step2_(イベント編)
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「おんせん…ですか?」
「「そう。」」
何故唐突にと聞けば
それはホワイトデーのお返しだという
温泉旅行ですよ福本荘!
「アカギさん。」
「零…?」
「博打帰りですか?」
「まぁね。お前こそこんな早くに……ジョギングか?」
「ええ。こう見えても割と健康的なんですよ、オレ。」
「ふーん?」
「あ、そうそう…聞こうと思ってたんですけど、もうすぐホワイトデーでしょ?アカギさん、何か考えてます?」
福本荘に戻る道すがら、後ろから声を掛けられたアカギ。
振り向けばそこにいたのは早朝ジョギング帰りの零で、唐突にyouへのバレンタインのお返しをどうするのかと聞いてきた。
「さぁね……別段何も凝ったことしようと思ってなかったけど……お前は何か考えてるの?」
「んー……youさん甘いもの好きだし、2人でスイーツのビュッフェとか…。」
「いいんじゃない?喜ぶと思うよ、you。」
「…何ですかその余裕……癪に障るなぁ…。」
中々に洒落たアイディアを出した零だったが、
「それでもyouはオレを選ぶけどね」とでも言いそうな反応を見せるアカギに苛立ちを覚える。
「あーもう、やっぱアカギさんはやり辛いなぁ……カイジさんだったらここで動揺して怯むか食って掛かるかするんだろうけど…。」
「うん、悪いけどアイツと比べないでくれる?」
「あ、すみません☆」
すぐに「確かに、自分もカイジさんはと比べられたくないです」と、爽やかに笑ってカイジをディスる零…。
(余談だが、この時カイジが寝ながらくしゃみをした。)
それはさておき…と、是非ともライバルの動向を探っておきたい零としては、
アカギにホワイトデーのお返しをどうするのかと、尚も聞き込む…。
「じゃぁ、アカギさんは何もお返ししないんですか?」
「お前に聞かれなきゃ何もしなかっただろうな…気付かなかったし…。イベントごとにはどうも疎くて。」
「うわ、もしかしなくても墓穴掘ったっぽい…オレ…。」
「気付いちまったモンはしょうがない……さて、どうするか…。」
「皆で何かをプレゼントするのもいいかなって思ったんですけど、そうするとカイジさんを助けるみたいで嫌なんですよね~。」
「意外とケチだな、流石は友達ゼロ…。」
「宇海零だっ!ケチていうか、要は1人出し抜けるワケじゃないですか…好機だって思いません?」
「金持ってないけど、人格で高感度上げる術持ってるから侮りがたいんだよ、あの男は…。」
「ううっ……分かる気がする…。」
それが「伊藤開司」と、アカギは説く。
零も察するところがあるようで、思いがけず悔しそうな表情を浮かべた。
「となると、やっぱ全員で…ってのが無難なのかもな。」
「あ…!」
「ん?」
「閃き……これは…圧倒的閃きッ……見えた…活路…ッツ!!」
「その喋り面倒くさいから止めて。」
「ノリ悪いなぁ、アカギさん……でも、本当にいいアイディアが浮かんだんですよっ!」
「ヘェ?」
「youさんに喜んでもらえて、且つ、全員でお金を出し合ってもカイジさんを出し抜けるいいアイディアが!」
零の考え出したそれは、こういうものだった。
ホワイトデーの前後あたりで、youに連休を取ってもらい、
バレンタインのお返しに温泉旅行に連れて行くというもの。
youがバレンタインのケーキを渡したカイジ、遠藤、平井、森田、平山、一条に声を掛け、旅行代を参加者全員で折半する。
そして、ここからが零の作戦の要。
割り勘ということでカイジが参加する場合は他人の金に甘えないよう、
戒めのために美心も共に招待するというもの。
そもそも美心がyouとケーキを作ろうと誘ったことで、
全員がyouからバレンタインのチョコレートをもらえたという、影の貢献者でもあるため、
(カイジ以外)嫌がる者もいないだろうと思ってのことだ。
「どうですか、このアイディア。」
「ククク……なるほど、悪くない。」
「でしょー!美心さんも参加になった場合は旅行参加者(男)が彼女の分も皆で出して、彼女達に旅行をプレゼントするってカンジで…。」
「いいよ、それで。」
「じゃぁ、福本荘の皆にはオレが声掛けておきます。アカギさんはそういうの慣れてないでしょ?」
「じゃぁオレは凡夫……平山に伝えればいいのか?面倒だな…。」
「youさんが確か一条って人にも渡したって言ってたけど…その人確かカイジさんの知り合いって言ってましたから、一応声掛けてもらうようカイジさんに伝えときます。」
かくして、明らかに堅気ではない男たち考案のホワイトデーサプライズが静かに幕を上げたのであった…。
*。゜.*。゜.*。゜.*
「どうしてこうなった…。」
「カイジくんと一緒に温泉旅行なんて……美心、幸せっ!」
旅行日当日…。
死んだ魚のような目をしているカイジと、
その腕にしがみ付いて幸せそうに悦に入る美心…。
「ほ、本当にいいの…?あのバレンタインのお返しにしては豪華過ぎて…申し訳ないというか…。」
「参加者結構集まったから、2人分の旅行代くらい全然痛くないよ!それに、旅行とか久しぶりだし…オレも楽しめて嬉しい!」
「零くん…。」
「youさんが喜んでくれると、もっと嬉しいな。」
「うん……ありがとう、零くん!すごく嬉しいよ!」
「えへへ。」
「皆さんも、本当にありがとうございます!」
ホワイトデーサプライズ企画、ということで提案者の零にまず感謝の意を述べ、
次いでその場にいる協力者全員に頭を下げるyou。
参加者一同、youに穏やかな笑みを向けた。
「嬢ちゃんにはバレンタインと一緒に引越し祝いの歓迎会っつーサプライズまでもらってるからな。」
「ですね、銀さん!」
youの頭をぽんぽんと撫でて、ニッと歯を見せて笑う銀二と、彼の意見に同意する森田。
「あ、あと…平山さん?はじめまして、先月隣の福本荘に越してきた森田鉄雄です。」
「え、ああ……平山…幸雄です、よろしく。」
「銀さんが若かったらこんな感じなのかな……。」
「は?」
「あっ、いや!こっちの話!気にしないでください!」
「はぁ…。」
「へへっ。」
初対面の平山と森田が挨拶を交わしたのち、
森田の傍にいた銀二も自己紹介をする。
そんな遣り取りが終わったところで、
アカギがフラリと平山の横にやってきたのだが…。
「ところで、凡夫は何なの?仕事してないの?暇なの?」
「お前にだけは言われたくなわッ!つか凡夫って言うな!!」
「フフ…。」
「お前が車出せって言うから休み取ってやったんだよ!!」
「わお、オレのため?そりゃ有難くねェな。」
「youのためだ、バカ!!」
クール&クレバーを売りにしている代打ちとは思えぬ程の大声でアカギに食って掛かる平山(と、それを受け流すアカギ)。
「あああ、ごめんなさいゆっきー!わたしの所為でお休みが…!!」
否が応でも聞こえるその声に、youがすかさず反応して平山にペコペコと謝ってきた。
それは不本意な受け取られ方をしていると、すかさず平山がフォローを入れる。
「あ、いや…違うって!『youの所為』じゃなくて『youの為』ってことだよ。怒ったのはアカギの態度が失礼だと思ったからで…。」
「でも…。」
「わざわざ俺にまでバレンタインってことで菓子持ってきてくれただろ……結構嬉しかったんだぜ。」
「そう、なの…?」
「ああ。ありがとな。」
「こちらこそ…今日はご招待ありがとう。あと、車まで出してもらって…。」
「ん、別にいいってそのくらい。」
「二重三重にありがとう。」
「はは、大袈裟なヤツ。」
youと話している平山はとても自然で、
それが本来の彼の姿なのだろうと全員が思い至る程。
ただ、最終的にそれを良く思わない者が多いワケで…。
当たり前のようにそこにアカギが割って入るのだった…。
「youは温泉好きか?」
「え、あ、はい、好きですよとっても!大好きですよー!」
「…もう一回言って。」
「大好きですよ!」
「クク…ありがと。」
「はっ!!わ、罠ッ?!ちょっと、何言わすんですかアカギさん!//」
「フフ…でもよかったよ、喜んでもらえるなら。企画した甲斐があった。」
「アカギさん…。」
「こういう…大勢で出掛けたりって慣れてないし、ちょっと苦手だけど……youが嬉しいなら、オレも…うん、そうだな……嬉しいよ。」
「…ありがとう…。」
アカギの性格を知るyouにとって、このイベントが彼にとって面倒なことだと理解している。
それでも、その無理をしてでも、自分のことを考えてお返しを用意してくれたことが嬉しくて、思わずじーんと感動してしまうyouだった。
アカギとyou、2人の世界になりそうになったところ、
勿論、そうは問屋が卸さないとばかりに間に割って入るのは零。
「じゃぁ、そろそろ出発しましょうかっ!!」
「間に割って入るなよ…。」
「すいませんねぇアカギさん……この辺りがちょうど真ん中だと思ったんで。」
「…真ん中…?」
youとの間に割り込んで入ってきた零。
彼の言う意味が分からず、珍しくアカギが首を傾げると、
零は徐に自分の携帯を取り出した。
「携帯で何を…?」
「くじ引きですよ、youさん。」
「くじ?」
「うん、車の。」
「ああ、そっか!2台で行くもんね…。」
「運転者は自家用車持ちの平山さんとレンタカー手配してくれた森田さんなので、それ以外のメンバーでどちらに乗るか決めましょう。」
「うん、分かった。」
「ネットにあみだくじのツールがあるんで、それを使いますね。」
「へー!そんなのあるんだ…。」
零の提案で、乗用する車を決めることとなったのだが…。
「…クク、あみだくじというギャンブル…面白い…!」
「な、何でくじ引きがギャンブルなんですか?」
「分かってないね、you…。」
「?」
「皆アンタと同じ車に乗りたいって思ってるからだよ。」
「またそんな冗談を……じゃぁ、わたし先に引きますねー!」
アカギの言葉を冗談だとスルーし、youは一番に零の持つ携帯を覗き込む…。
「零くん、わたしココにする。」
「オッケー、じゃぁココはyouさん、と…。」
携帯に表示されたあみだくじの枠の一箇所にyouの名前を打ち込む。
すぐに、アカギやカイジ、美心も自分のくじの場所を選び、
残すは2枠…零と銀二。
「銀さんは何処がいいですか?」
「んー俺は余った方でいいよ。」
「じゃぁ、オレから選びますねー。」
零の問いかけに銀二が答えたところで、
大きな声がその場に響いた。
「ちょ、ちょっとちょっと!銀さん!何で?!銀さんはオレの方に乗るんじゃ…?!」
「ん?別にいいじゃねェか…いつもオレとばっかじゃ森田もつまらんだろ……。」
「そんなことあるわけないじゃないですか!!」
「ま、でもあみだくじなんて久しぶりだし…オレも運試ししたいしな。」
「運試しって…。」
「嬢ちゃんと一緒が当たりなんだろ?」
「な?」と、youに目配せをして不敵な笑みを浮かべる銀二。
その話題は冗談だったと油断していたこともあり、
改めて、しかも凡そ冗談とは無縁だと思っていたキャラクターの銀二に掘り返されたことで思わず真っ赤になってしまうyouであった。
そんなこんなで、全員がくじを選択し、枠の全てが各々の名前で埋まった。
「じゃぁ、一人ずつ言うね。」
そう言って、零が右から順に名前と、どちらの車に乗るかを伝えていった…。
結果。
平山の車に乗ることとなったyouと銀二。
「銀さん前と後ろはどっちがいいですか?」
「んー…オレは後部座席でまったりする方がいいな。」
「アカギさんは?」
そしてアカギ…。
「youの隣。」
「それって平山さんの車をアカギさんが運転するってこと?アカギさん免許持ってたんですね!」
「ククク……免許、か…「免許」ねぇ…。運転はできるよ「運転」は。」
「・・・。」
「・・・。」
「平山さん、運転お願いしますね!あ、わたし助手席に座ってもいいですか?」
最後に、車の持ち主である平山。
「了解。」
「あらら。」
「あららじゃねぇよ!アカギ!お前にはハンドルに指一本触れさせせェからなッ!!」
「フフ…。」
一方こちらはレンタカー組…。
「ああああ!何で!何でこんなことに!!銀さぁあああん!」
「五月蝿いよ森田さん……オレだって嫌だよ!」
「銀さぁああああん!!カムバーーーック!!」
「ああ、クソッ!あみだなんかにしなければよかった……平井さんとアカギさんの豪運レベルを完全に見誤ってた…。」
と、2人して嘆く運転手の森田と、あみだくじ提案者の零…。
そ し て …
「やったー!カイジくんと車も一緒だっ!美心、し・あ・わ・せ…!」
喜びを顕にし、カイジの腕にしがみ付く美心。
「摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空…」
最早悟りを拓く勢いでブツブツと般若心経を唱えるカイジ…。
「カイジさんスゲェ……とうとう解脱という名の現実逃避に…。」
「カイジくん顔色悪いよね……体調悪いのかな…。」
カイジの様子を見て、そう呟く零と、心配そうにカイジを見るyou。
彼女はそのままカイジに駆け寄り、顔を覗き込んだ。
「カイジくん、大丈夫?体調悪いの?」
「え……女神…?」
「もしかして、体調悪いのに無理して来てくれたの…?」
「you!!あっ、いや違う…!大丈夫…だ、よ。」
「…そう…なの…?」
「ああ、ちょっと……残念だっただけ…だから。」
「残念…?」
「オレもyouと一緒の車が良かったと思ってさ。」
「カイジくん……ありがと。」
「・・・//」
「わたしも一緒がよかったな。」
「え!ま…マジ…?!//」
「うん、だってこっちだと美心ちゃんもいるし。」
「ねー?」と、カイジの横に立つ美心に笑いかけるyou。
美心も嬉しそうに「私もー!」と、満面の笑みで返事を返す。
「そ、そうですか。」
そうぽつりと零し、カイジはがっくりと項垂れた。
(この時、アカギと零がにやりとほくそ笑んだのは言うまでもない)
かくして、一泊二日のホワイトデーサプライズ温泉旅行(という名のバトル)の火蓋が切って落とされたのだった…。
*。゜.*。゜.*。゜.*
何度か休憩を入れつつ、二時間ほど車を走らせ、
辿り着いたのは、赴きのある小奇麗な温泉旅館。
部屋割りはyouと美心の2人部屋と、カイジ、零の2人部屋。
アカギ、銀二、森田、平山は自分で金を出すからと各々一人で部屋を予約していた。
フロントで手続きを取る代表者の零と、個別に部屋を予約した4人以外はロビーで待つことになり、
零、アカギ、平山、銀二、森田が宿泊手続きを行う…。
「オレは銀さんとなら二人部屋でも良かったですけど。」
「おいおい、変な発言かましてんじゃねェよ…。」
「え?」
「あー、もういい……いい加減お前も女作れ、な、森田…。」
「今は銀さんとの仕事が楽しいんで、いいです。ていうかお前「も」って…もしかしてカイジと美心ちゃんのことっすか…?」
「あ?違うのか?」
「銀さんそれ本気で言ってます?」
「??」
きょとん、と「?」と小首を傾げる銀二。
ちなみにその、ナイスミドルの中年らしからぬ可愛い仕草に、
フロントの女性フタッフが顔を真っ赤にして鼻息を荒くしていたのはここだけの話。
それから全員の手続きが終わり、夕飯の時間まで各々の部屋で寛ぐこととなった…。
・
・
・
・
「youちゃん、ありがとうね。」
「え?」
案内された部屋に入るや否や、美心の感謝の言葉に立ち止まる。
振り向き「急にどうしたの?」とyouは首を傾げた。
「youちゃんと一緒にケーキを作ったから、皆さん美心へも声を掛けてくれたでしょ?」
「いや、でも本当のことだし……美心ちゃんがいなかったら、全員にチョコ渡してたか怪しいし……それに、作ろうって言ってくれたのがホールのケーキだったから、沢山の人に渡せたんだよ。銀さんと森田くんとも仲良くなれたのは……あのケーキのお陰…つまり美心ちゃんのお陰なんだよ!」
「youちゃん…。」
「ありがとう、美心ちゃん。」
「あーん、youちゃん、大好き!」
「ふふ…。」
手に持っていた荷物をその場に置いて、美心はyouに抱きつく。
勿論、youも美心を抱き返して、笑った。
「やっと寛げるし、座ってお茶でも飲もうか?」
「あ、じゃぁ美心が淹れるね!」
「ありがとー。」
それから、2人は広々とした和室でお茶を飲み、小一時間程まったりと女子トークを繰り広げた。
そしてそれから、美心が早々と温泉を堪能したいと風呂へ赴くのに付き合い、気付けばもう夕飯の時間…。
人数が若干団体気味であるため、中規模の宴会場が用意され、
そこで豪華な料理を全員で堪能した。
その後は再び自由時間となり、youは美心と2度目の温泉に浸かることになったのだが…。
・
・
・
・
「はぁ~、いいお湯だね、youちゃん!」
「本当、日頃の疲れが吹き飛ぶよー!」
「十分に癒されて、現実に戻らないとね!」
「そうだね!うーん、お料理も美味しかったし、温泉も最高!皆に感謝しないと…。」
「ね。」
少し熱めの湯に浸かり、露天風呂を堪能する2人…。
女湯の仕切りを隔てた向こう側に、ホワイトデーサプライズメンバー(男)が全員勢ぞろいしていることなど知らずに…。
「おふっ、何か隣から声が聞こえると思ったら…!」
「そんな隅っこで何してんのカイジさん……?」
「!?!!」
「?」
露天風呂の隅でぶつぶつ独り言を言うカイジに近づき、声を掛けた零。
今回の参加者は、どちらかというと馴れ合いが苦手そうなメンバーが多いとは認識していたので、
零もカイジが端にいることは別段違和感など抱かなかった。
更に言うならば、まじまじとカイジの身体を見てみると、焼印はあるわ、指の切断跡はあるわ、
入浴ということで髪を括ったことで、普段見えない耳の辺りにも目を馳せれば痛々しい傷跡までが見て取れる…。
明らかに堅気ではない道を歩んできたのは明白で…。
とどのつまり、そういうところを知られたくなくて、見られたくなくて一人で隅にいるのかと思い至った。
だが、それは自分も同じで、怪我こそ負っていないものの、
死ぬほど危ない目に遭った歴史を持っている。
だからこそ、そんなことを気にする必要など無いとも零は思う。
というか、ぶっちゃけこの場にいる男性陣の殆どが堅気でないことは明白なのだから心配する必要は毛ほども無いのだ。
そういうこともあり、何気無く声を掛けたつもりだったのだが…。
「ぜぜぜぜろっ?!」
「うわ何めっちゃ動揺してるこのひと…。」
「な、何だ急に…!」
「いや、別に何もないですけど……ていうか何でそんなに声小っちゃいんですか。」
「だっ、て、そ……き、聞こえちまうだろ!」
「はぁ?誰に?」
「あ…え………えっと……//」
「・・・。」
零の問いに、右へ左へと視線を泳がせてあからさまに動揺を見せるカイジ…。
怪訝な目を向けていると、自分たちのいる男湯の仕切りの向こうから、割とクリアに聞き知った声が耳に届いた。
それがyouと美心の声だと理解するのに、そう時間は掛からず…。
「youさんたちの声…2人もお風呂入ってたんだ…。」
「・・・。」
「で、カイジさんはここで聞き耳を立てていた、と。」
「バッ!ちが……違くねェ…けど……つか、その…//」
「??」
「お、お前にも教えるから……絶対誰にも言うなよ?!」
「はぁ?」
「ちょっと場所代われ!」
ぐい、と…腕を引いて、今まで自分が浸かっていた場所に零を移動させると、
自身は彼の横に座して、くるりと湯船の中央に背を向け、小声で囁く…。
「端から数えて8本目…。」
「え?」
「8本目と9本目の間!」
「1、2、3、4・・・っ?!」
男湯と女湯を隔てる壁は立派な竹でできており、
零がカイジに言われた通り、竹を一本一本数えていったところ、指示されたその場所で驚くべきものを見つけた。
「こっ…これって!」
「お前にも見えたか…零…。」
「ちなみに目を細めるともっとよく見える。」
「最低だなオッサン…。」
「なっ!何ッツ!」
「確かにyouさんのお風呂シーンが見れるなんてすっごく……見たいけど…。」
「見たいんかい。」
「でも、でも……ダメッ……これは…人としてダメな気がする…ッツ!!//」
「(何か…零って変なところでピュアだよな…。)」
「だからオレにはできないッ!//」
ブンブンと赤い顔で首を横に振って、
零がその場を離れようとした時だった…。
ぎゅっと目を瞑ったままの零の上方から、
全く会話に参加していなかったハズの男…アカギの声が落とされた。
「何ができないんだ?」
「「くぁwせdrftgyふじこlp?!!」」
零とカイジ、二人して慌てて振り向けば、
何と其処にはアカギ以外も…というか、全員が勢揃いしていた。
「あ、あああ、アカギッ?!」
「ていうか平井さん、森田さん…ひ、平山さんまで!!」
尚も動揺して上擦った声を上げれば、
一同顔を見合わせ、中でも一番に銀二が二人の疑問に答えた。
「いや、何か森田がお前等が隅っこでボソボソ怪しいっつーから……こんな隅っこで何してたんだ、2人で…。」
「いや…その……実はオレもカイジさんがブツブツ独り言言ってたのが気になって声を掛けたんです。」
「そうなのか……で、何話してたんだ?」
「それが……カイジさん…女湯覗いてて。」
「「「・・・・。」」」
零の至ってシンプルな説明に、カイジは青褪め、
他全員は沈黙し、無表情になった…。
「零ッ…!お前…う、裏切り者!言うなって、誰にも言うなって言っただろ…!!」
「でもオレ、その約束に頷いてないし……その前にオレは背徳感が先に立って、見れないって離れようとしたし…。」
「ううう裏切り者ぉおお!!」
もうだめだ、このことを彼等は後で絶対彼女らに話すだろう…。
そして、youに最低だと蔑まれる…。
カイジの脳内で覗きをバラされて好きな女性に嫌われるという方程式が組み立てられたところで、まさかの…思い掛けない事が起こった。
「ドコで見れんだ?」
「え?」
「全然見えねェぞ??」
「あ…え……えっと、端から数えて8本目と9本目の間…。」
「1~2~3~4…。」
「あ、あの……ぎ…銀二さん…?」
「シッ、数が分かんなくなるだろ……7、8………おぉ!」
どうやら見えたらしい。
というか、まさかの銀二の行為にカイジのみでなく、
零や平山も二の句が告げなくなる…。
「ぎ、銀さん!もぉ、何やってんですか!//」
「おう、森田も見てみるか?」
「おお、オレはいいですっ!」
「ほー……いい身体してんだな…。」
「っ…!?//」
そうして、見るべきものは見つ…とばかりに、
そっと竹の壁から身体を離し、その場を離れていく銀二。
「よかったな、カイジ。」
「え、な、何が…?」
「すげースタイルいいじゃないか…。」
「え…??」
ポン、とカイジの肩を叩いて、銀二はそのまま露天風呂から出て行った。
慌てたように森田が彼の後を追い、
残された一同はワケが分からないと、頭に疑問符を浮かべる…。
「銀二さん…一体何言って…?」
「あ…!」
「何だよ、零…。」
「銀二さん、美心さんがカイジさんの恋人だって勘違いしたんじゃ…。」
「え…何それヒドイ……ていうか零、お前それyouにも失礼…。」
「そっかそっか!よかったね、カイジさん!」
「おい!人の話聞けよ!」
「オレ、別に美心さん程ナイスバディじゃなくてもyouさんが好きだから!」
「零テメェ……そんなこと言うならオレだってyouが…ッフブッ?!!」
急に伸びてきた手に口を塞がれたカイジ…。
誰がそんなことを、と横を見れば、
いつになく真剣な顔をしたアカギその人であった。
「?!」
「静かに……youたちが何か喋ってる。」
「!」
静かな声で指摘され、アカギの言う通りに黙って耳を澄ませば、
割と大きなボリュームで女性2人の会話が聞こえてきた…。
・
・
・
・
「ねぇ、突然だけど……youちゃんって好きな人いるの?」
「えぇっ?!」
「最近ずっとアカギさんと一緒にいるよね、もしかしてもう既に付き合ってるとか?」
「ななな、ないない!あ、あれはいつも、からかわれてるだけ!//」
「そうなの?」
「そうなの!」
「でも、アカギさんは絶対youちゃんのこと好きだと思うよ~?美心の勘は当たるんだから☆」
「そ…そんな…。」
「今日だって、ずっとyouちゃんのこと見てたし。」
「そんなことないと思うけど…。」
「ホラ、アカギさんって凄くクールじゃない?THE一匹狼っていうか!」
「(The…。)」
「でもね、youちゃんと話してる時とかすっごく優しい顔してるって思ったの!」
「え"っ…?!優しい?!(いつもその眼光に射殺されてるんですが!!)」
「そう!見てる時も何ていうのかな…凄い愛おしいものを見る感じの目だよ!でも、その反対に、恍惚っていうの?疎ましいっていうか…狂おしいっていうか……そんな風にも見えた。」
「身の危険を感じる…。」
「だから、youちゃん、愛されてるんだなーって思ったんだけど…。」
「可愛さ余って憎さ何倍…怖い…。」
「どうしてそうなるかな…。」
温かな風呂に浸かっているのに、寒波に当てられたような身震いが止まらないyouであった…。
最終的に口元までどっぷり温泉に浸かり、それからyouも美心へ反撃に出た。
「そういう美心ちゃんは?」
「えっ!!?」
「美心ちゃんの好きな人。」
「そ、それは…!//」
「カイジくんと仲良いよね……もしかして…。」
「・・・!//」
と、尋ねたその言葉に美心の顔は真っ赤に染まり、
壁を隔てた向こうのカイジは再び真っ青に変色する…。
「(よせっ…!やめろよ…っ!!頼む!誰か!誰か止めてくれ…ッツ!!アイツを!み、美心を…ッツ!!)」
ぐにゃぁああと、視界が歪むのはカイジが逆上せた所為ではないだろう…。
自分を取り囲む一同が哀れんでいるようにも、
ほくそ笑んでいるようにも思えた…。
このままカイジは二重の意味で撃沈してしまうだろう…。
誰もがそう思ったのだが、神はまだ彼を見捨てなかったようだ。
「内緒っ☆」
そう、すぐさま聞こえた美心の言葉で、カイジは気を取り戻すことができた。
「カイジくんはね、美心の特別な人なの。」
「え、じゃぁ…。」
「あ、と、とりあえずカイジくんと仲良い理由!理由ね!」
「うん…?」
「私のパパ、今でこそあんなお金持ちで、豪邸に住んでるけど、ちょっと前まで会社のリストラに遭って、ママと離婚するってトコまでいってたんだ…。」
「えっ!?そうだったの?!ごめん…知らなかった。」
「youちゃんが謝ることないでしょ。で、ね…その危機を救ってくれたのがカイジくんなんだって。」
「えぇ?!」
「2人に聞いても絶対何も教えてくれないから、詳しい事は私も分からないんだけど……カイジくんのお陰で命が助かって、大金を稼ぐことができたんだって。」
「そうなの?!実は凄い人なんだね、カイジくんって……知らなかった…。」
「そうは見えないよね…だけど、本当。勿論、最終的には大金を手にしてもママと私を見捨てずに、また呼び戻してくれたから……パパが私達を愛してくれてたから今幸せなんだけど…。」
「美心ちゃん…。」
「でも、その根底にはカイジくんありきなんだって。だから、私にとってカイジくんは特別な人なの。」
「そうだったんだ……。」
「うん。」
「美心ちゃんも色々あったんだね……わたし、いつも明るい美心ちゃんしか知らなくて…そんな寂しい思い、したことがあったなんて知らなくて…っ…。」
「えぇー!何でyouちゃんが泣くの!?」
「だってぇ…。」
いつも自分に優しく、明るく接してくれる親友にそんな過去があったとは知らず…。
いつも甘えてしまって申し訳ない、と泣き出したyou。
美心は嬉しそうに笑ってyouの頭をポンポンと撫でた。
「ありがとうyouちゃん…私のこと思って泣いてくれて。美心、すっごく嬉しい。」
「うう…。」
「これからも友達でいてね。」
「わたしこそ、これからも仲良くしてね。」
そんな、思わぬ話題の転換ぶりに、向かいの男性ら一同は驚いたものの、
最終的に2人の絆が深まったことに謎の感動を覚えるのだった…。
「何だろう…この謎のほっこり感…。」
「ああ…何かよく分からんが、良かったな…。」
零の呟きに平山が賛同の言葉を発した。
カイジはいつの間にやら血色が元に戻っており、
しかも何故か目が潤んでいる…。
「カイジさん、何?!もしかして泣いてる?!」
「違うッ……ちょっと、思い出しただけだよ…ッツ!」
「思い出す?何を…?」
「あの時おっちゃんと分けあった…目の眩むような大金…!それを手にした次の日に素寒貧になっちまったことだよッツ!!」
「なにそれ悲しい!!!」
「あああ!!!遠藤ぉおおおお!!!」
「(大家さんか…。)」
今にも湯船の中に沈んでいきそうなカイジを平山と零が支え、露天風呂から出るよう歩き出す…。
泣きながら露天風呂から連れ出されていくカイジ…。
「何か……賭場で出禁喰らった厄介な客みたいだな。」
アカギの何とも的を得た比喩は湯煙に溶けた…。
それから暫く、美心が泣いているyouを落ち着かせると、
その後は話題が別に移ったらしく、
好きな人の「す」の字も出ない勢いで別の女子トークで盛り上がり始めた。
そうなれば此処には用は無いと、アカギもその場から去り、入浴タイムは終了となった。
最終的には各々、部屋に戻って寛いだり、卓球で遊んだりと自由な時間を過ごし、
ようやく騒がしかった一日が終わった…。
ように思えた。
夜、美心と2人、並んで敷かれた布団で寝ていたyou。
湯冷めしないようにと布団を引き上げすぎたのが仇となったようで、
とうとう暑苦しさに耐え切れずに目覚めてしまった…。
「あ……あつい…!!」
がばっと起き上がり、呼吸を整えると改めて分かってくる
全身に汗をかいた気分の悪さ…。
部屋のシャワーを使ってしまえば簡単に気持ち悪いベタベタ感からは開放されるが、
同室の美心を起こしてしまい、迷惑が掛かってしまうかもしれない。
それならば、折角温泉に来ているのだし、
ご丁寧にも24時間開放してある大浴場に行ってしまおうと、youは立ち上がった。
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深夜に自分一人だけで、少し心細い気がしたが、
真の意味で貸切なんだ!と言い聞かせて大浴場へ向かったyou…。
しかし、良くも悪くも後ろから呼び掛けられた声によって、
その意気込みは脆くも崩れ去った。
振り向いた先にはいつもの見知った顔があったから…。
其処にいたのは…。
○アカギ
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