼灯のお言葉に甘えて直帰させてもらおう。時はすでに勤務終了時間を回っている。仕事場に寄らず真っ直ぐに部屋に帰ろうと思うも、閻魔殿の中に部屋を作り、住み込みで働く私は、必ず仕事場の横を通って帰らなくてはならない。見つからないように警戒しながら廊下を歩く私の視界に、薄暗がりの中にぼんやりと光が廊下に漏れているのが見えた。鬼灯の仕事場である。
「鬼灯様、こんな時間まで…。」
駆け寄ると扉を少し押し開けて、そっと中を覗いた。そこには、ただひたすらに机に向かう鬼灯の姿があった。顔や肩が大きく動くことはないが、一定の速度で筆を握った手が動く。
『鬼灯様とは、上手くいってるの?』
先ほど冷やかしのような同期の言葉を思い出して私は首を横に大きく振った。鬼灯とはそんな関係でない。向こうが求めていたとしても、私がそれに応える気は全くないし、今後この先応えることなど絶対に出来ない。
そのような考えを打ち払うようにコンコンとわざとらしく大きくノックをした。体重をかけて扉を押し開けると、無機質で大きな扉がギイと重い音を立てた。
「はい」
中から相変わらずのいい重低音の声が返ってくる。私はそっと中に顔を出すと鬼灯が気が付いたように顔を上げた。
「白鷺さん。直帰なさったのではなかったのですか?」
「こんな遅くまで熱心にされている方を尻目に戻るような輩に見えますか?」
私がクスクスと笑うと、鬼灯は少し戸惑ったように目線を右上、左上と泳がせてから、少しだけ頬を緩ませた。今までの中で最も優しい表情だと思った。
「私も手伝って良いですか?」
「よろしいのですか?」
「はい、手伝わせてください」
「では、この束が終わり次第帰りましょうか」
彼の指差す紙の束を手に取る。
「大丈夫、これくらいなら小1時間でもあれば終わるでしょう」
書類処理が得意な私の右に出る者は鬼灯ぐらいだ。そんな二人でこれだけの書類くらい朝飯前である。
「白鷺さん」
作業を始めた私に鬼灯が声をかけた。
「はい?」
電卓と筆を手に振り返らずに聞き返す。
「私達も結婚しましょうか」
「なんの脈略もない…。おっしゃってる意味がわかりません。」
「夫婦になりましょう」
「言い方を変えてもダメですよ。」
どうした急に、と振り返った私は目を疑った。もうすぐ目の前に鬼灯が立っていたのだ。目と鼻の先に鬼灯の顔があり、その整った顔が接近しているという事実に、目の前がチカチカ点滅する。
「鬼灯様ッ…近い…ッ」
辛うじて肩を両手で押すけれど、彼はビクともせず、私の目の中を覗き込んでくる。
「どうしたんです、急に…。」
「今日、貴方が去ったあと、不喜処のシロさんの先輩と例のお局様が結婚する、という報告を受けたんです。」
だから、お局様はゼクシィなんて眺めちゃってたんだと合点がいくが、その話が今彼が私に迫る理由にはならない。
「それを見て、ずっとモヤモヤしてたんです。けど今わかりました。きっと、僻んでるんです、私。」
僻む?鬼灯が?と頭の中で、僻むという文字が何度も点滅する。彼に似合わない言葉のうちの一つである。彼はそっと体を起こして、離れると私を見下ろし、瞳を見つめた。
「貴方と結ばれたい。ただ、それだけ、なんです。」
鬼灯の口から、そんな歯が浮くような言葉が出てきているという事実、そしてそれが私に向かっての言葉であるという事実に頭が追い付かないが、心臓が何度も何度も強く打って、胸が痛い。
「鬼灯様、今日は一段とおかしいです。」
「今日は特別です。」
彼はぷいっとそっぽを向いて、背を向けると黙って机に向かった。
「けっ…結婚なんてしませんよ」
「えっ?」
「えっ?じゃないですよ」
彼は驚いたように振り返ってから、私の無表情な顔を見て、悔しそうに下唇を噛みながら、どうしたら私の心を手に入れることができるかとボヤキ始めた。
「ドキドキした私がバカみたい」
照れを隠すため冗談めかして言うと、彼は鋭い目で睨みつけて、ただ軽く目をふせた。
「私、本気ですから」
・
鬼灯のお言葉に甘えて直帰させてもらおう。時はすでに勤務終了時間を回っている。仕事場に寄らず真っ直ぐに部屋に帰ろうと思うも、閻魔殿の中に部屋を作り、住み込みで働く私は、必ず仕事場の横を通って帰らなくてはならない。見つからないように警戒しながら廊下を歩く私の視界に、薄暗がりの中にぼんやりと光が廊下に漏れているのが見えた。鬼灯の仕事場である。
「鬼灯様、こんな時間まで…。」
駆け寄ると扉を少し押し開けて、そっと中を覗いた。そこには、ただひたすらに机に向かう鬼灯の姿があった。顔や肩が大きく動くことはないが、一定の速度で筆を握った手が動く。
『鬼灯様とは、上手くいってるの?』
先ほど冷やかしのような同期の言葉を思い出して私は首を横に大きく振った。鬼灯とはそんな関係でない。向こうが求めていたとしても、私がそれに応える気は全くないし、今後この先応えることなど絶対に出来ない。
そのような考えを打ち払うようにコンコンとわざとらしく大きくノックをした。体重をかけて扉を押し開けると、無機質で大きな扉がギイと重い音を立てた。
「はい」
中から相変わらずのいい重低音の声が返ってくる。私はそっと中に顔を出すと鬼灯が気が付いたように顔を上げた。
「白鷺さん。直帰なさったのではなかったのですか?」
「こんな遅くまで熱心にされている方を尻目に戻るような輩に見えますか?」
私がクスクスと笑うと、鬼灯は少し戸惑ったように目線を右上、左上と泳がせてから、少しだけ頬を緩ませた。今までの中で最も優しい表情だと思った。
「私も手伝って良いですか?」
「よろしいのですか?」
「はい、手伝わせてください」
「では、この束が終わり次第帰りましょうか」
彼の指差す紙の束を手に取る。
「大丈夫、これくらいなら小1時間でもあれば終わるでしょう」
書類処理が得意な私の右に出る者は鬼灯ぐらいだ。そんな二人でこれだけの書類くらい朝飯前である。
「白鷺さん」
作業を始めた私に鬼灯が声をかけた。
「はい?」
電卓と筆を手に振り返らずに聞き返す。
「私達も結婚しましょうか」
「なんの脈略もない…。おっしゃってる意味がわかりません。」
「夫婦になりましょう」
「言い方を変えてもダメですよ。」
どうした急に、と振り返った私は目を疑った。もうすぐ目の前に鬼灯が立っていたのだ。目と鼻の先に鬼灯の顔があり、その整った顔が接近しているという事実に、目の前がチカチカ点滅する。
「鬼灯様ッ…近い…ッ」
辛うじて肩を両手で押すけれど、彼はビクともせず、私の目の中を覗き込んでくる。
「どうしたんです、急に…。」
「今日、貴方が去ったあと、不喜処のシロさんの先輩と例のお局様が結婚する、という報告を受けたんです。」
だから、お局様はゼクシィなんて眺めちゃってたんだと合点がいくが、その話が今彼が私に迫る理由にはならない。
「それを見て、ずっとモヤモヤしてたんです。けど今わかりました。きっと、僻んでるんです、私。」
僻む?鬼灯が?と頭の中で、僻むという文字が何度も点滅する。彼に似合わない言葉のうちの一つである。彼はそっと体を起こして、離れると私を見下ろし、瞳を見つめた。
「貴方と結ばれたい。ただ、それだけ、なんです。」
鬼灯の口から、そんな歯が浮くような言葉が出てきているという事実、そしてそれが私に向かっての言葉であるという事実に頭が追い付かないが、心臓が何度も何度も強く打って、胸が痛い。
「鬼灯様、今日は一段とおかしいです。」
「今日は特別です。」
彼はぷいっとそっぽを向いて、背を向けると黙って机に向かった。
「けっ…結婚なんてしませんよ」
「えっ?」
「えっ?じゃないですよ」
彼は驚いたように振り返ってから、私の無表情な顔を見て、悔しそうに下唇を噛みながら、どうしたら私の心を手に入れることができるかとボヤキ始めた。
「ドキドキした私がバカみたい」
照れを隠すため冗談めかして言うと、彼は鋭い目で睨みつけて、ただ軽く目をふせた。
「私、本気ですから」
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