軌憶の旅 I
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長い湖沿いの道を越え、辿り着いたマカラーニャ寺院。ワッカと合流したキルヒェたちは、ユウナを探すため試練の間へと急ぐ。そんな矢先、突如として響いた悲鳴。
ユウナの荷物から出てきたスフィアを見たという女性は、そのおぞましさに青ざめた顔で両膝をついた。
ユウナの苦慮の原因であるスフィア……それは、生前のジスカルが遺したものだった。
心に黒い炎を抱えたシーモアが、いずれエボンやグアド、召喚士を利用し、スピラに災いをもたらすであろうこと。彼とその母親を世間から守ることができず、その心を歪めてしまったこと。そして……その罰として、他ならぬ息子に自身が殺められるであろうことを、ジスカルは語った。
このままではユウナが危険だ。そう判断した仲間たちは即座に部屋を飛び出す。しかし、ワッカは事態を受け止め切ることができず、一人頭を抱えていた。
「シーモアはヤバい、それははっきりしただろ!」
『シーモアを止めてくれ』───祈るような言葉で締め括られたスフィアを手に、ティーダが叫ぶ。
「相手はエボンの老師だぞ」
「じゃあ、ワッカはここにいろよ!」
動揺しているのはワッカだけではない。キルヒェも、少なからず戸惑いを感じていた。
シーモアに対し、底しれぬ不穏さを感じていたのは確かだ。だが、悪い印象ばかりだったかというとそうではない。
キルヒェに向ける柔らかな眼差し。時折見せる、子供のような表情。あの優しい笑顔を、その裏側にあるはずの心を、できることなら信じてみたかった。
だが、その罪を知ってしまった以上、看過することはできない。何より、彼がユウナに害をなす可能性がある限り、剣を抜く覚悟はしておかねばならないだろう。
「シーモア!」
怒声と共にティーダが扉を開け放つ。マカラーニャ寺院、控えの間。祈り子の間へと続く扉の前、こちらに背を向け、彼は静かに佇んでいた。
「お静かに。ユウナ殿が祈り子と対面中です」
キルヒェたちの様子にすべてを悟ったのか、振り返ったシーモアの眼差しはいつにも増して冷え切っていた。
「どうして……!?」
祈り子の間から戻ったユウナが、仲間たちの姿を見て息を飲む。
「ジスカルのスフィア見たぞ!」
「……殺したな」
「それが何か? もしや……ユウナ殿もすでにご存知でしたか?」
自らへの糾弾を涼しい顔で受け流したシーモアは、ユウナへと視線を向ける。ユウナは硬い表情のまま、小さく肯定した。
「ならば、なぜ私のもとへ?」
「私は……あなたを止めに来ました」
「なるほど……あなたは私を裁きに来たのか」
そうと知ってなお、シーモアはユウナへと手を差し伸べる。しかし、当然ながら彼女がそれを受け入れることはない。シーモアの視線からユウナを守るように、ガードたちが立ち塞がる。
「命を捨てても召喚士を守る、誇り高きガードの魂……見事なものです」
シーモアが合図すると、護衛であるグアドたちが同じく彼を庇うように進み出た。
「よろしい、ならばその命……捨てていただこう!」
「ガードはわたしの大切な同士です。その人たちに死ねと言うのなら……わたしも、あなたと戦います」
ユウナがロッドを構える。それを皮切りに、戦いの火蓋は切って落とされた。
激しい攻撃の波を掻い潜り、隙を見計らって反撃に出る。しかし、グアドの魔力で固められた守備はそう簡単に崩すことは出来ない。ユウナやルールーの支援を受けながら、地道に削っていく。
シーモアが高く手を翳した。襲い来るであろう衝撃に耐えるべく構える。
燃え盛る炎の波に、仲間たちが次々と苦痛の声をあげた。キルヒェもまた熱波に顔を顰めるが、予測していたような衝撃は一切襲って来ない。違和感を覚えて目を開くと、炎がまるで意志を持っているかのように自分の周りを避けて通っているのが見えた。
「どうして……」
理由なら、一つだけ思い当たる。だが、シーモアにとって『彼女』がどれほど大切な存在であろうと───たとえそれが、キルヒェ自身であったとしても───関係ない。ただ、ユウナを守ることだけに集中しろ。そう言い聞かせて、『敵』と対峙する。
相手が意図的に攻撃を避けているなら、それを利用するまで。ユウナに攻撃が及ばぬよう彼女の側に駆け寄り、魔法での後方支援に切り替える。
じわじわと追い込まれたシーモアが、ルカで見せたのと同じ召喚獣、アニマを喚んだ。
禍々しい姿が目の前に現れると同時に、またしても原因不明の頭痛がキルヒェを襲う。召喚獣が悲痛な声をあげるたびに、様々な感情が頭の中に流れ込んでくるようだった。まるで、何かを必死に訴えかけているかのように。
強大な力を前に、一気に形勢不利へと追い込まれたかと思われたその時、詠唱を終えたユウナが前に進み出た。
「みんな、下がって! 召喚します!」
巨大な氷の結晶の中に舞い降りたのは、美しい女性の姿をした召喚獣だった。氷の女王、シヴァ。強い冷気は、大気すらも一瞬で凍てつかせる。
しばらくは互角の争いを続けていたが、やがてシヴァの渾身の一撃により、アニマは沈んだ。
横目でユウナを見やると、額に玉のような汗が浮かんでいる。ただでさえ祈り子との交感を終えたばかりなのだ。激しい戦いの影響もあいまって、心身共にかなりの負担が掛かっているのだろう。
「ユウナ、お疲れ様。あとは私たちに任せて」
しかし、消耗しているのはシーモアも同じだ。ここで一気に勝負を仕掛けるべく、再び前線へと躍り出る。
「ティーダ、交代しよう! ユウナをお願い」
「ああ!」
剣身に雷を閃かせ、真っ直ぐにシーモアへと向かう。背後にキマリとアーロンの存在を感じた。この一撃は恐らく弾かれる。けれどせめて、彼らの攻撃の足掛かりになればいい。
「はぁっ!」
短く叫んで、切っ先を突き付ける。シーモアは薄く笑い、その剣を───。
「……っ……!?」
目の前で起きた事が理解できず、驚きに声を失くす。白い刃先が、シーモアの体に深々と突き刺さっている。明らかに、防げるはずの攻撃だった。それをあえて受けたというのだろうか。まるで、自ら死を受け入れるかのように。
溢れ出す血液が、刀身に刻まれた彫刻を伝って柄まで流れ、キルヒェの手を濡らす。咄嗟に身を引こうとするも、長い指に手首を引き止められた。
「キルヒェ……」
掠れた声で名前を呼ばれる。シーモアの、さして力の籠もっていないはずの手を振り払うことができない。
「もっと、早く……君に会えて、いれば……」
ずるり、と、シーモアは力なくくずおれた。足元で動かなくなった体と、血に濡れた剣をただ茫然と見つめる。
ふと、辺りが騒然とし始めた。トワメルが複数のグアドを率いてやって来たことを、どこか遠い世界の出来事のように認識する。
剣を交えれば、当然こうなることも覚悟していた。なのに、思考が追いつかない。シーモアを殺してしまった。親友だったという『彼女』と同じ名前で、姿で……彼のすべてを奪ってしまった。
事態はキルヒェを置き去りにして進んでいく。異界送りを拒否されたシーモアの亡骸、トワメルに破壊された証拠品のスフィア、反逆者という汚名。
このままでは、自分たちは捕らえられ、処分されてしまう。真実を、永久に闇に葬り去るために。それは分かっているのに、足が動かない。動こうとしない。
「キルヒェ!」
誰かに肩を掴まれる。アーロンだった。
「しっかりしろ。やらなければこちらがやられていた。お前はユウナのガードとして当然のことをしたまでだ」
茫然としながらも頷き、駆け出す。ユウナを守るために───その想いだけが、前へ進むための力となっていた。
それからどのように逃げたのか、ほとんど覚えていない。ただ、必死に走った。そして、グアドが呼び出した魔物に足場を割られ、気付けばマカラーニャ湖の下へと真っ逆さまに落ちていた。