軌憶の旅 I
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
目を開けると、そこは見覚えのない場所だった。氷の世界は消え去り、代わりに灼熱の太陽の下、砂の海がゆるやかな曲線を描きながら延々と広がっている。
立ち上がり、ユウナや仲間の名前を叫ぶも、その声はただ地平の彼方へと吸い込まれるだけだ。まさか自分だけがここの砂漠へ飛ばされて来たのではないだろうか?
……いや、それならまだ良いのだ。ユウナがひとりで途方に暮れていないか、魔物に襲われてはいないか……それだけが心配だった。
もし仲間たちもここに来ているのなら、一刻も早く合流したい。とはいえ目印となるようなものもなく、あるとすればかつての文明の残骸が点在しているくらいだ。太陽の位置からおおよその方角は割り出せるが、土地勘のないキルヒェが無闇に歩き回っても余計に迷うだけだろう。
悩んだ挙句、ひとまず体力の温存に努めることにした。目印がないなら作ればいい。他の誰か、あるいは自分が再びここを通った時に、痕跡となるようなものを残したい。日差しを遮るべく瓦礫の陰に移動し、何か使えるものはないかと調べ始めた、その時。
「人!!!!!」
砂丘の彼方に見える、いくつかの人影。シルエットからして、少なくともグアドではないようだ。助かった、と思った。蜃気楼や幻覚の類でなければ……の話だが。
「おーーーい!!!」
大きく手を振り、力の限り叫ぶ。思いが通じたのか、こちらにだんだんと近付いてくるようだ。次第に明確になる三つの影がれっきとした人であると確信し、キルヒェは走り出した。
「すみませーん! 道に迷っちゃって。この辺で、誰か他に人を見かけませんでしたか?」
ゴーグルを掛けた三人組は、それぞれに顔を見合わせる。
「ハンガ ヨミユ……ゴフキセ ヨヨシミウ?」
「……へ? あ、アルベド!」
やっと自分以外の人間に出会えたというのに、言葉が通じないとなると厄介だ。どうにかして、敵意を持たれることだけは避けたい。
「ゴフヌウア……」
「コキ ホームオ ホンバミム キッセウハナ サガベアネヌ カテシマ ミアハミボ」
「うん? ごめん、全然分かんないわ」
こんなことなら、リュックから少しでも言葉を教わっておけば良かった。アルベドは、相変わらずキルヒェに分からない言語で何かを話し合っている。
彼らが召喚士を狙っているという噂は何度か耳にしていたし、幻光河では実際に被害にも遭った。目的は不明だが、もしかしたらユウナはすでに彼らに拐われているかもしれない。問題は、どうやってそれを問うかだ。
「えーと、ワタシ、ガード! ショウカンシイナイ コマッテル! ショウカンシ ユウナ オマエタチガ サラッタカ?」
「……」
「…………」
「……………………」
「いや、そんなあからさまに何コイツ……みたいな顔されるとこっちも辛いんですけど」
大げさな身振り手振りを加えながら片言で話しかけるも、撃沈する。せめて固有名詞だけでも拾ってくれればと思ったのだが、言語の壁は厚い。
「コフミミ、ガヤッセユミセヨミ!」
「いやー!」
努力も虚しく、一番大柄な男に拘束され、強制的に連行されるのであった。
「……そんなわけで、私だけここに連れてこられたのよ」
「そうか……君も大変だったね」
物腰の柔らかい召喚士、イサールがゆったりと相槌を打つ。キルヒェが連れて来られた部屋には、アルベドが攫ってきた召喚士とガードたちが軟禁されていた。
軟禁、といってもずいぶん緩いもので、基本的に部屋から出なければ行動は自由。しかもそこそこ快適な寝床に一泊三食付きという悪くない待遇だ。
「あれだけ沢山ガードがいて、逆によく召喚士を見失えるわよね」
イサールの後ろに座っていた女性が嫌味を飛ばしてくる。彼女には見覚えがあった。確かジョゼ寺院で会った、気の強い召喚士だ。
「いやほんと、返す言葉もありませんわ……あ、ていうかあなた! アーロンのことおじさんって言った人!」
「指を指さないで。……ドナよ。その話はやめてちょうだい」
「私も初対面でおじさん呼ばわりしちゃったからだいじょーぶ。そういえば、マカラーニャで彼氏に会ったよ。血相変えて探し回ってた」
すっかり忘れていたが、アーロンのファン───もといドナのガードの男が彼女とはぐれて慌てふためいていたことを思い出す。
ガードが取り乱していたら召喚士はどうする、とアーロンに諭されて奮起していたが、元気でやっているだろうか。
「そうでしょうね。バルテロ……今頃どうしてるかしら」
肩をすくめ、やれやれと首を振りながらも、その表情は心配そうだ。言動の鋭さばかりが目立つが、案外身内には優しい一面もあるのかもしれない。
「それにしても、どうしてこんな所に? みんな、特に何もされてないみたいだけど……」
まさか、攫ってきた召喚士をもてなすのが目的というわけではないだろう。アルベドにとってのメリットがまるで見当たらない。
「何もされてない、というより、何もさせないのが彼らの目的さ」
「へ?」
「旅を辞めさせたいのよ、あの人たちは。……バカね、民のための生贄なんて、私たちはそんなこと微塵も思ってないのに」
「あ……」
───リュックたちは、スピラを変えたいんだね。
あの時リュックが答えなかった問いの答えが、今分かったような気がした。この行為は、召喚士ひとりの犠牲によって齎されるナギ節、そしてそれを讃え依存する世界への抗議なのだ。
「彼らの気持ちは嬉しいよ。でも、これが唯一の方法なんだ。たとえ生贄と言われようと……覚悟なら、とっくに出来ているさ」
イサールは、部屋の隅で話している弟たちに目を向ける。末の弟はまだ幼いが、召喚士の運命を知っているのだろうか。
そんな漠然とした思考に囚われかけていたその時、突如として地面を揺るがすような轟音が鳴り響いた。
「何……!?」
どこかで爆発でも起きたのだろうか。続けて、部屋中に警報が鳴り響く。しかし、アルベド語なのでそれすら何を言っているのか分からない。
厚い鉄の扉に手をかけるが、びくともしない。せめて、何が起きているのかだけでも確認できたら───そう思った瞬間、固く閉ざされていたはずの扉が勢いよく開いた。
「敵襲だ!」
現れたのは、スキンヘッドの中年男性だった。他のアルベド族と異なり、共通語が通じるらしい。
「エボンの奴らが来やがった! おめぇら、ここから出るんじゃねぇぞ!」
「どうしてエボンが……? まさか……!」
アルベドに対する粛清だというのか。いくら教えに反する種族といえど、武力による弾圧など倫理的に許されるはずがない。
「何してやがる! おとなしくしてろ!」
男は忠告を無視して飛び出そうとするキルヒェの肩を押し戻し、一人で部屋を去ろうとする。
「待って、私も行く!」
「おめぇ……ガードか? 召喚士はどうするつもりだ」
「私の召喚士はここにはいません。途中ではぐれて、私だけが連れて来られたの」
「てめぇの召喚士ひとり守れねぇで、他人のホームのために戦うってか!」
「そのホームに、召喚士が攫われてくるかもしれない。こんな危険な場所にあの子を来させるわけにはいかない!」
男は厳しい顔でキルヒェを見ていたが、ややあって踵を返しながら叫んだ。
「仕方ねえ……手ェ貸せ!」
「ちょっと待て!」
誰かに手首を掴まれる。イサールの弟のマローダだった。その横には幼いパッセもいる。
「あんた一人を行かせるわけにはいかねえ。俺も行く」
「ぼくも!」
「ありがとう。でも、みんなで行ったらこの部屋は召喚士だけになっちゃう。二人はここで、ドナとイサールを守って」
まだ何か言い足りないのか、手首を掴む手に力を込めるマローダだったが、キルヒェの強い視線を受け、渋々引き下がる。
「……死ぬなよ」
キルヒェもまた彼に頷き返し、部屋を飛び出した。烈しい戦いの気配が、すぐそこまで迫っている。