step3_(日常編:アカギ)
name setting
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「クッソ……ッこんな………やられた…。」
相当に悔し気な声色でそう呟いて
赤木しげるは深い眠りの中に堕ちていった…。
アカギさんとわたし22
いつものように仕事帰りに雀荘へ向かおうかと思っていたアカギ。
何の因果か、適当に入った店が珍しく満席だっため、彼は潔く麻雀を打つことを諦めたのだが、
折角この界隈まで来たのだし、何処かで一杯だけ飲んで帰るか…と、裏路地あたりにある小さなバーに一人で入店した。
「ブランデー・アメリカンで。」
「かしこまりました。」
慣れた様子で適当に気分で酒を注文し、誰にも話し掛けられないような壁際の席に座る。
まだ夜が始まったばかりというような時間帯だが、そこそこに客はいるようで、
アカギの後に数名客が入店した後くらいに、注文の酒が届けられた。
単身での来店なら、同じ年頃の若者達は大概携帯をいじって色々と情報を確認したり、誰かにメッセージを入れたりして過ごすのかもしれないがが、
アカギは特に何をするでもなく、ぼんやりとその場の風景を眺めて過ごす…。
何度か酒に口を付けて、それがちょうど半分ほどになった時だった…。
バーのレストルームから出てきた一人の女性が、何かに気付いたようにアカギの元へとやってきて、声を掛ける…。
「アカギ、くん…?アカギ君だよね?」
「?」
「その白髪、その顔!やっぱりそうだ!えー!すっごい偶然!最近お店来てくれないね、いつも安岡さんと一緒に来てくれてたのに……最近安岡さん、会社の部下さんしか連れてこないんだもん!会いたかったー!」
目の前の女性の顔に見覚えは無かったが、「お店」や「安岡さん」という単語で、
この辺りの界隈の、夜のお店の女性店員だということは理解できた。
「ね、一緒に飲んでいいかな?」
「悪いけど……一人で飲みたい気分なんで。」
「えー…けち……じゃあまたお店来てくれる?来てくれるなら引き下がるよ。」
「・・・。」
何事も自由にさせてもらえないものか…と、珍しく少し面倒そうな表情を浮かべて言葉を詰まらせたアカギだったが、
別段敵意や嫌悪感を抱く相手でもないため、ふぅっと息を吐いて女性へ向かって軽く笑った。
「…分かった、金が入ったら安岡さんと店に行くよ。」
「本当かな~…絶対怪しい~…口約束して来ないつもりでしょ?」
「クク……どうだろうね。」
「もう!ちゃんと来てよぉ~!」
「気が向いたらね。」
「アカギ君のバカ、私ずっと会いたかったのにー!」
「ハハ……オレなんか店に行っても何も話さないし…一緒にいたってつまんないでしょ。」
「話さなくっても、一緒にいたいの~~!!」
恋は盲目って言うでしょ~?と、クスクス笑いながら、冗談のような、本気のような視線でじっとアカギを見つめる。
そのまま彼女の両手が自分の腕を掴み、絡まれそうになったところで、アカギはそれをやんわりと躱して席を立つ。
「アカギ君?」
「ちょっと失礼。」
そう一言断って、アカギはバーカウンターに行くと、先に代金を支払うと申し出た。
狭い店内なので、女性にもその遣り取りは聞こえており、
アカギがサラリとこの場から…否、自分との邂逅から撤退することを決めたことが分かったため、彼女は不機嫌そうに顔を歪めた。
そして…。
「アカギ君…。」
「悪いけど…今日のところは勘弁してよ。仕事の後だし、一人でゆっくりしたいんだ。」
半分は真実で半分は嘘。
仕事の後なのでゆっくりしたいのは本当で、それを最たる理由として説明するが、
あとの半分は言うなれば、会話する相手がどうかという話。
絡まれる女性なら別に指名したい女がいる…。
どうせなら今からその相手に会いに行った方が余程有意義なので、これから家路に着きますと、そういうことだ。
そうして、席に一度戻ってきたアカギはフッと笑う。
タンブラーグラスに半分残った飲み物をグイっと一気に飲み干すと、
アカギは声を掛けてきた女性に「それじゃ」と一言だけ告げると、バーを後にした…。
さて、いつもならばバーの後はどうするかと悩むところだが、
幸か不幸か…今しがたの邂逅で本日は福本荘への帰巣本能を擽られたため、アカギはそのまま帰路に着くことにする。
「(you……もう飯食い終わっちまったよな…。)」
こういう気持ちになるのであれば、今日は雀荘に振られた時点で家に帰っていれば良かったかと考えてしまう。
そうすれば、彼女と一緒に夕飯をとることも叶ったかもしれない…と。
そんなことを考えながら賑やかな通りを少し歩き始めた時だった…。
「・・・ッ?!」
突如として意識に霞が掛かり、アカギの身体がぐらつく…。
一度大きく踏ん張ったので、その場に倒れることはなかったが、
それからも頭がぐらぐらして平衡感覚がおかしくなっていくのを感じた。
「何だ……急に…。」
突発的に脳や神経に重篤な何かが起こったのだろうか…と、ひやりとした悪寒が全身を襲った。
そんな時…。
「アカギ君ッツ!!!待ってアカギ君!」
「っ…。」
「良かった、まだいた!ねぇ、やっぱり私アカギ君ともっと話したいの、お店に来なくてもいいから、お茶したりお酒飲んだり、したい!」
「・・・く…っ…。」
「アカギ君………え…どうしたの?大丈夫?」
先程バーで別れた女性がアカギを追ってやって来て、心配そうな声でそっとアカギの身体に手を添える…。
「もしかして酔っちゃったの?」
「いや……これは…違う…。」
「じゃあ、救急車呼ぶ…?」
「・・・っ。」
何かに掴まって、ひとまずこの全身のぐらつきを止めたいと、
アカギは覚束ない足取りで近くにあったカーブミラーのポールをがっしりと掴んだ。
その場で蹲ったら恐らくはもう立ち上がれない…そんな確信があった。
「(救急車……病気…?いや、意識はある、でも視界が…いや瞼か……ああ、これは…。)」
- 睡魔だ -
自分に襲い掛かってきた異変が強烈な睡魔だということに気付いたアカギ…。
何故、どうして…と、考えたいことは数多あったが、如何せん意識が飛びそうなのでそうできない自分がいる…。
兎に角このままではまずい、何が何でもタクシーを捕まえて家まで帰らねばと自分を奮い立たせる…。
「アンタ…悪いけど……タクシーを止めてくれるか?」
「タクシー?それで病院に…?」
「いや、家に帰る……。」
「家!?そんなにフラフラなのに…?!」
「眠気が凄いんだ……。」
「眠いの?眠くてフラフラしてるの?」
「ハハ…どうやら…そうみたい。」
「なんだ…じゃあやっぱり酔っちゃっただけなんだね、安心したぁ~!」
そう言うと、彼女はアカギの背中に細腕をするりと這わせ、じっと顔を見つめた。
「それなら、家にわざわざ帰らずに、眠ったら?」
「あ…?」
「この辺、休むとこ沢山あるし、ね?」
「・・・。」
その瞬間、ほぼ八割方の原因がアカギの中で解明された。
「ククク…。」
「アカギ君…?」
「成程、そういうこと…。」
「ぇ…?」
「随分手の込んだ事してくれるじゃない……アンタ…。」
「な、何…?」
「オレとしたことが、まんまと罠に嵌ったってワケか……。」
「・・・。」
「尽力したとこ悪いけど……それでもオレが勝つよ…。」
未だ襲い来る強い眠気に、瞼が閉じそうになるが、アカギはそれを堪えて何とか刮目する。
幸い、夜の界隈には多くのタクシーが待機していたり道を巡回しているため、
フラフラでも腕を伸ばせばすぐにタクシーを捕まえることができた。
停車したタクシーを見て、自分を支える女性が一瞬苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのを見逃さなかったアカギ…。
残り二割の疑問点も解消といったところだ。
「アンタが数回しか会ってないオレをどう想ってるかは知らないけど……少なくとも「これ」はダメでしょ…。」
「何言ってるの、アカギ君…。」
「多分、偶然じゃない……アンタ、オレがあのバーに入るの見てたんだ……後から入ってきて、声を掛けた。」
「・・・。」
「会計で席を立った時に、入れたんでしょ……睡眠薬…。」
「そんな事……。」
「多分……オレだけじゃないね……こういうの、常習的だろアンタ…ッ。」
「酷い……そんな事しないよ!」
「まぁ、そうであっても、そうでなくても……オレには関係のないこと……兎に角とアンタはオレに喧嘩を売った。安い喧嘩でもオレは買う主義でね……絶対に後悔させてやるから、覚悟しといて。」
巷で横行しているという即効性の睡眠薬の類なのだろう…。
睡魔に負けじと意識を保とうと努めれば、まるで思考を諦めさせるようにズキズキと頭痛が襲う…。
それでも何とか足を動かし、開かれたタクシーのドアへ向かって歩を進めるアカギ…。
倒れ込むようにしてタクシーの後部座席に乗り込んだ。
「アカギ君、心配だから私も一緒に……ッキャ!!」
アカギが座席に雪崩れ込んだ後、自分も付いていくと無理矢理身体を押し込もうとしてきた女性を、アカギは現時点での渾身の力で突き飛ばす…。
従来の数分の1程しか出せず、せいぜい跳ねのけて歩道に尻もちをつかせるくらいのものだったが、
その隙に自らタクシーのドアをバタンと閉め、ドアに手動でロックを掛けた。
「運転手さん、出して、早く。」
「え…あ、は、はい!」
今のやり取りは何だったのかと戸惑うタクシーの運転手…。
アカギに責っ付かれ、慌てはしたものの、放り出された女性が車に手を掛けて危ない場所にいないか、
後方から車が来ていないかをしっかりミラーで確認して車を発進させた…。
ひとまず車がスムーズに動き出したことを確認し、アカギはまるで遺言のようにタクシーの運転手にこれからの事を説明する…。
「運転手さん……悪いんだけど、お願いがあってさ…。」
「あ、はい、何でしょう?」
「……っ……これから…1,2分もしないうちにオレは多分寝ちまう……運転手さん、今から言う住所にナビ設定して。」
「はいはい、どちらまで?」
アカギは運転手に福本荘の住所を伝え、備え付けのナビに設定を完了させた。
ひとまずはこれで何とかなるだろうとは思ったが、持てる全ての意識を投じて、自己防衛を最後まで成し遂げる…。
「目的地に到着してもオレが起きなかったら…さ、……その「福本荘」ってアパートの202号に行って、中にいる女に事情を説明して。……そしたら……そいつが…代金を払って、オレを回収……してくれるはず……だ、から…。」
「え、あ、お、お客さん?ちょっと…!」
「いいか、202……号…だ。」
「わ、分かりました…。」
「クッソ……ッこんな………やられた…。」
相当に悔し気な声色でそう呟いて
赤木しげるは深い眠りの中に堕ちていった…。
・
・
・
・
ピンポーン、と夜は少し遅い時間に鳴った家の呼び鈴。
特に宅配の依頼もしていなかったはずだと、少し警戒した家主……you。
福本荘はアパートなので、インターホンなどはなく、直接玄関へと赴いてドアを開く。
勿論、チェーンは掛けて。
「はーい」という声と共にドアを少しだけ開けると、その隙間から見知らぬ男性の顔が覗いた。
「どちら様…?」
「あの…こちらは「福本荘」の202号室…でしょうか…合っていますか?」
「そう…ですけど…。」
「そうですか!あの…私、〇〇タクシーの運転手なのですが。」
「タクシー…?」
そう言われてみれば、きっちりとしたスーツの胸のポケット辺りにタクシー会社名と自身の名前と写真の載ったネームタグがクリップ留めされている。
手元も白い手袋をはめており、素性はタクシードライバーで間違いはない様子…。
「今、こちらまで乗せてきたお客様から「起こしても自分が起きなかったら、こちらの住所の202号の女性を訪ねてほしい」と言われまして…。」
「起きない?起きないって……その人は寝てるってことですか?」
「はぁ……恐らくは……。」
「ていうか一体誰ですかその人……。」
「はぁ…申し訳ありません……私も名前は伺っておらず……白髪の若い男性なのですが…。」
「あー…すみません、分かりました……知人です…。」
名前が分からずとも、あの男の場合、その形容用言で分かってしまうものだな…と、youは呆れた溜息を吐き出した。
ひとまず、彼を迎えに行こうと、youはチェーンを外し、部屋の外に出て、タクシーの運転手と相対する…。
「えっと、まずはどうしたらいいですか?ひとまずタクシーへ向かったらいいですか?」
「そう…ですね……あの、できればお支払いもお願いできれば…。」
「えぇっ?!あー、もうっ!」
「すっ、すみません!」
「あっ、ち、違います!そうじゃなくて……皆に迷惑掛けてって、その知人に対しての怒りです……すみません、お財布持ってタクシーまで向かいますので、先に行っててください。」
「はっ、わ、分かりました。」
運転手がそそくさとその場を離れてタクシーへ向かったのを確認し、
youは再び家に戻って財布を取って福本荘の入り口へと向かった…。
ハザードを点けて停車するタクシーに近寄れば、後部座席にぐったりと横になっている白髪の成人男性が1人…。
「やっぱりアカギさん…。」
はぁ…と小さく溜息を吐くと、まずは支払いを済ませるべく運転手に声を掛けた。
アカギのよく出歩く界隈からここまでは少しばかり距離があったので、そこそこの金額を支払う羽目になったので、
これが本当に深夜帯の割り増し運賃でなくて良かった…と、心から思うyouなのであった…。
そうして支払いを終えてアカギを起こすべく声を掛けたり、身体を揺さぶったりしたがまるで反応は無く…。
深く寝入っているといよりは、気絶しているのに近い様子に一抹の不安を覚えるyou。
「これ…何かおかしい……何があったんですかアカギさん…。」
「・・・。」
結局、自分ひとりでは無理だったため、タクシーの運転手に力を貸してもらい、2人掛りでヒィヒィ言いながらアカギを2階の202号まで運ぶ…。
眠ったままのアカギを玄関に座らせ、youは最終的に多大な迷惑を掛けてしまったタクシーの運転手に深々と謝った。
「わたしの友人が、本当にすみませんでした……ご迷惑をお掛けしてすみません。」
「いえ、目的地も言わずに泥酔されてそのまま…なんて人もいますので、まだマシな方ですよ。意識を手放す前にテキパキと指示をされて、随分聡明な方だと思いましたからね。」
「意識を手放す……ですか……だとしたら何かあったんです、絶対……この人、絶対誰かに頼るような人じゃないので……運転手さんやわたしに無防備な状態晒して、そんなお願いをする時点でオカシイんです……絶対に、自分だけじゃ対応できない何かがあったんだ…。」
「・・・。」
先程の憤りとは打って変わって、実際のアカギの姿を見た後は口元に手を当てて不安そうな表情を隠すyou。
そんな彼女の様子を見て、言うべきか悩んでいたことを告げる覚悟を決めた様子の運転手…。
「私は一瞬しか遭遇していないのでよくは分かりませんが……この方がご乗車される際に、女性の方が一緒に乗り込んでこようとしていたんです…。無理矢理、のように見えました…。」
「女性…。」
「ええ、でもその女性から逃げるように、突き飛ばした後、ドアをご自分で無理矢理閉められ、兎に角すぐに発車してくれと……その後すぐに先程のことを言われてお休みになられたんです。」
「逃げるように、ですか…?」
「あ、いえ……そう見えただけですが…兎に角、お客様を目的地まで無事に送り届けられて良かったです。私はこれで失礼いたします。」
「あっ、ちょっと待ってください!!!」
youは去ろうとする運転手を呼び止め、徐に自分の財布から千円札を取り出してドライバーに手渡す。
「本当に助かりました、少ないですが業務外の作業までしていただいたお礼です。」
「いや、別に気にされないでください。」
「いえいえ…コンビニのご飯代にでもしてください。」
「すみません…では有難くいただきます。」
「こちらこそ、アカギさ……あー…この人のこと、助けてくださってありがとうございました。」
ぺこりと綺麗に一礼をして、感謝の意を伝える。
終始ずっと困惑顔だった彼も、youの心遣いと言葉に安堵したのか、
去り際にはようやく穏やかな顔に戻ったようだった。
「さてと…。」
タクシーの運転手が去り、家の鍵とチェーンを掛けてしっかり戸締りをした後、
玄関の壁に寄りかかってぴくりとも動かないアカギと対峙することになったyou…。
ダメ元で「アカギさん」と呼び掛けながら肩を揺さぶってみたり、頬をペチペチと叩いてみたりしたが、起きる気配は微塵も無い…。
いつもなら気怠そうに「おはよ…」と低い声で囁いた後、存在をしっかり確かめるようにその腕が自分に伸びてくるほどだというのに…。
温度はあるが死んでいる……まるで仮死状態のような有様で…。
次第にアカギがこのままいなくなってしまうかもしれないという考えが過り、youの目が熱くなる…。
「アカギさん……起きてくださいよ…。」
「一体何があったんですか?」と震える声で尚もアカギの身体を揺さぶる…。
それでも矢張り反応が無く、急にどうしようもなく悲しくなったyou…。
思わずアカギに抱き着けば、ポロリとその目から涙が零れ落ちた。
「アカギさん…。」
「・・・。」
「死んじゃだめですよ……生きてください…。」
「……か…。」
「!!!」
ほんの微かに聞こえた声に反応し、youはバッとその体を離してアカギに呼びかける…。
「アカギさんっ?!」
「…死んで……たまるかよ…。」
「アカギさん!」
うるうると目が滲んで、アカギの顔はしっかり見えていないyouだったが、
生きていて、ちゃんと意識があると分かったことで感極まった表情を浮かべた。
すると、間髪入れずにアカギがその体を引き寄せ、抱きしめる…。
「アンタを抱くまで……死なないよ…オレは……。」
「また…そんな……こと、言う…っ…!」
「you…。」
「…はい…。」
「迷惑……掛けてごめん。」
「らしくないです……そんなの……いつものことでしょ……。」
「ん…。」
「はっ!そうだ!意識があるうちにベッドに行きましょう、アカギさん!!頑張って立って!!」
「ぅ…。」
今にもまた意識を手放しそうな様子のアカギを見て、youは対処せねばとばかりに立ち上がり、彼の腕を強く引く…。
動きたくないというよりは、動きたくても動けない…と言った様子で、
アカギはyouに掴まれていない方の腕を壁に付けてはみるものの、そこに力が入らず立ち上がれないでいる…。
「こんなとこで寝たら風邪引いちゃいます…アカギさん、お願いだから…!」
「大丈夫……こんなんで風邪なんて引かない……。」
「だめ、頑張って立って!」
「・・・。」
「寝ちゃダメーー!お願いだから起きて、明日の夕飯はアカギさんの好きなもの作るから!」
「ちょっと弱い…。」
「弱いって何?!」
恐らくは切り札としてのカード…ということだろう…。
困惑して憤るyouに、アカギは自分を鼓舞するために必要な条件を提示する…。
「……youから…。」
「…え?」
「意識……ある時に……youの方からオレにキスしてくれるなら……ベッド行く…。」
「はぁっ?!」
「そうじゃないなら……行かない……ここで寝る…意識飛ばす…。」
「ちょっとアカギさん!?」
「おやすみ…。」
「おやすみしなーーい!分かった、分かりましたから!ちゃんとしたところで寝てください!」
「ほんと…?」
「う……ほ、本当…。」
「キスする?」
「し……します…(頬っぺたとか)。」
「口だよ。」
「・・・。」
「やっぱりね、そんなことだろうと思った。」
「や、だって、だってっ!!」
「・・・おやすみ。」
「わ、分かりました!しますよ!キスします、口にします!」
「約束だからね…。」
「うぅ……はい。」
「嘘ついたら……キス以上のことするよ。」
「絶対守ります。嘘吐きません。約束します。厳守、遵守。」
「そう言われると……反故にしてほしくなるんだけど…。」
「守ります。」
「…分かったよ…。」
と、そう言って観念したアカギ。
それでもまぁ、怪我の功名というやつか、ここを踏ん張れば自分の望みが叶えられるなら…と。
アカギは力を振り絞って、よろめきながらもその場に立ち上がる。
youの支えはあったものの、ちゃんと立って歩くこともできるようだったため、
言葉には出さずとも人知れず彼女は安堵するのであった…。
ゆっくりと廊下を歩き、youの部屋へ2人で向かうと、
いつもyouが眠るベッドに辿り着くや否や、アカギはそのベッドに倒れ込んだ。
「!!」
バフ!と、音を立てて掛け布団の上に身体を預けると、アカギはそのまま目を閉じる。
「もう!布団の上に寝たら布団が掛けれないでしょ!アカギさん!」
「ぅ…ん。」
「こら!こら!!ちょっと動きなさい!布団被りなさい!もう!アカギさん、アカギさんってば!」
「・・・。」
「…バカギ。」
ボソッと彼女にしては珍しくストレートに悪口を言えば、それがしっかり聞こえていたのか、
怒れるアカギが自身の身体を転がし、布団を被った後に彼女の腕を引いて無理矢理布団の中に引き摺り込んだ…。
「ぎゃぁああ!!は、離して!」
「…おやすみ、you。」
「離してくださいってば…!」
「・・・。」
「あ、アカギさん…!」
「・・・。」
「アカギさん!」
「・・・。」
それ以降、何度声を掛けても反応は無く…。
最初は腹を掻いて無視されているだけかもしれないと思っていたyouだったが、
アカギはどうやら本当に寝入ってしまったらしかった…。
もぞもぞと動いて、自分を抱き込んで眠ってしまった男の顔をじっと見つめる…。
「・・・。」
綺麗な寝顔だが、綺麗すぎる…。
今までも、たまにアカギの寝顔を見る機会があったが、矢張りその時と今日の様子では全く異なるもの…。
まるで氷漬けにでもされたかのようにピクリとも動かず、先程と同じような深い眠りの中にいると思われる…。
呼吸も浅く、肩もあまり動かないため、再びの不安がyouを襲った。
ちゃんと心臓が動き続けるかどうか心配で、youはそのままアカギの胸に手を当てて、彼が目覚めるのを待つことにするのだった…。
・
・
・
・
「……ぅ…。」
「!!」
「……はぁ…。」
「あ…か、ぎさ…ん?」
「……ああ、you…?」
「…!」
くぁあ…と、大きな欠伸をして、首から上だけを少し動かして時計を確認する。
電気を点けたままの状態だったため、擦れた視界であっても時間が確認できたアカギは、それを口に出した…。
「今何時?……夜の2時半か……結構寝てた、オレ?」
「ずっと……ずっとです…帰ってきてから、ずっと寝てた…。」
「そっか、そうだったね……え、youは起きてたの?何でこの状況で寝なかったの……寝ちゃえばよかったのに。」
「寝ちゃえばって……そんなの……そんなこと……。」
「ふあぁ~……ごめん、おはよ…you。」
「…っ!」
アカギが二度目の睡眠状態に入って数時間…。
ようやくしっかりした意識を持って目を覚ました。
いつものように気怠そうな表情で、何度か瞬きをした後、薄っすら目を開いてyouに微笑む。
その光景が再び見られた事が何故だかとても尊くて、嬉しくて、どうにも我慢できなかったyouの目から涙が溢れた。
「え……you…?」
「ふっ……っく…うぅ…っ…。」
「どうしたの……急に泣いたりして…。」
「っ…だって……っ!あ、あ……アカギさんずっと寝てるから……っ!」
「えっと…。」
「うぅっ……あれからやっぱり…揺さぶっても叩いても起きないから……心臓、う、動いてるのに……も、もう……目を覚ましてくれないんじゃないかって、不安で……っ…ひっく…。」
「あらら…。」
寝れるワケないです…!と本格的に泣き出してしまったyou…。
彼女の反応は男にとって圧倒的僥倖に他ならない…。
アカギは困ったような言葉を紡ぎながらも、大変満足そうな笑みで布団の中で改めて彼女の身体をぎゅっと抱きしめる。
「ごめん……心配掛けたみたいで……大丈夫、オレは何ともないよ。」
「ぅっうっ……ひっく…。」
「大袈裟だね……ただ寝てただけなのに…。」
「うぅっ……違うもん…!」
「なにが?」
「何か……今日のアカギさんは寝てるんじゃなかった……何か…何て言うか……ナルコレプシー?みたいな…。」
「なにそれ?」
「過眠症って言うんですか?……確か、強制的に睡魔に襲われて、自分の意思と無関係に眠ってしまう病気です…。」
「・・・。」
「まさか……違いますよね?」
「ああ、うん……これは……そういうんじゃないね。」
「でも、そんな風に……抗えずに寝させられてるみたいで……まるで仮死状態みたいだった……すごい心配でした。」
「そういう感じだったのか……。」
ふむ…とか、へー…と、そんな感じで第三者からの感想に反応するような反応をするアカギを見て、
矢張りこの睡眠には何かワケがあるのだと確信したyou…。
説明を求めてみることにした。
「一体、何があったんですか。」
「別に…大したことじゃないよ……オレがヘマしてこうなったってだけの話…。」
いつものようにフフ…と軽く笑って話を流そうとするアカギに、
youは眉根を寄せて、そうはいかぬとばかりに彼のシャツを掴んで追及する。
「何かあったって、分かってます……心配掛けさせた理由くらい…教えてください…。」
「…you。」
「運転手さんが話してくれました……もしかしたら女性と何かあったのかも、って。」
「あらら…。」
評価が下がる可能性も無きにしも非ずなので、できることなら惚れた女の耳には、他の女性や彼女以外との色恋の話は避けておこうとするのが男の常…。
それに於いてはアカギも例外ではなく…。
いつぞやのように他の女性と一緒のところを見られて弁明が必要な場合はそうするが、
そうでないため今回は隠しておこうとしたのだが、まさかのタクシーの運転手によってそれが不可能となってしまう…。
「うーん……まぁ、簡単に説明すると毒を盛られた。」
「毒?!」
「睡眠薬。」
「……なっ…!」
それからアカギは、こうなった本日の経緯をベッドの中で淡々と説明する…。
仕事終わりに雀荘に赴いたが満席で入れなかったため、1杯だけ飲んで帰ろうとバーに酔ったこと…。
そこで記憶には無いが自分を知っているという夜の仕事の女性に声を掛けられ、薬を盛られたこと…。
朦朧とする意識の中で何とかタクシーに乗り込み、ドライバーにここまで連れて帰ってきてもらったこと…。
「…とまぁ、そんな感じで…。」
「睡眠薬って……そんなに即効性のあるものなんですか…。」
「あるみたいだな……いい実験台だ。」
「そ、そっか……。」
「無事に帰れてよかったよ……惚れた女以外を抱くどころか、それ以外の女から抱かれるなんてまっぴら御免だからな…。」
「身体は……大丈夫なんですか…どこか痛かったり、苦しかったり…違和感あったりしないですか?」
「ん……大丈夫。強いて言うならアンタと密着し過ぎて現在進行形でアソコが苦しいくらいかねぇ…。」
「そういう冗談は今要らないです……本気で心配してるのに…。」
「ハハ…ごめんゴメン…(割と冗談じゃないんだけど…。)」
真顔で不機嫌になったyouに、本心を隠し、軽く笑って流してやるアカギ…。
「何と言うか……モテるって大変なんですね…。」
「知らないよそんな事……っていうか多分、あれはオレだけじゃないと思うんだよね……手際が良すぎる。」
「・・・どういう意味です??」
「気になってる男や売り上げに繋がりそうな太客が自分の狩場に現れたら、薬を使って食っちまうってトコだろ多分…。」
「女性がそんなことするんですか、びっくりです…!!」
「女だろうが男だろうが……そういう思考回路の奴は一定数いるからな…寧ろ昨昨今増えてるんじゃない?」
「怖すぎる!」
「youも外での飲み会とかある時は気を付けてね。」
「き、気を付けます…気を付けます…怖い…!」
「帰る時オレのこと呼んでよ、迎えに行く。」
「…でもアカギさん、麻雀してたりするじゃないですか…。」
「してなきゃオレを頼ってくれるってこと?」
「なっ…!」
何気無く答えた台詞が、よくよく考えればアカギを信頼して頼っていることが前提であると気付き、
そこをツッコまれた彼女は顔を真っ赤にして口を噤む…。
「フフ……じゃあ、これから暫くは仕事が終わったらyouのために寄り道せずに直帰しようかな……遅くなったら、今日みたいに何かあったんじゃないかってyouも心配するだろうし?」
「別に心配なわけじゃ…。」
「素直じゃないな……じゃあ、オレが1週間も2週間もここに帰って来なくても心配じゃないんだ?気にしないの?」
「うっ……そ、それは…!」
「そんなこと、ないでしょ?」
「それは…そうですけど…。」
「だったら素直に毎日早めに顔見せに来てほしいって言っちゃえばいいのに。」
「期間が空き過ぎると確かに心配はするけど、でも、別に毎日早めに顔見なくたって……いいもん。」
「・・・。」
彼女の天邪鬼な答えに対し、また可愛くない台詞を吐いたものだ…と、少しカチンときたアカギ…。
どう指摘してやろうかと思考を走らせた矢先…。
アカギが口を開くより先に、ちょっとだけ口を尖らせ、頬を赤く染めたyouが先に反意語を用いた。
「でも…。」
「!」
「ご飯が要るか要らないかは……連絡ほしい、かも…。」
「あーー……一緒に食べるか食べれないかは?」
「…も、連絡くれると、ありがたいです。」
「ふーーーーん…。」
「な、なんですか。」
「いや、いいねそれ…何か……youの旦那になった気分。」
「な、なに?!」
「まぁ、そのうち絶対旦那になるんだけど。」
「ひゃっ?!」
もぞもぞと身体を動かし、横になったyouの身体をぎゅうっと抱きしめる…。
「そうだ、you……約束、覚えてるか?」
「え、約束…?なんのですか??」
「したでしょ、ベッドに入る前に…。」
「えっと……アカギさん、意識朦朧としてた時ですよね…?」
「うん、でもyouと約束をしたのは覚えてるよ。」
「朦朧としてましたし……そんなはっきり約束なんて…。」
「した。覚えてるって言ってるじゃん、誤魔化しても無駄。」
「いやぁ~……どうだったかなぁ……。」
「先っちょだけなら挿れていいって約束したでしょ。」
「しとらんわ!!!」
「したって。」
「してません!違いますよね!わたしからアカギさんの口にキスするって約束でしょ!?」
「うん、そう。」
「あ。」
「思い出してくれてありがと。」
「あああああ!!!卑怯者ぉおお!!」
「遵守するって言ったのに嘘吐いて誤魔化そうとした方が悪いだろ。」
そう言うや否やアカギは「ほら、キス」と自分の唇を人差し指で指した後、顔を近付けてくる…。
逃げようにも身体をがっちりホールドされてしまっているので不可能で…。
「せめて目を閉じてくださいぃ」と…。
どうにも情けない声でせめてもの慈悲を請うのであった…。
その口付けは
転禍為福の報酬か
(you、朗報持って来たよ。)
(あ、アカギさん、お帰りなさい。朗報ですか??あれ、これこの間も同じ事あったような…。)
(この間の毒盛られた案件さ、安岡さんに事の経緯を話して、刑事なんだからちゃんと仕事しろって言ってたんだけどさ。)
(ち、調査を依頼したんですよね、そういうことですね。)
(その女、やっぱり薬剤を使って非合意の性交渉を行う常習犯だったみたいでさ。被害者ポンポン出てきて起訴されたって。)
(起訴って…証拠があったってことですか?)
(薬盛られて、写真撮られて、嫁に知られたくなきゃ店に来てだの貢げだのメッセージ送ってたとか、恐喝罪の方面も結構あったらしいから…。)
(え、凄い!アカギさんの言った通りだ……凄い人だったんですね…悪い意味で。)
(そうみたいだね。)
(あんまり危ない人に関わっちゃだめですよ…アカギさん…。)
(ガキかオレは…。)
(怪しいお店には行かないとか変な人と会わないとか……ちゃんと言うこと聞いてくれるだけ、子どもの方が偉いかも…。)
(ふーん……そういうこと。)
(何ですか?)
(オレにはyouだけなんだから、嫉妬しなくてもいいのに…。)
(Why…?)
(お店よりyouの家の方が好きだし、態々会いにいくならyouに会いたい。)
(なっ…!?)
(な?嫉妬なんて馬鹿馬鹿しいだろ?)
(~~ッ!!)
words from:yu-a
*。゜.*。゜.*。゜.*