代打 市川
name setting
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
花の色は
移りにけりな
いたづらに
わが身世にふる
ながめせしまに
花の色、君の顔
「市川せんせー。」
「…なんだ、騒々しい…。」
「お茶葉どこですかー?」
「ポットの横の食器棚の上から二番目だ。」
「お茶葉どこですかーってばー!」
「ポットの横の食器棚の上から二番目だ!」
「Si!分かりましたー!」
「あ!あったあった」と喜ぶ声がして、茶器が鳴る音が部屋の奥から聞こえた。
暫くして、畳の上を歩く音が市川に近づき、彼の後ろでその音は止んだ…。
「はい、お茶です。」
「ありがとよ。」
「ホンット、縁側でお茶を啜る姿が似合うなぁ。」
「安い喧嘩は買わない主義でな。」
「知ってる、先生のそういうとこが好き。」
「…物好きだな。」
そう呟いて寂しく笑った男は市川という。
彼は裏世界のプロ雀士だったが、最近その世界から引退したとのこと。
その手の組の者には有名な代打ちで『盲目の市川』の通り名だけで振り向かれる程。
未だに度々お呼びがかかることもあるが、彼はそれをことごとく一蹴しているらしい。
引退を決めた原因は何かとyouは一度聞いたことがあった。
すると「子鬼に泣かされたから」と冗談めいた様子で笑っていた。
そして、彼の隣に座った女はyou。
近所に住んでいるのか、よく市川の家に勝手に上がりこんでは
彼と一緒にご飯を食べたりお茶を飲んだりしている。
気付けば何故か彼の事を「市川先生」と呼ぶようになっていて、
いつの間にか彼の事を好きになっていたと、言う。
「先生のお庭、やっぱ綺麗だねぇ。」
「・・・・。」
「先生手入れしてないのに。」
「したくても出来ねぇんだよ…。」
「しない方が綺麗なままだったりして。」
「…仏の顔も三度までって言葉、忘れんなよ。」
「Si。」
彼女が理解の言葉を発するとすぐに市川の横を風がすり抜けた。
それから「じゃり…」という音がして、市川はそれが何の音かを考える。
少し離れた方向からyouの声が聞こえて、
彼女が庭に出たのだと理解するに至った。
「もうすぐ桜の季節ですね。」
「桜か…。」
「あぁっ!!」
「今度は何だ……本当に騒々しい奴だな…。」
バタバタと足音が遠ざかったかと思えば、またバタバタと足音が市川に近づいてきた。
youは市川の目の前で止まると、彼の服の袖をグイグイと引っ張る。
「せんせー!蕾!桜の木にもう蕾が!」
「耳元で叫ぶな…聞こえてるよ。」
「かわいい!」
「ああ、そうかい…。」
彼女がくるようになって市川は静かに休息を取れたためしが無いように思う。
しかし、例えば彼女が風邪で来れなかった日だとかがあれば、
それはそれで何かぽっかりと穴が開いたような、
自分が酷く年老いていくような感覚に陥るのだ。
更に言えば彼女は四季折々の物を見つけては教えてくれているよう。
道端で摘んできたというたんぽぽに春の匂いを
見つけたと騒いでいたセミの抜け殻からは儚さと夏の始まりを覚え
家に持ってきた柿や栗や焼き芋で秋を堪能し
後ろからぶつけられた雪玉には冷たさと冬の訪れを感じた
それは彼女の存在を有難いと思えると同時に、
見たくとも目に映らない歯痒い思いを確固とさせる要因でもあった。
今日もまた、その低温火傷のようにひりひりと胸を焦がす彼女の存在が
一瞬、無性に腹立たしくなった市川。
彼にしては非常に珍しく、自分から彼女に憤りの言葉を向けた。
「オレにはどんなものか、もう分からんよ。」
「ん?」
「蕾の可愛さも、桜の美しさも。」
「市川せんせー…?」
「赤とはどんな色だったのか…空は何色から何色に姿を変えるものだった?」
「・・・・。」
「オレには何も見えなんだ。」
「・・・・。」
「オレにはお前も……映らんのだよ。」
「市川さん…。」
それ以降暫くの沈黙が続き、まだ春になりきれていない冬の終わりの風が吹き抜ける。
その寒さに縁側での日向ぼっこを断念したのか、市川が立ち上がった。
続いて、何も言わずに背を向けた市川にyouが「ねぇ」と呼びかける。
振り向かず、無言で…でもその続きを聞き入れる態勢の市川。
安堵したような表情でyouは笑った。
「Oye!!先生!無い色は作ってしまえばいいんだよ。」
「何を…酔狂なことを。」
土を蹴る音が響き、youが縁側に両手を付いた音がした。
彼女の存在を感じたその市川の後ろから、案の定言葉が続く…。
「麻雀の牌の並びを頭の中で描くように、市川さんが思う色をそう名付ければいい!」
「はぁ?」
「これが赤だと市川さんが思ったら、それを赤にしてしまえばいいんだよ。」
「・・・。」
「それが人には「赤」じゃなくても、市川さんの「赤」だもの。」
「あのな…。」
「思い描いた「桜」が「桜」じゃなくても、市川さんが決めたらそれは「桜」。」
「もういい、you。」
「想い、描いて?私の顔を……市川さんが描けばそれはきっと「私」だから。」
立ち止まったままだった市川が緩やかに振り返り、再び縁側へと着席した。
市川には映らないが、縁側に手を付いたyouのちょうど前に2人の顔は向き合っている。
「オレがあと何年若けりゃよかったんだろうか。」
「その質問は全くもってナンセンス、全ては先生の想像で創られるものだから。」
「哲学気取りの小娘め。」
クッと笑った市川を見て、youもニッと歯を見せて笑った。
そうして、観念したように深い溜息を吐いた後、市川は彼女に尋ねた。
「……お前の顔に、触れてもいいか?」
その市川の言葉を待ち侘びていたように、嬉しそうに微笑んだyou。
ただ何も言わずに、市川の手を取り自分の顔へと誘った。
絶世美女の
句に乗せて
君に届けや
我が想ひ
美しい花の色は、色あせてしまった。
この長雨が降っている間に。
それと同じように、
私が物思いにふけっている間に、
私の若さも過去のものとなってしまった。
詠人:小野小町
*。゜.*。゜.*。゜.*
1/1ページ