Children in Time
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「えっ……ねえニカ、どうしたの!?」
授業に向かう途中、あからさまに落ち込んだ様子のニカにぎょっとして、ケリーは顔を覗き込んだ。
「あはは、ちょっとね……」
ニカは困ったような笑みを向けた。しかしそれもどこかどんよりとしていて、一体なにがあったのだと更に怪訝な表情を浮かべる。
「実は昨日、大事にしてたカメラが壊れちゃって……頑張ってみたんだけど、結局直らなかったんだ」
今日はなんだか気分が乗らず、しかもそれを汲み取ったかのように、朝からしとしと雨が降っている。おかげで日課のジョギングも休んでしまった。
こんなに落ち込むなんて自分でも情けないとは思うが、思い入れがある物だっただけにショックも大きかったのだ。フィルムにたいした写真が入ってなかったのが不幸中の幸いか。
「残念だけど、カメラなんてまた買えばいいじゃない。SeeDになったらお給料だって貰えるんだし。次の試験、受けるんでしょ?」
彼女の言葉はもっともである。他の物だったらそう思えたのかもしれない。でもこのカメラは違った。同じ物を買うにも修理しようにも、こんな古い型なんて望み薄だろう。
「うん、ありがとう。たぶん、明日くらいには元気出ると思う」
「その感じだと当分は無理そうだけどね。まあ、とりあえず授業行こ。今日ぐらいはぼんやりしてても許されるでしょ」
あまり深く追求せず、軽く流してくれるのがありがたい。肩を押されて教室に向かおうとした、その時だった。
「おーい、ちょっと待ってくれ!」
「ねえ、呼ばれてない? 知り合い?」
「え、私?」
振り返ると、カメラ故障の原因である例の少年、ゼル・ディンが勢いよく手を振っている。そして駆け寄ってくるなり、目の前でぱんと両手を合わせ、深く頭を下げた。
「昨日はごめんな! あの後、大丈夫だったか? ほら、オレ、中庭でぶつかった!」
「格闘クラスのゼル君……だよね? うん、ありがとう。怪我なら心配しないで」
また後でな! なんて言っていたけれど、本当に謝罪に来るとは思っていなかった。心底ほっとしたように胸をなでおろすゼルだったが、何かに気付いてふと顔を上げる。
「そういえば、あの時なにか落としてなかったか?」
今しがたの話題を掘り返されて、動揺を隠しきれずにニカがぴしりと硬直する。それをいやでも察して、ゼルはさあっと顔を青くした。
「なんか、落としたらヤバい物だったとか……?」
「いや、その……」
「この子の気に入ってたもの、壊れちゃったんだって。だからどうにかしたげて。じゃ、私、先に授業行くね~」
「あ、ケリー!」
よろしくねーと明るく手を振っていく友人を呼び止めるも、そのまま教室に向かってしまった。残されたのは未だ青い顔をしたゼルとニカだけだ。これは非常に気まずい。
「うっ……でも、たまたまなの! もうぼろぼろだったし!」
「ぼろぼろって……けど壊れたのはオレのせいだろ? ほんっっとーーーーに悪かった! 弁償でもなんでもさせてくれ! 責任取らなきゃ気が済まねえ!」
「わ、分かったから顔上げて!」
どうしてくれるのよ! なんて泣きつきたい気持ちもない訳ではないが、あれは事故だ。起こってしまったことは仕方ない。何よりこうして頭を下げるゼルに悪気がないのは見てわかるので、一方的に責める訳にもいかない。
やっと彼が身を起こしたのを確認し、実は、と事の経緯を説明した。
「カメラ、か……」
手を顎に当て、ゼルはむうと考え込んだ。やはりいくらSeeD候補生と言えど、あれだけ旧型のものだとどうすることもできないだろう。
「……オレ、直せるかもしれねえ」
「直せ、るって……え!?」
返ってきた答えが想像とあまりにも違ったので、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。当のゼルは何食わぬ顔で鼻の頭をぽりぽりと掻いている。
「いや、保証はできねえしあんま期待しないで欲しいんだけどよ。とりあえずそのカメラ、見せて貰っても良いか?」
思いがけない申し出に、ただ頷くしかなかった。やっぱり駄目でしたという可能性もなくはないが、それでも希望がないよりはずっといい。
「とりあえず、今日の夕方空いてるか?授業終わったらカフェテリアで落ち合おうぜ!」
「大丈夫! それじゃあ、お願いします」
「ごめん、待たせちゃって!」
放課後のカフェテリア。息を弾ませて駆け寄るニカに、ゼルはおう、と片手を挙げて応えた。
「そんな急いで来なくたって良かったのに! 頭、ボッサボサだぜ」
「うわあ」
慌てて髪を撫でつけるニカを見て、ゼルは声をあげて笑った。やんちゃな言動のせいか少し乱暴なイメージがあったけれど、とても親しみ易い人物のようだ。ちらりと白い犬歯の覗く笑顔は、思ったよりずっとあどけない。
ニカはゼルの向かいに着席し、テーブルの上に例のカメラを置いた。海のような瞳がそれを興味津々で見つめている。
「これなんだけど……」
「すっげえ……かっけーなあ、これ! 写真、撮るの好きなのか?」
「うん。小さい頃からカメラ、よくいじってたから」
あまりにもキラキラした目で見るものだから、少々落ち着かない……というか、妙にくすぐったいような気分になる。もちろん気に入っているものを褒められて悪い気はしないのだけれど。
「へえ……。これ、いつのなんだ? なんか、ヴィンテージっての? ここの彫刻なんか、すごくきれいだ」
ボディの金属部分に刻まれた彫刻を、ゼルの指がするりと撫でた。その手つきが意外にも繊細で、思わず目を奪われる。
「おじいちゃんのお古だから、私にも詳しくは分からないんだ。今まで使えてたのが不思議なくらい」
「じいちゃんの……か。そりゃあ、何がなんでも直さなきゃな。開けてもいいか?」
ニカが頷くと、持ってきた工具箱からドライバーを取り出し、ねじを回しにかかる。二人してじっとカメラを覗き込む様は、周りから見たら少し妙な光景かもしれない。ゼルは中身を一通り調べると、あるところで首を傾げた。
「ん? なんだ? あ~~~、こりゃあパーツが一個ブッ飛んでるんじゃねえか?」
「あ! だから変だったんだ! まだ中庭のどこかに落ちてるといいんだけど……」
きちんと組み立ててもダイヤルの辺りが噛み合わないというのにはなんとなく気付いていたが、まさか部品を紛失したとは思ってもみなかった。
「そうだな。オレ、探してみるぜ。同じ型番のパーツなんて、もうその辺じゃ扱ってないだろうし」
「私も探すよ。小さいものだから、見つかるか分からないけど……」
「意地でも見つける! 見つからなくても、どうにかする!」
「ええっ!?」
「今まで使えてたのも、ニカが大切に使ってきたからだろ。そんなものがオレのせいで壊れちまったんだから、きっちり責任取らないとな」
「ありがとう……」
そう言ってくれる気持ちはとても嬉しい。単なる事故で、しかも友達ですらなかった人間にそこまでしてくれる誠実さには少なからず好感が持てる……のだけれど。
「あっ」
「え?」
「あの、名前……」
「名前?」
「私の名前、どうして……!」
豆鉄砲を食らったチョコボのような顔をしているニカとは対照的に、なあんだそんなこと、とばかりにゼルは肩を竦めた。
「そっちだってオレのこと知ってたじゃん」
「そうだけど……」
ゼルはガーデンの中でも、どちらかというと有名な生徒だ。目立つ言動のせいもあるけれど、ずば抜けた格闘のセンスは誰もが一目置いているだろう。そんな彼を自分が知っていることはあっても、その逆はあり得ないと思っていたのだ。
「ニカは候補生だろ? オレたちクラスは違うけど、たまーに演習で一緒になるだろ? そん時見たんだよ、ニカの射撃。すげえよなあ、百発百中っての? それにさ、毎朝走り込みしてんのも知ってんだぜ?」
「うそっ!」
まさか見られていたとは。いや、自分だって見ていたのだから、見られているだろうというのは分かっていた。問題はそれがニカとして認識されていたことだ。恥ずかしいやら何やらで赤く火照ってしまいそうな顔を手で押さえる。
「今日は見かけなかったから、どうしたかなーって思ってさ。やっぱりケガしたんじゃないかとか、心配してた」
「私だけかと思ってた……」
「ん?」
「なんでもない! そ、それじゃあゼル君、カメラお願いするね。パーツ、見つかったら連絡するから」
「ゼルでいいぜ! んじゃ、しばらくは迷惑かけるけど、改めてよろしくな、ニカ」
「ありがとう。よろしくね、ゼル」
ご丁寧にもズボンで拭ってから差し出された手を、笑顔で握り返す。グラブ越しにも感じるあたたかさ。
ふと窓の外に目を向けると、雨が止んでいることに気付く。壊れたカメラのせいで曇っていた気持ちも、いつの間にかほんのりと明るくなっていた。