If the World Calls You "EVIL"
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手の震えを紛らわすように、ゼルはラグナロクの操縦桿を強く握り締めた。
グローブの内側にはうっすらと汗が滲んでいる。速度はゆうに音速を超えていたが、そのスピードを持ってしても、重く濁った泥の中で足掻いているかのようにもどかしく感じられた。
『私、魔女になったんだって』
そう打ち明けたニカの表情は穏やかで、口の端にはやわらかな笑みさえ浮かんでいた。
だが、それが虚勢であることはゼルにだって分かる。自分の意識とは関係なく操られ、世界の───大切な人たちの敵となるかもしれない恐怖。そんなものを一身に背負って、平常心を保てる人間などいるわけがない。
『大いなるハインの話、覚えてる?』
ニカがなぜそんなことを聞くのか、ゼルには分からなかった。分からないがゆえに、なんと答えても彼女を傷付けてしまうような気がした。
だから、かろうじて頷いた。ハイン。自らの手足として、人間を生み出したとされる存在。もっと真面目に座学を受けていたら、少しは彼女の気持ちを理解できたのだろうか。
『ああいうのって、ちょっと非現実的っていうか……おとぎ話みたいなものだと思ってた。もし実話だったとしても、私たちには関係のない、ずっと遠い過去の話だって』
そこで言葉を切って、ニカは微笑んだ。少し困ったような、それでいて本当にさりげない笑みだった。
『魔法のハインが何なのか、私には分からない。それが本当に魔女の起源なのかどうかも。でも、自分の中に何か大きな……得体の知れないものが流れているのは感じる』
『ニカ……』
『心配しないで。辛いとか、怖いとか、そういう気持ちはないんだ。イデアさんがそうだったように、誰かがこの役目を請け負わなきゃいけないんだよね。それがたまたま、私だったっていうだけ』
まるで、運悪く事故にでも遭ったかのような口振りでニカは言う。いや……実際、彼女の言う通りなのだろう。力を継承しなければ、魔女は死ぬことも出来ない。他の魔女の存在についてはゼルの与り知らぬことではあるが、少なくとも常に一人は、そういった役目を負う女性がいるのだ。
『で……でもよ、いい魔女だっていただろ。ニカがどんな奴か分かれば、みんなだって……』
過去に存在した魔女たちが、すべて悪とされていたわけではない。かつては人々の力となり、好意的に受け入れられてきた魔女も存在したと聞く。
一方で、こんな話をしたところで、ニカにとっては何の気休めにもならないことも理解していた。善悪が何だというのだ。孤児たちに慈しみ深く愛情を注いだイデアはアルティミシアの傀儡となり、ガルバディアという大国を支配して、世界を恐怖という色で塗り潰したというのに。
それでも、表面上だけでも楽観的な言葉をかけなければいけないような気がした。そうでもしないと、不安に押し潰されてしまいそうだったのだと思う。ニカではなく、ゼルの方が。
『───あのさ、オレはっ』
胸の奥に巣食う影を振り払うように顔を上げ、ゼルは隣に置かれたニカの手に自らの手を重ねる。
見た目に反して意外と力強く、戦場では誰よりも頼りになるその手は少しひんやりとしていた。けれど、以前と何ら変わらぬ感触が、彼女が今も同じ人間であることを伝えようとしているように思えた。
『オレは、何があっても一緒にいるから。だって、ニカはニカだろ』
こんな安っぽい恋愛ソングみたいな台詞を、まさか自分が吐く日が来るとは思ってもみなかった。だが、本心だ。だからといって、何の力も持たないけれど。
『こうしてる今だって、これまでと何も変わらねえじゃんか。それに、もし……もしアルティミシアが干渉してきたら、力づくでも正気に戻させてやる。ニカだって、オレがそうなったら殴ってでも撃ってでも止めてくれるだろ? だから……』
最後まで言い切る前に、ゼルは口を噤んだ。言葉を用意していなかったのではない。ニカの唇が緩やかな弧を描くのを見て、それ以上何も言えなくなったのだ。
不安だと漏らしてくれたらどれだけ良かっただろう。あるいは、その笑顔が少しでも泣きそうに歪んでいたなら。
しかし、ニカの表情はあくまで穏やかだった。
『ありがとう、ゼル』
それは彼女の決意の表れであり、ある種の拒絶であり、そして……決別の証だったのだ。ゼルがそのことに気付いたのは、ニカが姿を消した後だった。
彼女の半身のような存在だったはずの愛銃は、ケースの中で眠ったまま置き去りにされていた。
あの時どうして、二人でどこか遠くへ逃げてしまわなかったのだろう。
いや……分かっている。やらなかった事に対する後悔など、後になっていくらでも思い付く。だが、そうしなかったことにはそれなりの理由があるのだ。ニカは絶対にゼルの手を取らなかったし、仮にどうにか逃げたとして、そんな生活が長く続いたとも思えない。
それを誰より理解していたから、ニカは自ら去ったのだ。言葉も、涙も、手の震えすらも、決して曝け出すことのないよう胸に押し留めて。
「ニカ!」
エスタ、国立魔女記念館。
駆け付けたゼル達が見たのは、厳重な警備体制の中、複数の職員に連れられて歩くニカの姿だった。こんな時でさえ彼女は凛とした姿勢を崩さず、それが逆に痛々しく見えた。
一見何の拘束もされていないようだが、その手首に光るバングルには見覚えがある。デリングシティでの暗殺任務の時、リノアがイデアに装着させようと用意したものだ。オダイン製の小型式魔力抑制装置。彼女の尊厳が守られているように装うための手枷。
「あなたたちは……彼女を見送りに来たのか」
一人の職員がこちらに目を向ける。ゼル達の姿を目に留めると再びニカへと視線を戻し、問い掛けた。
「最後に、何か話しておきたいことはありますか?」
「いえ……何も」
仲間たちの方には毫も目を向けず、ニカは冷淡に答えた。彼女が何をしようとしているのか薄々気付いてはいたが、その予感が的中したことに奥歯を噛み締める。
「───最後なんかじゃねえ!」
張り上げた声が喉の奥を焼き、ピリピリとした痺れをもたらす。目頭が熱くなるのを堪えるため、ゼルはもう一度、腹の底に力を込めた。
「オレは……ッ、オレたちは、見送りに来たわけじゃねえ! ニカと一緒に帰るために来たんだ!」
「それが世界の為なのです。彼女自身が受け入れていることを、他の誰にも止める権利はありません。……さあ、行きましょう」
職員はニカの背に手を伸ばそうとした。しかしその体は、突如、何かが割れるような音と共に弾き飛ばされた。
いくつもの銃口が、一斉にニカに向けられる。平然と立つ彼女の足元には、粉々になったバングルの破片が散らばっていた。
「ニカ……まさか」
ニカはゆっくりと振り返る。しかし、彼女があの穏やかな笑みを浮かべることはなかった。代わりに、片手を高く掲げた───刹那。
「やめろーーーーッ!」
制止の声は、けたたましい銃声に掻き消された。
しかし、その攻撃がニカに届くことはなかった。ハニカム構造のバリアが瞬時に展開され、弾丸は無数の鉛屑と化して無惨に散らばる。
強大な力にひれ伏すかのように、兵士たちが一斉に膝を付いた。銃は見えざる手によって捻じ曲げられ、彼らの手を離れて次々と落下する。
「まさか……もうアルティミシアに……?」
スコールの言葉に緊張が走る。しかし、ゼルは首を横に振った。
「違う、ニカはいたって正気だ。敵意がある振りをして、わざと封印されようとしてる」
元々は実直な性格のニカだが、必要に駆られればこの程度の演技はこなせるだろう。彼女は訓練を受けた兵士であり、何よりそういった点ではゼルよりずっと器用だった。
「そうか……だったら、選択肢は一つしかないな」
「ああ。絶対に連れて帰る。それ以外の未来なんか認めねえ」
スコールに頷き返して、ゼルはニカを正面から見据えたままゆっくりと歩み寄る。
彼女は相変わらず、泰然と佇んでいる。一見、警戒心とは程遠い姿に思えるが、少し近づくだけで、目には見えない魔力が強烈なプレッシャーを放って押し寄せるのを肌で感じた。
「……ニカ、言ってたよな。戦いを通じて、変わっちまうのが怖いって。ちゃんとした答えは、まだ出せてねえ。けどよ、少なくともオレは、みんなや……ニカが居てくれるから自分を見失わずにいられるんだって思ってる」
試験の後、ニカが静かに打ち明けてくれた夜のことはよく覚えている。
あの時はまだ、彼女の言葉の本質を理解していなかった。しかし、戦いの中に身を置けば置くほど、その意味を深く痛感するようになった。
ゼルが置かれている状況などまだいい方で、もっと過酷な戦場や倫理を欠いた任務などいくらでもあるだろう。だが、どんな劣悪な環境においても、自分を信じ、理解してくれる人の存在は大きな支えとなるはずだ。
「そんなの、今のニカが抱える不安とは比べものにならねえってのは分かってるよ。けど……全部一人で背負い込もうとしないでくれよ。あの日、トラビアでオレを支えてくれたのはニカだろ。それなのに、なんで自分の問題はひとりで解決しようとすんだよ!」
彼女は知らないのだ。満点の星が広がる寒空の下、抱き締め返す腕の温もりにゼルがどれほど救われたか。
「『世界中を敵に回しても』なんて、綺麗事だと思ってた。だけどオレは今、実際にエスタや他の国と敵対したって構わねえと思ってる。自分勝手なんて百も承知だ。それでも……オレは嫌だ。解決方法すらも考えねえまま諦めるなんて、絶対に嫌だ!」
ニカは答えない。先ほどと変わらぬ表情のまま、凝然と構えている。
ゼルは再び一歩踏み出した。恐怖心など微塵も湧かなかった。大切な人の手を取るのに、なぜ躊躇する必要がある?
ふと、精悍な足取りで進むゼルの右頬を、光の矢が掠める。数秒遅れて、熱感が表皮を焼いた。それがニカから放たれたものと理解してなお、ゼルは込み上げる笑いに口の端を上げる。
「見え見えだぜ、ニカ。オレの相棒がそんなノーコンなわけねえもん」
今ので確信した。やはり、ニカは操られてなどいない。いくらSeeDといえど、無防備な少年をひとり手にかけることなど、今の彼女には造作ないのだなら。
「いつかガチで手合わせしたいって、思ってたんだ。……こんな形で叶うなんて、思ってもなかったけどな」
立ち止まり、ゼルは仲間を振り返る。
「手出しは不要だ、って言いたいとこだけど……オレだけじゃ、ニカを止められねえ。だから……頼む。力を貸してくれ!」
「当然だ」
「もっちろん!」
「言われなくても、最初からそのつもりよ」
次々と返ってくる温かな声を受け止めて、グローブを嵌め直す。
ニカの足元から、魔力の奔流が螺旋状に立ち昇る。その白い輝きに紛れて、彼女の頬に一筋光るものがあったのをゼルは確かに見た。
強く地を蹴り、少年は矢のように駆け出す。
傷付け合うためじゃない、掴み取るために戦うのだ。生真面目で、優しくて、一度決めたら決して揺るがない……この世でただ一人の、強情な相棒と歩む未来を。
※以下、うさぎもち様への私信
この度は素敵なリクエストありがとうございました!
連載の主人公が魔女に、ということで、試験に受かった世界線or落ちたけどなんやかんやで一緒にGガーデンに突入した世界線、一応どちらでも読めるようにしたつもりです。
原作だとリノアを背負ってホライズンブリッジを歩くスコールの独白が印象的でしたが、たぶんゼルはみんなを頼るな……と思い、ちょっと熱めの展開に寄せてみました(しっとり系ご希望だったらごめんなさい〜!)。
確かに、「『もし』なんてない」ってゼルに言わせてましたね😂ところがどっこい、私もIFは大好物なのでお気になさらず〜!
そもそも夢自体が本来あり得ない話ですし……だからこそ、「もし」を楽しみたいですよね。
この後はたぶん原作通り大統領がどうにかしてくれると思うのですが……中途半端に終わってすみません。
美味しいところだけ書けて、個人的には非常〜〜〜に楽しかったです。うさぎもち様も、どうか少しでもわくわくしていただけますように……!
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