■Fiori e Vino. (リゾット)
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「そんなデカい図体しといて、何が「謝り方が分からない」だ、この唐変木!!」
まぁ、そのような言葉をごまんと…同僚達から浴びせられたワケで。
Fiori e Vino.
それは撒かれた種だった
youからの手紙を受け取って以降、リゾットは極力自宅へ帰るように努めていた。
態々あのような丁寧な手紙を認(したた)めてくれたことに対して、礼を言わないというのは人としてどうかとも思うし、
何より女性にそこまでさせておいて、男である自分が尻込みするなどあってはならないことだと改めて気付かされたため。
更に言うなれば、同僚達にそのような事があったと相談したところ、それはもう物凄い剣幕で全員から「毎日家に帰れ!!そしてその女に礼を言え!!何より、イタリア男の印象を悪くするな!!」と叱咤されたからでもあった。
今日で連続帰宅の日数は5日目だが、未だに彼女と鉢合わせる機会は巡って来ていない。
帰宅してすぐ、自炊をするかを暫しキッチンで悩んだが、何だか作るのが面倒になったのと、美味いワインが飲みたくなって、エノテカ(※)で食事をすることにした。
(※地元のワインを中心に扱う店、ワインを主体にしたレストランなどを指す)
軽く出掛ける身支度を整えて玄関から外へ出たところ、下の階からコツコツと階段を上がってくる音が聞こえる…。
もしやと思い、家の鍵を掛けて上がってくる人物を待っていると、リゾットの期待通りの人物が姿を現した。
階段を上り終え、廊下に足を踏み入れた瞬間、彼女もリゾットの姿に気付き「あ!」と声を上げて反応する。
「お隣さん!」
「あぁ、えっと……!」
会いたいと思っていた人物に会えたことは有り難いが、矢張り、何と話し掛ければ良いか一瞬躊躇してしまい、言葉を噤んでしまうリゾット…。
ついでに言うと、手紙で知った彼女の名を思わず呼んでしまいそうになったのを堪えた…というのもある。
そんな彼の心中を知らないyouは、至極嬉しそうな表情でリゾットの前へと歩み寄った。
「こんばんわ、ちょっとぶりですね!」
「ああ、こんばんは……。」
「その節は何といいますか……すみませんでした、ロクにきちんとした挨拶もできず…。」
「こちらこそ、挨拶も丁寧だと思ったし、菓子も有り難かった。」
「そ、そうですか……よかった。」
「何より、その……手紙、を……書いてくれただろう?」
「あ、読んでいただけたんですね!………すみません、どうしても、お詫びしておきたかったもので…。」
初めて会った日に挨拶を完遂できなかったことや、泣き顔を見せてしまって申し訳なかったことを書き連ねた内容を思い返したらしく、謝罪したかったという感じを前面に押し出した表情を浮かべるyou。
一方のリゾットはというと、その謝罪の気持ちは受け取った手紙で十二分に伝わっているのだと彼女に言うため、ここ連日家に帰宅していたのだ。
この機を逃せば、また同僚達からどんな罵詈雑言が飛んでくるか……そう考えるだけでも頭が痛い。
そういうわけで、リゾットは己が言葉で出来る限りの気持ちを伝えることにした。
「とても丁寧で優しい手紙だった。ありがとう。」
「そ、そうですか……イタリア語まだ上手じゃなくて…出来る限り丁寧には書いたつもりでしたが…安心しました。」
「文法のことではない……気持ちが、という意味だ。」
「えっ…。」
「泣いてしまったということも、気に病む必要はないと思う……寧ろオレが泣かせてしまったようなものだ。」
「いいえ、そんなことは!!」
「社交辞令かもしれないが、こちらの体調を気遣ってくれたのも有り難かったな……ここ最近ずっと仕事が忙しいかったから。」
「ええっ、そ、そうなんですね……大丈夫ですか…?」
身長がかなり高い部類に入るリゾットは、同じ男性からであっても見上げられることが多いのだが、
今回は特に、相手が女性で、しかも日本人ということもあり、ほぼほぼ真下から見上げられる状態である。
リゾットはその反対に真下を見下ろす感じになるのだが、眼下の彼女は恐らく心の底から心配してくれているのだろう…。顔色は大丈夫かと、不安気に眉根を寄せていた。
「ああ、ここ数日はなんとか持ち直している。」
「本当ですか……それならいいんですけど…。」
「気遣いありがとう……キミは…優しいんだな。」
「い、いえ!お疲れの方を労わるのは至極当然のことかと…。」
「だからオレはそういったところが優しいと言ったんだ、謙遜せずにいてくれ。手紙だってそうだ、普通はわざわざ書いたりしない。」
「あ、う……すみません……気持ち悪いですよね、一度挨拶しただけの他人からもらう手紙なんて…。」
リゾットがたった今「謙遜するな」と言ったばかりであるのに、ネガティブに考えるのは日本人の性なのか…。
youはよくよく考えると、自分が謝罪したいがために…所謂、自己満足のために送ってしまった部分も大きいと感じたようで、初対面の人間から送られる手紙など、たとえ詫びの内容であっても気味が悪いのではないか…とサアッと顔を青くする…。
「キミは……オレの話をちゃんと聞いていたのか…?誰も気持ちが悪いなんてことは言っていない、寧ろ…。」
「うう…。」
「正直なところ……多分、あんなに素敵な手紙をもらったのは生まれて初めてだ……。」
「!!!」
「キミの手紙を読んだ時、とても嬉しく思った……本当にありがとう。」
「っ……うれしい……です。」
刹那、トスっと……何か不思議なものが自分の中に落ちてきたような、胸の中に何かが現れたような感覚があった。
眼下で泣き出しそうなくらい困った顔をして、しかし嬉しそうに笑う女の顔がとても印象的だったからだろうか…。
落ちてきた、あるいは胸に現れたモノ……それが何なのかよく分からず、リゾットは数秒間頭の上に疑問符を浮かべて押し黙る。
次に放つ言葉がなかなか出てこず、固まったままでいるリゾットに、彼の心情を知り得ないyouはおずおずと小さく問いかけた。
「あの……お隣さん……その、もしよかったらですが…。」
「あ、な……何だ?」
ほんのり頬を赤らめて、恐らくは先程の感激の余韻だろう…。
潤んだ瞳で見上げられ、思わず、らしくない程に上擦った声を上げるリゾット。
これは、食事か何かの誘いに違いないだろうと、思わずコクリと喉が鳴ってしまう。
別に女から諸々のお誘いがあるなんてことは今までの経験上、数えきれない程経験してきたが、何故彼女に対してはこんなにも動揺してしまうのか…全くもって分からなかった。
が、しかし。
「自己紹介させてください…!」
「・・・。」
「また、忘れてしまうところでした、わたし……前も自己紹介し損ねたのに。」
「・・・。」
「あの、わたし…イタリアに来て1年で、この近くで仕事をしているyouと申します………もしよかったら、お隣さんのことも教えていただけませんか?」
「……リゾット・ネエロだ。」
「リゾットさん………失礼ですが美味しそうなお名前ですね。」
「よく言われる。」
「でも素敵、絶対忘れないですもん。」
「・・・。」
彼女が他の女と違うところがまた1つ増えた、とリゾットは思う。
自分の名を告げた時に大体の者は老若男女問わず、そのほとんどが「変わった名前」だとか「偽名じゃあないのか」とか、彼女の言った通り「美味しそうな名前」というものであった。
真名であれ、偽名であれ、結局本人が「リゾット・ネエロ」だといえば、それまでのことで、それ以上追及することもなく、誰もがそう呼ぶことに対して何も思うことなど無い……はずなのに。
彼女はその名に対して、うんうんと頷いて温かい感想を述べた。
それは彼女にとって独り言のようなものだったのだろうが、リゾットにはまるで、子どもが作った小さな花束を渡されたように愛おしい気持ちだった。
食事の誘いでなかったことは多少残念に思ったものの、これはこれで本当に嬉しい、と。
挨拶にきてくれたこと
菓子折りを渡してくれたこと
温かな手紙を書いてくれたこと
身体を心配してくれたこと
名前を素敵だと言ってくれたこと
それら全てが、あまりに自分の周囲を取り巻く環境とかけ離れており、自分が冷たく陰った場所で生きる影のような存在だとすれば、彼女はまるで陽だまりで育つ花のような存在だと感じた。
手を伸ばしても届かない……否、手を伸ばしてはいけない存在だとも。
そう、聡しい彼は瞬時に頭で理解したのだが、人間という生き物は不可思議なもので、
そういった明確な結論で表現し、体現するよう努めようとしても、実際には哲学的な行動で動かされるのだろう…。
「you………ワインは好きだろうか?」
手を伸ばしてはいけない存在だが、手を伸ばして手に入れたい。
気付けば、実際にはリゾットの行動は、思考のその先である二律背反を体現してしまっていた。
それは撒かれた種だった
words from:yu-a
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