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ガルバディア軍により、バラムの市街地が封鎖された。
エルオーネの情報を匂わせたら案外簡単に街に入れたけれど(そんなに手緩くていいのかしら)、長引けばライフラインにだって影響する。
F.H.に引き続き、バラムまでも。こんな、武力で民間人を恐怖に陥れるようなやり方が許されるはずない。
ゼルは地元のピンチを救うべく奮起してる。バラムはみんなの大切は街だからって。
……うん、そうね。人道に反しているからというだけじゃない。ここはガーデンの生徒たちにとっても特別な街だわ。もちろん、私にとってもね。
大通りを抜けて、ひとつ目の角を曲がる。細い路地の前を差し掛かった時、何者かが接触してきた。
「ゼル」
その人物は確かにゼルの名前を呼んだ。街の雑音に紛れて普通の人の耳には届かないけれど、訓練を受けた人間は意味を持った言葉として認識出来る……そんな発声方法で。
当然、私たちはそれを聞くことが出来た。だから声の主を探そうとしたのだけど、路地の奥は暗く視界が通らない。けれどゼルは思い当たる節があるのか、私たちに先に行くように促した。
その後すぐに合流したゼルは、見たことのない女の子を連れていた。誰かしら、その子? どう見ても一般市民のようだけど……。
と思ったら、どうやらガラの悪い兵士に絡まれていたところを『ガーデン生でもあるゼルの友達』に助けてもらったんですって。その時に『ちょっと目立ってしまった』から、狭い路地に潜んで機を窺っていたみたい。
なんというか、さすがゼルの友達。なかなか無茶をするわね。
何はともあれ、彼女を無事に家まで送り届けた私たちは、今後の作戦を立てるため、ひとまずディン邸にお世話になることにした。
なんだかすっかり実家みたいね、この家。さっき接触してきたゼルの友達とも、ここで落ち合うことになってるらしい。
それまでゼルの部屋で休憩をとるかという話になった時、玄関のチャイムが鳴った。
警戒したゼルが、すぐに出ようとする母親を制して玄関口に立つ。けれど、ドアが開いた瞬間に声を上げたのは、彼ではなくディン夫人のほうだった。
「ニカちゃん……!」
現れたのは、私の知っている人物だった。正直なところ、意外ではあったけど。
「お久しぶりです。良かった、ご無事で……」
心配そうに眉を下げるディン夫人に会釈を返すのは、射撃クラスのニカという生徒。
私が直接授業を受け持つことは少なかったけど、真面目でストイックな子だとは思ってた。それだけに、SeeD試験で体調不良で棄権になってしまった時は残念だった。
最近ゼルと親しくしてるとは聞いてたけど……彼女、この家に来たことがあるの? まあ、仲が良いなら普通かしら。私たちだって初めてじゃないし、何でもそういう話に結びつけるのって良くないわよね。
「お疲れ様です、トゥリープ先生。スコール君も」
私とスコールを見て爽やかに挨拶した次の瞬間、彼女はあっ、という顔をした。大丈夫、大抵みんな同じ反応をするから。辞職してすぐにガーデンを留守にしてしまったし、私が教官じゃないってことに、なかなか慣れないわよね。
「今は同じガーデン生だもの、キスティスでいいわ。敬語もなし、ね?」
微笑みかけながらそう言えば、ニカはありがとうと言って少しはにかんだ。授業や演習での真剣な眼差しが印象深かったけど、等身大の姿が可愛らしい。
「なあニカ。ところで、どうやって街に入ったんだ?」
それ、私も気になってた。ニカが言うには、どうやら近所の少年……通称『チビ暴れん坊』が裏で一役買っているらしい。ニカにしろ、そのおチビさんにしろ、たくましいわね。
「あ、そうだ……ゼル。さっそくで申し訳ないんだけど、何か着るもの貸してくれる?」
ふと何かを思い出したようにゼルを振り返ったニカは、そんな一見脈絡のなさそうな頼みを聞かせる。
「おう。いいけど、何すんだ?」
どうやらガ軍に接触した際に顔を覚えられており(だから路地裏に潜んでたのね)、服だけでも変えたいということらしい。
正直、ニカがそこまで目立つ行動をしたのは意外だった。彼女はもっと慎重で、冷静で……そう、ゼルとはまるきり正反対のタイプだと思ってたから。
もしかしたら、思わぬ相互作用なのかも。ゼルも最近はちょっと大人になったっていうか、一度立ち止まって考えることを覚えたような気がする。
「服ならオレの部屋の棚に入ってるから、好きなの使っていいぜ。ほら、入ってすぐ右側の……」
それって、どこに何があるか、すでに分かっている相手への説明よね。ゼルったら、私たちのことは「神聖だ、立ち入り禁止だ!」って、絶対部屋に入れようとしなかったのに。
「ありがとう、ちょっと借りるね」
「はいよ〜」
……ずいぶん軽い返事だけど、女の子に服を貸すってこと、分かってるのかしら。それとも、これっぽっちも意識してないの? 私が考えすぎなだけ?
ほどなくして、ニカは戻ってきた。
下は元々履いていたタイトなボトムスのまま、上にはダボっとしたグレーのパーカーを着て。
ゼルは男子にしては小柄なほうだけど、それでも女子とは骨格が違う。ゼル自身がオーバー気味のサイズ感を好むのもあって、ニカが着ると、その華奢な指が袖口からちょこんと覗くだけ。
横目でゼルの様子をこっそり伺う。視覚情報を脳が処理しきれなかったようで、彼は瞬きも忘れてフリーズしていた。口も半開き。ああ、ほら……だから言わんこっちゃない。
そんなゼルを見たスコールは、片手で顔を隠すようにしてさりげなく横を向いた。ふふ……もしかして、笑いを堪えてるの? まあ、実は私もちょっと面白いと思ってるんだけどね。
そんなゼルや私たちに気を留めることなく、ニカは玄関に向かう。ゼルはその様子を見て、やっと正気に戻ったみたい。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「え! 一緒に来ないのか? 久々に一緒にひと暴れ出来るって、期待してたのによぅ」
ゼルったら、やっぱり暴れる気だったの? お母さん、頭抱えてるじゃない。ニカも呆れてる……かと思いきや、いたずらな子供のようにクスクスと笑った。
「ひと暴れはまたの機会に。単独行動の方が情報収集はしやすいから。何か分かったら、また連絡するね」
「ニカ」
ドアノブに手をかけようとするニカを、静かな声が引き留めた。
「あまり無理はするな。手伝いが必要なら言ってくれ」
ニカは、ぱちぱちと瞬きして声の主……スコールを見つめた。まあ、驚くわよね。あんなに人に興味がなかったスコールが、言葉少ないながらも気遣いを見せるなんて。
でもね、スコールだけじゃない。ニカも、ゼルも、みんな成長してる。私は……正直自信がない。でも、少しは変われてると良いな。変わりたいって、思うから。
一瞬呆気に取られていたニカは、すぐに精悍な笑みを湛えてスコールに敬礼を返した。そして黒いキャップを目深に被り、心配そうな視線を向けるディン夫人にやわらかく微笑んで、今度こそ閉ざされた街へと繰り出して行った。
ゼルは必要以上に声を掛けなかったけれど、それは信頼ゆえなのだと思う。出て行く直前、二人がさりげなく握った拳を合わせていたのを、私は確かに見た。
ねえゼル。あなたに全然その気がないなら構わないけど、のんびりしてたらすぐ誰かに取られちゃうんだからね。現に私、ニカともう少しゆっくり話してみたいなって思ってるもの。
だって彼女、素敵じゃない? 可愛いけど格好いいし。控えめなのに意外と大胆。
……まあ、余計なお世話よね。自分の恋愛が上手くいかないからって、ねえ? しかもすぐに人を観察して分析しちゃうし。本当、悪い癖ね。
でも、この観察眼を生かせるのが教員の仕事だったとも思ってるの。厄介事を押し付けられたり、理不尽な嫉妬を受けたり、散々だったけど、なんだかんだあの仕事が好きだったのかな、私。
落ち着いたら、もう一度目指すのも悪くないのかも。今は任務で手一杯だけど、その内ちゃんと考えなきゃ……なんてね。
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