CiT Side Story
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Marry Little Christmas!
薪ストーブの中で、猫の舌のような炎がちろちろと踊る。そのリズムに合わせるように、祖父のレコードプレーヤーからはかすかに幸せな歌が流れていた。
重なるあどけない声。テーブルにはちいさなクリスマスツリー。
控えめながらもきらきらと光るそれに胸を弾ませ微笑むと、ふと、頭の上にあたたかな手のひらが降ってきた。
「良い子にしてたら、プレゼントをあげるからね、ニカ」
顔を上げると、優しい眼差しの両親と目が合う。そのままくしゃりと髪を撫でられて、くすぐったさに明るい声をあげて笑った。
(寒い……)
ガーデン内のほとんどの部屋に空調設備が行き届いているのだが、今朝は珍しく冷える。
比較的温暖な気候のバラムでも冬はこうなのだ、北のトラビアは一体どれほどなのだろうと考えながら、ずれた毛布を掛け直しもぞもぞと寝返りを打つ。
(もう一度、寝ちゃってもいいかな……)
暖かいベッドの中で、覚醒しきらない頭のまま微睡んでいるのはたまらなく心地が良い。けれど同時に、それが人をだめにしてしまう悪魔の誘惑だということも分かっていた。
数分に渡る葛藤の末、やっとのことで二度寝の誘惑に打ち勝ち毛布を剥ぐ。覚悟はしていたが、それでもするりと滑り混んできた冷気に身を震わせた。
ずっと、忘れていたはずだった。家族揃って過ごした、最後のクリスマスのこと。こんな夢を見たのも、この寒さのせいなのだろうか。
与えられる優しさを当たり前のものと信じて疑わず、ただ守られていたあの頃。夢の中の両親は、写真の中と同じ顔で微笑んでいた。
悲しみや寂しさよりも、感じるのは虚無感だ。胸の内にぽっかりと空いた穴。どんなに欲しがって手を伸ばしても、埋められないもの。だから求めることすらやめてしまった。そしていつからか、それが当たり前になってしまった。
軽く身支度を済ませ、日課であるジョギングに向かおうとした時、部屋のポストに手紙が届いているのに気付いた。
珍しいな、と思いつつ手にとる。差出人の名前はない。深いダル・ブルーの封筒で、ところどころに雪の結晶を象ったホログラムが散りばめられている。
ガーデンは軍事施設であるため、届いた郵便物は一通りX線検査にかけられる。バラムの消印が押されているこの手紙も例にもれず、怪しいものではないのだと分かってはいるのだが、差出人不明となると何となく開けるのを戸惑ってしまう。
部屋に戻り、ペーパーナイフで封を切る。入っていたのは封筒と揃いのデザインのクリスマスカードだった。
「ええと……『クリスマスパーティーのご案内』……?」
ここまで読んで、一旦カードを閉じた。子供の頃からガーデンで暮らしている自分をクリスマスパーティーに招く人間が、ガーデン外にいるとは思えなかったからだ。
しかし宛名を確認すると、そこにあるのは間違いなくニカの名前だった。
もう一度、カードを開く。
繊細なデザインとは対照的な、威勢の良い字体を目で追う。
この度、日頃の感謝の気持ちを込めてクリスマスパーティーを開催いたします云々。日時、12月24日 18時から。場所は───。
書かれている住所に、ニカは思わずあっと声をあげた。思い当たる場所ならひとつだけ、ある。しかしややあって、あれ、と首を傾げた。
招待状の送り主が彼ならば、確かクリスマスにまで任務だなんてと嘆いていたはずだ。実際に彼がガーデンを発ったのが5日前。そしてクリスマスイヴは、明日、だ。
(帰って来れるのかな……?)
この手紙が送られた経緯を不思議に思いながらも、ニカは招待状を引出しの中に大切にしまい込んだ。手土産にお気に入りの店のシュトーレンと、いつものカメラを持っていこう、と心に決めて。
バラムの街はたくさんの人で賑わっていた。
店先からはクリスマス・ソングが流れ、てっぺんにぴかぴかの星を飾られたモミの木が誇らしげにそびえ立っている。
「おかあさん、まって!」
頭にトナカイのカチューシャを付けた女の子が、跳ねるようにして横を通り過ぎた。
吹き付ける風は冷たく、ニカは剥き出しの手のひらにはあ、と息を吹きかける。行き交う人々も寒そうにもこもこと着膨れしていて、けれどどこか楽しそうだった。
大通りを逸れ、住宅地に近づくにつれ、人通りも寂しく疎らになってきた。しかしそれに反して、ニカの足取りは軽くなるばかりだ。
今ではすっかり見慣れた四つ角を曲がり、この街特有の白い家の前に立つ。呼び鈴を押すニカを、すぐさま黒髪の女性が迎えた。
「ニカちゃん! いらっしゃい」
「こんにちは。あの、お招きいただきありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ来てくれてありがとう。寒かったでしょう? どうぞ入って」
部屋に入るとすぐに、見慣れた金色の頭が目に入った。皿にサラダを盛り付けていた彼は、トングを片手に持ったまま振り返る。
「お! 待ってたぜ、ニカ!」
「ゼル、これって……!」
ニカは部屋を見回した。
ローストチキンに、焼きたてのパン、バラムフィッシュのカルパッチョに彩り豊かな野菜のテリーヌ。たくさんのご馳走が、所狭しとテーブルに並んでいた。
その合間にはいくつかの小さなキャンドルが揺らめいて、パーティーの始まりを待っている。
近所のチビ暴れん坊はニカの到着を待ちきれなかったらしく、早くも料理にかぶりついていた。隣に座る彼の母親に会釈をすると、彼女はごめんなさいね、というように両眉を下げて微笑んだ。
「へへっ、驚いたか? 仕事が予定より早く片付いてよ。その……せっかくだから一緒に過ごしたくて、急いで手紙、書いたんだ」
「ありがとう……」
なぜだか急に胸に込み上げるものがあって、ニカは声を詰まらせる。潤んだ瞳を見られるのが気恥ずかしくて俯いていると、飲み物のボトルを持ったディン夫人にポン、と肩を叩かれた。
「さあニカちゃん。冷めないうちに食べましょう。ね?」
欲しがっても、手に入らないもの。必死に欲しがるまいとしていたもの。失ってしまったものは、確かにあるけれど。
それでも伸ばした手を、まだ掴んでくれる人たちがいるのだと知った。ここにはストーブの火もレコードの音楽も、血の繋がりさえもないけれど、とてもあたたかくて幸せだった。
すぐ隣で、手の届くところで大切な人たちが笑っている。そしてその人たちは、とびきりの笑顔でこう言うのだ。
「ニカ、メリークリスマス!」
Have a merry Christmas, and thanks for reading!
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