Children in Time
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バラムより遥か南方に位置する、セントラ大陸。
かつて栄えたとされる文明の面影はなく、『月の涙』によって引き裂かれた不毛の大地が広がっている。
その西端の岬に、石造りの白い家がひっそりと立っていた。遠目にも廃墟と分かるほどに荒廃していたが、さびしい景色の中、唯一血の通った温度を持って存在しているように感じるのは、大切な人の思い出の場所だと知ったからだろうか。
SeeDと魔女の因縁のはじまりの場所とも言える、ゼルたちが育った孤児院。そこにあるのは対魔女への手がかりか、あるいは瓦礫と優しい思い出の名残りだけか。
たとえイデアを悪に染めた原因が分かったとしても、今の彼女が敵であることに変わりはない。おそらく対立は免れないだろう。それでも、確かめずにはいられなかったのだと思う。バラムガーデンは、さながら白い灯台を目指して彷徨う漂流船だった。
それを嘲笑うかのように、上空に巨大な影が浮かんでいた。軍に占拠され、魔女の拠点となったガルバディアガーデンだ。重々しい深紅の外壁を鈍く光らせながら、こちらにゆっくりと接近している。
交戦を予告する緊急放送が流れ、生徒たちが一斉に動き始めた。ニカの配属は正門側の守備隊だ。
心臓が早鐘を打つ。こんな日が、いつか訪れると思っていた。また、大切な場所が戦場になる日が。今回は内部の暴動ではない。正真正銘の戦争、プロの兵士との戦いだ。
整列し待機していたその時、突如重い衝撃が走った。もしかしたら、ガーデン同士が接触したのかもしれない。強い揺れに思わずよろめくが、すぐに体制を整え周囲を見回す。
「上方より敵の接近を確認! ……来ます!」
「バイク部隊だ! 気を付けろ!」
督戦隊の声に頭上を見上げれば、無数の二輪戦闘車に跨った特殊部隊が、エンジンをふかし、勢いよく降下してくるのが見えた。
迷わず引き金を引く。銃弾を受け、走行中の兵士は慣性にしたがって吹き飛んだ。搭乗者を失ったバイクは横倒しになり、大きく回転しながら激しい火花を散らす。それを横目に、また別の敵に照準を合わせた。
数が多い。相手は最新鋭の兵器で武装した戦闘のプロだ。一方こちらはG.F.の恩恵があるとはいえ、経験にも実力にも大きくばらつきのある学生ばかり。瞬く間に陣形が崩され、混戦となった。
「クソッ、弾切れだ!」
「補給班はまだか!?」
「傷が深い……誰か手を貸して!」
悲痛な声が飛び交う。つい先ほどまで隣で戦っていた仲間が、次の瞬間には倒れている。敵の銃弾が肩口を掠め、焼けつくような痛みに顔をしかめた。それでも、立ち止まるわけにはいかない。引き金を引く指を止めるわけにはいかない。
戦闘開始からどれくらい経っただろうか。時間の感覚はすでに麻痺しているが、身体には確かな疲労感が重くのしかかっている。
周囲の敵は殲滅した。必死の攻防の甲斐あってガーデン内への侵入も最小限に食い止めている。しかし、こちらの兵力もすでに限界に近い。もし次の一波が来たら、耐え切ることは出来ないだろう。
その時が自分にとっての終わりなのだと気付き、振り払うように首を振った。考えてしまったら、きっと怖くなる。
敵も味方も、多くが地面に横たわっていた。すでに事切れている者も少なくはなく、中には見知った顔もある。
そんな中、傷を押さえ、苦しそうに喘ぐ男子生徒を見つけた。傍に膝をつき、回復魔法を発動させる。
「う……ッ、すまない……ケアルを、切らして……」
「ううん、お互いさまだよ」
治療をしたからといって、すべての負傷者が再び戦闘に参加できるわけではない。すでに不足しつつある物質は、このまま戦いが続けばいずれ底をつくだろう。そしてそれは同時に、敗北を意味していた。
この行いが本当に正しかったのか分からない。あの時温存していればと後に後悔するかもしれない。それでも、目の前にいる仲間を見捨てることなどできるはずがなかった。
「もうやだ……こんなの、もう、やだよ……」
ふと、誰かが堪えきれなかった心の声を漏らす。
「こんなはずじゃ、なかった……もう、やめたいよ……」
弱々しく、消え入りそうな声だった。けれど、戦いで受けたたくさんの傷より痛い。口を開こうとして……閉じる。根拠のない励ましなど、残酷で虚しいだけだ。
他の生徒も同様に押し黙ったまま動こうとしない。次の攻撃に備えることも出来ず、血液と土埃にまみれ、ただ地面に座り込み、あるいは横たわり、項垂れている。
肉体も、精神も、すでに限界だった。すべてを諦めて、投げ出してしまいたくなるほどに。
そんな時だった。プツ、という音を皮切りに、校内放送特有のノイズが流れ始めたのは。
『……こちらはスコールだ』
突然始まった放送に顔を上げる。その声を聞いて真っ先に思い浮かべたのは、冴えたアイスブルーの瞳。先日ガーデンの指揮官に任命されたばかりのスコールは、交戦開始前にも簡潔ながら的確な指示を出していた。
何か、新たな指令が下ったのかもしれない。あるいは、単なる戦況報告か。他の部隊は……どうなっているだろう。
『みんな、怪我の具合はどうだ? 戦いに疲れて、立っているのも辛いかもしれないな。……でも、聞いてくれ。勝利のチャンスの為に力を貸してくれ』
戦場に不似合いな、落ち着いた声。黒い服に身を包んだ彼は、ニカが入学した時すでにガーデンにいた。優秀ながらもいつも無愛想で、眉間にしわを寄せて、他人を近付けようとしなかった。
そんな彼が今、傷付いた仲間たちを鼓舞するため、不器用ながらも自分の言葉で胸の内を語ろうとしている。普段は無口で分かりづらいけれど、きっと、彼にとってもここが大切な場所だから。
『俺たちはこれから最後の戦いに向かう。敵の攻撃部隊がやってくる前に、こっちから敵陣に乗り込む。そのために、このガーデンを向こうにぶつけることにしたんだ』
やはり、戦況は芳しくないのだろう。だが、どんなに厳しくとも希望はある。だから決して諦めてはいけないのだと、スコールは語りかける。
『まだ力の残っている生徒は先発隊をサポートして欲しい。SeeDは魔女を倒すために作られたそうだ。ガーデンはSeeDを育てる為に作られた』
先日ゼルから聞いた孤児院の話を思い返す。ニカですら衝撃を受けたのだから、当事者たるゼル達の動揺は計り知れない。スコールもきっと、残酷な運命に翻弄され、混乱の渦中にあることだろう。しかし、その迷いを感じさせない凛とした声で演説は続く。
『だから、これはガーデンの本当の戦いなんだ。キツくて嫌になるような戦いだ。……でも、後悔はしたくない。みんなにも悔いを残して欲しくはない! だから、みんなの残っている力、全部、俺に貸してくれ!』
───心に、火が灯された。小さな、けれど確かにこの身をあたため、勇気を奮い起こさせる光。
限界を超えた体を鼓舞し、残されたわずかな力を振り絞って立ち上がる。ニカだけではない。気付けば周りの仲間たちが、傷ついた体に鞭を打って立ち上がりはじめていた。まるで希望の火種が広がっていくように、ひとり、またひとりと。
「わたし……わたし、怖い。し、死にたくない」
震える声で告げたのは、先ほどまで泣いていた女子生徒だった。
「でも、ガーデンを……みんなを失うのは、もっと怖い。だから……戦う」
彼女も立ち上がり、泣き腫らした目で懸命に前を向く。
「うん。みんなで、行こう。私たちはまだ……戦える」
疲れ果てた顔を向け合い、全員が頷いた。どんなに厳しく勝ち目のない戦いであろうと、この胸のともしびだけは、決して消すまいと。
デッキに続く通路には、すでに放送を聞いた生徒たちが集まり始めていた。皆傷だらけで、立っていることすらやっとといった者もいる。
「ニカ!」
「……ゼル!」
こちらに気付くなり駆け寄ってきたゼルは、ニカの肩に触れようと手を伸ばす。しかし裂けた制服から滲む血に気付いてか、すぐにその手を引いた。
「ニカ、傷が……」
気付けば、脚にも大きな創傷が出来ていた。他にも大小様々な傷や火傷が散らばっていて、体のあちこちが痛む。それでも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「大丈夫。一緒に戦うって、約束したもんね」
微笑むニカとは反対に、ゼルはまるで自分が痛みを感じているかのように眉を寄せた。次の瞬間、体に温かな光が降り注ぐ。痛みが和らぎ、心までがふわりと軽くなるような気がした。
「無理すんなって……言いてえのにさ」
傷の癒えた肩にそっと触れ、確かめるように撫でてゼルは呟く。どうしても無理をしなければならない状況の中、ニカを気遣う言葉をかけられないことに心を痛ませている。どんな時でも変わらない優しさに、場違いな笑みが溢れた。
「放送、聞いたよ。向こうに突入するんだね」
「ああ。でも、オレたちだけじゃ到底無理だ。そんな傷だらけの姿見て、こんなこと頼むのは忍びねえ。だけど、ニカ……どうか、力を貸してくれ」
頼む、と頭を下げるゼルの肩に手を置き、顔を上げさせる。
「貸すんじゃなくて、力を合わせて……ね? 約束したでしょ、一緒に戦うって」
あの日、F.H.の青空の下で交わした約束が、今も胸の中で鮮やかに生きている。たとえ苦難の中にあっても、こうして共に戦えることはニカにとって大きな誇りだ。
「ゼル」
名前を呼べば、蒼い双眼が見つめ返す。それを真正面から受け止めながら、ニカは丁寧に、確かめるように言葉を紡いだ。
「あなたの後ろは私が引き受ける。私がいる限り、あなたにはかすり傷ひとつ負わせない」
ただ一方的に守られるのではなく、共に背中を預け、守り合う───そんな自分になると決めたから。
「だから……安心して、いってらっしゃい」
言葉を無くし、瞬きすら忘れたように立ち尽くしたゼルは、やがて脱力したように笑った。バラムの海に注ぐ穏やかな陽射しのような、ニカの好きな笑顔。
「そうだな……うん、そうだよな。ニカがいれば怖いものなんかねえってこと、うっかり忘れるとこだったぜ」
そう言って、ゼルは目を閉じ、少し俯く。次に顔を上げた時、その眼差しには一切の恐れも迷いも含んでいなかった。
「ガーデンは、何があっても必ず守る。たとえ相手と刺し違えたってな。だからニカ……一緒に」
「うん、一緒に」
ゆっくりと動き出したガーデンが、次第にその速度を上げる。衝突に備えて、姿勢を低く保つ。瞬間、重い衝撃。弾き飛ばされそうなほどの揺れに四肢をついて耐えるが、それが完全に収まり切る前に駆け出した。
ガーデンは、あちらの校庭に半ば乗り上げる形で接触している。強引に乗りつけたせいで傾いたハッチから飛び出せば、早速銃撃の洗礼が待ち受けていた。強襲を受け相手の編成は乱れていたが、さすがは訓練を受けた兵士、早くも体勢を立て直しつつあるらしい。
ゼルたち先発隊の後を追い、戦場を駆け抜ける。
彼らに銃口を向ける者を掃討すべく無心に引き金を引く姿は、他人の目には殺戮の兵器のように映るかもしれない。
流れ弾が頬を掠め、熱に似た痛みを感じる。考えたら怖くなる───そう思っていた。確かに思っていたはずなのに、たとえこの銃弾が眉間や心臓を貫いたとしても悔いはないと思った。彼らを無事に敵陣に送り込み、ガーデンを守ることが出来るなら。
すれ違いざまに斬りかかってきたガルバディア兵の攻撃を躱し、懐に入り込む。顎の骨を砕くのは高速で射出される鉛でもクロムモリブデンの銃身でもなく、ジャンクションの力の通った拳だ。
ニカの武器を見て接近戦に弱いと判断したのか、あるいはひ弱な少女と侮ったのか、血走った兵士の目は驚きに見開かれていた。返り血が飛んで、頬を濡らす。すべての感覚が鮮烈で、生々しく、ダイレクトに伝わってくる。
大切な物を守るために、誰かの大切な物を奪う。それは悪だろうか? ……分からない。善でないことは確かだ。けれど、もしかしたら善と悪の間に引かれた線など初めから存在しないのかもしれない。
互いを隔てるものなんて本当は存在しなくて、ただその身を置く場所が違うだけで。ほんの少し違う道を選んでいたら、手を取り合い共闘すらしていた相手。
たとえそうだとしても……この胸に、もう迷いはない。
「行けええぇぇっ!」
ゼルの背に向け、力の限り叫ぶ。激しい爆撃や怒号の飛び交う中でも、届いている。きっと。
(私たちの、ガーデンのために……!)
今この瞬間、仲間たちの心がひとつになっている。一人ひとりの力は小さくても、みんなの想いを束ねて撚り合わせ、一本の糸のように紡いでいく。どこまでも共に行くことは叶わないけれど……想いを託すため、その糸の先にいるあの人の背中を見送り、しっかりと目に焼き付けた。