Children in Time
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山間部への道のりは、今のところ戦闘らしい戦闘もなく順調に進めていた。それでも疲弊した兵士たちに手を貸しながら歩くのは思ったより骨が折れる仕事で、ニカは僅かに上がった息を深呼吸で宥める。
この辺りは特に足場が悪いため、慎重な足運びが必要だ。黒く煤けた瓦礫や割れたガラス片、そして───所々に横たわる息絶えた兵士たちの姿が、周辺で激しい戦闘があったことを物語っていた。
とあるガルバティア兵の遺体の側を通ろうとした時、きらりと鈍く光るものがあるのに気付いた。数時間前までは得物を握り振るっていたであろう手の中で、何かがひっそりと輝いている。
少しだけ歩を緩めて目を凝らし、やっとその正体が分かった。細身のチェーンに繋がれた、シンプルな銀のロケットペンダント。蓋は開いており、中には若い女性と子供の写真が入っている。遠目にはよく見えないが、どちらも幸せそうに微笑んでいるようだった。
故郷の家族の顔を、最期に一目見ようと思ったのだろう。開かれたままの両の目は、今はただ虚空に注がれるばかりだ。
「ニカ、そいつは敵の死体だぞ」
ニカの視線の先に気づいてか、ニルスが声を掛ける。
「うん、そうだね……」
敵。その言葉に、振り切るように前を向く。敵に情けは無用だ、モンスターと同じと思え───そう教わってきた。
彼らを無残な姿に変えるのは、間違いなくニカたちの仕事だ。だから、知りたくなかった。彼らもただの人間なのだということに、気付きたくなんてなかった。
山間部のベースキャンプに着く頃には、日も傾き始めていた。第七小隊の面々は離れ離れとなった仲間と無事合流を果たし、肩を抱き合って互いの無事を喜ぶ。
その様子を目にして、強張っていたニカたちの表情も、心なしか和らいだ。
「……みんな、お疲れ。なんとかなったな」
声に僅かな疲労を滲ませながらも、ニルスが班員をねぎらう。
「そうだね。試験が終わるまで、まだ気は抜けないけどね」
そう言いつつ、ニカもどこかほっとしていた。今この瞬間もせっせと怪我人の手当てをして回る衛生兵の手伝いが残ってはいるが、山場は越えたと言っていいだろう。
「さて、もう一仕事しなくちゃ……っ、」
歩き出そうとした瞬間、僅かな目眩に襲われる。バランスを崩しそうになりながらも寸でのところで踏みとどまるが、ニルスに怪訝な顔を向けられてしまった。
「おい、ニカ?」
「あ、うん。少しよろけちゃって……さすがに、ちょっと堪えるね」
未だ残る頭のぐらつきをどうにかやり過ごし、大したことはないのだと微笑んでみせる。
大丈夫、薬はまだ効いているはずだ。こんなところで立ち止まる訳にはいかない。
「本当に大丈夫か? 具合が悪いなら、遠慮なく言ってくれよ」
「ありがとう。無理はしないようにするね。オットーも、あと少し頑張ろう」
「ああ……そうだな」
オットーに目を向けると、僅かだがやっと口元を綻ばせた。依然顔色は冴えないが、そんな状態でも、やるべきことはしっかりと果たしてくれている。
「じゃあ……そろそろ行こうか」
休憩ついでの短い会話を終わらせ、キャンプの奥へ足を進めようとする。しかし、すぐさま立ち止まることとなった。何者かが近付いて来る気配を感じたのだ。
振り向くと、黒髪の少年が山道を駆け上って来るところだった。ガーデンの制服に身を包んでいる。彼は息を弾ませながらもよく通る声で、伝令です、と告げた。
「E班ですね。班長は?」
「俺です」
ニルスが片手を挙げて応えると、彼は小さく頷いて伝令の内容を伝えた。撤退の命令だった。19:00までにルプタン・ビーチへ。まだ時間はあるが、のんびりしていられるほどの余裕はない。ニカたちはドール兵に短い挨拶を済ませ、先ほど来た道を駆け足で引き返し始めた。
「どうする……?」
三人は十字路の角に身を隠し、通りの様子を伺っていた。市街地に近付くにつれ、僅かだが往路よりも敵の数が増えていることに気付いたのだ。
ぐるりと周囲を見渡すと、山の向こうの方に小さな人影を見つけた。ガルバディア兵のようだ。それも一人や二人といった数ではない。彼らの後方を視線で追い、行き着いた先にあった建物に、ニカは眉を顰めた。
(電波塔……?)
山頂に佇むのは、塔の形をした鉄の塊だ。世界規模の電波障害が17年前に始まり、以来電波による放送は行われていない。ガ軍の目的があんな時代錯誤の代物だとは考え難いが、彼らは間違いなくあの電波塔方面から降りてこようとしている。
「班長、ちょっと……」
「どうした?」
「電波塔の方から、敵が降りてくるのが見えたの。このままだと、どこかで鉢合わせるかもしれない。面倒だけど、迂回した方が良いんじゃないかと思って……」
この先は細かい路地が多く、その中のいくつかは袋小路になっている。退路を絶たれたら……そんな不安が胸をよぎり、進路の変更を提案する。
「しかし、このエリアを避けるとなると、大幅な時間のロスになるぞ。間に合わなかったらそれこそ……」
「無駄な戦闘を避けることも、撤退への近道だと思うんだ」
言いながら、オットーにちらりと目を向ける。彼は試験開始からほとんど一言も発していない。もともと口数の多いほうではないが、それにしても様子がおかしい。相変わらず顔色も悪く、普段の実力の半分も出せていないように思う。何よりニカ自身も消耗していることは間違いないため、出来るだけ無理は避けたかった。
「オットー、お前はどう思う?」
「俺は……」
オットーは俯いて、握り締めた槍の穂先を見つめている。
「……俺は……何でも良い。早く終わらせたい……」
相当精神的に参っているのか、とにかく試験を終えたくて仕方がないようだ。ニルスはやれやれ、といった具合に小さい溜息を零した。
「……撤退の命令は最優先。それに、敵は先行するSeeDがほとんど片付けておいてくれてるはずだ。やっぱり、当初の予定通りのルートを行こう」
「了解」
班長の決断を、ニカはすんなりと受け入れる。それでもやはり心配は拭い切れず、僅かに控え目な声色で言い添える。
「だけど、お願い……何があっても、必ず射程内で動いて」
「分かった、約束する」
今一度装備を再確認し、三人で目を見合わせ、頷き合う。ニルスを先頭にオットー、そしてニカが続いた。
ほどなくして行く手に現れた二人の兵士を、ニルスが先手必勝とばかりに切り伏せた。
戦闘音を聞きつけて、死角となっていた脇道から加えて数人が駆けつけてくる。その体が曲がり角から見えるのとほぼ同時に、ニカが引き金を引く。
「行くぞ!」
彼らの体がくずおれるのを見届けるより早く、その横を駆け抜ける。先行していたニルスが脇道に目を向け、はっと焦りの表情を浮かべる。
「クソッ、やっぱりいやがったか……!」
その理由はニカにもすぐに分かった。おそらく撤退途中だろうか、たくさんの敵兵たちがすぐ近くまで迫っていたのだ。
「ガーデンの奴らだ! 逃がすな!」
「逃げるが勝ち、と言いたいところだが……」
この敵の数だ。背を向けたが最後、幾多もの銃弾や刃の餌食と化すのは想像に難くない。
「おい……無理だろ、これ! 監督の教官を呼んだほうが……!」
これまで頑なに口を閉ざしていたオットーが悲鳴じみた声をあげる。
「やるっきゃないだろ! 腹括れ!」
辺りはたちまち修羅場と化した。
斬り付け、撃ち抜き、回避する。突き刺し、受け止め、火を放つ。全てを飲み込まんとする大きな流れに抗うように、必死で戦った。一人でも多くを、その手に掛けるために。
少々動き過ぎたのか、足元がふらつき始めた。頭がぼうっとして、上手く物事が考えられない。
しかし朦朧としながらも、体は自ずと訓練された通りに動き続ける。G.F.の恩恵を今までにないほど実感していた。どんな状態だろうと、一般の兵士に容易く負けるはずがない。
行く手に再び数人の敵兵が躍り出る。剣が彼らのアーマーの継ぎ目を断ち、銃弾がその肉を貫く。
目の前に閃光が走った。オットーがG.F.を喚んだのだ。巨大な体躯がばさりと羽ばたくと、残存していた兵に容赦なく雷撃が降り注ぐ。
残すはあと一人だ。ニルスが剣を振り上げた、その時。
「が……ガーデンの犬畜生め! 金次第で、だ、誰にでもシッポ振りやがって!」
追い詰められた兵士が叫ぶ。思わずニルスは動きを止めた。あどけなさの残る声。バイザーに隠れて表情までは伺えないが、歳の頃はニカたちとあまり変わらないのかもしれない。
「お前らに……っ、お前らに故郷はあるのか!? 守りたいものは……!!」
語気は強いが、言葉の端に隠しきれない震えが滲む。真に受けてはいけないと分かっている。それでも、できなかった。これは敵ではなく、戦場に駆り出されたひとりの少年の言葉だ。国のために命をかけた少年が、いたずらに戦いに身を
置くニカを糾弾している───そう思わずにはいられなかった。
ニルスも少なからず動揺しているようで、武器を構えたまま、絞り出すような声で告げる。
「黙れ! 今すぐ武器を捨てて退散すれば……見逃してやる」
その言葉に兵士は逡巡し、結果手に持った剣を投げ捨てようとした──瞬間。
「うあぁぁあッーー!!」
「ニルス!」
突如咆哮しニルスに襲いかかろうとした兵士を、咄嗟にニカが撃ち抜く。やらなければやられる───幼少より心身に擦り込まれたその理論だけが、引き金を引く力となっていた。
銃弾を受けて地面に転がる姿に目もくれず、地面を強く蹴り出す。走って、走って。次第に、海岸とそこで待つ艦船の姿が見えてきた。
頭がぐらぐらする。足の感覚もふわふわと曖昧で、まるで夢の中を走っているようだった。
「もう少しだ、頑張れ!」
聞こえる声は、腕を引く手は、誰のものか。混濁した意識下では、何も認識することができない。今日は結局、何人撃ったのだろう。何を成し遂げるために、ここに来たのだろう。
(頑張るって……約束したのにな)
意識を手放す瞬間、青い光の中で振り向く、あの人の笑顔を見た気がした。