Children in Time
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高度はおおよそ上空1万メートル。3層に重なった高純度シリカガラスの外側を、鮮やかな空色のビジョンが駆け抜けていく。
「な〜んか、さあ」
隣のアーヴァインが間延びした、それでいて妙に感じ入ったような声色で呟いた。その視線の先には操縦席が……正確には彼の長年の想い人である黄色いワンピース姿の少女が、鼻歌交じりに操縦桿を握っている。
「何があるか、ほんっと分かんないよねえ……人生って」
若干17歳にして、なんとも年寄りじみた台詞である。だが、今回ばかりはゼルも同意せざるを得なかった。
あの日ニカと別れ、ホライズンブリッジと大塩湖を越えて辿り着いたエスタシティ。長らく未踏の地と化していたそこは、SF映画さながらの超科学都市だった。
しかし、頼みの綱であるエルオーネは成層圏を突き抜け遥か空の上。スコールは彼女との面会を果たすため、意識のないリノアを連れてルナサイドベースへと向かった。
そんな折、アルティミシアに操られたリノアがアデル・セメタリーの封印を解除。スコールの手によってリノアの身は確保されたものの、ベースに戻る手段はない。
どう足掻いても宇宙の放浪者ルートまっしぐらの絶望的な状況の中、運良く軌道上を漂っていた艇に遭遇した。それこそがこの真紅の飛竜、ラグナロクだ。
報告を聞いた当初は───とはいえこちらも月の涙でそれどころではなかったのだが───宇宙を舞台にした活劇に驚いたものだ。しかし、まさかそれを超える事態が己の身に降り掛かることになるなんて。
「宇宙の次は時空……だもんなぁ」
「あはは。SF通り越して、もはやファンタジーの域だよね」
ガルバディアガーデンでの戦いの後、イデアはリノアに魔女の力を継承してしまったらしい。当然ながら無自覚に、だ。
魔女となったリノアは、またいつ意識を乗っ取られるとも分からぬ恐怖と戦い続けている。しかし封印を解かれたアデルが目覚めれば、アルティミシアはその強大な力を利用しようとするだろう。アデルを媒体に時間圧縮が引き起こされるか、支配に打ち勝ったアデルにより世界が蹂躙されるか……どちらにせよ、歩むのは破滅への道だ。
それを阻止するため、ある作戦が立案された。
手始めに、ルナティックパンドラに突入。アデルを撃破し、リノアが魔女の力を継承する。アデルという選択肢を失ったアルティミシアは、必然的にリノアを依代に選ぶことになる。
彼女の目的は時間圧縮だ。それを発動するためには、更なる過去へと向かわなければならない。アルティミシアからの『接続』を確認したら、エルオーネの手でリノアの意識を過去へと飛ばす。そして時間圧縮の影響を感じ始めるとともに、リノアとアルティミシアを過去から切り離し、元の時代に戻す。
聞いただけで頭痛を起こしそうだが、要はあえて時間圧縮を起こすことで過去と未来を繋げ、アルティミシアの時代に辿り着くための道を作るということらしい。
その名も、『愛と友情、勇気の大作戦』。
作戦の名付け親である、飄々とした男の顔を思い浮かべる。彼───エスタの大統領は、なんとあの不思議な夢に出てくるラグナという兵士だった。かつてエルオーネ救出のためにエスタを訪れ、反アデル派として奔走するうちに国の救世主として祭り上げられてしまったようだ。
そのカリスマ性は健在のようだが、それにしても。
「愛と友情、ねえ……」
時間圧縮という、本来なら誰も存在し得ない世界。そんな混沌とした場所で消滅を逃れるたった一つの方法。それは仲間同士、互いの存在を信じ合うことだとラグナは言う。
友だちでいること、好きになったり好かれたりすること、愛し愛されること。それらはすべて、一人では出来ないことだからと。
「ぜんっぜん、意味分かんねえって言うつもりだったけどよ……ちょっとだけ、分かる気がしちまったんだよな」
時間圧縮のメカニズムなど、考えたところで理解出来るわけがない。
けれど、少し……ほんの少しだけ、その言葉の意味が分かるような気がした。たとえばそう、こうしている今も、遠く離れた誰かが自分という存在を支えてくれているように。
「距離だの時間だの、オレらにしてみりゃすげえ隔たりだけどよ。それを超えるものがあってもおかしくねえのかもって」
「あれっ、珍しいじゃない。ゼルがそんなに頭使うなんてさ」
らしくないという自覚はある。気恥ずかしさに、ゼルは小さく呻いて口篭った。しかしアーヴァインは何か思うことでもあったのか、ふっと頬を緩ませる。
「まあ、なんとなく分かる気はするよ。子どもの頃、ずっと不思議だったんだよね。僕が見てない時でも、他の人たちってちゃんと存在してるのかなってさ」
そういう経験、ない? と聞かれ、ゼルは素直に首を横に振った。だろうね〜、と返ってきたのは若干不服だが、子供の頃なんてそんなものだろう。
「それを確かめる術なんてないんだけどね。でも、考えてる内に思ったんだ。今この瞬間、その誰かも僕のことを考えてくれてるのかも、ってね。そういう時は、なぜかその人のこと、少しだけ近くに感じたんだ」
アーヴァインの言葉にはっとする。思い当たる感覚が、ゼルの中にも確かに存在したのだ。
「一方的な思い込みかもしれないけどさ。それでも、『この人はきっと僕のこと考えてくれる』って、確認なんかしなくても信じられる……それが、誰かと強い絆で結ばれるってことなんじゃないかと思うんだよね」
アーヴァインはそう言って、どこか遠い目をして微笑む。その視線の先に、彼が大切に思う人々を思い浮かべているのかもしれない。
「会ってない時云々の話は正直さっぱりだけどよ、離れてても近くに感じるってのは、分かる気がするぜ」
離れているからこそ、たくさんの人たちの想いを感じることが出来る。苦難を前に膝を折りかけた時、ゼルを立ち上がらせるのは彼らの存在だ。
血の繋がりを超えて愛してくれた家族や、ゼルの成長を見守ってくれるバラムの人々、寝食を共にするガーデンの仲間たち、そして……かけがえのない相棒。
───『あなたの後ろは私が引き受ける。私がいる限り、あなたにはかすり傷ひとつ負わせない』
ガルバディアガーデンへ突入する時の、ニカの言葉を思い出す。あの眼差しに、今もゼルは守られている。
「……そっか〜、なるほど。そうだよな〜、うんうん」
話の筋がさっぱり読めないが、アーヴァインは腕組みしながら何度も頷き、勝手に何かを納得しようとしている。
「んあ? なにが『なるほど』なんだよ?」
彼は何やらニヤニヤと笑みを浮かべ、首を捻るゼルにちらりと視線を向けた。
「いやあ、なかなか聞けなかったんだけどさ、実はずっと気になってたんだよね〜」
「だからなんだよっ、ハッキリ言えって」
剛を煮やしたゼルに、相変わらず意味ありげな笑みを浮かべたアーヴァインがぴっと人差し指を立てる。
「ゼルが今、誰のことを考えてるのかって話だよ」
「へ……?」
一瞬の間を置いて、自らの思考を振り返る。つい先ほどまで思い描いていた人物に思い至り、ふわわ、と顔面の温度が上昇するのを感じた。
「お、おい、言っとくけどあいつは別にそういうんじゃ……」
妙な話に持っていかれる前に先手を打ってしまおうと、すかさず口を開く。が、しかし。
「『あいつ』? ってことは、やっぱり特定の誰かを思い浮かべてたんだ?」
……どうやら逆に墓穴を掘ってしまったらしい。ゼルがみすみす提供した新鮮なネタを前に、アーヴァインは深い色の瞳を光らせる。
「ほら、あの子だろ? 出発前に話してた、このくらいの髪の……」
「わーッ!」
アーヴァインの手が体のどこを指し示すか、確認するより早く悲鳴を上げる。
この手の揶揄を受けるのは初めてではない。いい加減さらりと流せるようになりたいところだが、いざとなるとご覧の有り様だ。
そもそも、ゼルはそういった話題に対する免疫がない。つい昨日だって、イデアの家の花畑でスコールとリノアが話している場面に出くわしただけで動揺してしまったくらいだ。
……ひょっとしたら、恋愛に疎いことを言い訳に、この感情に名前を付けることを先送りにしているだけなのだろうか。彼女のため、そして何より自分自身のために、そろそろこの気持ちと向き合うべきなのだろう。今は無理でも、いずれ……すべてを終え、彼女の待つ場所へ無事帰った暁には。
そんなゼルの心情を知らぬアーヴァインは、口笛でも吹きそうな面持ちのままハットの後ろで両手を組む。
「まったく、ゼルも隅に置けないよねえ。遠目にしか見てないけど、かわいい雰囲気の子だったじゃない? 清楚系っていうか、いわゆる守ってあげたくなるタイプって感じ?」
「…………………んぁ?」
気持ちが分かると言いつつどこかズレた台詞に、温度を上げていたゼルの脳は急速に冷静さを取り戻していく。一方アーヴァインも思った通りの反応が得られないことに疑問を感じてか、どこか不満気な顔でこちらを見下ろしている。
「え、なんだよその反応」
「いや……あのさ、蒸し返すようで悪りぃんだけど、さっきから誰の話してんだ?」
「だ〜から〜っ、エスタに向かう前に話してた子だよ! ガーデンの中庭で!」
やはり、ニカで間違いないなさそうだ。しかしアーヴァインが羅列したキーワードは、ゼルが彼女に抱く印象とは若干の乖離が見られる。
かわい……い、とかなんとかというのはまあ、客観的に見てそう、なのかもしれないが。だからといって、ニカに対して守ってあげたいと思ったことはない。
もちろん、彼女に危険が迫っていたなら身を挺してでも排除したいし、彼女が悲しんでいたならたとえ力になれずとも側にいたいと思う。けれどそれは、決して一方的な庇護欲ではない。実際、ゼルの背中を守ってくれたのも、残酷な現実の前に立ち止まりかけた時に手を差し伸べてくれたのもニカだった。
しかし彼女を知らない人間から見れば、あくまで「穏やかで物腰の柔らかい、優しげな女の子」という印象なのだ。それも確かに、ニカの長所であることに違いないけれど。
「ちょ……何ニヤニヤしてんのさ〜?」
アーヴァインに指摘されて初めて、自分の頬が緩んでいることを知る。しかしそれに気付いたところで、勝手に上がる口角をどうすることも出来ない。
「いや……何でもねえ」
ニカの強かな一面を知っていることが、なんだか特別に思えて……だなんて、口が裂けても言えない。自制のためにも、軽く咳払いをして表情を切り替える。
「つーかお前、人のこととやかく言ってる場合かよ?」
再び操縦席のセルフィへと目を向ける。鼻歌はいつの間にかテンポアップし、謎のロックアレンジまで加えられていた。
「う、うるさいな、ちょっとくらい楽しませてくれたっていいだろっ! こっちはなーーーんにも進展ないんだから〜!」
わーん! と顔を覆って、アーヴァインは泣き真似を始める。その姿に同情を覚えつつも笑いを堪えきれなかったゼルは、腹を抱えながらもう片方の手で彼の背をべしべしと叩く。
「あら、ずいぶん楽しそうね。何の話?」
いつの間に上がってきたのだろう。振り返ると、呆れ顔に隠し切れない笑いを滲ませたキスティスが立っていた。その後ろにはスコールとリノアの姿もある。
「決戦が迫ってるというのに、ずいぶんと余裕そうだな」
台詞こそ辛辣だが、スコールの口調は柔らかい。一方リノアは未だ不安気ではあるが、その眼差しは以前より幾分しっかりとしているように見えた。
「リノア、大丈夫か?」
自分を気遣うスコールの声に、リノアは視線を上げる。
「うん。いつまでも、くよくよしてちゃダメだよね。みんなと一緒にやりたいこと、話したいこと……まだまだたくさんあるから」
そう言って、けれど彼女はすぐに困ったように眉を下げて笑った。
「なんて、言ってみたけど……ほんとはすごく怖いんだ。みんなみたいに強くなりたいって、思ってるのにな」
自分の体が不可視の力に乗っ取られ、意思に反して他者を傷付けるという恐怖。その上作戦が失敗すれば、すべてが混沌に呑まれる。不安になるのは当然だ。
「大丈夫よ、リノア」
誰かが進み出て、リノアの手を取った。キスティスだった。
「私の手、冷たいでしょう。知ってる? 人の体ってね、緊張すると手足が冷えるのよ」
「緊張……キスティスが?」
「誰だって未知のものは怖いわ。私たちは強いんじゃない、プレッシャーを上手く飼い慣らしているだけ。そうよね、みんな?」
同意を求めてキスティスが振り返る。彼女と目が合ったアーヴァインは、いつものへにゃりとした笑顔を浮かべた。
「僕がビビりなのは知ってるだろ〜? だけど、あの時とは違う。みんながいる。戦う理由だってあるしね。だから、逃げ出したいとは思わないよ」
「それじゃあ……スコールも?」
「怖いものは怖いさ。だからこそ、あまり考えないようにしてるんだと思う。悪い想像なんかしても意味がない、目の前の任務をこなすだけだって。俺たちは他の人より、そうやって自分をコントロールすることに慣れてるだけなんだ」
スコールの言葉を聞き終えたキスティスは、そうね、と緩やかに肯定する。今更だが、やはり彼女は教員に向いていると実感する。
「ねえリノア。恐怖心は消せないけど、簡単に和らげる方法があるの。なんだと思う?」
「えっ? ええと……なんだろう。いっぱい訓練する、とか?」
「それも大事だけど、簡単とは言えないわね。ふふ、答えはね……良いチームを組むこと」
「おっ、『愛と友情、勇気』だね〜」
「そうだぜ! ピンチの時はオレらがサポートするからよ。リノアは自分のやるべきことに集中すればいいんだぜ!」
ゼルとしては割と良いことを言ったつもりだったのだが、それを聞いたスコールはどこか苦い顔で腕を組む。
「そんなこと言って、お前がトラブルを招くんじゃないだろうな」
「うぇぇっ? そ、そん時は、スコールたちがフォローしてくれるだろっ!?」
「さあ、どうだろうな?」
「あっ、ひでえ!」
やれやれと肩を竦めたスコールの口元が、少しだけ緩んでいる。それに気付いてか、リノアもやっと明るい笑顔を見せた。
「ま、とりあえずはサイファーの野郎をひっぱたいて、目ぇ覚ましてやろうぜ!」
相手が魔女である限り、サイファーとの戦いは避けられない。それでも、希望は捨てたくなかった。たとえ気休めでも、前向きな言葉が仲間の力になることがあると励ましてくれたのはリノアだ。
「……うん! ありがとう、みんな」
目尻に溜まった涙を振り払うように、彼女は大きく頷いた。
「ちょっとぉ〜! なんか、あたしそっちのけで一致団結! みたいな雰囲気になってな〜い!?」
それまで大空の旅を満喫しているかのように思えたセルフィが、操縦席のシートに膝立ちになってこちらを振り返っている。
「ちょっ、セフィ……前、前!」
アーヴァインが慌てて止めようとするも、当のセルフィは『自動操縦にしたからだいじょーぶ!』と、無邪気に駆け寄って来た。
「もうすぐルナパン突入だよ〜っ! みんな、準備はおっけ〜?」
「ああ」
「了解!」
「任せてよ〜!」
仲間たちが応え、それぞれ配置につく。腕は確かだが、どうにも強引過ぎるセルフィの操縦をサポートするため、ゼルも副操縦席へと腰を落ち着けた。
「それじゃあ、いっくよ〜! あたしたちの未来、これ以上悪いやつの好きになんかさせないんだから!」
窓の外を流れる青色が、更に加速していく。
これはみんなが幸せになるための旅なのだと、セルフィは言った。
世界を救うなんて、そんな崇高な理由じゃない。もっとささやかで、極めて個人的な───それでいて何より大切な願いのために、人はどんなことにだって立ち向かってゆけるのだ。