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清流のほとり、ゼル・ディンは気ままに釣り糸を垂らしていた。
なんでも友人のショーンは海釣りに飽きたとかで(というよりは、単に釣れないのをロケーションのせいにしたかったのだろう)こうして森の中まで足を運んだわけだが、場所を変えても自前の浮きは一向に反応する気配がない。
そうこうしている内に小一時間が経過し───あまりの退屈に耐えかねたショーンが、ついに釣り竿を放り投げた。
「あーもー! やってられっかよ!」
叫んで、草むらの上に大の字に寝転ぶ。握っていた柄にわずかな振動を覚えた……ような気がしていたゼルは、恨めしげな視線を向けた。
「いきなりデカい声出すなって。魚が逃げちまうだろっ」
「普段のお前よかマシだっつーの。てか、逃げる魚すらいないんじゃねえの? はあ……こうなったらここの水全部抜くしかねえか……」
「んなもんどうやってやんだよ。だいたい、釣りってのはなあ……って、んん……?」
小さな違和感に辺りを見渡して───その原因を発見した。
「なんだよ、ちょうちょでも飛んでたかぁ?」
「しーっ。ほら、あれだよあれ」
木立の向こうに、ぞろぞろと列をなして歩いていく人影、総員六名。教官らしき男と、デザインの違う制服を身につけている一人の生徒以外は、皆一様に同じ格好をしている。
「あー、ガーデンの演習かあ。毎度ご苦労なこって」
ショーンはさして興味がないのか、ちらりと視線を向けたきり、ふたたび大地と一体化する作業に戻る。しかしゼルは彼らの動向が気になって仕方なかった。
中でもとりわけ目を引くのは、最後尾を歩く女子の姿だ。他の生徒より足取りが遅れているように見える。あまり体力がないのかもしれない。
「あの制服、どっっっかで見たような気がすんだよなぁ……」
ガーデンが設立されてから何年も経っているのだから当然だ。しかし、初めて見たその時から妙な既視感を覚えていた。特にあの、黄色いリボン……。
「なんか気になるモンでもあんの?」
「いや、女の子もいるんだなって……」
「気持ちは分からんでもないけど、お前さあ……」
友人の呆れた口調の理由に気付き、ゼルはさっと顔を紅潮させる。
「ち、ちげえって! ただ、あんなんでついていけんのかって思っただけだよっ」
そもそも、この距離で顔など分かるはずがない。しかし、遠目にも華奢な体つきだということは分かる。とてもじゃないが、傭兵に向いているとは思えない。どのような理由でガーデンに身を置いているのか分からないが、あの様子では長くは続かないだろう。
そんなことをぼんやりと考えていた、その時。
「おい、ゼル! 掛かってるぞ!」
「え、うお……まじか!」
すっかり放置していた釣竿が反応している。慌てて引き上げるも、ラインの先には釣り針だけが虚しくぶら下がっていた。
再び視線を戻すと、ガーデンの連中はすでに姿を消していた。なんだか釣りを再開する気分にもならない。友人もすっかり飽きてしまったようだし、丁度いいだろう。
「……なあ。ちょっくら、着いてってみねえ?」
「へ? あいつらに? なんで?」
「いや……何やんのか気になってよ。プロの傭兵を育てんだろ?」
別に、あの女子が心配になったわけじゃない。ただ、純粋に彼らの演習をこの目で見てみたかったのだ。
ゼルがバラムに来てから程なくして、ガーデンの建設が始まった。一体どういったテクノロジーの賜物なのか、謎の光を放つ巻貝のような建造物は、今ではすっかり我が物顔でアルクラド平原に鎮座している。
正直なところ、バラムは平和ボケしていると思う。ガーデンが出来てから、その傾向は更に顕著になった。祖父が軍にいた頃はもっと……。
要は、ガーデンの存在が気に入らないのだ。それだけ腕が立つのなら入学を考えてはどうか、と言われたことも何度かある。だが、ゼルにはゼルなりの矜持があった。聞くに、ガーデンの連中はG.F.などという胡乱な力を使用しているらしい。そんなものに頼り続けていたら、いつかボロが出るに決まってる。
面倒だと言いつつ腰を上げたショーンと共に足を進めると、再び生徒たちの姿が見えてきた。
彼らは森の奥に向かいながら、途中何度か戦闘を繰り返しているようだった。大抵はいわゆる雑魚モンスターだ。あの程度なら自分だって、とゼルはどこか冷めた目で傍観する。
しかし、更に鬱蒼とした奥地へと足を踏み入れた時、事態は一変した。突如として、地震に似た、鈍く重い振動が足元を揺るがす。それは断続的に繰り返しながら、次第に強まっていくようだった。
一際大きな振動を感じた直後、巨体な影が姿を現した。派手なオレンジ色に黒い縞模様が入った皮膚に、鋭い歯がびっしりと生え揃った顎。どうやら手負いらしく、生々しい傷によって右目は塞がれている。
「なんだよ、あれ……!」
「ア……アルケオダイノスだ!」
まるでゼルの呟きに答えるかのようなタイミングで、生徒の一人が恐怖に引き攣った声を上げる。
その声に反応して、恐竜───アルケオダイノスというらしい───が、一つしかない緑色の目を向けた。
この森にあんなものがいるなんて聞いたことがない。訓練用にガーデンが輸入したモンスターが脱走したらしい、などという噂を耳にしたことがあるが、まさか本当だったのだろうか?
「おいおいおいッ! いくらなんでもヤバいって!」
小声で叫びながら、ショーンが服の裾を引っ張る。
確かに……これは間違いなくヤバい状況だ。しかし、足がその場を離れようとしない。恐怖心もあるが、それだけでない。今この瞬間、ゼルの胸に湧き上がるのは純粋な好奇心だった。あの化け物を相手に彼らがどんな戦いを見せるのか、どうしても知りたくて。
生徒たちは即座に散開し、戦闘体制を取った。前衛が二人、後衛が二人。それぞれ自分が特技とする得物を掲げている。
魔法、なのだろうか。どこからともなく集約した冷気が、敵を凍てつかせる氷塊となってアルケオダイノスを襲う。しかし、それは巨竜の動きをわずかに鈍らせただけに過ぎなかった。
様子見のためか、教官は指示を出すだけで自ら手を下そうとはしない。制服の異なる一人───SeeDといったか───がサポートに入るが、たった一人でカバーし切れるのだろうか。
案の定、前衛の一人は腰が引けてしまって攻撃どころではない。もう一人が果敢に斬り込むが、回避だけで精一杯といった様子だ。
ゼルはふと、例の少女の姿を探した。
彼女はその身に似つかわしくないアサルトライフルを構え、意外にも淡々と引き金を引き続けている。彼女の動きを観察していうちに、ゼルはあることに気付いた。敵が体の向きを変えるたびに、回り込むように移動している。おそらく右目が見えないことを利用して、死角からの攻撃を試みているのだろう。
ひょっとしたら、この戦いの鍵を握るのは彼女なのかもしれない。そう思い始めたその時、アルケオダイノスが素早く体を回転させ、長い尾で周囲を振り払った。衝撃で近くにいた二名が吹き飛ばされ、すかさずSeeDが駆け付ける。
新たなターゲットを探して、緑の瞳が彷徨う。その視線の行き着いた先には……不運なことに、銃を持ったあの少女の姿があった。
それに気付いた瞬間、ゼルは無意識のうちに大木の影から飛び出していた。
「おいっ、恐竜野郎! テメェの相手はこのオレだ!」
先のことなど微塵も考えてはいなかった。目と目が合い、縦長の瞳孔が引き絞られる様に背筋が震える。教官が必死に何かを───おそらくは警告の言葉を発しているが、時すでに遅し。
アルケオダイノスは咆哮し、剛健な足で地を蹴り上げた。ゼルを目掛けて、巨体が大きく跳躍する。その向こう側に、驚きに目を見開いた少女の姿が見えた。
(やべ……終わったかも)
それから起こったことを、瞬時に理解することは出来なかった。轟く銃声、目まぐるしく反転する視界。背中に感じた強い衝撃に呼吸が止まる。
しかし、思っていたような痛みは襲ってこない。呻きながらもなんとか身を起こす。視界に映ったのは、まるでスローモーションのような光景だった。
アルケオダイノスの体が、ゆっくりと傾ぐ。周りの木々を何本も巻き添えにしながら倒れ込み、しまいには腹の底に響くような重低音と共に大地に沈んだ。
「今だ! かかれーっ!」
号令を皮切りに、鈍っていた時間感覚が戻ってきた。敵にとどめを刺すため、生徒たちが一斉に集う。
「うぅ……ッ」
ふと聞こえた小さな呻き声。隣に視線を向けると、少し離れた所に倒れ込む少女の影を見つけた。
(そうだ……あの子)
遅れていた脳の処理機能がやっと動き出し、断片的な記憶が蘇ってきた。
あの時、彼女は真っ先にゼルの元へと駆け出した。上方に向かって連射しながらスライディングでアルケオダイノスの足元をくぐり抜け、窮地から救うべくゼルに体当たりしたのだ。
「お、おいっ……大丈夫か!?」
一連の出来事を思い出したゼルは慌てて駆け寄る。彼女の身に何かあったら、それは軽率な行動に出た自分の責任だ。
制服は土にまみれ、剥き出しの肌は擦り傷だらけでぼろぼろだ。しかし、ゼルの心配をよそに、少女は自力で身を起こして顔を上げた。もっと大人びているかと思いきや、歳の頃はゼルとそう変わらなそうだ。
「無事だったんですね、よかった……」
ゼルの姿を確認するなり、彼女は肩を撫で下ろす。恐竜の断末魔をBGMに放たれた声は、先ほどの勇士が嘘のように優しい。
「あ、あのさ……ごめんな、オレ……」
短い眉をしゅんと下げながら、ゼルは片手を差し出した。彼女はわずかに驚いたような表情を浮かべたが、すぐにその手を取って立ち上がる。
「いえ、むしろ私のほうこそごめんなさい。無関係の方を巻き込んでしまって……」
言いながら、申し訳なさそうに俯く。しかし、すぐに顔を上げてやんわりと微笑んだ。
「敵の注意を引こうとしてくださったんですよね? 本当に……ありがとうございました」
はっとして、ゼルは言葉を失った。
見惚れていたのだと思う。髪は乱れ、頬も煤に汚れていたけれど。それでも……いや、だからこそ、彼女は凛として美しく見えた。
しかし、そんな沈黙はすぐに破られることとなった。
「そこのお前! 一般人は下がっていろと言っただろう!」
教官が飛んできて、少女からゼルを引き剥がした。駆け寄ってきたショーンが、半べそをかきながら耳元で何かを喚いている。
「あ……あのさ!」
羽交締めにされながらも、ゼルは首を捻って振り返り、少女に向かって叫ぶ。
「頑張れよ! そのっ……オレ、応援してっから!」
教官にどつかれる直前、小さく敬礼を返す彼女の姿が見えた。それは今までに見たどんなヒーローより勇敢で、光り輝いているように思えた。
「……ル……、……ゼル!」
名前を呼ばれ、はっと目を開く。
ぼんやりしていた視界がだんだんと像を結び、先ほどアルケオダイノスを打ち倒した少女が目の前に現れた。あどけなかった顔つきは成長し、柔らかな中にも確かな信念を覗かせる。
「そっか……やっぱり、諦めなかったんだな。本当に、強くなったんだな」
ゼルは感慨深く呟くが、彼女は眉を寄せて怪訝な表情を浮かべた。
「ゼル? もしかして、寝ぼけてるの?」
「んぁ……ニカ?」
何度か瞬きを繰り返す。そこにあったのは、いつもとなんら変わらぬ相棒の姿だった。
「ふふ……ゼルったら、寝ながら百面相してたよ。夢の中で忙しかった?」
混乱して辺りを見渡す。降り注ぐ木漏れ日、歩きながら談笑する生徒たち。どうやら、中庭のベンチで本を読んでいる内に眠ってしまったらしい。
「夢……だけど、夢じゃねえかも」
「え? どういうこと?」
それは眠りが見せた、束の間の記憶だった。
なぜ、忘れていたのだろう。また会えるかもしれない……当初は、そんな淡い期待を抱いていたはずなのに。入学の遅れを挽回すべく与えられた怒涛のカリキュラムに揉まれ、そうこうしている間にG.F.の副作用で記憶から抜け落ちてしまったのだろうか。
ニカの問いに答える代わりに、ゼルはうーんと大きく伸びをする。
「……なあニカ、この後ヒマ? ちっとその辺、散歩でもしねぇか?」
「散歩って……それ、読んでたんじゃないの?」
「んー。なんか、どうでも良くなっちまった。それよか、少し話でもしようぜ。昔の話とか、さ」
訳が分からないと首を傾げていたニカだったが、まあいっか、と笑って片手を差し伸べる。
夢の内容を話したら、一体どんな顔をするだろうか。彼女の反応を想像しながら、その華奢に見えて案外力強い手を取り立ち上がるのだった。
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