step3_(日常編:アカギ)
name setting
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「悪い、何か拭くモン貰っていいか?」
と、帰宅早々に言ってきたのは
頭から血を流している状態の
赤木しげるであった。
アカギさんとわたし20
「ギャァアアア!!」
「おお……凄い反応…。」
「どっ、なっ?!アカギさん?!だ、だいじょ…ばないですよね?!」
「どうどう、落ち着いて…。」
「いや無理です!」
「悪いな、背中をポンポンとでも叩いてやりたいんだが…如何せん手も汚れててさ…。」
そう言ってアカギがべったりと乾いた血の付いた手の甲を見せれば、
youはショックでヨロヨロと廊下の壁に寄りかかって自分で自分を支える…。
「と、とりあえず……どうしたら…!」
「とりあえずタオルかな、頭の血さえ止めれば後は自分で何とかできる。」
「わ、分かりました!ととととりあえずタオル持ってきます!!」
「悪い。」
今にも腰が抜けそうなのか、へっぴり腰で慌てながらリビングに戻っていく彼女の後姿が面白くて、
自身の痛々しい血塗れの状況など意にも介さずクスクスと笑って眺めるアカギ…。
一度リビングに戻ったyouは両手に濡れタオルと乾いたタオル、救急箱に箱ティッシュ…
色んなものを大量に荷物を抱えて玄関へと戻ってきた。
「とりあえず乾いたタオルでいいですか?」
「ああ、ありがと。頭以外はほぼ怪我してないからさ。」
「そう、なんですか?」
「ん。」
「えっと、じゃあ……アカギさんはタオルで頭の傷押さえててください。わたしは他のところ拭きますね。」
「いいよ、自分でやるから…服も血で汚れちまうかもしれないしな。youはリビングで寛いでてよ。」
「何言ってるんですか…この状況でわたしへの気遣いは無用です。ほら、手出して。」
「・・・。」
先程まで血塗れの姿を見て怯え切っていた様子は何処へやら…。
アカギが思った以上に弱っておらず、しっかりいつも通り言葉のキャッチボールができることに
安堵した部分が大きいのか、youはプンスカと怒りながら少し強めにアカギの手を掴んで引っ張った。
血に塗れた手の甲をお湯で温めたタオルで拭いていくと、本人の言った通り、
両手とも基本的には何処にも血が溢れ出ている箇所や傷などは見受けられなかった。
しかしながら、指の付け根の関節部分などは青痣になっていたり、
いくつか擦り切れて赤くなっており、何度も強い力で拳を繰り出したのであろうことが窺い知れたため、
youは眉をしっかりとハの字にしてアカギを見上げて問いかける…。
「痛いですよね…。」
「いや、そうでもないよ。」
「でも痣になってる。」
「あー…本当だ…じゃあ脚もか。」
「脚もですか?!もう……勘弁してくださいよ…。」
「痣になってるだけで怪我してないから大丈夫。湿布でも貼っときゃそのうち治るでしょ。」
「本当に怪我は頭だけ?」
「ああ、でもこれもちょっと切っただけだよ。頭皮は血管が多いからちょっとした傷でも血が凄いからね…。」
「服に付いてる血は…?」
「頭の血で汚れたとこ以外はオレのじゃない。」
手の甲の擦り傷はほぼ塞がっていたため、痣の対処のためカットした湿布を貼ってやり、
頭の部分の血も止まったとのことで、そちらは消毒して大判の絆創膏の上から止血バンド代わりに包帯で固定することにした。
「応急処置ですし……明日念のために病院で手当て受けられてください。」
「はいはい。」
「(これ絶対行かないやつだ…。)」
youの言葉を軽く受け流すアカギ…。
言っても聞かないのは今に始まったことではないため、彼女は呆れるような溜息を吐くと、
どうしてこうなったのか、と本題を問いただす。
「何でまたこんなことになったんですか……!」
「あー……話すけど…まずは着替えてくるね。こんな血塗れの服で家上がるのはちょっとアレだし。」
「・・・分かりました。」
「あ、手当ありがとね。」
そう言ってアカギは怪我など一切していないかのように、至って普段と変わらない様子で彼女の家を出て行った。
その場に残されたyouは、アカギが自宅で着替えている間に
持ってきた救急箱やティッシュを片付け、汚れたタオルをひとまず水に漬け置くなどの措置を取る。
そうこうしていると、再度アカギがyouの家を訪れたので、2人はリビングでお茶を飲みながら話す事になった…。
「それで、ちゃんと話してくださるので?」
「ああ、うん。何かこの間雀荘でさ…。」
アカギいわく…。
先日、いつものように雀荘で打っていると、途中でやたら横柄な迷惑客がやってきて、
受付をはじめ、既に麻雀を打っている自分達の卓にもしつこく絡んできたのだという。
こちらが気にせず打っていると、その客が打ち始めた卓が騒がしくなった。
どうやら揉めているようで、店長や古参客などが宥めたり外に出るよう促しているがどうにも横暴で言う事を聞かない。
自分の卓での勝負がひと段落した際に、面倒事を避けるべく雀荘を出ようとしたところ
「逃げるのか」と、とばっちりを食らった。
今すぐ自分と卓を囲めと喚き散らす迷惑客に対し、あしらうように言った言葉…。
「アンタが腕の一本でも二本でも賭けてくれるって言うんなら対戦しても構わないけど?」と…。
一瞬雀荘が凍り付いたが、その迷惑客は頭に血が上っている中でも割と冷静に
「腕は現実的ではないが、指詰めならどうだ?」と応戦する気満々…。
意外にも面白い反応が垣間見え、いつもの悪い癖が発動…。
気付けば差し馬を握って卓の前で麻雀を打っていたとのこと。
「はぁ……何というか…いかにもアカギさんらしい経緯で…。」
「ハハ…。」
「(そんなもの賭けるなって滅茶苦茶言いたい…言いたいし思ってるけど、言っても本当に絶対全く無駄なんだよなぁ…。)」
「フフ…(とか思ってるんだろうな。)」
「えーっと……それで、アカギさんの指が無くなっていないということは…その……お相手の方が負けられたので?」
「うん。勿論オレが勝ったよ。」
「デスヨネー。」
自分の知り合いで、こうして合う頻度の高い大事な友人のアカギが無事な事は喜ばしいのだが、
知らないところで彼が対峙した相手の四肢の欠損等々が起こっていたと思うと、
それはそれで考え、想像すると気分の悪くなる話…。
案の定youは何とも表現し難い表情で顔色を悪くさせる…。
「フフ…でもそれには続きがあってさ…。」
「?」
安心していいよ、という意味合いか…はたまた思い出し笑いの類なのか…。
兎も角、アカギは笑いながら「続き」を話し始めた。
「結局、指詰めはしなかったんだ。」
「そ、そうなんですね…!」
「そ。ていうのも、指詰めに代わるだけの金をソイツが持ってたって話。」
「お金…ですか。」
そう、雀荘で横柄な態度で皆を困らせていたのは何処かの社長の息子で、
最終的に指詰めるのはできないと泣きながら叫び、
その際に「指の代わりに有り金を全部渡す」と懇願してきた。
きちんとした勝負の場でなかったことや、自分の気分にもよるが、
それ以上勝負しても「面白くない」と判断したアカギは、それを了承。
「ついでにこの界隈の雀荘に顔出さないように」と釘も刺し、
その御曹司の手持ちだった現金130万程を回収してその日は雀荘を後にした。
「ひゃ…げ…げんきん、ひゃくさんじゅうまん…。」
「欲しいならあげるよ。生活費にでもしたらいい。」
「け、結構です!」
「そう?じゃあこれで今度何か美味いもん食いに行こうか。オレ河豚食べたい。」
「だめですよ……そんなお金怖いです…。」
「大丈夫だいじょうぶ。だって今日がその清算だったみたいだし、もう遠慮なく使って大丈夫。」
「ど、どういう意味ですか?!」
そこで語られたのが、御曹司との勝負の数日後、即ち本日…。
恐らくその御曹司に雇われたであろう不良達が自分を襲ってきたそうで、
それに応戦していたらこんな感じになった…ということだった。
「こんな感じって…。」
「襲ってきた人数、7人だったからちょっとギリギリだったな……10人来てたらアウトだったかも。」
「ひぇ…。」
「ああいう奴らの130万くらい、本当にポケットマネー。小遣いくらいだろうしさ、そんなはした金回収もしないでしょ……多分これは、負けて恥かいたから、ただのその報復だと思う。」
それで返り討ちに遭ってちゃ恥の上塗りだけどね、とアカギは小さく笑う。
「じゃぁじゃぁ、今回その襲ってきた方の報告を受けて、更に人数を増やしてアカギさんのところに来たりしませんか?!大丈夫ですか?!」
「多分大丈夫じゃない?打ち筋見た感じじゃあんまりしつこく追いかける感じじゃなかったし…。」
「?」
「ん、ゴメン、何でもないよ。あんまり面倒臭かったら鷲巣の名前でも出しとけば大概は大人しくなるでしょ。」
「なるほど!それは凄く効果的かもですね!」
「普段迷惑被ってるんだし、こういう時くらい活用させてもらわねェとな。」
「またそんな言い方する…。」
「・・・。」
相変わらず、孫に会いたくてちょっかいを出すような感覚で自分と鷲巣の関係性を勘違いしていそうなyouに、
「鷲巣の化けの皮をがさない限りこの誤解は解けない」と呆れの溜息を吐くのだった。
「まぁ、そういうことでさ、遠慮なく使える金になったっていうのは、つまりそういうこと。」
「お金の事はどうだっていいです……そんなことより、アカギさんはもう危ない目に遭わないってことでいいんですか?」
「え……ああ……うん、多分…。」
「そう……なら良かった…ちょっと安心した。」
「もしかして……オレとんでもなくyouに心配掛けた?」
「今頃ですか?もう!……心配しないわけないじゃないですか……頭から血流して帰ってきて、全身血塗れだし!」
「…ごめん、でもほぼオレの怪我じゃなかったしさ。」
「相手が10人だったら?」
「・・・。」
「そういう分析はちゃんと冷静にできるんだから、少しは自重してくださいよ…。」
「む…。」
「先読みできるんだから、もうちょっとくらい……アカギさんはアカギさんのことを心配してあげるべきです。」
「ハハ…だよな、間違った判断してるボンクラだって分かってる。」
だけどそれが「赤木しげる」なんだよな…と、いう台詞が後に続くことは言わずもがな、
アカギ自身も横で聞いているyouも理解している。
なのでアカギはその後の言葉を紡がず、youもそれ以上の反発は寄越さなかったのだが…。
「けど…わたし、アカギさんのそういう優しさはやっぱり好きなんですよね。」
「は?」
彼女の言葉に対し、正に「今何て言った?」とばかりに素っ頓狂な「は?」を繰り出したアカギ。
博奕や暴力沙汰の話しかしていない中で、どうしてそういう感想が出てくるのか、
頭の上に大量の疑問符を浮かべて困惑しているアカギを見て、youはふっと笑う。
「無意識なのかもしれませんが、困ってる人…捨て置けないみたいな。」
「誰の事?」
「雀荘にいた皆さんのことですよ。店長さんや受付の方、よく雀荘に来られる他のお客さん。皆、困ってたんでしょ。」
「誰だって困るでしょ、厄介な客が来たら。」
「声掛けられたのは、とばっちりかもしれませんが……勝負受けて相手をコテンパンに負かしたのは事実ですよね?」
「それは事実。」
「そこに「ついでにこの界隈の雀荘に顔出さないように」って条件付けたの、つまりそういうことなのかなって。」
「それはだって…あんなの頻繁に来られたら迷惑じゃん……。」
「それはアカギさんが自分だけのために思って言ったことじゃないのでは?」
「どういうこと…?」
「頻繁に来られたら皆も迷惑するから、なんじゃないですか?」
「・・・まぁ。でも別に誰か特定の人の為とかは思ってなかったし…。」
別段、店長や受付のアルバイト、よく一緒に麻雀を打つ顔見知りなど、その場にいた者達を想っての事ではない、というアカギだったが、youは嬉しそうに笑う。
「それでも十分だと思います。別にその場に居合わせた誰かの為でなくて漠然としたものでも…「皆も困るから」って…ちょっとでも思って行動してくれたなら、皆嬉しいと思います。」
「ふーん…。」
「わたしも嬉しいです。」
「何でyouが嬉しいの……。」
「だって、アカギさんの素敵なところに気付けて、嬉しい。」
「!!」
「怪我して心配掛けさせたことはちょっと…いや大分反省してほしいですけ……どッ…?!!」
もう少しで1フレーズを最後まで言い終える、というところでアカギに腕を引かれ力強く抱きしめられる。
それはもうぎゅーっと…。
「あ、あの!ちょっと!なに、急に!!」
「・・・youだけだよ。」
「え…?」
「オレのことをそんな風に解釈して言ってくれるの……絶対、アンタだけだ。」
「そんなことは…。」
「そんなことなくてもあっても、どうでもいい。ただ、オレはyouがいい、本当に…それだけなんだよ。」
「あ、アカギさん…。」
「you、ご褒美ちょうだい。」
「はい?」
ぱっと身体を離し、急によく分からない提案をしてきたアカギにyouは思いっきり首を傾げる。
「youが言うんんなら、そうなんでしょ。オレは無意識に困ってる人を助けたんだよな?」
「そう…なると思いますけど……少なくともわたしはそう思いました。」
「それって善行ってやつだろ。」
「善行……まあ、そうですね。(その後、暴力に応戦したのは褒められたもんじゃないけど)」
「良い事したんだし、何かない?」
「な、何故わたしが…。」
「そりゃオレがyouから褒めてもらいたいからだよ。」
「うん、偉い……あ、頭でも撫でます?」
「ちょっとそういうのは要らないかな。」
「あ、そう。」
「キスとか、ご褒美に欲しいんだけど?」
「それはちょっと…。」
「ちょうだいっていうか……もう、もらうんだけど。」
「!!」
アカギから距離を取ろうとするも、両腕は未だガッシリと掴まれたままだったため、逃げ遂せることは敵わず…。
寧ろ、顔を近付けられてそのまま唇を重ねることになってしまった。
ぎゅうっと押し付けるようにキスをされ、頑なに唇を閉じていたyouだったが、
無理矢理こじ開けられてアカギの舌の侵入を許してしまう…。
「っ…は……!」
「ん。」
「はぁ……っ、何すんですか!」
「ご褒美もらった。無理矢理だけど。」
「頭突きして傷口広げますよ!?手の甲叩くし、脛だってバシバシ蹴りますよ?!」
「ハハ、そりゃおっかねぇな。」
「ぐぬぬ…。」
「ゴメンごめん、だってさ……今回は本当に、youから言われた言葉が嬉しかったから、柄にもなく褒めてほしくなったんだよ。他の誰からでもなく、アンタだけに褒めてもらいたかったの。」
「ずるい……そんなこと言われたら……怒れない…。」
「ご褒美ありがとう、you。」
「うー…。」
「あ、そうだ、お礼にフグ刺しご馳走してあげる。」
「それ、アカギさんが食べたいだけですよね。」
ジト目でアカギを見上げて睨むが、全く効果は無いようで、アカギは「バレた?」と口の端を上げて笑う。
「大体ご褒美のお礼って意味分かんないですよ。」
「じゃあ、普通にデートしようって言えばいい?」
「そっ…それは…。」
「別にフグ食べるんじゃなくていいよ、何でもいい、youが行きたいところがあれば連れてくし、食いたいモンがあれば食べに行こうよ。」
「うーん…。」
「あれ、オレと出掛けるの嫌?」
「いえ…そういうワケではないんですけど…。」
「けど…?」
ひとまず嫌がられていないことには安堵するアカギ…。
youはというと、そのまま「けど…」とアカギの言葉を引用して言葉を続けた。
「…そのお金じゃ嫌だな…と、思って…。」
「130万?」
「130万。」
「なんで?」
「まだ終わってないんじゃって考えると、何か怖いですし……アカギさんが怪我した代償にも思えるし…何だかちょっと辛い。」
「そう……うん、分かった。」
「すみません、何か…。」
「ううん、いい。改めて、youがいいって思えたから、それでいい。」
「はい?」
「決めた。明日さ、夜でもいいんだけどちょっと付き合ってくれない?一緒に来てほしい場所があってさ。」
「え、は、急ですね……別に構いませんけど…。」
デートしようと言ったり、断られて納得したかと思えば、急にデートとは異なる招集を掛けてくる…。
アカギのよく分からない心情の推移と発言に、youは右に左に首を傾げながらも、最終的に招集の依頼には応じる…とした。
「ありがと。じゃあ、今日は家に帰って寝ようかな。」
「そうですか(珍しい!明日雨かも。)」
「今日一緒に寝たらマジで襲いかねん…。」
「おやすみなさい、また明日。」
真顔で言ってのけたアカギに、綺麗な笑顔で応えるyou。
近所にある川の橋くらいまで縮まった心の距離が、万里の長城程長く離れた瞬間だった…。
・
・
・
・
翌日、夕方過ぎ…。
「you、もう帰ってる?」
「あ、お帰りなさいアカギさん。今日はまた随分と早かったですね。」
「まぁね、今日はyouと出掛けるから。」
「それなんですけど、何処に行かれるんですか?付いてきてほしい場所って…。」
「行けば分かるよ……もう出かけられそう?」
「あ、はい……ちょっと待ってください。」
各部屋の戸締りは済ませておいたので、あとは鞄の中に携帯を仕舞い、上着を羽織ってアカギの元へ小走りで駆け寄る。
「大丈夫?」
「はい、行きましょう!」
最後に2人で玄関を出て、家の鍵を閉める。
その後はアカギと話しながら並んで歩き、やって来たのは彼がよく行っているのであろう夜に賑わう界隈…。
ちょうど夕日が沈んだ頃に辿り着いたため、店の入り口の案内板や雑居ビルの上の看板が
夜の街の始まりを告げているかのようだった。
「ここだよ。」
「ここって……雀荘、ですか?」
「そ。付いてきて。」
「いや、でもわたし麻雀とか…。」
「フフ……打ちに来たワケじゃないよ、ここはこの間の御曹司と対戦して130万毟り取った店。」
「ああ、ここがそうなんですか!……ってことは何かその時に忘れ物でも?」
「忘れ物、ね……まぁ、そんな感じかな。」
「?」
「何してるの、付いてきて。」
「あ…え?わたしも入るんですか?」
「そうだよ。」
「はぁ……分かりました。」
ただの忘れ物の回収であれば、わざわざ自分を連れてくる必要も無かったのではないか…と、
youは小さく呆れの溜息を吐きながらも、アカギに促された通りに雀荘へ共に入店することとなった。
ちょっとばかり煙草の臭いが染みついた(今は分煙なのかもしれない)微妙な広さの雀荘。
平成初期のオフィスのような空間に一定の間隔でパーテーションや雀卓がセッティングされている。
その全容を確認すると、改めて今までの彼女にはなかなか縁の無い場所だと感じた。
見たことの無い空間を興味深そうに眺めていると、受付カウンターにいた初老の男性からすぐに声が掛かった。
「おや、アカギ君、来てくれたのか。何だか今日は随分早いね。」
「店長さんどうも、悪いんだけど、今日は打ちに来たんじゃなくてさ。」
「そうなの?」
youと同様に「じゃぁ何しに来たの?」とばかりに不思議そうな顔でアカギに尋ねる店のオーナー。
そんな彼にアカギはフフ…と含み笑いをひとつ浮かべると、件(くだん)の件に関して問いかけた。
「店長サン、この間のアレ、覚えてる?」
「この間の……って、どっかの社長のバカ息子の件かい?」
「そう。」
「勿論覚えてるよ!本当に酷かった。まぁこういう界隈だし、ああいうの結構遭遇するんだけどね…。」
「オレが帰った後、大丈夫だった?」
「うーん……彼ね、アカギ君が帰った後、周りのお客さん達にも見られててよっぽど恥ずかしかったのか、雀卓は蹴り倒すし、漫画本は投げるし、パーテーションは倒すし……ここで暴れ散らかして出て行ったよ。久しぶりにヤレヤレって感じだったなぁ。」
「やっぱりね、そんな事だろうと思った。」
店長同様、アカギも「やれやれ」と言った様子でフゥ…と溜息を吐くと、
徐に自分の懐から厚みのある茶封筒を取り出して、店長の目の前のカウンター上にそれを差し出した。
「…アカギ君、これは?」
「あの時、オレが最後まで面倒見て首根っこ掴んで外連れ出せばよかったね、悪かった。だからこれは迷惑料ってやつ。壊れた物とかの修繕費にしちゃってよ。誰か怪我したならその治療費とかでもいい。」
「でも、悪いのは彼であってキミじゃないんだし…。」
「うん、だからこれはアイツから毟り取った金。」
「え、これまさかあの時の大金かい?!」
「うん。」
「いやいやいや!それこそ受け取れないよ、アカギ君が危ない橋渡って手にした金じゃないか!」
「そうなんだけど、ちょっとね、コイツの為なんで。」
そう言ってポン、とyouの背中を軽く叩くアカギ…。
急に話の中に引き込まれ、動揺する彼女はいったんスルーし、アカギは店長へと説明を続ける…。
「昨日、恥かいた腹いせにオレんトコにあの御曹司に雇われた奴らが来てさ、返り討ちにしたけど、ちょっと怪我しちゃって。」
「えっ?!大丈夫?」
「大丈夫だいじょうぶ、全然平気。多分、あの1回でもう懲りたと思うし、また来ても全然対策はあるから。」
「まぁ…アカギ君が言うなら問題無いんだろうけど…。」
「店長さんなら一緒のこと思ったと思うんだけど、多分あの御曹司はしつこく報復続けるタイプじゃないと思うからさ、この金も回収ってコトは無いと思うワケ。」
「ああ、そいつには同意見だ。」
「だから、もうこの金の使用は青信号かなと思って。万が一聞かれてもオレも譲渡先は絶対言わないから、店で使ってくれると有難いんだけど。」
「しかし…。」
「アンタ優しいから、どうせアイツから弁償費用ふんだくれなくて泣き寝入りでしょ。」
「はは…参ったな……見透かされている…。」
「この金はどうせアイツの懐にあった金なんだし、弁償代として貰っておきなよ。」
「アカギ君……本当にいいのかい。」
「構いませんよ。」
「よく分からないけど、彼女もそれでいいのかな?」
「…だって、どう、you?」
突如、店長とアカギに声を掛けられ、ビクッと肩を跳ねさせたyou。
ただ、話の内容は全て聞いていたため、返答には時間は掛からなかった。
彼女は2人を見つめてコクリと頷く。
「はい…えっと……わたしは、アカギさんが良しとするなら、それで良いと思います。」
「…だってさ。」
ニコ、と小さく笑って茶封筒をずいっと店長の方へと移動させるアカギ。
店長はおずおずとそれを手に取り、頭の上に頂いて「ありがとう」と受け取った…。
「それじゃ、オレ達はこれで。」
「本当にありがとう、アカギ君……と…。」
「彼女はyou。」
「そうか、ありがとう、youさん。」
店長に名を呼ばれ、綺麗にお辞儀をするyou。
一言「お邪魔しました」と告げて店の外へと出た。
アカギもそれに続いて出ようとしたのだが、ふいに店長から声を掛けられ、立ち止まる。
「だけどやっぱり、全額は申し訳無いよ……せめて半分かそのくらいは…。」
「要らない。」
「だけどアカギ君…。」
「フフ…オレは店長さんからの見返りは求めてないから、気にせず取っておいてよ。」
「はぁ…?」
「オレが欲しいのはyouからの見返りだけなんですよ。」
「見返りねぇ…。」
「パーッと使っちまおうとしたけど、嫌なんだって。だからこうして善行しに来た感じ。」
「それはまた……禁欲的な…。」
「そう思うでしょ、けどオレの手持ちから出させるんだから、よっぽど強欲だよ。」
「ハハハ!なるほど、ある意味で金の掛かる女ってことか。」
「そういうこと。」
「それに、この金持ってるとyouがさ、またオレが襲われるんじゃないかって心配みたいで。」
「ああ、なるほどね…そうか、そういうことか……彼女はアカギ君のこと凄く心配してるんだね、まぁ…キミはそんなだから分からくもないけど。」
「うん、そう、でももっと心配してもらわないと。放っておいたらダメだから傍にいないとって思ってもらうくらいにね。」
「キミも大概だな……まぁ、今に始まったことではないか。」
「クク…そうですよ。」
「うん、じゃあ……引き留めて悪かったね、今回の事は本当にありがとう。」
「どういたしまして、それじゃまた遊びにきますよ。」
「ああ、次に来る時までに雀卓を新しくしておくよ。」
「あー…それもだけど、どうせなら長時間座っててもケツ痛くならないような高級な椅子を希望しておくよ。」
「ああ、分かった、任せておいてくれ!」
ヒラヒラと柔らかく手を振って「またね」と、見送る店のオーナーに対し、
アカギは手も振らず、会釈もなく、ただフッと口角を上げて店を後にするのだった…。
そうして雀荘の外に出ると、先に出ていたyouがくるりとアカギの方を振り向く。
「何かお話されてたんですか。」
「ん、大したことじゃない。また雀荘おいでねって話。」
「そっか、なるほど。」
「さてと……じゃ、早速確認といきますか…。」
「?」
アカギはそう言って、youの正面に立って彼女を見下ろす。
「今しがたオレがしたこと、意味分かった?」
「え、ええ……凄く端的に言うと例の130万をこちらの雀荘に寄付した…んですよね?」
「そう。」
「アカギさんがそれで良いのであれば、わたしは良い事だとは思います…オーナーさん、弁償してもらえず困ってらっしゃいましたしね。」
「褒めてくれるんだ?」
「うーん……まぁ、そう、かな…。」
「じゃ、またご褒美強請ってもいい?」
「えぇ?な、何故また…わたしに…。」
「言ったでしょ、youから褒めてもらいたいんだって。」
「うそ……まさか、その為にあのお金を寄付したんですか?!」
「勿論、その為にだよ。youからの報奨が望めるなら、130万の寄付なんて安いもんさ。」
「いや、安くない…ッ!絶対安くないっ!」
「フフ……まぁまぁ、修繕で雀卓や椅子を買い替えて綺麗なものになるメリットもあったしさ。ね?」
「うぅっ…だけど…!」
「そういうワケで、オレの手元にyouが怖がるあの金が無くなったわけだ。」
「!」
昨日の問答で自分の言った「まだ終わってないんじゃって考えると、何か怖いですし……アカギさんが怪我した代償にも思えるし…何だかちょっと辛い。」という感想…。
恐らくそれを一番に考えての今回のアカギの行動だったのだろう…。
勿論「デートしてほしい」というような彼なりの目的もあるのだろうが、
それよりも先に、youがアカギの身を案じているが故に…。
心配を掛けさせないために130万の現金を手放すことを人知れず決めて行動したのだと気付くyou…。
そう知ってしまえば、クールな表情とは裏腹に、
体温のように暖かい、アカギの不器用な気遣いを愛おしく思えど、無下になどできるはずもなく…。
youはぎゅうっと胸の奥を鷲掴みされたような気持ちになる…。
「改めて……寄付っていう善行の褒美に、ただ手持ちの金だけどさ、オレとデートしてくれない?」
「…勿論です、是非ご一緒させてください。」
「えっ、いいの?」
「はい。」
「急に肯定的でビックリなんだけど…。」
「アカギさんの、わたしへの気遣いが嬉しかったので。」
「お、好感度上がった?」
「ふふ…。」
「やっぱり安いもんだったな130万なんて。」
「あのねぇ…。」
「もう100万くらい寄付したらオレと付き合ってくれる?」
「ああもう、台無し!!」
最後の最後で通常運転…。
好感度を金で買収しようとするアカギに、
体質的にツッコミが口を突いて出てしまうyouなのであった…。
また1つあなたの
好きなところが増えました
(ねぇ、それいつ溜まるの?)
(ゴメンって、冗談だよ。)
(凄く嬉しかったのに……もう!)
(機嫌直してよ、飯奢るからさ。どっかで食べて帰ろう、何が良い?)
(別に奢らなくていいです…。)
(あらら…。)
(…ファミレス。)
(お?)
(とりあえず何でもあるし…ドリンクバーあるし。)
(そうだな、食後のスイーツも豊富だしな?好きなもの食べなよ。)
(もう、そういうんじゃないです!)
(食後のスイーツ目的じゃないのか?)
(違います!)
(違うの?)
(だって……ちょっと長く話しないとじゃないですか……アカギさんと…一緒に出掛けるんでしょ?)
(・・・。)
(な、なんですかその顔は…。)
(いや……素直に……抱きてェなって(嬉しいなって))
(・・・。)
(・・・あ。)
words from:yu-a
*。゜.*。゜.*。゜.*