軌憶の旅 I
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日も暮れかけ、それぞれの顔に疲れの色が見えはじめた頃、アーロンの一言で旅行公司に宿泊することになった。ワッカは教えに反するアルベド族の店ということで不満そうだったが、おそらくアーロンは試合で負傷した彼の体調を気遣ったのだろう。自分が疲れたのだと頑なに言い張ってはいたけれど。
チェックインを済ませると、少し肩の力が抜けるような気がした。中でゆっくり過ごすのもいいが、なんとなくそんな気分にもならず、キルヒェの足は自然に店の外へと向かう。
「わあ……!」
空は一面の夕焼け。太陽の光が海面に反射して、きらきらと金色の輝きを放っていた。燃えるようにきらびやかで、けれど穏やかな景色に言葉を失う。
ふいに、これを一人で見ているのは勿体ないという気持ちになって、仲間たちを呼んでこようと店内に戻ろうと踵を返す。しかし慌てていたせいか入口で何かに思い切り額をぶつけ、ついでによろけたところを大きな手で支えられた。
「あいてて……」
「まったくお前という奴は……。何だ、魔物でも出たか?」
キルヒェの慌て振りに、ぶつかった相手───アーロンはため息をつく。
「あ、アーロン! 違うの、ちょっと来て! すごいから!」
彼を無理矢理引っ張り出すと、先程よりも赤色を濃くした夕焼けが二人を出迎えた。
「ね、綺麗でしょう?」
「確かに……見事だな」
気付けば全員が外に出て、思い思いに夕陽を眺めていた。最後に出てきたティーダが、少し離れて座っていたユウナに近付き、声を掛ける。
「あのふたり、いい感じだよね」
ここからでは何を話しているのかまでは分からないが、二人を包む空気は穏やかで、暖かい。
「召喚士ではなく、一人の人間として接して貰えるのが嬉しいんだろうな、ユウナは」
「ちょっと、気になったんだけど……ティーダ、もしかして知らないんじゃない? 召喚士のこと」
あの屈託のない雰囲気を見ていたらなんとなく気付いてしまった。周りのガード、特にワッカやルールーが、彼にどこか後ろめたさを感じていることにも。
「言えるのか? お前は」
「それは……もちろん、言いたくないけど。でもいつかは……」
すでに彼らは惹かれあっているのだと分かる。だからこそ、召喚士が『シン』を倒すのはその命と引き換えなのだということを、知らないままにすることは出来ない。
「……このまま誰も言えないなら、私が言うよ。いや、新入りが何言ってんのって話なんだけど……一緒に過ごした時間の短い私なら、他のみんなより傷は浅くて済むだろうし」
落ち行く日を見つめながら話す。横面に射るような視線を感じて隣を見れば、何か言いたげな顔をしたアーロンと目が合った。
「お前……」
「うん?」
「なぜ、そう思った?」
「え? うーん……だって、自分だけ知らないとか嫌じゃない? それに、黙ってるのってなんだか逃げてるみたいで。召喚士の覚悟がどんなものなのか、私には想像すらできないけど、ガードになった以上は目を背けちゃいけない気がするんだ」
二、三度瞬いたアーロンは、やがて脱力するようにフッと息を吐いた。その口元にはわずかな笑みが浮かんでいる。
「ええ? ここ、笑うとこ?」
「いや……気にするな」
「って言われてもねえ……」
そう答えながらしゃがみ込み、自らの膝に顎を乗せる。
「まあ、ティーダからしたら何でお前がって感じか。お節介かもね」
「……あいつは、大丈夫だろう」
「え?」
頭上から聞こえた声に、顔を上げる。アーロンの眼差しは、真っ直ぐティーダたちに注がれていた。
「嫌でもその内気が付く。それに……そうと知った上で、運命に立ち向かって貰わなくては困る」
自立のために我が子を突き放すような気持ちなのだろうか。それにしても、十代の少年少女たちに負わせるにはあまりに残酷な運命だ。
自分も彼らと同じような歳の頃、覚悟を胸に旅をしたはず。もしかしたらその記憶は、悲しみと後悔にまみれたものなのかもしれない。ゆえにこの身体は、思い出すことを拒んでいるのだろうか?
見据える未来には、悲しみが渦巻いている。召喚士の旅路とは、得てしてそういうものだ。片道切符の旅。それでも今だけは、この夕陽に抱かれて温かな時を過ごしたい……きっと、ここにいる誰もがそう願っていた。
その夜、部屋で携行品の確認をしながら、キルヒェはユウナに声を掛けた。
「ユウナ、お風呂入ってきちゃえば?」
「でも……キルヒェ、初日だし疲れたでしょ? 良かったら先に……」
「私なら大丈夫。普段の生活とあんまり変わらないから」
戸惑うユウナの背を、ルールーが優しく押す。
「先に入ってきなさい。あんた、さっきソファでうとうとしてたでしょう」
「ええっ!? うう、見られてたかぁ……。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
基本的に人に甘えることをしない少女だが、ルールーの前では年相応の振る舞いを見せることもあるのだと知る。なんだか、本当の姉妹を見ているようで微笑ましい。
「……ああいう子なのよ、ユウナは」
ユウナが浴室に向かったのを見届けて、ルールーが呟いた。溜め息混じりではあったが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「あはは、そうかもね。でも、何となく分かる気がするな。ユウナの周りに、どうしてこんなに人が集まってくるのか」
召喚士としての実力も確かだが、それ以上に魅力的なのはその人柄だ。明るく朗らかで、芯が強く、どんな時も自分より人を優先しようとする。そんなところが心配になることもありつつ、だからこそ皆、彼女の支えになりたいと思うのだろう。
ルールーは少し微笑んで、ベッドの端に腰掛けた。
「キルヒェは、前にもガードをしてたことがあるって言ってたわよね」
「うん、でもそこだけ記憶がすぽーんと抜けてて、どんな召喚士だったか思い出せないのよ。大好きだったはずなのに……なんで忘れちゃったんだろう」
「何も覚えてないの?」
「うーん……たぶん女の人だと思うんだよね。お姉さんとかお母さんとか、そういうイメージの人だから、たぶん私より歳上じゃないかな。あとは……あ、歌だけは覚えてるよ」
「歌?」
「よく歌って貰ったの。こんな歌、知らない?」
そう言って、歌の一節を聴かせる。が、ルールーは分からないと首を振った。
「さあ……初めて聴くわ。美しいけど、どこか物哀しい感じもする……不思議な歌ね」
「仕事仲間にも聞いてみたんだけど、誰も知らなくて。何かヒントになるかもって思ってるんだけど」
「どこか遠い地方の歌なのかもしれないわね。役に立てなくて、ごめんなさい」
「ううん。あんまり考えたくないけど、そもそも生きてるかさえ分からないんだよね。『シン』を倒したのはブラスカ様だから、私たちはどこかで旅をやめたってことになるじゃない? もしかしたら途中で……ってことも有り得る」
使命を胸に出立する召喚士は少なくないが、そのほとんどが途中で旅を断念するか、悲惨な最期を迎える。キルヒェの召喚士は、はたしてどちらだったのだろう。
「『キルヒェ様』に間違えられるのが面倒であまり寺院には寄り付かなかったから、この旅で何かが分かるかもって思ってる。ユウナを利用するような形になって、ごめん」
「ユウナの妨げにさえならなければ、何をするのもあなたの自由よ。何か、見つかるといいね」
「ありがと。へへ……ルールーって、なんか大人っぽいよねぇ」
「そんなことない。キルヒェのほうがずっと大人よ。私は……そんなにうまく笑えない」
そう言って微笑むルールーの表情に翳りを感じて、キルヒェは気になっていたことを口にする。
「……違ったらごめん。ルールーって、この旅が初めてじゃない、のかな? なんだか、他の子たちより慣れてるみたいだから」
「ええ、今までに二度。どちらもナギ平原で旅をやめたわ。その内の一人は……」
ルールーは口を噤んで首を振る。その沈黙が何を意味するのか、訊かずとも分かった。
「正直、もうガードはやらない……そう思ったこともあった。割り切らなきゃって思っても、いつもあの方を思い出して……」
召喚士を守れなかった自責の念は、今もこうして彼女を過去に縛り付けている。守り切ったとして、その先に待つのもやはり死だったとしても。それでも、二度と同じような後悔を味わって欲しくない。
「ユウナのことは、昔から知ってるの?」
「ええ。妹みたいなものね。あの子はね、ブラスカ様のナギ節が来てから程なくして、ビサイドにやってきたの。ブラスカ様も、長閑な場所でのびのびと育って欲しかったんでしょうね。大きなロンゾに連れられてきた、小さな女の子……あの時のことは、今でもよく覚えてる」
遠い目で語るルールーからは、ユウナに対する確かな愛情を感じる。彼女の大切な人を、自分も守りたいと、そう思った。
「私は成り行きで加わったようなものだけど、ガードになった以上、責任は果たしたいって思ってる。得体の知れないやつが加わって不安だと思うけど、大事な妹さんのこと、任せてね」
「大丈夫。ユウナはとんだお人好しだけど、人を見る目はあるの。それに私も、他に女性がいてくれると何かと心強いしね」
紅い瞳の美しい人は、キルヒェに向き合うとゆっくりと頭を下げた。
「色々気にかけてくれてありがとう、キルヒェ。よろしくね」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
大真面目に挨拶し合っているのがなんだか急に照れ臭くなって、二人で顔を見合わせてくすくすと笑う。彼女とは、なんだか良い友人になれそうな気がした。