軌憶の旅 I
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「最悪だぜ……反エボンのアルベド族と一緒だなんてよ」
ワッカが吐き捨てた言葉が、ぽつりと雪原に落ちる。それは一滴の墨汁のように、真っ白な雪を不信感という色で染めてゆく。
───いや、違う。この足元は、元より白くなどなかった。『ワッカに知れたら厄介だから』と、覆いを被せて見えないように隠していたのはキルヒェ達だ。そうやって誤魔化し続けていたものが、たった今、白日の下に晒されただけに過ぎないのだ。
事の発端は、一時間ほど前に遡る。
森を抜け、マカラーニャ湖に辿り着いた一行を出迎えたのは、シーモアの側近であるトワメルだった。
何やらグアドのしきたりだとかで、婚礼にあたりユウナを迎えに来たらしい。直接の返事もまだだというのに少々強引すぎるのでは、と若干心外ではあったものの、そこまではまだ順調だった。
事件が起こったのはその直後だ。トワメルと共にマカラーニャ寺院へと向かおうとするユウナを、突如複数のアルベド族が取り囲んだのだ。
交戦は免れず、魔法や召喚を封じる装置に苦戦を強いられながらも、巨大な兵器を撃破することに成功したのだが……一連の騒動によりリュックの素性が明るみに出てしまった、というわけだ。
「あたしたちはエボンに反対なんかしてないよ」
「お前ら、禁じられた機械を平気で使ってんじゃねえか! 分かってんのか? 『シン』が生まれたのは 人間が機械に甘えたせいだろうがよ!」
「しょーこは? しょーこ見せてよ!」
「エボンの教えだ! 教訓もたくさんある!」
「答えになってな~い! 教え教えってさあ! もっと自分のアタマで考えなよ!」
少し前まで笑い合っていた二人の言い争う声が、凍てついた大地に響く。
「じゃあ教えてくれ! どうして『シン』は生まれたんだ?」
「それは……分からないよ」
「けっ、エボンの教えをバカにして、結局それかよ」
立場の異なる者同士が、真っ向から主張をぶつけ合う。しかし思想という名の溝は簡単に埋められるようなものではなく、それは議論にも満たぬ空虚な口論にしかならない。
「でも! 教えだからって、なんにも考えなかったらこのままだよ! いつまで経ってもなんにも変わらないよ!」
それでもリュックは必死に訴えかける。人々がどれほどけなげに教えを守っても『シン』が完全に消滅することはない。ならば機械を使ってでも、災いを消す方法を、その復活を止める方法を我々の手で探すべきなのだと。
「───変わんなくてもいいんだよ!」
ワッカの叫びが一際大きく響いたような気がしたのは、その声量のためだけではない。おそらくは、それが千年変わらないスピラの本質を代弁しているのだと、無意識に感じ取ってしまったから。
どこまでも平行線を辿る会話に、リュックは話にならないと俯く。そんな険悪な空気を変えたのは、アーロンの一声だった。
「リュック!」
アルベドが置き去りにしていった乗り物を指し、これは動くのかと問い掛ける。頷いたリュックは、すぐに駆け寄り手際よく調整を始めた。
「あれに乗ろうってのか? まさかアーロンさんもアルベドじゃないだろうな」
いつになく神経質になっているワッカは、ついにアーロンにまで懐疑的な目を向ける。そんな彼を見かねて、ティーダが呟いた。
「変だよ……ワッカ」
「なにが」
「リュックがアルベド族だって分かったら急に怒るなんてさ。ここまで仲良くしてただろ」
「そりゃあ、お前……」
「オレ、スピラのことはよく知らないけど……アルベド族がどんな人たちなのか、全然知らないけど……」
ティーダの言わんとしていることは分かる。それはきっと、キルヒェの見てきたものと同じだ。そしておそらく、ワッカが見てきたものとも。
「リュックは、いい子だと思う。リュックはリュックだよ」
それを理解しているだけに、反論する言葉も出てこないのだろう。ワッカはルールーに縋るような視線を向ける。
「ルー……」
「アルベド族を知る、いい機会。そう考えてみない?」
ルールーの口調に普段のような鋭さはない。むしろ、諭すように穏やかだ。だが、今のワッカにそれに気付けるほどの余裕などあるはずもなく、最終的には一人で寺院へと走り去ってしまった。
「リュック、後ろ乗ーせて!」
機械の整備を終えたリュックに近付き、声を掛ける。
武骨なボディに雪上を滑走するための橇、謎のスイッチ類がたくさん付いた車両は遠目にも難解で、走行はおろか起動させる自信すらない。ザナルカンド暮らしの経験があるティーダやアーロンはともかく、不慣れなはずの機械を難なく操作しているキマリのポテンシャルには感服させられる。
「あ……うん! いいよん」
こくん、と頷くリュックは一見普段と変わらないように見えるが、その声にはじけるような明るさは感じられない。少しずつではあるが、信頼関係を築きつつあった……そんな淡い期待があっただけに、ショックも大きかっただろう。
「助かったー。自分で動かせるかちょっと不安だったんだよね」
言いながら、後部座席に跨る。どちらも女性とはいえ、アルベド製の乗り物は二人を乗せてもびくともしない。
キルヒェがしっかりと腰を落ち着けたのを確認し、リュックは慣れた手つきでハンドルを握る。エンジンの荒々しい振動に反して、走り出しは思いの外スムーズだ。
「あのねリュック、ワッカのことなんだけど……」
前方のリュックに語りかける。できるだけ穏やかな口調を心掛けはしたが、吹き付ける風に流されないよう、少しばかり声を張る必要があった。
「たぶん、自分の中の常識がひっくり返されて混乱してるんじゃないかな。ワッカ、前に言ってたよ。リュックがいると賑やかで楽しいって。少なくともその時は、リュックのこと、私たちと同じように思ってた……それは確かだと思う」
集団に対する嫌悪感と個人に向ける感情は、必ずしもイコールとは限らない。ワッカ自身も混同しているようだが、本来ならばそれらは切り離して考えるべきなのだ。
しかし今ひとつピンと来なかったのか、リュックは小さく首を傾げる。
「キルヒェたちと同じ……って?」
「あなたのことが好きよ、ってこと」
「好き……? キルヒェたちが? あたしのこと?」
その問いに、ああ、と思った。この天真爛漫な少女は、身近な人間からのささやかな好意でさえ、何のしがらみもなく受け取ることを許されていないのだ。
「そうだよ。知らなかった?」
「うん……てかさ、考えたこと、なかったんだよ。あたしら、世界中から嫌われてるから」
まるで雑談でもしているかのような調子でリュックは言う。同族以外の者に敵意を向けられることは、彼女にとってもはやただの日常に過ぎないのだろう。
そのやるせなさに、キルヒェは華奢な腰に回した手に力を込め直す。
「実はね、ちょっと考えちゃったんだ。今までの人生……何かが少し違うだけで、リュックに酷いことを言ってたのは自分だったりしたのかな、って」
キルヒェ自身はさほどアルベドを嫌悪せずに生きてこれたが、それは身を置く環境や、周りの人々のお陰だ。
ちょっとした運命のさじ加減次第では、ワッカやスピラに生きる多くの民がそうであるように、与えられた教えにしがみついて生きる人生が待っていたかもしれない。
それは目の前の少女も同じだ。『たまたま』アルベドに生まれたから。きっと、そんな偶然の重なり合いでこの世界は動いている。
「でもね、同時に思ったの。だからこそ、きっかけさえあれば、人は良い方向にも変われるんじゃないかって」
「そう……だといいな……。いつか、分かってもらえるかな?」
「きっと、ね。でも、時間は必要だと思う」
しばしの間、何かを考え込むように黙り込んだリュックは、キルヒェを少し振り返るようにして再び言葉を紡ぐ。
「あのさ……アニキたちのこと、ごめんね。あんまり理解してもらえないかもだけど、エボンを否定したり、誰かを傷つけたりしたいわけじゃないんだよ。うちらなりに、出来ること……考えてるつもりなんだ」
「そっか。リュックたちは、スピラを変えたいんだね」
リュックは答えない。けれど、無言こそが肯定なのだろうと解釈した。
「アルベドは召喚士を狙ってる……よね。それと関係ある?」
「それは……その……」
「無理に言わなくて大丈夫。ふか〜〜いワケがあるんだって、言ってたもんね」
言い淀むリュックに、初めて会った時の彼女の言葉を借りて微笑みかける。出会ってからまだ日は浅いが、もう随分と前のことのようだ。
「でも、いつかちゃんと話してくれたら嬉しいな。理由が分かればワッカの考えだって変わるかもしれないし……私もリュックのこと、もっとよく知りたいから」
「ん……ありがと、キルヒェ」
リュックの頷きに合わせて、金色の髪が揺れる。
アルベドとエボンの民の相互理解が進まないのは、言語の違いによる部分も大きいだろう。だが、リュックは違う。共通の言葉を使い、意見を交わすことができる。当たり前のことのように思えるが、実際はとても重要な一歩だ。
「そういえばさ、体調、もう大丈夫?」
リュックの問いかけに、一瞬首をひねる。が、すぐにマカラーニャでのことだと思い至った。そういえば、あれ以来謎の悪寒は全く感じていない。
「ん、もうぜーんぜん平気。心配かけてごめんね」
「前にも倒れたことあるんでしょ。ビョーキとかじゃ、ない……よね?」
「たぶんね。普段は何ともないから。もし頻繁に起こるようなら、ちょっと考えないといけないかな。みんなに迷惑かけたくないしね」
何かの疾患という可能性も否定はできない。あまり考えたくはないが、自分の体調が原因でユウナや仲間たちを危険な目に遭わせるくらいなら、いっそガードを降りることも検討しなければならないだろう。
「そか……キツそうだったら、遠慮なく言ってよね。いっぱいガードいるんだし。あたし、がんばるからさ。だから……ムリ、しないで」
「了解です。ありがとね、リュック」
「ううん。さっきのお返し!」
もう一度振り返り横顔で笑ってみせたリュックは、ハンドルを握る手に力を込め、少しだけスピードを上げた。