軌憶の旅 I
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ホームは酷い有様だった。魔物とそれを操るグアドの猛攻はとどまるところを知らず、何もかも無慈悲に蹂躙されている。
アルベド族と協力して、もう何人目か分からない怪我人を召喚士の部屋に運び込む。怪我では済まない者も、決して少なくはなかった。ドナとイサールは、休む暇なく彼らの手当てや異界送りに追われている。
「あんた、その傷」
ドナに指摘されるが、首を横に振る。そもそもたいした傷ではない。自分でも気付いてはいたが、あえて回復はせずに放置していたのだ。魔力にもアイテムにも限りがある。長期戦を見据え、出来る限り温存したい。
「このくらい大丈夫。それより、みんなをお願い」
厳しい顔をしたドナがつかつかと近付いてきて、キルヒェの眼前に手を翳す。ぎょっとして身構えると、体に清らかな光が降り注いだ。
「……バルテロにいつも言ってるわ。誰かを守りたいなら、まず自分を大切にしなさいって」
そう言うドナの顔にも、疲労が滲んでいる。けれど、あえて口に出すことはしない。無理をしなければいけない状況なのだ。お互いに。
召喚士の部屋から戻ると、あちこちで火の手が上がり始めていた。攻撃の手は緩まることなく、むしろ激化している。これはもはや虐殺行為だ。反エボン派の弾圧という名の蛮行。しかし、それに立ち向かう術もまた、武力しかない。
目の前に現れた魔物を焼き払い、グアドを斬り捨てる。シーモアの時のように、罪悪感を覚える余裕もない。守るために、生きるために、殺す。寺院を糾弾しながら自らもまた罪を重ねているという矛盾を抱え、それでも剣を振るうことをやめるわけにはいかない。
「────!」
悲鳴が聞こえた。駆け付けて、戦いに加わる。また、誰かが傷を負って倒れる。すでに共通の言語など不要だった。隣の女性と無言で目配せし、協力して負傷者に手を貸す。
こんなことを、あと何度繰り返せばいいのだろう。誰のものかも分からない血や煤で、体のいたるところが黒く染まっていく。
「究極召喚なら『シン』に勝てるよ? だけど……だけど!」
召喚士の部屋に続く通路に差し掛かった瞬間、誰かの悲痛な声が響いた。すぐにそれが仲間の少女のものであると気付き、思わず足を止める。一緒に行動していた女性もただならぬ空気を察してか、通りすがりの仲間を呼び止め、彼と共に負傷者を運び去っていった。
「……あれ使ったら、召喚士は死んじゃうんだよ! 『シン』を倒しても、一緒にユウナも死んじゃうんだよ!」
半ば悲鳴のような声を追って足を進めれば、鉄階段を降りた先、彼らの姿が小さく見えてきた。一人離れた場所で見守るアーロン。腕を組み、口元を引き結んで眼前を見据えるキマリ。痛みに耐えるように俯くワッカとルールー。自らの言葉の重みに耐えかねて、崩れるようにその場に蹲るリュック。そして……。
「知らなかったの……オレだけか? 知らなかったの、オレだけかよ!」
耳を塞ぎたくなるほどの、痛切な叫びだった。身を切るような少年の悲しみに、思わず顔を覆ってしまいたくなる。けれど、それは許されない。この痛みは、彼に打ち明けなかった自分の罪でもあるのだから。
「ルールー、ユウナのこと……ユウナのこと、妹みたいに思ってたんじゃないのかよ! ワッカもそうだよな! どうして止めないんだ!」
「止めなかったと思うの!? ユウナの……意思なのよ」
「あいつは、みんな承知の上で召喚士の道を選んだんだ。『シン』と戦って死ぬ道をよ!」
妹同然のあの子を失いたくなくて、きっと何度も説得しただろう。それでも彼女の決意を止めることが出来ずに、旅に同行した。せめて、最後の瞬間まで守り抜くために。
「そんなの絶対おかしいよ! みんなの幸せのためだからって……召喚士だけが犠牲になるなんて!」
リュックが再び叫んだその直後、いくつもの幻光虫が舞い集った。具現化した巨大な魔物に、自らも駆け付けようと一歩踏み出した、その瞬間。
「犠牲とは心外だな」
その場に似つかわしくない、穏やかで、けれど凛とした声が響いた。召喚獣を伴ったイサールとドナが、迷いのない足取りで敵に向かってゆく。それこそが、召喚士の覚悟なのだと証明するかのように。
「あなただって 『シン』の恐怖は知ってるでしょう」
「『シン』のいない世界……それこそが、すべてのエボンの民の夢だ。たとえそれが僕の命と引き換えでも、迷いはしないさ!」
次々と戦闘体制に入る仲間たちを振り切るように、ティーダは駆け出した。
「オレ……オレ、ユウナに言っちゃったぞ! 早くザナルカンド行こうって! 『シン』を倒そう……っ、倒した後のことも、いっぱい、いっぱい! あいつの気持ちもなんにも知らないでさあ! なのに、ユウナ……あいつ……笑ってた」
とめどない後悔に声を詰まらせながら、何度も床に拳を打ち付ける。その痛みに同調し守るかのように、ヴァルファーレが翼を広げ、床に這いつくばる少年を包み込んだ。
駆け寄ってその背に手を添えることも、優しい言葉をかけることもできないまま、彼が答えを導き出すその時を静かに待つ。
ふと、ティーダが顔を上げた。
ひとしきり泣いて赤くなった目を拭い、ゆっくりと立ち上がる。その姿はもう、真実に打ちのめされる無力な少年のものではない。顎を引き、拳を固く握りしめ、青い双眼は未来を射るように見つめている。
「ユウナに謝らなくちゃ……助けるんだ!」
その言葉を合図に、仲間たちは駆け出した。同時に、キルヒェの脳裏に何かがよぎる。それは感情だった。ティーダの意識と共鳴するように、強い想いが溢れてくる。
これはおそらく、十年前の自分のものだ。召喚士の運命に絶望し、自分の無力さに打ちひしがれ、けれどその人を失いたくないと諦めきれなかったいつかの自分が、ティーダに重なる。
「ティーダ」
背後から声を掛けると、彼は驚いた顔で振り返った。
「キルヒェ! 良かった、無事で……!」
「うん。ティーダも……みんなも」
駆け寄るティーダ支え、頷き返す。
「……ごめんティーダ、ユウナのこと……」
肩に置かれたキルヒェの手に触れ、ティーダは首を振った。涙の名残に濡れた瞳に、強く揺るぎない光を宿して。
「あのさ、オレ、ユウナのこと何も知らないで無神経なことばっか言って……ユウナに謝りたいんだ。あいつを助けたい!」
「うん。ティーダの気持ち、聞いてたよ。……私も、やっぱりユウナを死なせたくない。たとえ無駄な足掻きでも、何もせずに諦めるなんて絶対に嫌。あなたのおかげで、そう思えた」
「オレも……嫌だ。絶対に嫌だ!」
「行こう。ユウナを助けよう」
顔を見合わせて力強く頷き合い、仲間たちの後を追う。
「ユウナがどこにいるか、知ってるの?」
「いや……全然。でも、なにか策があるみたいだ」
長い階段を上がって辿り着いた先にあったのは、船のような形をした大きな機械だった。訳も分からず乗り込むと、中には想像以上に広い空間が広がっている。
「キルヒェ!」
「キルヒェ、無事!?」
仲間たちに温かく迎えられる。しかし再会を喜び合ったのも束の間、辺りは慌しさに包まれた。
「……なんか、揺れてない?」
どうやら気のせいではないらしい。機械音と振動は、止まるどころか次第に大きくなっていく。
「……これ、飛空艇だそうよ。千年前の、文明の遺産。アルベド族が発掘したんですって」
キルヒェの戸惑いを察してか、ルールーが説明する。
「えっと……つまり飛ぶのは千年振り、ってこと……?」
「……そういうことに、なるのかしらね」
その時、機体が一際大きく揺れた。同時に、ふわりと胃の浮くような、重力の異常を感じる。揺れが安定するのを待って船橋に駆け込むと、目の前には───信じられないことに、広々とした大空が広がっていた。