軌憶の旅 I
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作戦は開始された。捕らえられた数体のコケラに電流が流されると、本来なら苦しみ悲鳴をあげるはずのそれらはみるみる内に融合し、巨大な一体の魔物となって檻を突き破った。
「討伐隊に負けてらんないよな!」
ティーダの言葉に頷き、巨大化したコケラに向かっていく。
胴体を狙えば左右の強靭な腕に防がれ、更に攻撃の届きにくい頭からは毒液を吐いてくる。無駄に大きいだけではないコケラに苦戦しつつも、何とかその動きを止めた。その直後。
「何か……来る」
急に寒気を感じたキルヒェが海を見下ろすと、『それ』はやってきた。
まるで死そのものが罪深い人間に裁きを下そうとするかのように、水面下を黒い触手が走る。静かに、滑るように海岸に近づき……突如、凄まじい飛沫をあげてその巨体を現した。
「撃て!」
爆音と共に放たれた砲撃が『シン』の身体に雨のように降り注いだ。剥がれ落ちた表皮は、膨大な数のコケラとなって次々と浜辺の隊員達に襲い掛かる。
アルベドの兵器はパワーの充填が不十分なのか、まだ発射に時間を要するらしい。しかし『シン』の周りにはすでに強大な重量球が出来上がっている。
「来るぞ!」
アーロンが叫んだ。崖の下では大勢の戦士たちが一斉に退避を始めようとする。しかし、現実は非情だった。『シン』の攻撃は、逃げ惑う彼らを無慈悲に捉え、文字通り消し炭にした。こうしてミヘン・セッションは、最悪の形で終わりを告げたのだった。
───『シン』は、ジェクトだ。
衝撃の余波はキルヒェたちのいる高台にまで到達した。薄れゆく意識の中、なぜかそんな言葉を思い出していた。
目を覚ますと、ざらりとした砂の感覚と煙、そして気分の悪くなるような血と肉の焼ける匂いが鼻をついた。耳鳴りがひどい。目眩と全身の痛みを堪え、両手をついて起き上がる。唇の端を切ったのか、じんじんと異様に熱い。
周囲の人間はほとんど倒れていたが、辛うじて息はあるようだ。ひとまず胸を撫で下ろすが、その中にユウナや仲間たちの姿が見当たらないことに気付く。爆風で吹き飛ばされてしまったのだろうか。
痛む身体を引き摺りながら浜辺を覗き込み───眼下に広がる光景に、頭を殴られたかのように立ち尽くした。
見渡す限りの、遺体。この中で生きている者を探すほうが難しいだろう。人の形を留めているものはまだいいほうだった。奥の手だったアルベドの兵器も、いまや無惨な鉄塊に成り果てている。
「こんな……こんなのって……」
うわごとのように呟きながら浜辺への道を降りる。痛みはもう気にならなかったが、代わりに奇妙な浮遊感に襲われて足が思い通りに動かない。
「ユウナ! どこにいるの、ユウナ!」
掠れる声を振り絞って、守るべき召喚士の名前を呼ぶ。しかし、それに応えるものはない。浜辺に降り立った瞬間、隆起した岩に足を取られて躓き、小さな呻きを漏らす。
「っ……、ユウナ! ……みんな!」
『……て……た』
微かだが、確かに聞こえた声。ユウナのものではない。キルヒェははっと辺りを見渡し、声の主を探す。
「誰……? 誰か生きてるの!?」
『たい……痛い……』
再び立ち上がり、ふらつきながらも声のする方へと足を進める。しかしそこにいたのは生存者ではなく、左腕から胸部にかけてを損傷した男の亡骸だった。
「声……あなたなの?」
『……と、……たかっ……た』
「何……? ごめん、よく聞こえない……」
遺体の傍らに膝を折る。虚ろに空を見つめるその顔は思ったよりずっと若く、少年といっても差し支えないほどのあどけなさを残している。頬に手を触れ、意識を集中させると、先程よりもはっきりと声が聞こえた。
『母さん……ご……めん、……も、できなかっ……』
これは死者の言葉なのだろうか。なぜ自分に聞こえるのかは分からない。それでもこの想いを、せめて聞き届けたくて、彼の手をぎゅっと掴む。
「いいんだよ……全部忘れていいの。あなたが苦しむ必要なんてない。あなたを苦しませるものは、もう何もないんだから」
喉元がカッと焼けるように熱い。それを堪えながらも、懸命に話しかける。
「たくさん頑張って、疲れたでしょう? もう、ゆっくり休もう。怖いもののないところに行こう」
見開いたままの瞼に手を添え、ゆっくりと伏せた。指先に熱を帯びたような感覚を覚え、驚きに一度手を引くが、再び少年の顔に触れる。傷だらけの頬を優しく撫でると、心なしか強張っていた表情が和らいだように思えた。
「あ……」
ふわりと、少年の身体から淡い光が立ち昇った。それは二つ、三つと次第に数を増やし、緩やかに螺旋を描きながら上昇していく。気付けば、周囲の他の遺体からも同様の光が溢れ、辺りは幻光虫の美しくも悲しい輝きで満ちた。
『───ありがとう』
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。空へと続く魂の軌跡を、最後の一つが消えてなくなるまで、キルヒェはただ、静かに見送った。