Children in Time
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机の上に散らばるたくさんの青色は、先日街で現像したばかりの写真たちだ。それを一枚一枚眺めながら、丁寧にアルバムへとしまい込んでいく。
「あ、これ……ふふっ」
一枚の写真に目を留め、ニカは思わず頬を緩めた。
満面の笑みを浮かべたゼルと、彼に肩を抱かれ、驚きに目を丸くしたニカが写っている。あの時、ゼルが強引に撮ったものだろう。
若干だが被写体もブレており、お世辞にも上手に撮れているとは言い難いが、なぜかこの写真が好きだと思った。
おもむろにベッド横の飾り棚へと手を伸ばす。複数の写真を飾れるタイプのフォトフレームの、空いているところにそれを収めた。シンプルな木枠の中でいっそう輝きを増したように思え、満足気に微笑む。
机に視線を戻すと、ぽつんと一枚だけ写真が残っているのに気付く。それを見た瞬間、ニカは思わず息を呑んだ。
そこに映し出されていたのは、まさにあの日見た風景そのものだった。写真特有の風合いに染まってはいても、空の透明感や柔らかな雲の質感、木々の瑞々しさ、水面にきらめく光の粒のひとつひとつまでもが、たった一枚の紙切れに鮮明に焼き付いている。こうして眺めているだけで、吹き抜ける風の匂いすら思い出されるようだ。
奇跡の一枚を前にしてしばらく動けずにいたニカだったが、やがて制服のポケットからいつも持ち歩いている手帳を取り出した。ページを開き、カバーと表紙の間にそっと写真を挟み込む。
この大切な一枚を、肌身離さず持っていたいと思った。いつでもあの日のことを思い出せるように、そしてこの場所が、どんな時でも自分に寄り添い、守ってくれるようにと。
ニカが写真の余韻に浸っていると、突如ドアが開いた。思わずびくりと肩を揺らしたのは、ルームメイトが転がるように部屋に飛び込んできたからだ。
「ケリー!? どうしたの?」
ケリーは駆け寄ってくるなり、思わず腰を上げたニカの足元にへたり込んでしまった。すっかり息を切らしており、それすらもやっとといった様子で顔を上げる。
「なんか……大変なことが起きてる……」
「大変なことって?」
そういえば、廊下の向こうから、何やら騒ぎ声が聞こえた気がする。しかしそれを確認する前に、ドアは再び閉まってしまった。
「私もよく……廊下を歩いてたら、いきなり訓練所のモンスターに襲われたの! 武器なんか持ってないし、みんな混乱してるし、私もここまで逃げてくるのがやっと……」
「モンスターが逃げ出したの? ちゃんと先生やSeeDが対処してくれていれば、そんなに大事にはならなそうだけど……」
しかしケリーの口振りからすると、すでに大事になってしまっているのだろう。ニカに話すことで少し落ち着いたらしい彼女は、何かを思い出したように、あっと小さな声をあげた。
「そういえば……SeeD狩りがどうのって言ってる人がいたような……」
「SeeD狩り……?」
SeeD狩りが何なのかは分からないが、それが本当ならモンスター総動は人為的なものなのかもしれない。
知りたい。このガーデンで何が起こっているのか、この目で確かめたい。
「……とにかく、今は出歩かない方がいいよ。しばらく収集つかなそうだから」
「分かった、色々教えてくれてありがとう」
ケリーに手を貸しベッドの縁に座らせると、ニカは壁に立て掛けてあった銃を手に取る。そして弾を装填し、その残りや携行品の類を装備するのを、ケリーは不思議そうな目で見つめていた。
「あの……ニカ? 何してるの?」
「私、ちょっと行ってくる」
「へ!? 今の話聞いてた!?」
「うん。様子見に行くだけだから大丈夫。武器も持っていくし、すぐに戻るから」
「ちょっと……ニカっ!!」
「ごめんケリー、また後で!」
焦ったような友人の声に多少の罪悪感を覚えながらも、ニカは部屋の外へと飛び出した。
ホールは騒然としていた。見る限りではモンスターの姿を確認することはできないが、逃げ惑う生徒とその叫び声で溢れかえっている。
「貴様! マスター派か、学園長派か?」
見たことのないガーデンの様子に唖然としていると、背後から覆面の教師に呼び止められた。いつにも増して威圧的な態度だ。確かこのガーデンの経営責任者をマスターと呼んだはずだが、ニカ自身はその人物に会ったことすらない。
「すみません、おっしゃる意味が……」
「マスター・ノーグ様に忠誠を誓うかと聞いている!」
質問の意味が分からない。顔も知らないマスターに忠誠を誓えと? 学園長とマスターの派閥争いなのだろうか? だとしたらSeeD狩りとは一体?
頭の中は疑問でいっぱいだ。ニカが答えあぐねていると、曲がり角からひとりの女子生徒が飛び出してきた。何かに追われているのか、しきりに後ろを気にかけている。
「学園長派の生徒だ! 捕らえろ!」
背後から聞こえてきた声に、ニカを問いただしていた教師が振り向く。彼は女子生徒の姿を捉えると、首にかけていた笛を高らかに吹き鳴らした。その音に呼ばれて、どこからか二体のグラットがぞろぞろと湧いてくる。調教済なのか勝手に襲いかかることなく、それでも飢えた触手をくねらせて指示を待っている。
「きゃあっ!」
女子生徒は行く手を阻まれて腰を抜かしてしまった。ニカは彼女とモンスターの間に慌てて割り入り、銃を構えて立つ。
「なにやってるんですか!! あなた、教師でしょう!?」
「フン、やはり貴様も学園長派か! まあいい。まとめて始末してくれる!」
「意味分かんない……!」
どうやら話の通じる相手ではなさそうだ。教師がもう一度笛を鳴らす。待ちわびたとばかりに触手を振り上げるグラットに銃弾を撃ち込み、跪いている少女の手を取って立ち上がらせる。
「大丈夫? 怪我は?」
「だ、大丈夫ですっ」
「良かった……行こう!」
彼女の手を引き、二人で混乱の中を駆け抜けた。背後で覆面教師の叫び声が聞こえる。逃がすまいと笛を吹き、新たな手駒を呼び出しているようだ。
同じようにモンスターに追われている生徒と、何度もすれ違った。信じ難いことだが、中にはマスター派の教員に加担している生徒もいるようだ。
ニカは人目に付きにくい通路の陰に逃げ込み、女子生徒を座らせた。彼女が落ち着くのを待って、小さな声で問いかける。
「どうしてこんなことに……?」
「わ、私もよくわからないんです。突然、学園長派かって聞かれて……私、武器も持ってなくて、それで……」
「そっか……大変だったね。きっとみんな、どこかに避難してるはずだよ。それまで一緒にがんばろう」
まだ動揺が収まらないのか、僅かに震えの残る背中を出来るだけ優しい手つきで撫でる。
丸腰の少女にモンスターをけしかけるなんて、正気の沙汰とは思えない。それにしても、こんな騒ぎの中で館内放送すらかからないのはどういうことだろう。普段なら率先して指示を出すはずのSeeDの姿も見当たらない。
とにかく、ガーデンの体制が機能していない以上、闇雲に歩き回るのは危険だ。
通路の角から少しだけ顔を覗かせ、様子を伺う。相変わらずの混乱の中、人の波に紛れ、きょろきょろと辺りを見回しながら走る友人の姿を見つけた。
「ケリー!」
おそらく声は届かないだろう。しかし影から身を乗り出して手招きすると、ケリーの目は確かにニカを捉えた。周りに覆面教師がいないのを確認し、こちらへ真っ直ぐに向かってくる。
「ニカ! 無事で良かった……本当に出てっちゃうんだもん、心配したんだよ!」
「まさか、追い掛けてくれるなんて……ありがとう、ケリー」
腰に両手を当てたケリーが怒り顔で『ケーキで手を打つ、あんたの奢り』と言うので思わず笑ったが、大人しく頷いておくことにした。
「ドリンクセット追加でいい情報を教えてあげるけど、聞く?」
「もちろん。何でも奢るよ」
「よろしい。……どうやら、2階の資料室が避難場所になってるみたいなの。あくまでも噂だけどね」
「さすが! ええと……資料室っていうと、ホールを抜ける必要があるね。多分戦闘になると思うけど、いける? 私やケリーから離れなければ、大丈夫だから」
ニカが傍で話を聞いていた少女を覗き込むと、彼女は未だ不安げながらもしっかりと頷いた。
「ありがとうございます。さっきは急だったので驚いてしまいましたが……魔法でのサポートなら、出来ると思います」
「私が先鋒を切ります。あなたは私に付いて。ニカは後方支援をお願い!」
了解、と短く答えて、ケリーに続き喧騒の中へと飛び出した。
何度かモンスターの奇襲に遭いながらも上手く切り抜け、廊下をひた走る。三人はやがてT字路に差し掛かった。ニカ達の目指す方とは反対側の通路から、わっと子供の叫び声があがる。ややあって、年少クラスの男子生徒が曲がり角を曲がり、こちらへ向かってくるのが見えた。その背後から現れたのは、覆面の教師。
「年少クラスでも容赦はせん! 追えーっ!」
鳴り響く笛の音。呼び出されたのは巨大なハチ型のモンスター、グラナルド。
「信じられない……!」
「ニカ、あれ……!」
すぐさま助けに向かおうとするニカの制服を、ケリーが引っ張る。振り向くと、今しがた来た方向から新たに二体のボムが迫ってくるところだった。このままだと、少年を助けるどころか挟み討ちを食らってしまう。
「二手に分かれて敵を引きつけよう。ケリー、この子をお願い……!」
「了解、あとで必ず合流するんだからね!」
ケリーと少女をその場に残し、一直線に駆け出した。ニカに気付いて更に笛を鳴らそうとした教師の目前に、片手をかざす。
単にステータス防御魔法のジャンクションを怠っていたのか、はたまた噂に聞くG.F.の副作用を恐れてか。どちらにせよ、一瞬の発動音の後、教師は睡眠状態となってその場にくずおれた。
少年は通路の壁際に縮こまっていた。グラナルドが前肢を振りかぶる。先端に光る鋭い爪。子供の柔らかな肌へ、今にも突き立てられようとしている。
ニカは慌てて引き金を引いた。それだけでは大したダメージは見込めないが、牽制くらいにはなっただろう。敵が動きを止めたその隙に、少年の元へと駆けつける。
邪魔が入ったことに逆上したのか、グラナルドが激しい羽音を立てる。ニカは怯えきった様子の少年の側に片膝をつき、敵から視線を逸らさず、銃を構えたまま囁いた。
「もう大丈夫。すぐに終らせるから、待っててね……」
今、敵のターゲットは自分に向いている。ニカは慎重に立ち上がり、少年から離れるように一歩、二歩と移動を始めた。グラナルドの複眼はしっかりとこちらを捉えている。しばらくはじりじりと睨み合い、互いに隙を伺い合う。
先に動いたのは敵のほうだった。急速に間合いを詰め、爪を前へと突き出す。それを咄嗟に身を屈めて避け、床に着いた片手を軸に回転しながら蹴り払う。下肢を払われたグラナルドは、その体を地へと強かに打ちつけた。そこへ追い打ちとばかりに、二発、三発と撃ち込む。標的が激しく暴れるせいで急所は外したが、手応えは確かだ。
あとは止めを刺すだけ───そう判断し武器を構え直した、瞬間。
グラナルドが突如咆哮した。甲高い、金属同士を擦り合わせるような声が鼓膜を震わせる。思わず身を固くしたニカだったが、思い当たる可能性にはっと息を呑む。
(まさか……!)
グラナルドは、通常ラルドという甲虫のようなモンスターを伴って出現する事が多い。今回も例外ではなかったらしく、呼び声に引き寄せられたラルドが次々と姿を現した。その数、計三体。
素早く体勢を立て直したグラナルドが、その内の一体を尻尾で弾き飛ばす。凄まじいスピードで飛んでくるそれを、身を翻し避ける。G.F.の恩恵のない状態でまともに受けようものなら、骨などいともたやすく砕けてしまうだろう。
反撃に出ようとするが別の個体が少年の方へ向かおうとしており、先にそちらへ銃を向けた。動きは鈍いが、肉質はグラナルドより硬い。甲殻に覆われていない体の内側を狙って数発撃ち込むと、やっとラルドは動きを停止させた。
ふと振り返れば、先ほど飛んできたラルドが間近に迫っていた。少年から遠ざけるように強く蹴り飛ばす。その矢先、またしてもグラナルドによって弾かれた三体目がニカを襲った。再び体をひねって躱す。ターゲットが分散して、なかなか攻撃に転じることかできない。
やはり中距離以上での戦いを得意とするニカにとって、この狭い通路での戦いは不利だ。グリップを握る手にも、自ずと力が入る。
だが、やるしかない。覚悟を決め、強く地を蹴った。標的は俊敏なグラナルドだ。一気に接近し、腹部を狙った中段蹴り。しかし長い尾に阻まれ、弾かれる。すぐさま後ろに飛んだニカの目と鼻の先を、薙ぐような斬撃が通り過ぎた。
背後の気配に注意しながら、できるだけ敵の攻撃を引き付け、誘導する。グラナルドが肢を大きく振り上げた。───今だ! ニカが飛び退くと、巨大な爪は背後に迫っていたラルドに深々と突き刺さった。硬い外殻にめり込んで、抜くのにかなり苦戦しているようだ。その間に残った最後のラルドを片付ける。
その頃、グラナルドはやっと呪縛から逃れたらしい。双眼を怒りの色に染め、疾風のような勢いで向かってくる。ニカは怯むことなく、真正面から銃弾を浴びせた。そして銃身を大きく振り回し、バランスを崩した敵の頭部を思い切り殴りつける。自身の推進力との相乗効果で、グラナルドは床へと激突した。そこへ何度か発砲すると、体液を撒き散らせながら激しく痙攣し、やがて再起不能となった。
乱れた髪と呼吸を整え、ニカは少年へと歩み寄った。しゃがみ込み、恐怖のあまり泣き出してしまった小さな頭を胸に抱き込む。
「よしよし……怖かったでしょう、もう安心だからね」
落ち着くまでこうしていたいところたが、この場所に留まるのは危険だ。しかしこの様子だと、少年が自力で立つことは難しいたろう。もしかしたら背負っていく必要があるかもしれない。銃を腰に下げ、少年へと手を差し伸べた……その時。
倒したとばかり思っていたグラナルドが、羽を震わせ飛び上がった。最期の力を振り絞り、長い尾を鞭のようにしならせる。
(間に合わない……!)
それは判断ではなく、反射だった。敵に背を向け、少年に覆い被さり、小さな体をぎゅっと抱き寄せる。
次の瞬間、背部への焼け付くような痛みを感じる、はずだった。代わりに、何かを打つような鈍い音。恐る恐る顔を上げる。目に映ったのは吹っ飛んでいくグラナルドの巨体と、それを蹴り飛ばした人物の姿。
信じられなかった。都合の良い夢ではとすら思えた。だって彼は任務中で、ここにいるはずがないのだから。けれど何度目を瞬いても、目の前の光景が変わることはない。
───ゼル。
立ち上がり、名前を呼ぼうと口を開いたが、声に出すことは叶わなかった。突然身体に加わった力によろめく。一瞬、何が起こったのか理解できなかった。背中に、頬に感じるぬくもりに、抱きしめられているのだと気付く。
「無事で良かった……ニカに何かあったら、オレ……」
痛いくらいの抱擁も、今ばかりは安心をもたらす要素でしかなかった。言葉にならない気持ちが、熱いものとなって目に込み上げてくる。わずかに身を離し顔を上げれば、うっすらとまなじりを赤く染めたゼルと目が合い、彼も同じ気持ちなのだと分かった。
無事だった。帰ってきてくれた。それだけで、こんなにも心強いなんて。
「……ニカ、聞いてくれ。ガーデンが危険なんだ。ミサイルが飛んでくるかもしれない」
「ミサイル……?」
「魔女がガーデンを狙ってる。説明してる暇はないんだ。ウソみてえな話だけど、信じてくれ」
ただでさえこの状況だというのに、ミサイルなどという突拍子もない単語まで飛び出してきた。疑問は山ほどあるが、どうやらそれを解決する時間はないらしい。
訳の分からないことに巻き込まれなければならないこと、そしてそんな状況において無力な自分に憤りすら覚える。本当は、弱音だって吐きたい。でも、それが何の解決にもならないということも理解している。今は素直に情報を呑み込むのが先決だと、必死で頷いた。窮地に駆けつけてくれた、目の前の少年に報いるためにも。
「オレ達は学園長の所に行く。ニカはみんなに避難するよう伝えてくれ」
「わ、分かった」
大丈夫、立てる? 囁いて、未だ座り込んでいる少年に手を差し伸べる。彼は思いの外しっかりとした足取りで立ち上がった。この調子なら避難にも差し支えなさそうだ。小さく暖かい手を、離すまいと握りしめる。
「ゼル……必ず、無事でいて」
「ああ。ニカも……必ず」
短い言葉を交わし、迷うことなくそれぞれの目指す方向に駆け出した。
余計な考えは思考の外へと追いやって、今はただ前へと進む。ほんの一瞬の再会が、強く背を押す力となっていた。