軌憶の旅 I
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「わぁ……!」
雷平原を抜け、マカラーニャの森に辿り着いた瞬間、ティーダが歓声をあげる。
結晶化した植物たちが自生する、水晶の森。そこは木漏れ日の届かぬ深い場所にありながらも青いかがやきに満ちて、確かに思わず溜め息が漏れるほど美しいのだけれど。
「なんか……ぞわぞわする……?」
原因不明の悪寒に見舞われ、身を震わせる。その様子に気付いたルールーが、キルヒェの背にそっと手を添えた。
「具合でも悪い?」
「ん……ありがと、ルールー。そういうわけじゃないんだけど……ちょっと変な感じ、しない? 」
身体を冷やしでもたかと思ったが、体調の悪化ではなさそうだ。一体、何だというのだろう。この、奇妙な胸のざわつきとしか言い表せない感覚は。
「さあ……不思議な場所だとは思うけど、私は何も感じないわ」
「どうしたキルヒェ? 一休みしてくかぁ?」
隣に立つワッカも声を掛けるが、キルヒェは首を横に振る。
「ううん、体調は問題ないから大丈夫! ふたりともありがとね。さっさと抜けちゃおう」
不穏な感覚は続いているが、構わず歩みを進める。ただでさえユウナのことが気掛かりなのだ。これ以上仲間たちの心配事を増やしたくない。
「ちょっと待て。確か……この辺りだ」
アーロンが立ち止まったのは、ちょうど森の中間地点を過ぎた辺りだった。彼は見せたいものがあると言ったが、周りを見回せど特に気になるものは見当たらない。
「アーロンさん、キルヒェが……」
「キルヒェ?」
「あ、平気平気! なんともないでーす!」
キルヒェの体調を気遣ったルールーが、控えめながらも声を掛ける。アーロンが振り返ったので、慌てて両手を振って否定した。実のところ、悪寒は今も続いている。しかし常に先を急ごうとする彼が足を止めるからには、何か理由があるはずだ。
「……そうか。少しの辛抱だ、すぐに済ませる」
アーロンはそう言うなり太刀を振り下ろし、水晶のような枝を斬りつけていく。そうしてできた細い道を進んだ先にあったものは。
「泉……?」
「ここって……普通の水じゃないのか?」
「スフィアの原料となる水だ。人の想いを封じ、留める力がある」
マカラーニャの森にこんな場所があるとは知らなかった。透き通った青い色をした水は、よく見ればそれ自体が淡く発光しているようだ。神秘的な光景に、先ほどまでの違和感も忘れて魅了される。
しかしいつまでも惚けているわけにはいかない。歓声をあげる仲間たちに続いて、泉へと足を踏み入れた───その瞬間。
「っ!?」
目の前に閃光が走る。強い目眩に襲われ、倒れ込みそうになりながらもなんとか踏み止まった。咄嗟に瞑った目を恐る恐る開けると、視界に入ったのは、先ほどまでと変わらぬ美しい光景だ。
「………? ねえ、今のって………」
何? そう話を振ろうとして、気付く。仲間たちの姿が見当たらないのだ。まさか置いて行かれたのではと慌てるが、冷静に考えてこの一瞬の内にどこかへ行ってしまえるはずがない。
以前ジョゼでも見かけた恰幅の良いガードが、ここへ来る途中、召喚士とはぐれたと途方に暮れていたのを思い出す。ひょっとしたら、何かの罠かもしれない。警戒して辺りを見回すと、奇妙なものが目に入った。泉の上に漂う、いくつもの幻光虫。それらは次第に一点へと集まり、人の姿を形取っていく。
それは少女だった。きらきらと輝く明るい色の髪に、少し日に焼けた肌。歳の頃はリュックと同じくらいだろうか。彼女はキルヒェを見て微笑むが、その表情にはわずかな躊躇いが見受けられる。
「キルヒェ……ごめんね。こんなやり方でしか、会えなくて」
「あなた……誰? 私を知ってるの? それとも『キルヒェ様』のこと?」
少女は答えなかった。相変わらず、曖昧な笑みを浮かべたまま佇んでいる。
「キルヒェ、ごめん。全部私のせいなんだ。私……間違ってた。キルヒェにとってこれが最善なんだって、あの時は思ってた。でも……」
「どういう意味……? 分からないよ」
困惑するキルヒェに、そうだよね、と頷くと、少女はどこからともなく小さな物体を取り出す。
「これ……受け取って。やっぱりキルヒェには、必要な物だと思うから」
手渡されたのは、スフィアだった。しかし一般的なそれとはやや形状が違うように見える。キルヒェにとって必要なものだと彼女は言うが、見覚えはまるでない。
「全部知ったとき、もしかしたら私のことを恨むかもしれない。許してくれなくてもいい。でも……これだけは忘れないで。何が起こっても、私はキルヒェの味方だってこと」
見ず知らずの少女の言葉に、なぜか胸が詰まって泣きそうになる。その理由は分からない。けれど……彼女ともっと話がしたい。
「……そろそろ、時間みたい」
「待って! 教えて、あなたは誰なの!?」
「キルヒェ……話せて良かった。また、ね」
「っ……!?」
再び、強い光に包まれる。視界が白く染まる中、それでも何かを伝えようと必死に目の前の少女に手を伸ばす。
「…………!」
「うわ! なんだ!?」
がばりと身を起こす。驚いたティーダの顔が目と鼻の先に現れた。
「キルヒェ! 良かった……」
「突然倒れるんだもん、心配したんだよ〜!」
右からは手を握られ、左からは首に抱きつかれ、何がなんだか分からない。ユウナとリュックの心配そうな声を受けながら、全く状況が掴めず困惑する。
「倒、れた……? ねえ、女の子いなかった? ちょっと日に焼けた感じの……」
誰も思い当たる節がないらしく、仲間たちは一様に首を傾げる。
「お、おい……やっぱよ、どっか悪いんじゃねぇか? 頭でも打ったか?」
「ごめん、泉に来てからのこと、全然覚えてなくて……何があったの?」
「でっかくてぷるぷるの魔物が出てきたと思ったら、突然キルヒェが倒れたんだよ!」
「え、魔物!?」
「あたしたちがちゃーんと倒したから、心配ないよ。そんで、今からこれ見ようって言ってたところ」
そう言って胸を張るリュックは非常に頼もしいのだが、ユウナのガードになってからというもの、ここぞという場面で戦線離脱している自分が情けなくなる。
それはさておき、リュックの示す先───ティーダの手の中に、ひとつのスフィアが握られていた。
「十年前、オヤジが残したスフィアらしいんだ。キルヒェが大丈夫そうなら、一緒に見よう」
幸い、体に異常は見られない。キルヒェが頷くのを確認して、ティーダはスフィアの起動ボタンに触れる。
『おまえ、何を撮ってるんだ!』
声と共に映し出されたのは、召喚士と思しき男性と赤い服を着た男───ユウナの父ブラスカと、青年時代のアーロンだ。姿こそ見えないが、状況からしてティーダの父親であるジェクトが撮影しているのだろう。
どうやら出立の場面のようだ。誰にも見送られずに旅立つことを、ジェクトはまるで夜逃げのようだと揶揄する。ベベルに帰る頃には英雄として迎えられる───そう明るく未来を語る彼は、ティーダと同じく召喚士が辿る運命を知らないのだろう。
映像は一旦途切れ、次に映ったのは雪景色だった。この建物には見覚えがある。キルヒェたちもこれから通るであろう、マカラーニャの旅行公司だ。今度はブラスカが撮影担当のようで、アーロンに対し、もう少しジェクトの方に寄るようにと頼む。
『そんな嫌がんなよ、カタブツ』
『うるさい』
意外なことにかつてのアーロンは真面目一辺倒の男だったらしく、楽天的なジェクトが気に入らない様子だ。そんな二人を案ずるブラスカの気苦労が、スフィア越しにも伺える。
『ブラスカ、おめぇも写っとけよ。ユウナちゃんへのいい土産になるぞ』
『……そうだな。さあ、キルヒェも入って』
『いえ……私、撮ります』
自分と同じ名前が登場し思わず身を固くした次の瞬間、映り込んできた人物を見て更に息を呑む羽目になった。
「キルヒェ!?」
「いや、雰囲気はちょっと、っていうかけっこう違う……けど」
「似てる、ってレベルじゃないよなぁ」
仲間たちも次々に驚きの声をあげる。本当に、かつての自分自身なのではないかと思うほどよく似ていた。
歳の頃は少女といって差し支えないだろう、今のユウナやティーダとさほど変わらないように思える。キルヒェに比べて髪が短く、話し方や仕草も落ち着いた印象ではあるが、顔や声、骨格など、どれをとっても他人とは思えない。
結局彼女が撮影を替わることはなく、どこまでも呑気な様子のジェクトにアーロンが食ってかかる形で映像は途切れた。
「なんだよ……なに、楽しそうにしてんだよ」
母や自分を差し置いて旅を楽しんでいたように思えたのだろう、ティーダの表情は不満げだ。
これで終わりかと思いきや、まだ続きがあるらしい。映し出されたのはまたしても見覚えのある……というか、今キルヒェたちがいる場所そのものである。
泉のほとりであぐらをかくジェクトに先ほどまでの楽観的な様子はなく、もしろどこか心を決めたような表情で語りはじめる。
「よう。おめえがこれを見てるってことは……オレと同じようにスピラに来ちまったわけだな。帰る方法がわからなくて びーびー泣いてるんじゃねえか? まあ、泣きてえ気持ちも分かる。オレも人のこと言えねえよ」
これは単なる記録ではない。私信だ。いつか自分と同じように見知らぬ土地に来てしまうかもしれない息子に宛てた、過去からのメッセージ。
「……だがよ、いつまでもウジウジ泣いてんじゃねえぞ。なんたって、おめえはオレの息子なんだからな」
伝えたいことはいくらでもあるが、だからこそ上手く言葉に出来ない。そんな様子で言葉を濁すジェクトだったが、最終的には『とにかく、元気で暮らせや』という一言で締め括られた。
この時、彼は覚悟を決めていたのだと、アーロンは語る。旅の中でブラスカの覚悟に触れ、故郷に帰れないことを悟ったジェクトは、ガードとしての使命を果たすべく『シン』に立ち向かうことを決めた。覚悟とはそういうものなのだと。
そんなアーロンの声に耳を傾けながら、キルヒェもまた、自分の持つべき覚悟について考えていた。
映像の中の少女───『キルヒェ様』は、あまりにも自分に酷似していた。
この十年間、散々彼女と間違われてきたが、自分の目で見るまではどこか信じきれないような気持ちがあった。けれどあれは、単に似ているという領域を超えていたように思う。
他人というには、自分に近過ぎる何か……あるいは、本当に自分という存在そのものなのだろうか?
だが、ティーダも言っていたように、自分と彼女では纏う雰囲気がずいぶんと異なるように感じる。短い映像の間にも分かる、尖ったまなざし。まるですべてのものを自分から遠ざけようとするかのような。
……いや。アーロンが言っていたように、それも彼女の持つさまざまな面のひとつに過ぎないのかもしれない。
確かなことは何ひとつ分からないが、明かされる事象がどんなものであれ、それが真実である限りは受け入れなければならない。その覚悟を持てと、駆り立てられているような気がした。
しかし、必要以上に恐れる必要はない。大切なのは、現実を受け入れた上でどんな選択をするか、だ。
ともすれば震え出しそうな手を諌め、自負の歩むべき道を見据える。私はユウナのガード───そう、自分に言い聞かせて。