軌憶の旅 I
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ミヘン街道を抜けると、そこは独特な形の岩群が連なるキノコ岩街道だ。海岸沿いで行われるという作戦に向け、準備に追われた討伐隊員たちが慌ただしく駆け回っている。
ミヘン・セッションと名付けられたその作戦は、討伐隊とアルベド族の共同戦線という異例の編成で展開されるらしい。自らの体の一部であるコケラを取り戻しにやってくる───そんな『シン』の習性を利用しておびき寄せ、アルベド族の兵器でとどめを刺す、という内容だ。
確かにこれほど大掛かりな作戦ともなれば、例の騒動の際、ルカの警備に人員を割けなかったのも無理はない。問題は成功するか否か、だ。
無数に立ち並ぶ機械の兵器を横目に街道を進むと、数人の討伐隊を前にシーモア老師が激励の言葉を掛けていた。
教えに背く作戦のはずだが、エボンの重鎮が自ら出向くとはどういう風の吹き回しだろう。ルールーはただの視察ではないかと言うが、実際のところは分からない。
キルヒェ達が首を傾げていると、こちらに気付いたシーモアが歩み寄ってきた。
「……キルヒェ?」
何かの間違いかと思ったが、彼の青い瞳は間違いなくキルヒェを捉えている。
「やはり、キルヒェじゃないか! 無事で良かった、まさかこんな所で会えるなんて……」
シーモアの口調は明らかに親しい者に向けるもので、その上どこか感極まったようですらあった。自分の事ではないと分かっているのだが、長い指に肩を掴まれ、驚きに声が出ない。
口を開けてぽかんとしていると、突如背後から伸びてきた手に引っ張られ、シーモアから引き剥がされる。
「知り合いに似ていたか? 残念だが、そいつは別人だ」
「……ああ、そうでしたか。あまりに似ていたもので、つい……。大変なご無礼、どうかお許しいただきたい」
キルヒェとの間に割って入ったアーロンに一瞬だけ眉を顰めたシーモアだったが、すぐにいつもの平然とした笑みを浮かべた。
「アーロン殿、お会い出来て光栄です。ぜひお話を聞かせてください。この十年のことなど……」
「俺はユウナのガードだ。そんな時間はない」
「それはそれは……」
全く取り合おうとしないアーロンにわざとらしく肩を竦めてみせ、今度はユウナに微笑みかける。
「ユウナ殿、アーロン殿がガードとは心強いですね」
「は、はい」
「あの~」
そこへ遠慮がちに入ってきたのはワッカだった。彼は自身が敬虔なエボン教徒であることに加え、討伐隊に入っていた弟が機械の武器を使って戦い、命を落としたという過去があるらしい。反エボンを容認しているとも取れる老師の訪問が気になるのも無理はない。
「シーモア様はなぜに、此処にいらっしゃられマスのでしょうか?」
「普段の言葉でどうぞ」
「ええと、エボンの教えに反する作戦を、止めないとマズくないっすか」
「確かに……そうですね。しかし討伐隊もアルベド族も、スピラの平和を真剣に願っています。彼らの純粋な願いがひとつになって、ミヘンセッションが実現するのです」
シーモアが言うには、彼らの『シン』を倒したいという想いは純粋なもの。エボンの老師としてではなく、あくまでも等しくスピラに生きる者、シーモア=グアド個人として声援を送りたい……ということだった。
教えに反する行為を見過ごすことを明言したシーモアにワッカは飛び上がる。けれど、その気持ち自体は悪いことではないように思えた。もちろん、建前でなく本心であるなら、の話だが。
その後キルヒェたちは、シーモアの口添えで司令部に案内されることになった。機械仕掛けの昇降機を使用して辿り着いた先に、またしても要人の姿を見つける。エボン四老師のひとりであるウェン=キノックだ。
「おお……シーモアから聞いたが、本当に会えるとは思わなんだ。久しいなアーロン、十年振りか?」
つるりとした丸顔のその男は、笑顔でアーロンに近付くと彼の体に腕を回した。どうやら知り合いらしい。
「なあ、アーロン。この十年何をしていた?」
「作戦が始まる。そんな話はいいだろう」
「どうせ失敗する作戦だ。少しでも長く夢を見させてやるさ」
「なっ……!」
「ひでえ!」
老師として……いや、それ以前に人としてあるまじき言い草に、固く拳を握り締める。ティーダが強い口調で非難するが、当の本人は冷ややかに口の端を上げただけだった。
「失礼」
そんなキノックに厳しい目を向けていると、背後から声を掛けられた。シーモアだ。
「先ほどは、申し訳ございませんでした。旧い友人に似ていたもので、つい」
「あっ、いえいえ……」
柔和な笑みを向けられるが、なんと答えて良いか分からない。ただ、自分に似た『彼女』の事が気になった。
「あの、それって『キルヒェ様』のことですよね?」
「ええ。彼女は私の親友であり、家族であり、良き理解者でした。……今でも、そう思っています」
シーモアはそう言って、懐かしそうに目を細めた。先ほどは食えない男という印象が強かったが、今の彼の表情には穏やかな優しさが滲んでいる。
グアドとヒトのハーフであるシーモアと彼女の間に、一体どんな接点があったのかは分からない。だが、そこまで踏み込むのはさすがに無粋だろう。
「……そうだ、失礼ですが、お名前を伺っても?」
「名前……ですか? えーと……」
まさか老師相手に嘘をつくわけにもいかず、かと言って本当の名を口にすれば面倒な事になるのは目に見えており、思わず視線を彷徨わせる。シーモアはそんなキルヒェを見てくすりと笑った。
「当てて差し上げましょう。そうですね……『キルヒェ』。違いますか?」
人差し指をぴんと立て、にっこりと微笑む。違いますか? などと言いつつ、その表情は自信ありげだ。
「あ……あはは……なんだか、すごい偶然ですよねぇ……」
「偶然、なのでしょうか」
「え?」
「彼女と同じ姿と名前を持ったあなたが、こうして私の前に現れた……まさしく、エボンの賜物と言えましょう」
「はあ……」
何がどう賜物なのか、正直なところよく分からない。しかしシーモアが仰々しくエボンの祈りを捧げるので、キルヒェもひとまずそれに合わせておく。
「おや、そろそろ時間のようだ。名残惜しいですが、これで。……あまり話し込んでいると、また睨まれてしまいますしね」
アーロンを尻目に、いたずらを企む子供のような笑顔を見せる。意外な一面もあるのだな、などと漠然と考えながら、去っていくシーモアを見送った。
「シーモアは、何と?」
入れ替わりに、今度はアーロンが歩み寄ってきた。先ほどのシーモアの視線に気付いていたらしく、少々不機嫌顔だ。とはいえ、普段と大して変わらないが。
「いやー、なんか『キルヒェ様』と? 友達? だったらしくて」
「キルヒェと? どういう事だ」
「私に聞かれましても……それより、そっちこそ老師と知り合いだったなんてね」
「ああ……僧兵時代の友人だ。だった、と言うべきか」
「アーロンが僧兵……」
若かりし頃の彼はどんな人物だったのだろうと想像を膨らませる。しかしどう頑張っても、上司に偉そうな口を利くやさぐれた僧兵の姿しか思い浮かばない。
「……昔は、あんな奴じゃなかったんだがな」
暗い色の海を見つめながら、アーロンが呟く。
「人は、簡単に変わる。この世界は何も変わっていない……それどころか、変わる事を拒否し続けているというのにな」
その横顔が少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。一体、何がキノックを変えてしまったのだろう。年月か、はたまた別の要因か、昔の彼を知らないキルヒェには想像すら出来ないけれど。
もうすぐ、作戦が始まる。行く末を憂えるかのように、眼下には曇天が広がり、生温い海風が吹き付ける。胸を占める不吉な予感が、せめて現実のものとならないように。今はただ……そう祈るばかりだ。