Children in Time
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ゼルとの再会の後、無事ケリー達との合流を果たしたニカは、生徒を緊急避難口へと集めるべく奔走していた。
散々ガーデン内を騒がせた覆面教師たちだったが、ミサイルの噂を聞きつけたのかあっけなく撤退。戦力を分散させるため各施設に散っていたSeeDが集結し、避難の準備は順調に進んでいた、はずだった。
突如、激しい揺れがニカ達を襲った。咄嗟に年少クラスの生徒達へと目を向けるが、ニカを含め、誰もが自分の体を支えるので精一杯だ。
ミサイルが飛来したのかと思ったが、だとしたら今頃すべて木っ端微塵になっているはずだ。そうしている間にも揺れは収まることを知らず、むしろ激しさを増しているようだった。窓の外を見やると、ガーデンの周りの景色がゆっくりと流れ出すのが見えた。
───違う。動いているのはガーデンのほうだ。地響きのような振動と共に、この巨大な建造物はずるずると周囲の木々を薙ぎ倒していく。立つこともままならないほどの振動がふと軽くなり、代わりに妙な浮遊感を覚える。もうもうと立ち上る砂塵が次第に晴れ、再び外の景色が確認できるようになった時、ニカは自分自身の目を疑った。
ガーデンが、飛んでいる。この巨大な建造物はニカたちを乗せたまま空へと浮かび上がり、海を漂い……街へと衝突した。
すり鉢状に配置されたミラーパネルの中心部、ニカは再建中のステージを見上げた。職人たちが持ち前の工具や重機を用いててきぱきと骨組みを組み上げていく。その手際といったら素晴らしいの一言で、作業の手を止めて思わず見入ってしまう。
「ニカ」
背後から掛けられた声に振り向く。眩しそうに額に手をかざしたゼルが歩いてくるところだった。色素の薄い髪が、日差しをたっぷりと浴びてはちみつ色に輝いている。
彼はニカの隣まで歩いてくると、同じようにステージを見上げ、すげー、と呟いた。
「本当、すごいよね。この短期間でここまで作り上げちゃうなんて」
「ああ。ガーデンを造った人たちってのも頷けるぜ」
ガーデンが漂着したのはフィッシャーマンズ・ホライズン、通称F.H.と呼ばれる街だった。聞くところによると、この街の技術者の一部はガーデンの建設に携わっていたのだという。奇しくもそのような謂れのある土地に流れ着き、こうして再び彼らの手を借りることに、不思議な巡り合わせを感じずにはいられない。
「私の銃だって、ぱぱっと直してくれたんだよ。バラムにはしばらく帰れないと思ってたから、助かっちゃった」
「銃? どうかしたのか?」
「この間の騒ぎのときに、ちょっとモンスターを殴っちゃってね」
「うひゃー……」
こうやって、と銃を振り下ろすジェスチャーをしてみせる。一体どんな光景を想像したのか、小さく身を竦めるゼルにニカは肩を揺らして笑った。
「そういえば聞いたよ。コンサート、ギターで出るんでしょ? 楽しみだなぁ」
「おう、そうなんだよ。スコールの指揮官就任祝いも兼ねて……って、セルフィがな。今から練習が大変だぜ」
度重なる騒動により学園祭の開催は諦めざるを得なかったが、実行委員長であるセルフィの呼び掛けでコンサートだけでも開こうということになったのだ。
噂をすれば、外側に跳ねた栗色の髪をぴょこぴょこと揺らして走ってくる少女がひとり。ふと立ち止まり、今しがたニカ達がしていたように造りかけのステージを見上げる。そして振り向きゼルの姿を目に留めるなり、その手をぶんぶんと振りながら駆け寄ってきた。
「あっ、ゼル~。もしかして実行委員、手伝ってくれる気になった?」
「え、えーとオレ最近ちょっと忙しくて……」
「うっそだぁ~。まあいいけど、コンサートの練習はちゃんとしといてよね~」
ぷう、と頬を膨らますセルフィだったが、ふと傍らのニカに気がつくと、あっと小さく声をあげた。
「あたしが任務に行ってる間に実行委員引き受けてくれた子……だよね? あたし、実行委員長のセルフィ」
「ニカです。よろしくね」
よろしく~、と差し出された白い手を握り返しながら、ニカは微笑んだ。コンサートの準備で度々見かけたことはあったが、こうして面と向かって話すのは初めてだ。
「あ! もしかして、SeeD試験、一緒に受けてた? 女子は二人だけだったから、名前覚えてるよ~」
「はは……まあ、落っこちちゃったんだけどね」
苦笑いを浮かべるニカに何やら思い当たることがあるらしく、セルフィは意味あり気な視線をゼルへと投げる。
「はっは~ん、そういえば……」
「へ?」
「ゼル、あのときす~~~ごく心配してたよね。パーティのときだって心ここにあらずーって感じだったし。もしかして……」
「な、な、なんだよっ」
やはり年頃の少女としてはそういう話に持っていかずにはいられないのだろうか。くりくりとした瞳いっぱいに好奇心を湛えて、ゼルに詰め寄る。不穏な物を感じたゼルはじり、と一歩後退るが、その反応がいまいち物足りなかったのか、セルフィは不満顔だ。
「うーん、ゼルってば、やっぱりお子ちゃま~。まっ、安心して。あたしは応援してるから! それじゃね~!」
やって来た時と同じようにぴかぴかの笑顔で去っていくセルフィを見送りながら、ゼルはがっくりと項垂れた。その様子を見て、ニカはくすくすと笑い声をあげる。
「はあ……なんだったんだ、アイツ」
「あはは、元気な子だね」
「元気なのは良いんだけどよ……」
ゼルは垂れていた頭を起こす。小さな背中を見つめる瞳が、ふと真剣な色を帯びたのにニカは気付いた。
「……あいつ、トラビアから転校してきたばっかでさ。あっちにもミサイル、飛んでったから……。オレらの前では少しもそんな素振り見せないけど、心ん中ではすげえ心配なんだと、思う」
「そっか、トラビアにも……」
バラム・ガーデンは結果的にミサイルを回避出来たものの、あのまま動き出さなければ間違いなく直撃していた、というのが後の見解だそうだ。もし当たっていたら……考えるだけでぞっとしてしまう。
一方トラビアに関しては、情報規制でも敷かれているのか、何の報らせも入ってこない。一見して明るく振る舞っているように見えるセルフィも、その裏側で、たくさんの不安を抱え込んでいるのだろう。
「ま、いっつもあんな感じっちゃあ、あんな感じなんだけどな! ちょっと変わったヤツだけど、良かったら仲良くしてやってくれよ」
「もちろん! 今度、もっとゆっくり話せたらいいな」
すっかり遠く、小さくなった黄色いシルエットは、また別の誰かに声を掛けてぴょこぴょこと飛び跳ねている。それを並んで見ていたゼルが、ふとニカに向き直った。
「……なあニカ。少し時間取れるか? べつに、今じゃなくても良いんだけどよ」
「うん、大丈夫だよ。これだけ片付けちゃうから、ちょっと待っててね」
ニカも、久々にゼルと話をしたいと思っていたのだ。残りの仕事を早急に片付けるべく、再び目の前の作業に取り掛かり始めた。
この街は、かつて大陸とエスタを繋ぐ駅として使用されていたらしい。その名残である長い線路沿いを、ゼルと共に歩く。潮風によって錆び付いた鉄製の建造物は、一見無機質に思えるが、人の手で造り上げたもの特有の温かみを感じ取ることができた。
海から吹く風がふと頬を撫で、そのどこか馴染み深いような、懐かしいような感覚にニカは思わず歩みを止める。
「あっ、風……」
「うん?」
「なんだか、バラムみたいだなって思って」
「あー、確かに。海が側にあるのって落ち着くよな」
ホライズン・ブリッジのど真ん中にぽつりとあるこの街の中では、どこにいても広い海の存在を身近に感じることができる。
ニカと同じものを感じてか、ゼルは柔らかな潮風に身を委ねるように空を仰ぎ、そっと目を閉じた。思いの外長い睫毛が、日に焼けた頬の上で小さく震える。普段は元気の塊のような友人の珍しい表情に小さく胸が高鳴り、ニカは気恥ずかしくなって視線を逸らす。
「……久しぶり、だよな」
「え?」
見上げると、すでに目を開けたゼルがやんわりと微笑んでいた。
「こうしてゆっくり話すんの」
「そうだね、色々あったもんね……」
ゼルが戻ってきてからも、色々な後処理に追われてゆっくり会話をする暇などなかった。就任パーティの最中、部屋で語り合った夜が、ひどく遠い日のことのように感じられる。
突然内紛が起きたと思えばガーデンが飛び、そして見知らぬ街へと流れ着いた。ここ最近の出来事といえば、どれもガーデン始まって以来の大騒動ばかりだったのではないだろうか。
ニカでさえも経験したことのない大事件の連続だったのだから、任務に就いていたゼルはもっと沢山の事を経験したに違いない。
「ゼル、しばらく会わない間にちょっと大人っぽくなったような気がするよ。聞きたいな、任務の話」
「ん……そうだな。ちっと長くなるかもしんねぇけど……あ、あそこ、行ってみるか」
ゼルが指さしたのは、波止場に面した道沿いにひっそりと佇むベンチだった。辺りに人気はなく、すぐ側に見える海にいくつかの小舟が揺れているだけだ。随分前からそこにあるような、こぢんまりとしたベンチだったが、二人が腰を下ろしても僅かな軋みすらあげることはなかった。
「……本当に、色々あったんだ」
穏やかな口調で語るゼルの声に、ニカは静かに耳を傾ける。
「任務に行くってメールしたろ? あの日、オレ達……オレとスコール、それからセルフィはティンバーに向かったんだ」
ティンバー、という地名にはっと思い当たって、ニカはベンチに預けていた背を勢いよく起こす。
「ティンバーって……もしかして、デリングの放送の時……!?」
「あの放送、見てたのか?」
ニカは頷いた。人集りの中、食堂で例の放送を見た。あの時は新米SeeDに任される任務ではないと思っていたが、まさか本当にあの場所に居合わせていたなんて。
「クライアントは、とある反ガルバディアのレジスタンス組織だった。組織とはいっても小規模の、ままごとみてぇな連中だ。けど考える事は案外大胆でよ、特別列車の大統領車両だけをすり替えて、デリングを拉致するっつー作戦だったんだ」
───大統領を拉致。あまりにも日常を逸脱した響きに、軽い目眩すら覚える。
「そ……それで、どうなったの?」
「車両のすり替え自体は上手く行った。でも、とっ捕まえたのはなんと影武者だったんだ。仕方なく作戦を変更、大統領に続きレジスタンスの放送をするってんで、放送局に向かった」
そこでやっと、あの放送時の出来事に繋がるのだろう。キスティスが呼び掛ける前から、ゼル達は放送局に向かっていたのだ。
「そしたら……なんでか分かんねえけど突然サイファーが出てきて、デリングを拘束して、その時オレは……」
俯き加減に語っていたゼルの表情が、苦しげに歪められる。
「……オレは、自分達がガーデンの所属であることを敵にバラしちまった。あん時は頭がカッとなって、何にも考えられなくて。ふと我に返って、ヤバいことしちまったって……本当、自分の馬鹿さ加減には嫌気が刺すぜ」
ゼルは頭を振り、両手を固く握り締めた。まさかあのミサイルは……と思ったが、その失言が直接の原因という訳ではないらしい。
とはいえ、一歩間違えば最悪の事態に陥っていただけに安易な言葉を掛けるわけにもいかず、ニカは開きかけた口を再び閉ざしてしまう。
「その後なんとかティンバーから抜け出して、最寄りのガーデン……ガルバディア・ガーデンに向かった。そこで、オレ達はある人物の暗殺任務を言い渡されたんだ。その人物こそが……」
ゼルはふと言葉を切り、何かを警戒するように辺りを見回した。周囲に人の姿がないことを確認すると、なおも声のトーンを落とし、重々しくその名前を口にした。
「───魔女、イデアだ」
膝の上に置いたニカの指が、驚きにぴくりと揺れる。いや、驚きだけではない。身の内を震わせたのは、確かな恐怖心。
それからの話は、まるでスパイ映画のあらすじでも聞いているようだった。デリングシティにて、処刑されたとばかり思っていたサイファーと対峙。魔女の暗殺に失敗し、投獄されたのは『この世の地獄』と悪名高いD地区収容所。
しかしなんとか脱獄に成功しバラムへと生還、ミサイルを阻止すべく敵軍基地へと潜入していたセルフィ達とも、偶然このF.H.で再会を果たしたのだという。
ティンバーに向かう列車の中で倒れて以来、度々見るようになった不思議な夢の話もあいまって、ニカの頭はパンク寸前だ。
「……そんでよ、銃口突き付けられてもう絶対絶滅! ってところでスコールが颯爽と……」
「ちょ、ちょっと待って……!」
頭が痛くなってきた。ニカはこめかみを押さえる。そもそも理解が追いつかないのだが、まず口から出たのは純粋な心配だった。
「そ、そんな重大なことまで話しちゃって、大丈夫なの……?」
「んあ? いやまあ、本当はマズいかもしんねぇけど、セルフィもガーデンスクウェアのブログに書いちまってたし大丈夫かなって……やっぱダメかな?」
……そんなものなのだろうか。ぽりぽりと頭を掻きながら笑うゼルに拍子抜けして、ニカは思わず脱力する。
「ま、とにかく。これがオレの初任務のすべてだ。なんとも情けねぇ結果だけど、確かにオレが経験してきたことだ。ニカにはちゃんと聞いて欲しかったから、さ。あの日、あんな約束したクセに、まだ何の答えも……ヒントすらも得られてねぇんだ。ゴメンな」
「ううん……本当に、すごい経験ばかりしてきたんだね」
任務は失敗ばかりだったかもしれない。けれどその経験が彼を成長させたのだということは、以前より精悍さを増した表情からも見て取れた。
「ニカは、どうしてた? ずっと、気になってたんだ」
「私は……」
何の糸口も見出せていないのはニカも同じだった。それどころか、とりとめのない焦燥に駆られ、漠然とした毎日を過ごしていた。けれど目紛しく変化し始めた日々の中で、感じるものも確かにあったのだ。
「内紛が起きたとき、すごく嫌だった。ちゃんとした理由も分からないのにみんなが二つに分かれて傷つけ合って、ガーデンがぐちゃぐちゃになって……。何も出来ないのが悔しかった。私ひとりの力でどうにかなる問題じゃないっていうのは分かってるけど、それでも……」
「年少クラス、守ってくれたろ? 避難だって進めてくれた。嬉しかったぜ、あんなオレの言葉信じてくれて……ありがとな」
「あの時、ゼルが来てくれなかったらどうなってたことか……お礼を言わなきゃいけないのは私のほうだよ。本当にありがとう」
ゼルが駆け付けてくれなかったら、とても無事ではいられなかっただろう。あの状況下で心身ともに憔悴していたこともあって、彼の登場は本当に心強かった。
「……でも、あんなのはまだ序の口なんだよね。ガーデンが反魔女組織と見なされた今、いつ、何が起こってもおかしくない」
「魔女のヤツ、軍を掌握して好き勝手やらかすつもりだぜ。次はガーデンに総攻撃を仕掛けてくるかもしれない。F.H.にだって攻め込んで来たくらいだしな」
ガルバディア軍がこのF.H.に攻め込んできたという噂は記憶に新しい。この街の人間が争いを嫌い、軍事力を持たないことを知ってなお、だ。魔女がガーデンを潰しにかかるのも、時間の問題だろう。
「そうなったらもう、SeeDも一般の生徒も関係ない。また、人間相手に戦うことになるぜ?」
問いかけるゼルの声色に気遣うようなニュアンスを感じ、ニカは少し微笑んでみせる。
「……故郷も家族もない。そんな私だけど、大切なものがあるとすれば、それはガーデンや、一緒に育った仲間たちだと思ったの。もし私たちのガーデンが脅かされることがあるなら……その時は、私の出来ること、何でもしたい。相手が誰であっても」
出来ることといえば戦うことだけだけれど。それでも何か、自分の大切なもののために戦えるなら、それはニカにとって喜ばしいことでもあるのだ。
「……お前、やっぱかっけーなぁ」
「かっこ……え?」
「オレも負けてらんないよなぁ、うん」
格好いい、なんて言葉とは無縁だと思っていただけに、なんだか身に馴染まないような、こそばゆい気持ちになる。慌ててゼルを見やると、腕を組み、なぜか誇らしげにうんうんと頷いていた。
きっと、彼は気付いていない。ニカがゼルの存在に、言葉に、どれだけ救われ、勇気付けられているのかということを。
「……そうやって思えるのも、一緒に戦いたい人がいるから、だよ」
「へ?」
「ゼルのこと! その時が来たら、一緒に戦ってくれるよね?」
ゼルは不意を突かれたように目を見開き、僅かに顔を紅潮させたが、ややあって白い犬歯を覗かせ強気な笑顔を見せた。
「もちろんだぜ! まあ、そうなる前に食い止められれば良いんだけどよ。でも……もしものときは、頼んだぜ。ニカ」
いつかそうしたように、ズボンで拭った手を差し出してくる。強く握り返したその手は、あの日と変わらぬ暖かかさだ。守りたい場所、仲間たち。その小さな世界の中に、確かにこの少年も存在しているのだと、ニカは確信した。