軌憶の旅 I
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「戻りましたー。持ち場、替わるよん」
「お疲れさんっ」
持ち場に戻ると、同僚のペルペル族から明るい挨拶が返ってきた。この仕事を始めたばかりの頃は亜人たちの強い個性に若干戸惑うこともあったが、打ち解けた今となっては気の良い仲間ばかりで安心する。
先ほどまで彼が眺めていた街頭のスフィアモニターを見上げれば、画面いっぱいに金髪の少年が映し出されていた。
「お前らがデカイ面してられんのも今のうちだからな! 今年の優勝は、オレたちビサイド・オーラカがいただく!」
続いて響く高笑い。ビサイド・オーラカといえば誰もが知る有名チームだ。強豪としてではなく、毎年懲りずに出場しては初戦で消えていく最弱チームとして。その連敗記録、なんと23年。並外れた弱さから、意外にもコアなファンがついているらしい。
「わあ、元気な少年。っていうか、オーラカにあんな子いたっけ?」
記憶を探って、はて、と首を傾げる。ルカには大会が開かれる度に来ているが、その顔に見覚えはない。
「期待の助っ人だとさ」
「へえ……」
面白そうな子だと思った。少し個性的な服装のせいかもしれないが、どことなく周りと違う雰囲気を持っている気がする。今年は何か特別なことが起こるような予感がした。
「年に一度の大会だもん、こうでなくっちゃね」
そう独りごちると、キルヒェは仕事道具を広げ始めた。
試合が始まってしまえば、キルヒェたちの仕事は終わったようなものだ。誰もがブリッツに夢中になり、他の娯楽に目を向ける者はほとんどいない。今年は特にあのオーラカが決勝まで勝ち残ったおかげで、街中が今までにない盛り上がりを見せていた。
ひと通り片付けを終えたキルヒェも、カフェのカウンター席に居座りモニターで試合を観戦することにした。ブリッツを観るのは好きだ。水の中で生き生きと泳ぎ回る選手や、手に汗を握るような駆け引きの数々を見ていると、なんだか自分まで体を動かしたくなってくる。特別泳ぎが得意というわけでもないのに不思議なものだ。
肝心の試合は、例の助っ人の少年のお陰で点を稼げたものの、現段階ではルカ・ゴワーズの優勢。あと1点で同点に持ち込めるのだが、鍛え抜かれたディフェンダーを前にオーラカは苦戦しているようだった。
「やっぱよォ、どう考えてもビサイドの田舎モン共が勝つなんて考えられねぇよな。決勝戦まで進めたのもクジ運がよかっただけだろ? なぁ、姉ちゃんよ」
隣に座る男───どうやら昼間から泥酔している───が腰に手を回そうとしてきたので、そいつの脛を爪先で軽く蹴飛ばしてやる。
「痛ってぇ!」
「私はオーラカに一票」
「はあ!? 本気かぁ?」
出来るなら、故郷を『シン』に銃撃されたばかりのキーリカ・ビーストに勝って欲しかったのだが、現実とはそう上手くいかないものだ。
「なら、賭けようぜ。ゴワーズが勝ったら、このあと俺に付き合ってくれよ」
「オーラカが勝ったら?」
「なんでも好きなもの買ってやるよ、な?」
「よし、言ったわね? なんでも、だからね?」
正直、オーラカが勝つという確信はまったくと言っていいほどなかった。が、もしゴワーズが勝ったとしても、適当にあしらえばいいだけだ。男の酔い振りからして、放っておいてもその内勝自滅してくれるだろう。さりげなく、空に近づきつつあるグラスに酒を注ぎ足しておく。
そうこうしてる間に試合は後半戦に突入、未だ劣勢のオーラカに痺れを切らした会場はワッカコールで沸いていた。期待に答えるべく金髪少年と交代したワッカがまず1点。そして試合終了間際にダメ元で放ったシュートが見事に決まり、もう1点。
本当に、ビサイド・オーラカが、勝った。
「信じられない勝利です! ブリッツボールの歴史に新たな伝説が生まれた瞬間です!」
「やったーーーっ!!」
スタジアムは当然、店内までもが今までにない盛り上がりだ。オーラカの優勝もめでたいが、こうなるともはやこの男に勝った事が何より嬉しい。キルヒェも勢いよく立ち上がり、酔っ払い男に向かって勝ち誇った笑みを見せる。
と、モニターから流れ出る音声に違和感を覚えた。歓声に類似したそれは、よくよく聞いてみればところどころ悲痛に歪んでいる。これは……悲鳴?
はっとしてモニターに顔を向けると、どこから紛れ込んだのか、スフィアプールの中を泳ぐ魔物の姿が映っていた。
「え……?」
映像が切り替わり、今度は客席が映し出される。逃げ惑う人の群れの中で、赤い風船がふわりと踊った。子供だ。7歳くらいの女の子が、保護者とはぐれたのか泣きながら人の波に飲まれそうになっている。
あ、と思った瞬間、モニターは突然砂嵐に塗りつぶされてしまった。
「お……おい! 危ねえぞ!」
男の静止を振り切り、店の外へと飛び出す。早くもスタジアムの方から逃げて来る人々の姿が見えた。群衆に抗うのは容易いことではないが、もみくちゃにされながらも、騒ぎの中心地に向かって走る。
「何、これ……っ」
客席にも、すでに何体もの魔物が入り込んでいた。辺りを見回すと、先ほどモニター越しに見た少女が通路にへたり込んで動けなくなっているのを見つけた。目立った外傷はないようだが、このままではすぐに魔物に見つかってしまうだろう。
案の定、翼を持った鳥のような姿の魔物が、けたたましい鳴き声と共に少女の前に躍り出る。
咄嗟に放った魔法は威力こそ小さいものの、敵の注意を引き付けるには十分だったらしい。ターゲットを変え滑空してきた標的に、キルヒェは飛びかかるようにして斬り付けた。地に落ちた魔物は、醜い叫びと共に幻光虫へと姿を変える。
「大丈夫? ケガない?」
少女に駆け寄り、その背を支える。よほど怖かったのだろう、声も出せない様子ではあったが、小さく頷く姿にひとまず胸を撫で下ろした。
普段、『シン』以外の魔物が群れで街を襲うことは稀だった。このような大群に襲撃されるなどもってのほかだ。討伐隊が大がかりな作戦に人手を割いているらしく、今年は民間が警備にあたっているようだが───それにしても。
「あ……!」
視界の隅に翻る赤。休憩中、街外れで声を掛けてきたあの男だ。太刀を軽々と掲げ、巨大な四つ脚の魔物と対峙している。少女を座席の死角に隠れさせ、キルヒェは男の元へと駆けつけた。
「さっきはどうも! 加勢するよ」
「お前……」
突如現れたキルヒェに男はサングラスの奥の左目をわずかに見開く。が、すぐさま敵に向き直る。
「フッ、背中は任せたぞ」
斬っても斬っても、どこからか新たな敵が湧いて現れる。隙をついて魔法で一斉に片を付けるも、これではキリがない。
「お前、剣はどこで教わった?」
「へ? この状況で雑談とか……」
「さっきのは、なかなか悪くない太刀筋だった」
「そりゃ、どう……も!」
余裕なのか、はたまたも物凄くマイペースなのか。どこまでも読めない男に関心と呆れの入り混じった目を向けると、彼は何食わぬ顔で敵を両断していた。
「アーロン!」
「アーロンさん!」
声のほうを見ると、オーラカのキャプテンと助っ人の少年が駆け付けたところだった。どうやら知り合いのようだ。しかし多勢に無勢、数人ばかり増えたところで簡単に方が付くものではない。このままではいずれ───そう思った瞬間、この世のものとは思えない壮絶な叫びが広場に轟いた。
召喚獣、だろうか。鎖によって拘束された、巨大な異形の獣が咆哮している。
「う……ッ」
ひどく、頭が痛む。あの存在から放たれる、痛烈な感情。憎悪、悲哀、後悔……そしてわずかに暖かい、何か。
『それ』は一つしかない目からまばゆい光弾を放ち、次々と魔物を屠っていく。血の涙を流しながらもすべての驚異を消し去った召喚獣の背後に立つのは、新たにエボンの老師となった人物───シーモア=グアドその人だった。