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お似合いよ

ふわりと鼻をくすぐる香りに覚えがあった。

ほんのり甘くて優しい香り。どこで嗅いだ匂いだったっけ。
香りの発信源である蔵内の顔を見上げる。大学で初めて級友と呼べる距離になった彼は、授業での疑問を尋ねれば、いつでも教本を開いて説明してくれる親切な人だ。ほんのり漂う優しい香りがよく似合う微笑みを見て思い出した。

王子と同じ匂い。

去年の秋頃、王子は同級生たちの制汗剤の匂いとは違ういい匂いがするとかなんとか話題になって、「どんな匂いよ」なんて言いながらふざけて嗅いだ学生服の匂い。確かに低価格な制汗剤とは違うほんのり甘い香りがしたのを覚えている。本人はいつもの穏やかな微笑みのまま「入浴剤の匂いかな」って首を傾けていた。あのときの匂いと同じ。

「ありがとう、蔵内の説明分かりやすいわ」
「いつでも聞いてくれ」

やっぱり親切。

「ところで英語の課題、皆で集まってやろうって話してたんだけど王子から聞いてる?」
「あぁ、昨日聞いた」

昨日、ね。
昨日は日曜日だから大学も休みだし、王子隊は防衛任務も入ってなかったし、基地では見かけなかった。メールや電話でやり取りした可能性だってあるから昨日一緒に過ごしたのねとはまだ言い切れない。
まどろっこしい駆け引きをするような間柄でもないから直球で聞いてみる。

「昨日は王子の家に泊まったの?」
「泊めてもらったよ」

ごく自然なことであるように頷いて、何で知ってるんだって首を傾げる。お揃いの香りをまとっている自覚はないみたいね。

別にふたりが特別に睦まじい仲だろうと構わない。
友達の恋人として採点するならふたりとも余裕の合格、推薦するレベル。いや、王子はどうかしら。蔵内以外には進められないかも。

「今日の蔵内、王子と同じ匂いがするわよ」

この期に及んでまだバレてないとでも思っていたのか、彼は驚いたような顔をした。

「匂い…ああ、風呂にいい匂いの入浴剤が入ってた…たしかに残ってるな」

袖口を嗅いで少し困ったように眉間を寄せる。

「いいんじゃない。似合ってるわよ」

匂いも、彼も、お似合いよ。
意図が伝わったのかさっきまで鼻先に持ってきていた右手でほころんだ口元を隠している。

「そうか」
「そうよ」

毎日のように敵兵が現れて、防衛に明け暮れる日々だとしても、優しい香りに包まれるような平穏があって良い。大切な友達が微笑みあえる日々なら一緒に守ってあげる。だからずっとその甘い香りを身にまとっていれば良い。のろけ話だってたまには聞いてあげるし、泣かされたりしたらビンタだってしてあげるから。
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