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「部屋がないだぁ?」
宿屋のロビーに、間延びしたジェクトの声が響く。
フロントのグアド族は取り澄ました顔で、今しがた聞いたのと寸分違わぬ台詞を繰り返した。
「空室はございます。ダブルルームを二部屋でしたらご用意が可能です。いかがなさいますか?」
普段この宿を利用するのは、異界への参拝者がほとんどのはずだ。
しかし、この時期はブリッツの大会が近いとあって、ベベル方面からルカに向かう客で混み合っているのだろう。一見能面のような従業員の顔も、よく見ると疲労が見え隠れしている気がする。
「さて、どうしたものか……」
顎を撫でながらブラスカが呟く。問題は部屋割りだ。体格の良すぎる男が二人もいるため、ダブルベッドとソファを一人ずつ使うしかない。必然的に、二人組に分かれることになるが……。
「ソファで寝んのは構わねえが、おめえと一緒の部屋だけは御免だ。ああしろこうしろ、口うるさくて寝られやしねえ」
「奇遇だな、俺も同意見だ」
「おう、気が合うじゃねえか。んじゃ、あとはブラスカとキルヒェがどうするか、だな」
正直、誰と一緒だろうと同じだ。空気のように振る舞うキルヒェを存在しないものとして扱ってくれればいい。それよりも、早くこの議論を終わらせて休みたい。
キルヒェが、ジェクトかアーロンのいずれかを指名すればスムーズに決まるのだろうか? しかし、どちらを選んでも妙な誤解を招いてしまいそうだ。
「有事の際、あんた一人でブラスカ様をお護り出来るとは思えんな」
「そーかよ。じゃキルヒェと組むわ」
「……キルヒェと?」
キルヒェが悩んでいる間にも、会話は進んでいく。アーロンの胡乱げな視線を受けたジェクトはやれやれと肩を竦めた。
「なんだよその目は。だったらおめえがキルヒェと一緒の部屋になりゃいいじゃねえかよ」
「…………」
「私は誰と一緒でも構わないよ。キルヒェもそうだろう?」
大人であるジェクトやブラスカは、キルヒェの意思を汲んだ上で敢えて素知らぬ振りをしてくれているのだと分かる。
しかし、若く生真面目なアーロンはそうはもいかないらしい。眉を寄せ、何やら難しい顔で考え込んでいる。
彼らがなぜ、単なる部屋割りにこんなにも苦労しているのか。表面的な会話に覆われた本当の理由に、さすがに気付かないわけがない。
───キルヒェが女性だから。
結局は、この一言に尽きるだろう。これほどまでに、自分の性別を煩わしく思ったことはない。キルヒェを責めたり、疎ましさを顔に出すことをしない彼らの気遣いが、逆にキルヒェをいたたまれない気持ちにさせた。
しかし、キルヒェは知っている。あらゆる面倒を天に任せ、誰ひとりとして不満を抱かずに解決する完全無欠の方法があることを。
この話し合いに対して、あまり積極的だと思われたくはない。けれど、どうしても言いたい───。
「……ねえ、グッパーで決めたら?」
「グッパー?」
「ほら……あるでしょ。じゃんけんで同じ型になった人と組むやつ」
キルヒェの提案に、おのおのが思案する。結果、どうやら皆その方法に思い当たる節があったようで、全員がああ、と納得したように頷いた。
「確かに、それが一番公平な決め方だ。アーロン、ジェクト。もし君たちが一緒になったとしても文句はないね?」
「ま、さすがにそこまでガキじゃねえよ」
「公正な取り決めの結果であれば、やむを得ません」
「いいだろう。それじゃあ行くよ……せーのっ」
各自を見回すブラスカに頷き返し、握った拳を構える。掛け声はもちろん───。
「グッパージャス!」
「ぐーーっぱ!」
「グーっとパーっで◎#☆$△♪※!」
ジャス! がキルヒェ、ぐーーっぱ! がブラスカとアーロン、長くてよく分からない呪文がジェクトである。ちなみに結果は全員パーで決まらず、だ。
「ちょっと待て」
アーロンがすかさず片手を挙げる。
「ジャス……とは何だ?」
言われてみれば分からない。ジャストで出す……とか? あるいはジャスティスか? いや、意味不明すぎる。しかし、それを言ったら他の掛け声もかなり珍妙だ。
「ジョゼではこれが常識なんだけど。そっちこそ何? その変な掛け声」
「失礼な。ベベルではこれが主流だぞ。ですよね、ブラスカ様?」
「ああ、私はこれしか聞いたことがないな。だが、それよりジェクトだよ。一体何と言ったんだい?」
「グーっとパーっでわっかれっましょ! だよ。ザナルカンドじゃみーんなコレだな。うちのガキも一丁前に使いこなしてやがる」
浅黒い無精髭の大男が妙にキャッチーな節をつけて「わっかれっましょ♪」と歌う様は、なんというか……筆舌に尽くしがたいものがある。
「案外、田舎臭い掛け声なんだな」
「あんだとカタブツ、こちとら眠らない街だぞ!?」
どこか遠い目をしたアーロンが呟き、ジェクトが食ってかかる。ブラスカはその隣で呑気に笑っていたが、ふと我に返って片手を顎に当てた。
「困ったな……これではチーム分けができない」
それぞれが自分の地元に思い入れがあり、掛け声を統一するのは難しそうだ。
「郷に入っては郷に従えと言うからな。彼に、このあたりではなんと言うか聞いてみよう」
ブラスカは踵を返し、例の澄まし顔のフロントに声を掛ける。
「すみません、少々お尋ねしたいことが……。グアド族の方々は、じゃんけんで二組に分かれる時、どういった掛け声をされるのですか?」
「じゃんけん……ですか?」
「ええ、同じ手の形になった者同士が組むような」
「ああ……それでしたら」
地域によって違いはあれど、どうやらグッパーはスピラ共通の方法らしい。一体どんな掛け声が飛び出すのか、全員思わず身構える。
「グッチーグッチーグッチッチ、です」
ポカーン……と、効果音を入れたくなるような沈黙が落ちる。
「チー……」
「グーとパーですらないのか……」
文化の違いとはかようなものか。また新たな世界を学んだ瞬間だった。しかし、郷に入っては……と決めたのだ。腹を決め、改めて拳を握り込む。
「それじゃあ気を取り直して……みんな、準備はいいかい」
そして、異郷の宿に四人分の奇妙な掛け声が響いたのだった。
「グッチーグッチーグッチッチ!」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
《 おまけ 》
結局、一緒の部屋になったのは……?
▷ ジェクト
▷ ブラスカ
▷ アーロン
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