軌憶の旅 I
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「分かってんのかよ! 全部あんたのせいなんだ!」
金髪の少年が、赤い服の男───アーロンに掴み掛かる。通行人がいれば間違いなく好奇の眼差しを浴びることになるだろうが、幸いにも港は閑散としていた。
魔物の件は解決し、少女を無事に保護者の元へ送り届けることも出来たが、こちらは何やら複雑な事情があるようだ。今の内にこっそり退散しようと試みるも、それを見越したかのようにアーロンが睨みを効かせてきた。どうやら、そこで待てという合図らしい。キルヒェは観念したように肩を竦め、少し離れたところで資材の木箱に腰掛けた。
「『シン』に飲み込まれたのもスピラに放り出されたのも! ザナルカンドに帰れないのも! 全部すべてみんな! ……なにもかもあんたのせいだ!」
意味の分からない言葉が当たり前のように飛び出してきて、頭を抱えたくなる。それでもアーロンは、静かに少年の言葉を受け入れているようだった。
「ジェクト、キルヒェ、ブラスカ、そして俺。皆でシンを倒したのが十年前。後に俺だけがザナルカンドに渡り、お前の成長を見守っていた」
『キルヒェ様』。十年前、大召喚士ブラスカと共に『シン』を倒した伝説のガード。一体何の偶然なのか、名前だけでなく容姿まで似ているというその人に、いつも、どこへ行っても間違えられてきた。
否定するのもいい加減疲れたので、適当に本人の振りをしてやり過ごしたこともある。長らく旅をしながら自分自身の影を探してきたけれど、見つかるのはいつも彼女の足跡ばかりだ。……時々、自分という存在が疑わしくなるほどに。
「───そうだ、『シン』はジェクトだ」
ふと聞こえてきた会話に、キルヒェは我に返る。ジェクト。伝説のガードの一人。そんな人物が、『シン』?
「くっだらねえ何だよそれ! バカバカしい!」
少年の怒号が響く。遠目にもひどく動揺しているようだった。その声が涙を含んでいるようにも聞こえたが、その理由までは分からない。
「バカにしやがって! 好きにしろとか言ってさあ! 選ぶのはオレだとか言ってさあ! だけどオレにはどうしようもないんだっての! あんたに言われた通りにするしかないんだ!」
一気にまくし立てると、少年は糸が切れたかのようにがっくりとうなだれた。
「不満、だろうな。それとも不安か」
その背中に向かって、アーロンは語り掛ける。
「それでいい」
続いていくつか言葉を交わすと未だ気落ちしている少年をその場に残し、キルヒェの方へとやってきた。
「……偉い人だったら先に言って欲しかったんだけどな。えっと……アーロンさん?」
「敬称など要らん。どうせ伝説など名ばかりだ」
「ええぇ……そういう訳にもいかないでしょうよ……」
「変に恐縮されると気持ちが悪い」
さりげなく失礼なことを言われたような気がするが、本人が良いと言うのだから素直に従うことにする。自分の知人に似ている人物からよそよそしくされるというのは、思いの外落ち着かないものなのかもしれない。
「ていうかさっきの話、ちょっと聞いちゃったんだけど。意味分かんないよ」
ちょっとどころか割と丸聞こえだったのだが、そこは伏せておく。あれだけ大声で話していたのだから聞こえないほうがおかしい。それでも自分のような無関係の人間が聞いていい内容とは思えず、キルヒェはばつの悪さに頬を掻いた。
「……本当に、何も知らないんだな」
「だから、人違いなんだって。確かに名前も同じだけど……そんなに似てるのかなぁ」
混乱した頭を鎮めるように、ふう、と息を吐き出す。
「ザナルカンドがどうのとか『シン』がどうのとか、正直かなりこんがらがってる。けど、忘れろって言うなら聞かなかったことにするし、私の出来る範囲のことならなんでも言う通りにします」
「なんでも、と言ったな」
嫌な予感に顔を上げる。サングラスの奥の隻眼が細められている。
「なら、ガードになれ。ブラスカの娘───ユウナのガードだ」
「あの人とは別人だってさっき……!」
「それは関係ない」
「なんだそれ、無茶苦茶なんですけど……」
この男の意図することがさっぱり分からない。昔の馴染みに似ているだけの一般人をガードにするメリットなど、果たしてあるだろうか?
「キルヒェではないと言ったな。ならば、お前は何者だ?」
「何者って……そんなの」
「答えられない、か」
質問の意図が分からない。そもそも答えられる人間などいるのだろうか? 大層な肩書きでもあれば別だが、大抵の人間が自分が何者か分からずに生きているのではないだろうか。
「別に無理にとは言わん。今しがた聞いたことはすべて忘れて、与えられた日常を生きろ。だが、少しでも真実を知りたいと思うのなら……共に来い。自分の物語を自分の手で拓け。たとえそれが、苦しみのはじまりだとしても」
───少しでも真実を知りたいと思うのなら。
彼の言う真実が、キルヒェの求めているものかは分からない。だが、確かにキルヒェの記憶は一部が欠けている。おそらく十年前、ガードとして旅をしていたはずなのだ。大召喚士ブラスカではなく、別の召喚士と。この旅に同行すれば、忘れているはずの何かが分かるかもしれない。
そう思った時には、木箱から飛び降り、アーロンの赤い羽織りの端を掴んでいた。
「……あなた、何か知ってるの?」
「『お前』のことか? だったら俺は何も知らん。知りたいのなら、自ら行動するしかあるまい」
その言葉に唇を噛む。この男の言う通りにするのは悔しい。……悔しいけれど。
「……召喚士様にご挨拶させてください」
「ふん、どうしてもというならやむを得んな」
観念して頭を下げれば、アーロンは口の端を上げる。なにやら満足気に見えるのは気のせいだろうか。
「もう! そっちから誘ったんでしょ!」
負けたような気がして若干腑に落ちないと思いつつも、この男に手を差し出す。口は不機嫌にとがらせたままで。
「キルヒェ、です。よろしく」
あえて名前を強調しながら手を差し出せば、彼の大きな手にしっかりと握り返された。
何かと融通の利く仕事ではあるが……さて、なんと説明しよう。職場のあれこれを懸念しつつ、今後の計画を立てるのであった。