Children in Time
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低くエンジンの唸る揚陸艇の中。ブリーフィングを終え、あとはドールへの上陸を待つのみという時間を、ニカは最終確認のために費やしていた。
装備やアイテム、魔法のストックにも不備なし。作戦の内容や市街地の地図もしっかりと頭に叩き込んだ。問題があるとすれば、それは自分自身の体調だけだ。
小さい頃は、ちょっとしたことで体の具合を悪くすることがあった。しかしそれも昔の話。日々の体づくりの甲斐あってか、今ではそんなこともめっきりなくなっていた。
特にこのところは体調管理も万全だったはずだ。なのにどうして、よりによって、実地試験の日に。
昨夜から妙だとは思っていたのだ。念のため薬を服用し早めに就寝したのだが、起床したニカを待ち受けていたのは熱による寒気と頭痛、関節痛といった諸症状だった。薬とG.F.のお陰で動けはするものの、普段より不調であることに変わりはない。
「ニカ、熱心だな」
剣術クラスのニルスが、向かいの席で感心したように呟く。今日の試験では、彼が班長を担当することになっている。
「……何かしてないと、落ち着かなくって。オットー、大丈夫?」
「ああ……問題ない」
ニカの所属であるE班にはもう一人、槍術クラスのオットーが配属されている。どちらも元々面識のある生徒で、実力もある。
強いて言えば先ほどからオットーの顔色が良くないのが気になるが、端から見れば自分も似たようなものなのかもしれない。
事前に配られた指令書によると、ゼルの班は噂に聞く「問題児」サイファー・アルマシーとスコール・レオンハートが一緒だという。
スコールはともかく、サイファーとゼルの相性は最悪だ。人のことを心配している場合ではないが、減点してくださいと言わんばかりの班構成には不安を覚えずにはいられなかった。
担当のSeeDにまもなくの上陸を伝えられてから十数分後、ニカたちを乗せた揚陸艦は目標地点であるルプタン・ビーチに到着した。
開け放たれたハッチから次々と生徒たちが飛び出していく。立ち込める埃と硝煙の匂い。ひっきりなしにあがる銃声に混じって、時折爆発音が鳴り響く。
緊張に胸が震える。初めて見る、本物の戦場。試験とはいえ、油断すれば命の保証はないだろう。びりびりと肌を焼くような、瘴気と言っても過言ではない空気に、ただ立っているだけで圧倒されてしまいそうだった。
少し先に、やたらと目立つ白いコートの長身を見つけた。A班の班長だ。それに続くゼルはというと、何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回している。
そんな彼の目が、ふとニカの姿を捉える。グラブを嵌めた片手が挙がった。親指を立てている。励ますように、勇気付けるように。
『オレはニカが頑張ってること、ちゃんと知ってるぜ』
胸に、あの日の言葉が返ってくる。
───大丈夫、やれる。走り去る背中に強く頷き返して、ニカもまた、粉塵の舞う中へと駆け出した。
現在、ドール軍は山間部にて戦力の立て直しをはかっているのだが、その際に撤退し損ねた部隊から救助の要請があったようだ。
ニカたちE班の担当は、その部隊の回収、および負傷者の救護だ。彼らが潜伏しているという空き倉庫は、市街地の北西、工業区との境目にあった。錆び付いた鉄製のドアを慎重に開ける。鍵はかかっていない。鈍い音と共に暗がりがゆっくりと口を開け、淀んで埃ばんだ空気が流れ出した。
中は閑散としていた。誰もいないように思われたが、突然の侵入者に息を潜めているのかもしれない。ライトのスイッチを入れると、空気中の塵が反射して光の帯が出来た。
「バラム・ガーデン、SeeD候補生。ドール公国より申請を受け、救助に参りました。第七小隊、応答願います」
ニルスが静かに告げると、少し遅れて低い声が響いた。小さくてかすれていて、けれど気丈な声だった。
「ガーデンの支援に、心より感謝申し上げる。……私が隊長だ」
声の主を探してライトの光がさまよい、やがて積まれたままのコンテナの脇に立つ人物を照らし出した。
コンテナの陰には、彼の他に二人の兵が座っていた。皆疲れ果て、傷だらけだった。
聞くところによると、撤退の途中で敵の奇襲に遭い、仲間ともはぐれ、ほうほうの体でここまで逃げてきたらしい。アイテムや回復魔法も切らしているようだ。僅かな携行食しか残っていない中、よくここまで耐えたものだ。
何はともあれ、まずは各員の手当てを、と治療に取り掛かろうとすると、隊長がやんわりと遮った。
「あいつが一番重症なんだ。先に回復してやってくれないか」
彼の指差すほうに目を向ける。少し離れた場所に、もう一人、ぐったりと壁に身を預けて座る隊員がいるのに気付く。
ニルスが近付き、声を掛け、手を触れて───はっと息を呑んだ。
「……だめだ、もう……」
長い指が瞼を持ち上げ、頸動脈に触れ、それでもやはり、と首を振る。
「嘘、だろ……? そんな、だって……少し前まで」
座っていた隊員の内の一人が、引き攣った声をあげる。
「あいつも連れてってやってくれ! 俺の相棒なんだ……嫁さんだって待ってるんだ……!」
体中の傷が痛まない訳でもないだろうに、悲痛な叫びをあげ、一番近くに立つニカの腕に縋り付く。
「なあ……頼むよ!!」
ニカは僅かにひるんだ。戦死した人間を目の当たりにするのは初めてだったが、それだけが理由ではない。
目の前で泣いている彼は、兵士で、大人だ。自分や仲間の死を覚悟することも、何度もあっただろう。それが今、ニカのような一人前とは程遠い少女に縋って、泣いている。
けれど、いつまでもそうしている訳にはいかない。
ニカは震える肩にそっと手を置くとその場にしゃがみ込み、その両目をまっすぐ見つめた。
「……胸中、お察し致します。ですが、任務は生存者の撤退支援に限られているんです」
できるだけ冷静に。そうやって絞り出した声は、他の人の耳にはどう届いただろうか。
「負傷者の治療を始めます。あなたの相棒を、一刻も早く家族の元に帰してあげるためにも、今は……生き伸びましょう」
彼は意外にもあっさりと頷いてくれた。初めから分かってはいたのだろう。けれども、治療を施す間ずっと、すすり泣く声は消えなかった。