軌憶の旅 I
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ジョゼ街道を抜けると、じきに幻光河が見えてきた。たゆたう水に浮かぶ美しい花々、その合間を戯れるように幻光虫が舞っている。
初めて見る幻想的な光景にティーダは思わず感嘆の声をあげた。興味深げに花を覗き込む彼に、それは幻光花というのだとユウナが教える。
「夜になると、沢山の幻光虫が集まるんだって」
「へえ……」
ティーダの青い瞳が、水面の光を受けてきらきらと輝く。きっと、まだ見ぬ景色を思い描いているのだろう。その姿を微笑ましく思いながらも、やはり彼は遠い場所から来たのだと実感する。
「あっ、そうだ!」
「夜までなど待たんぞ」
何かを閃いたように勢いよく立ち上がるティーダだったが、お見通しとばかりにアーロンに一蹴されてしまった。一度は肩を落とすも、少年はめげることなく再び顔を上げる。
「じゃ、『シン』を倒したらゆっくり見に来よう!」
そんな明るい提案に、誰も応えることが出来なかった。『シン』を倒し、穏やかなナギ節を迎えたとしても、その時ここにユウナはいない。その事を、口にするのが恐ろしくて。
『そうと知った上で、運命に立ち向かって貰わなくては』───そうアーロンは言ったが、本当にこのまま黙っていて良いのだろうか。ティーダが真実を知る時のことを考えると、ただ胸が苦しかった。
途中、ユウナがアルベドの機械に捕らえられるというアクシデントに見舞われたが、どうにか無事に幻光河を渡り切ることが出来た。
キマリの知り合いから聞いた話では、このところ召喚士が消えるという事件が起きているらしい。今回はティーダとワッカが即座に対応して事なきを得たものの、今まで以上に気を引き締めなければならないだろう。
次の目的地であるグアドサラムに行く道すがらに出会ったのは、リュックという少女だった。ティーダがスピラに来たばかりの頃、彼女に世話になったのだそうだ。ユウナとルールーは何やら事情を知っているようだが、何か言いにくいことでもあるのか言葉を濁す。
「女子だけで話し合いで〜す! 男子は待っててください!」
状況を察知したリュックの宣言により、『女子だけの話し合い』が持たれることとなった。要は、ワッカに聞かれたくないのだろう。
一連の流れからおおよその検討はついていたが、リュックはアルベド族だった。近付いて見てみれば、確かに緑色の瞳の中に渦巻きの模様が刻まれている。しかし、逆に言えばそれ以外はなんらヒトと変わりない。堂々と共通語を話していれば勘付かれることは少ないだろう。
話を進める内に分かったのは、どうやら彼女はユウナのいとこでもあるということだ。つまり、ユウナの中には半分アルベドの血が流れている。それを、ワッカは知らない。
ユウナを助け出した後、シパーフの上で流れた重い空気を思い出す。アルベドに対して怒りを露わにしていたワッカは、自分でも気付かない内にユウナの血筋まで蔑んでしまっていたのだ。
「あたし、ユウナのガードになりたい。一緒にユウナを守りたいよ」
そんな風評など物ともせず、リュックは強い瞳で言い放つ。それを受けて、ユウナはキルヒェとルールーへと視線を向けた。
「わたしはぜひお願いしたいと思うんだけど……みんな、どうかな」
「ユウナがそう言うなら、私は良いよ。キマリとアーロンも、たぶん大丈夫だと思う。でも……」
「問題はワッカね。あの人、かなり反エボンを目の敵にしてるから」
「でもさ、今のところバレてないっしょ? このままなんとかならないかな?」
「もしアルベドだと分かったら、傷付くのはあんたなのよ」
「それでも、一緒に行きたいの。あたし、力はあんまないけど、アイテム同士を混ぜ混ぜして便利な薬とか爆弾とか、ちゃちゃ〜と作っちゃえるよ」
「うーん……」
結局、ユウナを守りたいというリュックの意思を尊重する形で、彼女をガードに迎えることに異存はない、ということで満場一致となった。あくまでも『女子だけの話し合い』の場に限った話だが。
「アーロンさん、リュックをわたしのガードにしたいんですけど……」
遠慮がちに声をかけるユウナの肩越しに、アーロンはリュックへと鋭い視線を向ける。旅の中心は召喚士なのだからユウナが良いと言えば良いような気もするのだが、すっかり彼が保護者、もといリーダーの風格だ。
……ガードとして加入したのはキルヒェやティーダと同時期なのだから、同じく新入りといって差し支えないはずなのだけれど。
「覚悟はいいのか」
リュックに歩み寄った彼は、その目の色と模様を確認したらしい。体格の良い、しかもやたらと威圧感のある男に見下ろされて恐ろしかろうと思いきや、当のリュックは平然と言ってのけた。
「ったりまえです!」
初めこそ見ず知らずの少女に懐疑的な視線を向けていたワッカも、『ニギヤカになって良い』と彼女を受け入れる事にしたようだ。
その瞬間、背後で安堵の息をつく気配がした。振り返って、さまざまな方面で気苦労が絶えないルールーの肩をポンと軽く叩く。先が思いやられるのはキルヒェも同感だが、ともあれ旅の再開だ。
リュックは持ち前の明るさとコミュニケーション能力を発揮し、仲間たちの間をぴょんぴょん飛び回っては誰かに話しかけている。そしてどうやら、次のターゲットはキルヒェに決まったらしい。
「よっ! えーっと、名前……なんだっけ?」
「キルヒェよー。どうぞよろしく」
「よろしくー!」
エボンの民ではないリュックは、伝説のガードと似ていようが同じ名前だろうがまったく気に留めないようだ。ただのキルヒェとして会話が出来る……そのことが、単純に嬉しい。
「あのさ……キルヒェは、イヤじゃないの?」
アルベドと知ってなお嫌悪感を持たない事が珍しいのか、リュックは小さく首をかしげる。それだけ、世間の彼らに対する目は厳しい。
「うーん、そうねぇ……あんまり考えたことないかな。仕事柄いろんな種族と関わってきたけど、性格も考え方も人それぞれだよ。良い人もいれば悪い人もいるし……そんなもんじゃないかな」
亜人たちと過ごすうち、アルベドほどでないにしろ、彼らへの偏見や軽蔑の目に嫌でも気付かされた。のんびり屋のペルペルもいる。せっかちなハイペロだっている。あまり想像できないが、気さくなグアドやロンゾだっているかもしれない。
人間がそうであるように、見た目も性格も人それぞれだ。それなのに、自分と違うというだけで排除しようとする。それは恐れの裏返しだと、分かってはいるけれど。
「それに、数で勝負できる私たちが少数派の人たちを攻撃するのって、なんだか弱い者いじめみたい、で……?」
自身が紡ごうとした言葉の中に小さな違和感を覚えて、しばし考え込む。何だろう、確かに自分から生まれた言葉であるはずなのに、まるで人の口から発せられているような……。
「キルヒェ?」
「あ、ううん。なんかさ、自分で言ったのに、なんだか他の人の言葉みたいに感じることってない?」
「もしかしてあれ? 別の事したり考えたりしてる時とかなるやつ」
「んー、なんか違う気もするけど、そんな感じ? とにかく、人間にも私みたいなやつがいるってことで」
リュックはキルヒェの様子がまだ気になるようではあったが、そっか、と呟いて笑顔を見せた。
「ねえリュック。私からも、ひとつ質問いい?」
「うん。なになに?」
前を行くワッカに聞こえないよう、少し顔を寄せて尋ねる。
「ここに来る前、幻光河でアルベドに襲われたの。疑ってるわけじゃないんだけど、何か知ってたら教えて欲しいなーって」
「あー……」
言い淀んで、ぽりぽりと頬を掻くリュック。明らかに思い当たる節があるようだ。
「知ってるといえば知ってる……って感じ?」
「え、と……これにはふか〜〜〜いワケがありまして……」
「ふか〜〜〜いワケ、ねぇ……」
「でも、ユウナを傷付けたり、危害加えるようなことはないから! これだけは、絶対!」
なぜか加害者側の言い分めいているのが気になるが、仲間に迎えると決めた以上はひとまず信用するしかない。
「うーん……ま、いいでしょう。何にせよ、ガードがしっかりするっていうことで。ていうか、私みたいな得体の知れない奴よりは、いとこの方がよっぽど信用できるしね」
「キルヒェって、そういやなんでユウナのガードなの?」
「なんていうか、説明しづらいんだけど……強いて言えば、成り行き?」
「成り行きぃ?」
「そうそう。ルカであのおじさんに会って、半ば強引に?」
「うわぁ……確かに強引そ〜」
前を行くアーロンの背中に目を遣って、リュックはぶるりと身震いした。先ほど見下ろされた際のプレッシャーが遅れてやってきたのかもしれない。
「私、なんか有名人に似てるらしいんだよね。間違われついでって感じではあるけど、これでもやる気はあるので! よろしくねん」
「うんうん、なんかノリ良いっぽいし、仲良くできそー!」
『ノリ良い』認定されていることを喜んでよいものか分からないが、リュックは少なくとも悪い子ではなさそうだ。
これは確かに『ニギヤカ』になるだろうなと、年下の少女を見て笑い声をあげた。