軌憶の旅 I
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飛空艇には『スフィアハケンサクソウチ』なる便利な機能が搭載されているらしい。どういう仕組みかは不明だが、そもそもこの船が飛んでいる理屈自体分からないというのだから、機械文明が畏怖されるのも無理はないと思ってしまう。
何はともあれ、ユウナの居場所が分かった。エボンの総本山、聖ベベル宮。モニターに映し出された彼女が身に纏っているのは、明らかに婚礼の衣装だった。その隣には、死んだはずの───キルヒェがその手で討ち取ったはずのシーモアが、同じく正装で並んでいる。
何事もなかったかのように式が執り行われようとしている理由は分からない。だが、ユウナはおそらく、機を見て彼を異界送りするつもりだろう。しかしあの重警備の中、そう簡単にいくだろうか。
飛空艇で近付くと、長い尾を持った大きな影が通り過ぎた。───守護龍、エフレイエ。知られている限りでは、それはエボンを護る最強の聖獣とされている。
「最大級の歓迎だ」
アーロンが口の端を上げながら呟く。まさかあんなものを相手にする日が来るとは思っていなかった。けれどもう、ここまで来たら怖いなどと言っていられない。エフレイエを迎え討つため、デッキへと向かう。
神秘的に輝く膜翼を持つ、美しい飛竜。遠距離から放たれる光弾も恐ろしいが、近付き過ぎると強烈な毒の息を浴びることになる。最強を銘打つだけのことはあって、厳しい戦いだった。しかし飛空挺の兵器を駆使したシドの援護もあり、苦戦の末にエフレイエを撃破する。
式場の様子が目視出来るほどに近付いてきた。巨大な竜から放たれた無数の幻光虫が舞う中、飛空艇からワイヤーロープが射出される。ユウナに近付くにはその上を滑り降りるしかない。太さも強度も一般的なそれとは比べ物にならないが……あまりの高さに目眩を覚える。
「怖いのなら、抱えて降りてやろうか?」
背後から、どこか愉快そうな声が聞こえた。怖くないと言えば嘘になるが……それでも。
「ううん。大丈夫、やってみる。絶対にユウナを助けるんだって……そう思ったら、何でも出来そうな気がするんだ」
足元を見下ろしたまま答えれば、そうか、とその人は軽く笑った。思う存分やってみろと言われているような気がした。何がおかしいわけではないけれど、キルヒェも釣られて小さく吹き出す。一人じゃない。だから、大丈夫。
「それに……なんだか先に行きたい気分なんだ。いつでも後ろにいるって、言ってくれたでしょ?」
「ああ、行ってこい」
彼はいつも自分たちの前にいると思っていたが、なるほど、たまにはこういうのも悪くない。あたたかい手に、軽く背中を押された。先陣を切って飛び出すティーダやリュックに続いて、空中へと身を躍らせる。靴底とワイヤーの間に火花が散るが、それすらも気にならないほど高揚していた。
不思議なことに、人は極限状態に陥ると恐怖を忘れるらしい。前を行くティーダも、その横顔に笑みを浮かべていた。さすがはエース、華麗なエアリアル。
銃弾の雨を躱して聖ベベル宮の屋上へと飛び移り、向かい来る僧兵や兵器たちを蹴散らしながら駆け抜ける。禁じられた機ら使用していることに少なからず驚愕するが、それを糾弾している暇はない。
もう少し……あと少しでユウナの元へと辿り着く。そう思った時だった。
「茶番は終わりだ」
先陣を切るティーダの目の前に、キノックが銃を突き付ける。気付けば多数の僧兵たちに包囲されていた。
その間にもユウナはロッドを取り出し、シーモアに向かい合う。
「やめい!」
鋭い声がユウナを牽制する。エボンの総老師、ヨ=マイカだった。
「この者どもの命、惜しくはないのか。そちの選択が仲間の命運を決める。受け入れるか、見捨てるか……どちらを選ぶのだ?」
ユウナが仲間を見殺しにできるはずがない。白いグローブに包まれた手からロッドが滑り落ちた。それを見てほくそ笑んだシーモアが、彼女の肩に手を添える。
そして、誓いの口付けが交わされた。
純白のドレスに身を包んだユウナは本当に美しかった。今までに見たどんな花嫁より気高く、眩しかった。
それなのに、今、彼女の尊厳は踏みにじられようとしている。固く握り締めた手が、その苦痛を物語っていた。ユウナが本当は誰を想っているのか知っているだけに、余計に胸が痛い。けれど、だからこそこの目を逸らすわけにはいかない。
「キルヒェ殿……こちらへ」
ユウナから唇を離したシーモアが、キルヒェの名を呼ぶ。彼の目的は分からないが、逆らえば危険に晒されるのは仲間たちだ。
キルヒェが黙って進み出たのを確認して、シーモアはこう言い放った。
「残りは殺せ」
「待っ……!」
仲間に駆け寄ろうと振り向けば、近くにいた僧兵に強く腕を掴まれる。
「やめて!」
ユウナが叫んだ。
「武器を捨てなさい。でないと、私……」
亭々たる塔の淵に立った彼女は、そのままじりじりと後退る。それを見たシーモアは、僧兵たちに銃を下ろすよう指示を出した。
仲間たちが駆けつけてもなお、ユウナはそこから動かなかった。先ほど奪われた唇を手の甲で強く拭い、一緒に逃げようと訴えかけるティーダに微笑む。
「平気だよ、私は飛べる」
────信じて。
そう言い残して、宙に身を投げ出した。誰もが息を飲んだ次の瞬間、下方から強い光が放たれる。召喚したのだ。
「目、つぶって!」
リュックの閃光弾が炸裂する。それを合図に、全員、一目散に駆け出した。
……結論から言うと、皆逃げ切ったようだった。ただし、キルヒェ以外は。
あの時、退路から最も離れていたキルヒェは、護衛たちに囲まれ逃げ切ることができなかった。当然ながら抵抗はしたのだが他勢に無勢で……この様だ。
キルヒェが連れて来られた部屋は、一見客室のようだった。煌びやかな照明に、甘い香りを放つ豪勢な生花。中央に備え付けられたベッドは、三人並んで寝ても余りそうなほど大きい。ただ……異様なことに、窓が一つもないのだ。
扉は固く閉ざされ、体当たり程度ではびくともしない。魔法で破れないものかと試したが、特殊な結界でも張ってあるのか魔力が拡散してしまう。まったく、無駄に贅沢な牢獄に閉じ込められたものだ。
何か役に立ちそうな物……具体的に言えばリュックの手榴弾などが紛れてはしないかと、ベッドの上にアイテムポーチの中身を広げる。
残念ながら回復アイテムや携帯食料ばかりで、破壊力のあるものは見当たらない。諦めかけたその時、見覚えのない物が視界に入った。いや、正確に言えば見覚えはあるのだが、それを所持するに至った経緯が分からない。
「なに、これ……スフィア……?」
誰かの私物が紛れ込んだのだろうか? だとしたら、誰の?
手に取りよく観察してみると、一般的なスフィアと少し形状が異なることに気が付いた。つい最近、これと同じものを見たような気がする。一体どこで? ……記憶を遡って、一つの可能性に辿り着いた。が、現実味に欠けた発想に首を振る。
そう……マカラーニャの森で見た不思議な夢。その中で、金髪の少女から譲り受けた、あのスフィア。
『これ……受け取って。やっぱりキルヒェには、必要な物だと思うから』
確か、彼女はそう言ったはずだ。しかしあれは現実ではない。あまりに荒唐無稽な話だ。それでも……中身を確かめてみる価値はあるだろう。
恐る恐るスフィアに手を伸ばす。起動させると同時、微かな歌声が聴こえてきた。キルヒェしか知らないあの歌。これは……あの人の?
歌声に耳を澄ませていると、ある時突然スフィアが光を放ち始めた。
「う……ッ」
視界がぐるぐると回り、強烈な目眩と頭痛に耐え切れず膝をつく。
次第に強まっていく光。様々な光景が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、頭が割れそうに痛む。激しい苦痛に、ついに叫んでしまいそうになったその時───意識は真っ白に染まり、キルヒェと世界との繋がりは完全に断ち切られた。
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