Children in Time
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軽い前屈や屈伸運動を済ませ、しゃっきりと背筋を伸ばす。天気は快晴、走るにはちょうどいいコンディションだ。
幼い頃バラムガーデンに入学して以来、悪天候の日でなければ、毎朝こうしてガーデンの敷地内をジョギングするのがニカの習慣だった。
もともとあまり体の強い子供ではなかったニカにとって、初めこそ体力的に辛いものがあったが、今では早朝特有の澄んだ空気が心地良いとすら感じる。日々の厳しい訓練についていくことができているのも、こういった日々の積み重ねがあってのことだろう。
朝の風景は様々だ。
早く起き過ぎてしまったのか、早朝の散歩を楽しむ生徒。厳しいと評判の教師は人知れず花壇に水を与えている。
中にはニカと同じように、自主訓練を日課としている者もいた。彼らを見ると励まされるような気持ちになる。同じように頑張っている人がいる。そう思うと、不思議と足も軽くなるのだった。
いつもと同じように授業を終えたニカは、久々にカメラを持ち出してガーデン内を歩いていた。今日の午後は予め定めておいたオフの日だ。日ごろなかなか友人との時間が取れないので今日こそはその穴埋めに……と思ったのだが、そんな時に限って彼女らは補講があるらしい。
このカメラは写真屋だった祖父から譲り受けたものだ。随分古いが状態は良く、日々のメンテナンスの甲斐もあってまだまだ現役を誇っている。最近ものと比べると機能性ははるかに乏しいが、優しい風合いの仕上がりはヴィンテージならではと言えるだろう。
撮影が得意という訳でもないし、撮るものも特に決まってはいない。それでも、ニカは写真を撮るという過ごし方を少なからず気に入っていた。
近くの低木に一羽の鳥が止まった。バラムを中心に生息するその鳥は、鳴き声はお世辞にも可愛らしいとは言えないが、美しいブルーの風切り羽をもつ。息を殺してわずかに間合いを詰め、ファインダーを覗く。
前に、誰かが『運転中は余計なことを考えなくて済むんだよ』なんて言っていたけれど、そういう時間は誰にでも必要だと思う。
ニカにとっては今がまさにその時なのかもしれない。対象物に狙いを定めシャッターを押すという行為は、引金を引く瞬間にとてもよく似ている。違うのは、殺生よりはずっと穏やかな気持ちでいられるということだ。
「あっちだ! 絶対に逃がすな!」
「スピード違反者を捕まえるもんよ!」
どこかで元気のいい声が聞こえる。おそらく風紀委員だろう。ああしてよく廊下を走る生徒を取り締まるのだが、追いかける彼らもまたスピード違反ということにはならないのだろうか?
まあいいか、とレンズを絞る。周りの音が遠ざかってゆく。標的もそんなことはお構いなしとばかりにリラックスした様子で、自慢の羽をつくろい始めた。チャンスだ――─シャッターにかけた指に力を込める。その時だった。
「うお!? やべっ……!」
「えっ?」
間近に聞こえた悲鳴に振り向いた瞬間、背部に衝撃が走る。
「――─っ、痛ったあ……」
そのまま訳もわからず吹っ飛ばされ、数秒遅れて鈍い痛みがじわじわと広がる。
背後からの奇襲に備えていなかった。これは致命的なミスだ。負傷箇所は……などと冷静に考えている場合ではない。顔をしかめながら周辺を見回すと、金髪の少年が同じように膝をついていた。
「あ、あの……」
「っ……悪りぃ! 大丈夫か!? ケガとかしてねぇか!?」
はっとして顔を上げた少年が慌てて駆け寄る。ニカはその気迫に圧倒され、ただこくこくと頷いた。咄嗟に受け身を取ることが出来たので実際大した怪我はない。
「そ、そうか、よかった……」
少年はほっとしたように息をつく。大胆に立ち上げた前髪と頬のタトゥーが目を引く。
「いたぞ! チキン野郎を捕らえろ!」
どうやら───少しも意外ではなかったのだが、風紀委員が追っていたのは彼だったようだ。再びロックオンされた少年は勢いよく立ち上がり、その場で足踏みした。
「うげ! あいつらマジでしつこいぜ……本当ゴメンな! オレ、急いでて!」
また後でな! 言うなり突風のように走り去っていく彼を、ニカはぽかんとした顔で見つめた。
なんだったんだろう、あれは。
そしてその視線の先に、何か黒っぽい塊が落ちているのを見つけた。
「あ……っ!?」
嫌な予感。体の痛みも気にせずに、すかさず駆け寄る。
それは紛れもなく、カメラの残骸だった。
壊れた塊を回収しながら彼のことを考えた。
───ゼル・ディン。
彼のことは知っている。格闘クラスの候補生で、いつも風紀委員にマークされている暴れん坊だということ。それから───毎朝ニカと同じようにトレーニングをしている生徒のひとりであること。
本当に、嵐のような少年だった。しばらくは二次災害に悩まされそうだ。