Children in Time
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「ふぃ~、腹減った~!」
今日も午前の予定を一通り終え、その足で食堂に直行する。廊下を走るなという声が聞こえた気がするが、まあ知ったことではない。
カウンターで注文を済ませ、空いている席は……と視線を巡らせた先に、見知った姿を見つけた。制服を着た華奢な背中が、行儀よくランチプレート上の料理を口に運んでいる。
「よっ、ニカ。 隣いいか?」
「あ、ゼル! どうぞどうぞ」
ありがたく持っていたトレーをテーブルに置き、席に着く。ニカは上に乗った食事を見て目を丸くした。
驚くのも無理はない。皿の上には鳥のささみやサラダ、豆料理などが盛られている。毎日人気のパンを巡って走り回っているゼルにしては随分味気ないメニューだ。
「それ、ゼルのお昼ご飯? 今日は珍しくパン、残ってたみたいなのに」
「さっきおばさんにも言われた! ちくしょー、今日に限って! いや、でもダメなんだ。最近どうも太ってきちまったみたいで、なんとなく体が重くてよぅ」
「それで太っただなんて、世界中の女の子を敵に回すよ! ……でもそっか、ちゃんと管理してるんだね」
「まーな! オレなんか特に体が資本だからな。良質なタンパク質! ビタミンたっぷりの野菜! 一応計算だってしてるんだぜ?」
「私も見習わなきゃなぁ……」
ニカ的には思うところがあるらしく、気になる箇所をぷにぷにとつまんでいる。普段はストイックな彼女だが、そこはやはり年頃の女子。食べ物の誘惑に弱い一面もあるようだ。
「あ、そうだ! また時間あったら、訓練付き合ってもらいだいんだ。この前教えてもらった型、ちょっと練習してみたから」
「おう、頑張ってるみたいだな! 今日は4限以降ヒマだから、いつでも言ってくれ」
快く承諾すると、ニカは嬉しそうに頬を綻ばせた。先日、散々課題を手伝ってもらった際に何でもするからと言ったところ、格闘の指導を頼まれたのだ。
聞けば、前期の体術の成績があまり良くなかったらしい。人に物を教えるのは苦手だとばかり思っていたが、少なくともニカにとってはそうではなかったようだ。日に日に上達していく彼女を見るのは、ゼルの楽しみでもある。
ふと、ニカが時計を見上げた。授業までにはまだ十分な余裕があるはずだ。しかし彼女は、時間を確認するなりあっと口を声をあげた。
「いけない、もう行かなくちゃ! 次、野外演習だから準備しないとなんだ。ごめんゼル、先行くね!」
「おー、頑張れよ! 張り切り過ぎてケガすんじゃねえぞ?」
「ゼルじゃないんだから、そんなことしないよ! じゃあ、またね!」
こんな軽口の応酬も、段々と板についてきたような気がする。てきぱきと身の回りを片付け、ニカは手を振りながら小走りで去っていった。
「ゼぇルくぅーんっ」
突然背後からかけられた野太い声。振り返ろうとしたが、その前に後頭部をごすっと小突かれた。
「あいてっ! なにすんだよっ」
見慣れたメンツがぞろぞろとゼルの周りに着席する。みんな一様にニヤニヤと薄笑いを浮かべていて、気味が悪い。一体なんなんだ、と首を傾げた矢先、ひとりの友人が口を開いた。
「お前、最近なにやらニカちゃんと仲良いじゃんかよ」
「へ?」
「俺、朝一緒に走ってるところ見ちゃった」
「またね! だって。かわいいやねぇ~」
ゼルは呆れて頭を抱えた。要するに、彼らは浮ついた「面白い話」を求めて群がって来たのだ。
「……お前らの期待してるような話はなんもねえぞ?」
「なんだ、そうなのか? 俺はてっきり……」
「はあ……っていうかお前ら、ニカのこと知ってんのかよ?」
「ニルスはニカちゃんに惚れてるもんなー?」
「ばっ、ばか! 別にそういうんじゃ! ただ、ちょっといいかなって言っただけで」
これは初耳だ。どうやらニルスはニカに多少なりとも気があるらしい。
別に誰が誰を好きになろうと、それは自由だし自分には関係のないことだ。けれどなんとなく、面白くないのはなぜだろう。
「まあまあ。ゼルとは何もないみたいだし? お前、顔だけはいいんだからいけるんじゃないか?」
「顔だけとはなんだよ! 単位も取り終わってないお前と違って、俺は今度の筆記受けられるんだからな?」
確かにニルスは容姿も整っているほうだし学業も優秀だ。そのくせ親切で話しやすく、女の子にも割と人気があるようだった。
ニカも、やっぱりこういう奴がいいんだろうか? 胸の内に得体の知れない、もやもやとした感情が湧く。ささみにぶすりとフォークを刺し、ぞんざいに口に運んだ。
そもそも、ニカとこういった類の話はしたことがない。あの訓練所での出来事をきっかけに距離が縮まったと思っていたけれど、実際は彼女のことなど何も知らないのだ。
「……でもお前、あれだけ仲良くて本当に何も思わないわけ?」
ぼんやりと考え耽っていたゼルは、自分に話を振られていると気づき、我に返った。
「何もって?」
「そりゃああれよ、ほら……触りたいなあとか、キスしたいなあとか……」
「はぁぁああ!!?」
あまりの発言に勢い余って立ち上がる。椅子がガタン!と大きな音を立てた。周りの生徒も何事かと目を向ける。
「なっなっ、なんでオレがニカとキ、キ、きっ……」
「キス」
「うわぁあっ」
次第にお互いの顔が近付き……なんて、何かのドラマで見たような場面が脳裏に浮かびそうになり、慌てて首を振る。顔が熱くて仕方がない。
「おまっ……バカか!? ニカはオレの大事な友達だ! あいつをそんなフジュンなモーソーに使うんじゃねえよ!」
だん!と両の拳でテーブルを叩いたところで、堪え切れない笑いに身を震わせている友人たちに気付く。からかわれていたのだ。完全に。怒りと羞恥で顔面にいっそう熱が集まるのを感じた。
「お前らなぁ……っ」
「ゼルよ、落ち着け。君がウブだってことはよーく伝わった」
「まあ、お前は色気より食い気代表って感じだもんな! ほーら食え食え」
「うっせぇ! 言われなくても食うっ!」
ずいと差し出された残りの食事を怒涛のスピードで平らげた。まったく失礼なやつらだ。
そもそも、男だの女だのというのはよく分からない。時折誰それが付き合ったの別れたのという噂を耳にするが、そんないざこざでニカとの関係を壊すのはまっぴら御免だ。
穏やかでひたむきなニカ。特別目立つ気質ではないものの、彼女に惹かれる男の気持ちは分からくはない。けれど。
(そうじゃねぇ、んだよな)
一体、何なのだろう。他の誰とも違う、彼女にだけ向く、この気持ちは。
友人たちは未だくだらないことで盛り上がっている。その楽しげな声を聞きながら、その正体不明の感情をサラダごと嚥下した。