Children in Time
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「わぁっ、いい風……! 」
「本当、晴れてよかったよな!」
ガーデン車両の窓から外を眺めていたニカは、風にあそばれた髪を押さえた。その様子に運転席のゼルも少しだけよそ見して、目を細める。バラムに続く道。抜けるように青い空が、同じ色の海に負けじと、どこまでも続いている。
そもそも二人がドライブするに至ったきっかけは、ニカが愛銃を最終メンテナンスに出さなければとぼやいたことだった。
ガーデンの中にも武器の修理点検を請け負う人間はいるが、彼らが出来るのはあくまで基本的なことだけだ。それ以上の専門性を求めるならば、行きつけの店に任せるしかない。
一方ゼルもまた、試験を目前にして、一度実家に顔を出そうと思っていたらしい。車の借用書も一枚で済むし……などという理由もあって、早々に外出届を出していた彼と週末のバラム行きを共にすることになったのだ。
白い家々の並ぶ町並みが近づいてきた。このバラムの建築物特有の色は、左官材に石灰を使用しているためなのだと、自称「物知り」なゼルが教えてくれた。今日のように天気の良い日は、空の青色に映えていっそう美しく見える。
街に入ってすぐのところに車を停める。ゼルは作業着を着た男性に話しかけていた。整備士のようだ。
「よぉ、おっさん! ちょっくら車、置かせてもらえるか?」
「おぉ、ゼルじゃないか! 元気でやってるか? ん、なんだお前、一丁前に女の子連れてきたのか!」
「こんにちは。車、よろしくお願いします」
助手席を降りたニカも、ぺこりと頭を下げる。整備士は人好きのする笑顔を浮かべ、帽子を少し上げてみせた。
「はいよ~。なんだゼル、カワイイ子じゃねえか?」
「おいっ、あんまりじろじろ見んなって! じゃあ、頼んだぜ!」
カーショップに車を預け、目的の店へと向かう。青きバラムホテルのほど近く、目立たない路地を進んで行くと、これまた言われなければ気付かないような小さな工房がある。申し訳程度にサインボードの掲げられたドアを開けると、無精髭に銀縁眼鏡といった出で立ちの主人が出迎えた。
武器───とりわけ銃の整備に関しての腕はピカイチなのだが、少々素っ気ないのが玉に瑕だ。
「……いらっしゃい」
「お久しぶりです。いつもと同じように調整して頂きたいんですが。……あ、最近少しレスポンスが悪い気がするので、診てもらえますか?」
「あいよ。……なんだゼル、お前も一緒か」
「こんちは、へメルさん」
「ん。帰ったからにはディンさんに顔を見せていけ。……ニカの嬢ちゃん、こいつは三時間程で仕上げておく」
「はい、お願いします」
早速作業に取り掛かる主人に夕方までには戻ると告げ、店を後にする。
「それにしても驚いたよ。ゼルがあの店のご主人と知り合いだったなんて。もう、バラムで知らない人のほうが少ないんじゃない?」
バラムに着いてから今に至るまで、ゼルに声を掛けて来る者の数は数え切れないほどだった。会話の内容は軽い挨拶程度のものがほとんどだが、それ以外にも他愛のないお喋りや説教めいたものまで様々だ。
「いっそのこと、ゼル・ディン帰還パレード! なんて言って街じゅう練り歩いたら?」
「あはは、そりゃやり過ぎだって! まあ、ガキの頃からの知り合いなんて、みんな家族みたいなもんだからな」
「家族……かぁ」
なんとなく、口に出してみる。幼い頃に父と母を亡くし、祖父の死後すぐにガーデンにやってきたニカにとっては、どこか現実味の沸かないその単語。
何を思ってか、ふいにゼルが立ち止まった。隣を歩いていたニカは即座に反応できずに、二、三歩進んで振り返る。
「なぁ、良かったら……なんだけどさ。ちょっくらウチ、寄ってかねえか? 母さんもニカのこと、きっと気に入ると思うんだ」
「でも……」
悪いんじゃ。そう言いかけて、すぐさま口を噤む。ゼルにしては珍しく殊勝な態度だ。いつもだったら「行こうぜ!」なんて半ば強引に引きずって行きそうなものを。何にせよ、せっかく誘ってくれたのだ。無下にするものでもないかと、首を縦に振った。
「ただいまー!」
「あら、ゼル」
キッチンに立つ女性が、鍋をかき回す手を止め、笑顔で迎える。長い黒髪をひとつに結った、優しそうな人だ。身綺麗にしているが化粧っ気はなく、少しふっくらした血色のよい頬が親しみ易さを感じさせる。
「おかえりなさい。調子はどう? ちゃんとやってる?」
「おう、すこぶる順調だぜ! 今日は友達も一緒なんだ」
「ニカと申します。すみません、いきなりお邪魔してしまって」
「あなたは……」
ディン夫人はニカの姿を目に留めるなり、茫然としたように固まってしまった。思わぬ反応に、突然押し掛けて手土産のひとつも持って来ないのは失礼だったか……などと内心不安になるが、気を悪くした様子ではなさそうだ。
「母さん?」
さすがにゼルも不安を覚えてか、彼女の前でひらひらと片手を振ってみせる。
「あっ……、ごめんなさい、なんでもないの。何もないけど、ゆっくりしていってね。ニカちゃん」
「あ、ありがとうございます」
一体、なんだったのだろう。彼女の目はニカを映していながらも、ここではない、どこか別の場所を見ているようだった。そう、記憶の中にニカの面影を探しているような───。
「それにしても、ゼルが女の子連れてくる日が来るなんてねえ。まったく、夢にも思わなかったわ」
「言っとくけどそういうんじゃねえからな! ニカは同じSeeD候補生で、ええと今度の試験受ける仲間でっ」
「はいはい、分かったから早く手を洗ってらっしゃい」
さすがは母親、息子の扱いは手慣れたものだ。まだ言い足りない様子のゼルの背後から、ディン夫人は器用にウインクしてみせる。お茶目な仕草に緊張も和らいで、ニカも自然に笑みを浮かべた。
きっと、深い意味はなかったのだ。たまたま知っている人に似ていただとか。もしくは、以前どこかで会ったことがあるのかもしれない。この街には何度も来ているのだし、顔を合わせたことがあってもおかしくはないのだから。
ディン家で過ごす時間は、試験の準備に追われていたニカにとって久々に穏やかなものとなった。
軍人だった祖父のものだという旧式の銃を見せてもらったり、格闘雑誌のバックナンバーを読み漁ったり───これは結局読み切れそうになかったため、借りて行くことにした。
ディン夫人が差し入れしてくれた手づくりのキッシュはバラムフィッシュを使っているとのことで、間違いなく今まで食べた中で最高の味だった。しかし、ふわふわのキッシュに舌鼓を打ちながら紅茶を楽しむ……そんなゆったりとした時間は突如破られた。
「ゼルあにきー! いるかーっ!」
バタン!と勢いよく開いたドアの隙間から、小さな少年がひょこりと顔を出す。ニカは突然のことにびくりと体を震わせるが、ゼルもその母親も全く動じていない。
「ん、隣ん家のチビが来やがったか」
「あにき、ねえちゃん連れてきたってホントかー!? あっ、まじでいるじゃん!!」
「くっそ、あいつどこでそんな情報を……! ニカごめんな! すぐ戻るから!」
開いたときと同じようなけたたましさで再び閉まるドア。戻ってきた静寂。未だポカンと玄関を見つめているニカに耐えきれなくなって、ディン夫人はクスクスと笑い出した。ゼルとはあまり似ていないと思っていたが、意思の強そうな瞳の奥にやんちゃな子供のような光を見つけ、やはり親子なのだと実感する。
「ニカちゃん、ごめんねぇ。うちの、うるさくて大変でしょう」
「あ、いいえ、そんなこと! ……今のは一瞬の出来事すぎて、ちょっとびっくりしましたけど」
「うふふ。あの子、落ち着きがないからねぇ。ガーデンの皆さんに迷惑かけてるんじゃないかって、いつも心配してるんだけど」
「迷惑だなんて、そんな。むしろお世話になってるのは私のほうなんです。ゼル君には、いつもいい刺激をもらってばかりですから。私も負けずに頑張らないと」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。……あなたも、あの子と同じところを目指してるのね」
ふと視線を落として、紅茶のカップに口をつける。その表情が少しだけさみしそうに見えるのは、気のせいだろうか。
「あれでも、小さい頃はもっと内気な子だったのよ」
「えっ! そうだったんですか? 全然想像できない」
「臆病で、泣き虫で……それでも、子供ながらに家を守らなきゃっていうのがあったみたい。うちは父親が仕事で留守にすることが多いから、特にね。白くてちいちゃかったあの子が、年を追うごとにどんどん逞しくなって……まあ、度が過ぎて、あんな暴れん坊が出来上がっちゃったんだけどね」
困ったわね、と笑う彼女は、けれどどこか誇らしげでもあった。臆病で泣き虫だったゼル。少し見てみたい気もする。今ではすっかり腕白だけれど、家族思いで優しいところは、きっとその頃から変わっていないのだろう。
「ニカちゃん。どうかこれからも、ゼルをよろしくね。あの子には、あなたみたいな子がきっと必要だと思うから」
「私みたいな……ですか?」
よろしくと言われれば、勿論答えはこちらこそ、の一択である。けれど、一体なぜそんなことを。
ニカが言葉の意図を図りかねていると、またしても玄関のドアが大きな音を立てた。
「悪りぃ! 待たせたな! ……って、あれ? なんか取り込み中……?」
予期せぬタイミングで飛び込んできたゼルだが、改まった雰囲気の二人を見てぽかんとしている。その顔がおかしくて、ディン夫人とニカは思わず顔を見合わせ笑った。
「ちぇっ、なんだよ二人して。……まあいっか。 なあニカ、日が暮れる前に案内したいところがあるんだ」
「案内したいところ?」
「そりゃ、あれだ。行ってみてからのお楽しみってやつだ!」
ほらほら、とゼルに責付かれて腰を上げる。テーブルに広げられたままの食器が気になったが、ディン夫人は気にしないで、と微笑む。
「ゼル。無茶してニカちゃんを巻き込まないようにね」
「わーってるって! んじゃ、試験終わったらまた連絡すっから」
「頑張ってらっしゃい。落ち着いて、いつも通りやればきっと上手く行くから。ニカちゃんも、ね」
「はい! あの、今日は本当にありがとうございました。楽しかったです、とても」
「またいつでも遊びに来てね。気をつけて、行ってらっしゃい」
───行ってらっしゃい。久々に大人の口から聞くその言葉に、嬉しいような、少し照れ臭いような気持ちになる。もしかしたらこれは、古いおまじないのような言葉なのかもしれない。
行ってきます、お返しにそう唱えて、先を行くゼルの背中を追った。