軌憶の旅 I
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
召喚士の旅に加わったキルヒェは、その足をミヘン街道へと踏み入れる。キノコ岩街道に向かって真っ直ぐ北に伸びるこの道の名は、討伐隊の前身である赤斬衆の創始者、ミヘンが歩んだことに由来しているのだと、話好きのメイチェンという老人が教えてくれた。
「それにしても、驚いたな。まさか父さんのガードをしてくれた人と同じ名前だなんて」
隣を歩くユウナが朗らかに笑う。最初は緊張気味だった彼女も、堅苦しいのは抜きでと頼めば、次第にリラックスした表情を見せてくれるようになった。
「本人じゃなくてごめんね、ユウナ。自分で言うのも何だけど、よくこんな得体の知れないやつをガードにしてくれたなって思うよ」
「ううん、全然! 賑やかになって楽しいよ。それにね、なんだか不思議な縁を感じるんだ。私、キルヒェがガードになってくれて嬉しいよ」
「ありがとう。そこそこ旅慣れてはいるつもりだし、一応ガードの経験もあるから役に立てるといいんだけど」
ユウナに向かって微笑みかけるキルヒェの襟首を、何者かが後ろにぐい、と引いた。
「ぎゃ!」
こんな乱暴なことをする人間はこの中で一人しか思い当たらない。キルヒェは犯人であるアーロンにじとりと非難の目を向ける。
「ちょっと、何すんの」
「お前、ガードの経験があると言ったな」
「ああ、まあね。けっこう昔なんだけど……たぶん十年くらい前かな」
「召喚士の名は」
「それが、名前も顔も分からないの。ガードとして旅したあたりの記憶だけがすっぽり抜けちゃってて、気が付いたらナギ節が始まってたって感じ。みんなは『シン』の毒気にでもやられたんだろうって。でもね、よく歌を歌って貰ったってことだけは覚えてるよ」
「歌?」
「うん。ブラスカ様はよく歌ってた?」
「いや……俺が知っている限りでは」
「だよねぇ。私の召喚士は、たぶん女の人だった。お母さん、みたいな? 元気であったかいイメージの人。ねえ、ブラスカ様が旅してたのもたぶん同じくらいの時期だよね? そんな感じの人、どこかで会わなかった?」
「さあ……知らないな」
顎に手を当てて、アーロンは思案する。少なくとも、キルヒェにとってヒントになるようなことは得られなそうだ。
「ガードになる前は、何を?」
「おっ、ひょっとして私に興味津々?」
ニヤニヤと笑いながらアーロンを覗き込むと、片目でぎろりと睨まれる。まあ、知りたいと思うのも当然かもしれない。十年前、共に『シン』を倒した仲間によく似た、しかも同じ名前の人物がこうして現れたのだから。
「昔は、普通に田舎暮らしだったよ。寺院も何にもない、小さな島なんだけどね。……『シン』の襲撃で、父さんも母さんも、隣のおばちゃんもみーんな……沈んじゃった」
さあ、この話はもうお終い。キルヒェはひょいと軽く跳ねるようにしてわずかにアーロンの先へ行く。しかし、途中で思い立ったように立ち止まり、振り返った。
「『キルヒェ様』と旅、してたんだよね。そんなに似てる? 私って」
「どうだろうな」
「なにそれぇ」
曖昧な答えにいまいち納得がいかず、唇を尖らせる。それを見た彼は意地の悪い笑みを浮かべた。
「ふ……少なくともそんな間抜け面ではなかったが」
「ひどっ!」
ふん、と顔を背けるとそのまま足を早め、先を歩くティーダの背中へと近付く。少し前まではとことん落ち込んでいたようが、今は随分とすっきりした表情をしている。ユウナと『笑顔の練習』をしたお陰だろうか。
「よっ、少年!」
「うわっ!」
後ろから、肩をぽんと叩く。ティーダは突然のことに驚き、びくりと身を震わせた。
「試合見たよ! すごいねあのシュート、やるじゃん」
「へへ……まあ、一番頑張ったのはワッカだけどな」
「うん、ワッカも出し切った! って感じですっごくカッコ良かった! あれはスピラ史に残る伝説の試合よ。……あ、てかさ」
キルヒェは少しばかり顔を寄せ、声のトーンを下げる。
「ザナルカンドから来たって、どういうこと?」
ザナルカンド。ティーダはその言葉を耳にして、弾かれたように顔を上げた。わずかに警戒しているようだ。
「もしかしてさっきの話……そっか、聞いてた……よな」
「気に障ったならごめん。でも、何かワケがあるんだなってことは分かったよ」
「うん……ありがと」
「誰も信じてくれないのって、けっこうしんどいもんねぇ」
必死に説明しているのに信じてもらえない、という経験はキルヒェにも嫌という程ある。それに、先ほどの会話を聞く限り、彼が嘘をついているようには到底思えなかった。遺跡のザナルカンドではないにせよ、きっとどこかに彼の故郷があるのだろう。
「なあキルヒェ」
「ん?」
「みんなが言ってるキルヒェって人と、キルヒェは別人なんだよな? ってことはアーロンとも初対面なんだろ?」
「うん。そうだけど、なんで?」
「いや、あんまそんな感じしないなーって。キルヒェと話してる時みたいなアーロン、あんま見たことない。なんつーか……楽しそうだ」
「向こうは『キルヒェ様』と会ったことがある訳だし、他人って感じがしないのかもしれないね。それに、私はほら……誰にでもこんな感じだしさ」
ティーダはそんなもんか、と納得したようなしていないような、微妙な反応だ。
「どっちかっていうとあの人、ティーダと話してる時のほうが楽しそうだけどね」
「楽しそう? あれが?」
「うん。ふたりってどんな関係?」
「どんな……って言われてもなぁ。よく分かんないッス。ザナルカンドでは一応、世話になったっつーかなんつーか」
「そっか、あの人もティーダのザナルカンドにいたんだね」
「うん。オヤジがいなくなってから、ある日突然現れてさ。変なおっさんだよな」
ティーダの言い様に、キルヒェは思わず笑い声をあげた。伝説のガードとして尊敬を集めるような人にこんなことを言えるのは彼ぐらいかもしれない。仲がいいね、などと言いかけて、けれど呑み込んだ。嫌な顔をされるのは目に見えている。
「……でも、あんな奴だけど……アイツがいなかったらオレ、もっと寂しい子供だったかもしれない」
青い瞳が、どこか遠くを見つめる。彼の記憶の中のザナルカンドは、一体どんな所なのだろう。この真っ直ぐな瞳の少年が、無事に故郷を見つけ出せるように。そんな思いを込めて、キルヒェは太陽の色をした髪に手のひらを乗せた。