『天』 赤木しげる(壮年)
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「ひろゆき、お前に頼みがあるんだ。」
そういってあの日、アカギさんに手渡された本を
僕は今日、彼女に渡した。
君ヲ愛ス
「youさんに渡してくれって、言われました。」
「そう…。」
それは、年季が入ったようには見えるが、何度も何度も読み返したという程汚れたり破れていたりはしていない本だった。
「アカギさんの愛書だろうか?」といった風に不思議そうな顔でじーっと手渡したその本をひろゆきが見ていると、
彼女はそれに気付き、ふっと彼に笑いかけた。
「気になるみたいね、ひろゆきくん。」
「え…っと…はい……まぁ…。赤木さんの愛書か何かですか??」
「違うと思う……愛書なんてあったらもっと柔軟な考え方ができる人間になってたと思うわ。」
「ははは…ですよね…。」
youの的を射た的確な答えに、
生前の赤木しげるの生き方を思い出して、ひろゆきは苦笑した。
「じゃぁ、この本は一体…。」
「さぁ……あら、手紙が挟んであるみたい。」
「えーっと……。」
彼女に宛てた手紙を自分も拝見していいものか悩んでいると、
ひろゆきの考えを見抜いて、youは優しく声を掛けた。
「ほら、ひろゆきくんも早く。」
「あ、は、はい!」
youの隣に座って、手紙を覗き込む。
youはその内容を声に出して読み始めた…。
『捨てるだけの想い出なら要らない。そうかもしれないけども、
捨てたくないと思う、その願いくらいは
抱いたままでいていいのではないかと……オレは思うんだ。
知らなければ通り過ぎていた、あの日見た空の色も雲のカタチも
you、アンタのことでさえ……忘れるものならば……
オレはこの世界にもう何も臨まない。もう何も望まない。
そんなわけで……
これは逸らしようのない、オレの我儘をオレが選んだだけの事だから、
恐らくオレはもう、廻った後だと思うけれど……。
これに書き綴った想いが、どうか君に届けばいいと思う。』
「何か……深いっすね…。」
「ふふ……アカギさんって実は詩人だったのねぇ。」
「正直な感想、めちゃくちゃ似合わないですけどね…。」
「そうねぇ。」
柔らかく笑いながら…でも、少し寂しそうに…youは言う。
そんな物思いに更け込みそうな雰囲気から、ひろゆきが慌てて話題を引き離した。
「あ、あのっ!えーと……でも!この手紙と、この本と…何の関係があるんでしょうか?」
「そう……言われてみれば、そうね…。」
「この手紙を渡したかっただけなら、別にこの本までyouさんに渡す必要なんてないんじゃ…。」
「じゃぁ、興味深々なひろゆきくんの為に本を開いてみますかね。」
「そ、そういうつもりじゃ…。」
まるで子どもが言い訳するように俯いて言葉を詰まらせるひろゆき。
年齢のわりには若い外見や、その態度や言動……。
更に言うと、アカギが特に気に掛けていたところも併せ、
自分とアカギに子どもがいたら、きっと彼のようだったろうと考えて
思わず母親の気分になってしまうyouだった…。
そんな息子のような彼と隣に並んで座り、赤木から贈られた本を開く…。
「…何だろう……普通の文庫本ですね……赤木さんのお薦めの本とかですかね?」
「…………。」
パラパラとページを一通り流し、また目次のページから一定のスピードで一枚一枚を捲っていくyou。
その真剣な表情に、ひろゆきは本と彼女を交互に見ながら沈黙を保った…。
ちょうど真ん中くらいのページにきたときくらいから、
youのページを捲るスピードが急に遅くなり、
その表情は辛そうに顔を顰めている。
どんどん彼女の眉間に皴が寄っていくのを見て、驚いたひろゆきが咄嗟に声を掛ける。
「youさんっ?!大丈夫ですか?!」
「っ……!」
ひろゆきの声に反応し、我に返った様子のyou。
そして、彼女の頬にツ…と、涙が伝う…。
まるで溜まっていた想いが溢れ出したかの様に…。
「youさんっ!??」
「……て…がみ…。」
「え…?」
「アカギさんからの……てがみ。」
youの言っている意味が分からずに、
先ほど読み上げた手紙を手にとって「これですか?」とひろゆきは問う。
無言で首を横に振って、枯れそうな声を搾り出して告げた…。
「違う………この本…が、手紙なの。」
「この…本が?」
「『これに書き綴った想い』……アカギさんはこの本に残してくれたのね。」
「………意味が分かりませんよぉ!?」
「見て、ひろゆきくん…。」
手招きをされ、広げた本を覗き込んだひろゆき…。
別段変わったところなど何も無い、数回くらい読まれた感じの普通の本。
ただ、文字に一部印(しるし)が付いているので、その書き込みを見る限り、新品ではないことは確かだろう。
寧ろそれは古本屋で誰かが要点を書きこんで読み終えた後、売りに出されたものを買って贈ったかのような有様。
この本がどうかしたのか、という悩んだような表情でひろゆきがyouを見る…。
言わんとしていることが分かっているのか、彼女はふっと笑って本の印の箇所を指差した…。
そこはひろゆきが新書でないと判断した材料の文字への印。
ページごとに丸印で囲んである文字を一文字ずつなぞっていくyouの指を追って、
ひろゆきはその一つ一つを声に出していく。
「ど」
「こ」
「に」
「い」
「て」
「も」
「き」
「み」
「を」
「あ」
「い」
「し」
「て」
「る」
『何処にいても君を愛してる』
youの指が本から離れ、ひろゆきも本から目を離す…。
何も言わないまま、ただ静寂を保ち、静かに透明な涙を流した彼女を見やるひろゆき…。
【これに書き綴った想いが、どうか君に届けばいいと思う】
ただ 涙があふれた。
「あのね、ひろゆきくん……。」
「っ……ふっ…はいっ…。」
「私もアカギさんに手紙を書こうと思うの。」
「はい……っ!」
そう言って綺麗に笑ったyouさんの笑顔が
アカギさんに届けばいいと思った。
song to heaven…
(最後に一つ、聞いてもいいですか?)
(なぁに、ひろゆきくん。)
(どうして……アカギさんの最期に立ち会わなかったんですか?)
(「来るな」って前日に言われたの…。)
(え!?だって恋人なのに?!)
(何かね「先に逝くとこ見られたらyouに負けた気がするから、来るなよ」だって。)
(…赤木さんらしいですね。)
(ふふ…。)
2008/5 words from:yu-a
2024/5 改定
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