Children in Time
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これ以上ないほど磨き上げられた、鏡面のようなフロア。その硬質な輝きが、この場所の雰囲気をいっそう厳粛なものにしているようだった。
静かすぎる空間に、スニーカーの摩擦音が思いのほか大きく響く。図書室のような、和やかな静けさではない。もっと抑制された、のし掛かってくるような空気の圧力。
(居心地、悪りぃんだよな……)
ここガルバディア・ガーデンは、バラムの本校とは似ても似つかぬ雰囲気だ。
傭兵養成校としてはこれが正しい姿なのかもしれないが、アットホームな雰囲気に慣れていると、どうしても息苦しさを感じてしまう。
次の行動の指示が出るまでは各自待機、という指示が出た。
キスティスは学園長への挨拶や会議のために忙しなく動き回っているようだ。あの調子だとしばらく時間が掛かりそうだが、こんな場所で暇など潰せそうにない。大人しく待てるはずもなく、ゼルはふらふらと校内をうろついていた。
落ち着きがないのは元々だが、今は落ち着いてなどいられない、という方が正しいかもしれない。
ティンバーでの任務中、よりによってガルバディア大統領の前でガーデンの出自であることを明かしてしまった。今まで直情的に発言してしまうことは何度もあったが、こんなにも自分の軽率さを悔やんだのは初めてだ。
『それから、バラム・ガーデンは無事』
キスティスからそう告げられたときは、安堵のあまり腰が抜けそうだった。
大統領の襲撃に関して、ガルバディアはサイファーの単独行動と判断を下したらしい。よって、バラム・ガーデンがその責任を問われることはないのだという。
(サイファー……本当に処刑されちまったのか?)
高圧的で、自己中心的で。顔を合わせれば人を馬鹿にしたような台詞ばかり吐く。そんなサイファーだが、ゼルは彼を根っからの悪人だと思ったことはない。それに、どんなに嫌な奴だったとしても、同じ場所で育った仲間だ。
懲罰室を抜け出し大統領を拘束。その結果処罰を受けたとしても、それはサイファーの自業自得だ。けれどゼルの失言が彼から唯一の拠り所であるガーデンを奪ったのもまた事実。
自分はつまり、仲間だと思っているような人物を危険に陥れるような人間なのだ。結果的に無事だったガーデンも、今後どうなるか分からない。下手をすると、軍事と無関係の友人や両親たちでさえも。
考えても仕方ないと分かってはいるが、やり場のない焦燥感に思わず舌打ちする。
あてもなく歩いていたのだが、どうやら随分と端の方まで来てしまったらしい。人気のない廊下の突き当たりに、重厚な鉄の扉が見える。行き止まりだ。
まるで手術室のような扉の真上に、文字の書かれたプレートが掲げられている。
(射撃訓練場……?)
近付いてよく見ると、扉はIDカードで開く仕組みのようだった。当然ながら外部の人間であるゼルがそんな物を持っているはずもなく、踵を返そうとしたその時だった。
「おっ、訓練か? 熱心だな」
振り返ると、壮年の男性が歩いてくる所だった。胸元には教官であることを示すタグが光っている。
日に焼けた茶髪を短く揃えたその男は、30代も半ばを過ぎた辺りだろうか。若く見えるだけで、実際はもう少し上なのかもしれない。
「ん……見かけない顔だな。鍛え方からしてスピードタイプの格闘家ってとこか。あれか? バラム・ガーデンから派遣されたっていう?」
「あっ、ハイ! SeeDのゼル・ディンと申します!」
慌てて敬礼を返すゼルに彼は目を細め、親指で扉を指し示した。
「せっかくだし、ちょっくら撃ってくか?」
「あ、でもオレ……招集掛かるまで待機中でっ」
「それなら心配ないと思うぜ。金髪のSeeDの子を見掛けたけど、会議はさっき始まったばっかみたいだから」
飄々としているようで、意外と強引な教官である。言いながらゼルの横を通り過ぎ、自らのIDカードでセキュリティロックを解除する。扉は、思っていたよりもずっと静かに開いた。
促されるまま、受付で演習用の銃と備品を借りる。二重に施された防弾扉を開け進み、専用のイヤーマフとゴーグルを装着してブースに立った。
手元のパネルを操作すると、標的が次々と出現する仕組みらしい。悔しいが、バラム・ガーデンのものよりハイテクだ。適当な難易度を選び、息を整えて銃を構えた。ひとつ、またひとつと影法師のようなターゲットが現れ始める。
射撃の訓練なんて、一体いつ振りだろうか。今となっては懐かしい引き金の感触をひとつひとつ確かめるようにして、的を撃ち抜いてゆく。
───銃を撃つ時、ニカはいつも、どんな気持ちなのだろうか。ふと、そんな事を思う。
撤退途中のガルバディア兵と出くわし、そこそこの修羅場を味わったのだと、試験後ニルスから聞いた。体調を崩していたニカが、それでも冷静に敵兵を倒していたのだということも。
最後に話をしたあの日の、不安そうに俯くニカの表情がふと脳裏に蘇る。
あんな顔、初めてだった。ゼルの見る彼女は、いつもしゃんと背筋を伸ばし、柔らかな笑みをたたえて前を向いていたから。
ターゲットの現れる速度が徐々に上がり、登場するポジションも狙い難い所へと変化したようだ。
銃を握る手にも焦りが滲み始める。放った弾は中心を大きく逸れ、肩のあたりに当たった。それだけでは致命傷と判断されなかったようで、ターゲットは倒れない。
もう一度狙いを澄まし、やっと片付けたと思った時には、新たな影が二つ、三つと現れていた。
冷静になろうとすればするほど、照準は狂っていく。黒いシルエットが、そんなゼルを嘲笑うかのように現れては消える。
やがて、ターゲットの中心がピカッと光った。それを認識した瞬間、モニターいっぱいに「Mission failed」の赤い文字が点滅する。
大きく息を吐き後ろを振り向くと、強化ガラスの向こう、例の教官が微笑みながら手招きしているのが見えた。
「……すみません、ヘタクソで」
ブースから出てきたゼルに対し、教官は肩を叩いて労った。
「いや、悪くない弾筋だったぜ」
「そんなこと、ないです。実戦だったら死んじまってますし」
「はっはっは! ま、ただの訓練だ。気にすんな」
笑いながら、傍らのベンチを親指で指し示す。どうやら座れという事らしい。そこで待ってろと目だけで合図すると、自分は訓練場の外へと消えて行った。
ほどなくして戻ってきた教官の手には二本の缶ジュースが握られており、その内の一本をほい、と投げて寄越す。
「おわ……っと!」
「お、ナイスキャーッチ」
慌ててそれを受け取ったゼルに白い歯を見せると、自らも隣に腰掛ける。
「適当に買ってきちまったけど、好き嫌いとかなかったか?」
「はいっ、大丈夫です。ありがとうございます」
そっか、と呟いて教官はプルタブを引き、飲み物を一気に流し込む。ゼルもそれに倣って缶を開け、ゆっくりと口を付けた。
「なんか、悩み事でもあんのか?」
ぷはぁ、とまるでビールのCMのような息を吐いた教官が次の瞬間にはそんな事を聞いてきたので、ゼルは思わずきょとんとしてしまう。
「え?」
「確かに腕は悪くない。真っ直ぐな、正直者の弾って感じだな。でも、だからこそウソはつけないっつーか……『あ、気が散ったな』って瞬間、見ててすぐ分かった」
「ぅえっ!?」
確かに気が散っていたのは本当なのだが、端から見てバレバレだったという事実にゼルは顔を赤らめる。
それでも話してみようと思えたのは、からかうような口調に反して、その眼差しが妙に優しく見えたからなのかもしれない。
「……ガーデンに残してきた奴のこと考えてたら、なんか心配になって。オレなんかよりずっとしっかりしてるから、大丈夫だとは思うんですけど」
「恋人?」
「あっ!? いや、そんなんじゃ! えっと……そいつも銃を使うんですけど、それがまた凄くって。初めて一緒に戦った時から、『あ、他の奴とは違う!』って。ただ強い奴なら、他にいくらでもいると思います。でも、それだけじゃなくて……なんつーか、オレに足りないところをぴったりと補ってくれるような、そんな感じです」
「なるほど、相棒ってやつか?」
「……向こうがどう思ってるか分かりません。でも、少なくともオレはそうなれたらと、思ってます」
「そっか。何にせよ、欠点を補い合える人物は貴重だぜ。大事にしないとな」
ゼルは頷いた。言われずとも、そうしたいと願っている。でも、だからこそ自分の失敗が情けないし、悔しいのだ。
「すぐに熱くなるオレとは反対に、いつも冷静で、穏やかに笑ってて。だけど、最後に見たあいつは……戦う事に迷いがあるみたいでした。元気出して欲しくて調子良い事言ったはいいけど、その矢先に任務でデカい失敗しちまって……本当、どうしようもない、ですよね」
「んなこたーない。デカい失敗なんて、俺も軍にいた頃散々やらかしたぞ。敵さんにとっ捕まって拷問受けたり、俺のせいで居場所がバレて仲間が死にかけたり……それがきっかけでクビが飛びそうになったっけなあ」
「マジすか!」
「マジマジ。でも死ななかった。だから結果オーライかな」
結果的に生きているのだから良いのだと、教官は何でもない事のように語る。あっけらかんとした態度の裏に、今まで築き上げてきたものへの自信が見えるような気がした。
「起こっちまったことは仕方ない。でもな、調子良いこと言ったはいいけど失敗した、それで終わりか? 今後のお前の行動次第で、その『調子良いこと』を現実に出来る可能性だってあるんだぜ?」
「……そんなに、上手くいくもんなんでしょうか」
「じゃあ何もせずにいるか? 失敗しない奴は成功もしないって良く言うだろ? 失敗を恐れて足踏みしてたって、状況はこれっぽっちも良くならないぜ」
その言葉にゼルははっとする。後悔ばかりにとらわれて、先々のことまで考えが至らなかった自分に気付く。
行動しない、という選択肢は元よりなかった。長年憧れてきたSeeDの任務、どんな困難であっても全うしたい。
しかし今のゼルは、まさに足踏み状態だ。
いつか一歩、踏み出さなければならない。ならば、今。
「心配も山ほどあるだらうけど、さ。今は頭の片隅に追いやって、自分に出来ることからやってくしかないんじゃないか? その相棒だって、簡単に折れやしないさ。信じてるんだろ?」
ゼルは、はい、と小さく、けれどしっかりと頷いた。
「……なんか、すいませんでした。他校の先生に愚痴っちゃって」
いくら教官だからと言って、見ず知らずの生徒の相談に乗る義理はないはずだ。申し訳なさそうに眉を下げるゼルに、気にすることはないのだと首を振る。
「俺こそ、余計な世話焼いて悪かったな。若い奴見るとつい、な」
「ちょっと、意外です。このガーデンに先生みたいな人がいるなんて」
「お堅いガルバディア・ガーデンに、俺みたいなちゃらんぽらんは不似合いか?」
「あ、いえ……悪い意味じゃないっすよ!」
慌てて付け足すゼルに教官は肩を揺らしたが、ふと笑みを潜め、遠くを見るような目で語る。
「……このガーデンは、俺にはちぃと狭すぎるんだな。息が詰まっちまいそうだ」
「? うちのガーデンより、むしろ広いと思いますけど……」
あっはは、と体をくの字に曲げて教官は笑う。いまいち理解出来ていないゼルが首を傾げたその時、館内放送を報せるチャイムが鳴り響いた。
『───バラムガーデンから来たSeeD部隊はゲート前に集合してください。繰り返します。バラムガーデンから来たSeeD部隊は……』
「あ! オレ、もう行かないと! 本当にありがとうございました。なんだかすっきりしました」
中身を一気に飲み干して空にした缶をゴミ箱に放り込み、勢い良く立ち上がる。
「おう。そいじゃな、ゼル・ディン。……負けるなよ」
同じく立ち上がった教官に向き直ると感謝の意を込めて敬礼し、ゼルは厚い扉の外へと駆け出した。
正門へと続くロビーの端、見慣れた黒づくめの後ろ姿を見つけた。
「スコール!」
振り返った彼は相変わらずの無表情だったが、『ゼルか』と呟いたのがかろうじて唇の動きから読み取れた。
「……大丈夫か?」
「へ? ああ、うん! ゴメンな、心配かけちまって」
無愛想な彼のまるで気遣うような台詞に、一瞬ぽかんとしてしまう。
そんなスコールもサイファー処刑のニュースを聞いた際、過去形にされるのはごめんだと珍しく声を荒らげて部屋を飛び出したのを思い出す。ゼルとしてはそちらの方が心配な気もしたが、この様子だと落ち着いたのだろう。
「うじうじ悩んでたって仕方ないもんな。それよりも今、自分のやるべき事に集中するぜ」
「そうか」
短く応えたスコールの口元が、微笑み……にはほど遠くとも、ほんの少し和らいで見えたのは気のせいか。それを確認するまでもなく、彼はくるりと背を向けてしまう。
「なら行くぞ、ゼル」
「おう!」
正門に向かって走りだすスコールに頷き返し、ゼルもまた彼の背を追った。