短編
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◇
アリスは深夜の図書室の片隅で、膨大な課題を前に一人で声を殺して泣いていた。
もう3年生にもなるのに、試験前になると決まって不安で胸が押しつぶされそうになる。文字が滲んで読めず、プレッシャーで呼吸が浅くなる。
周りは、勉強にクィディッチに、何でもそつなくこなしてしまう。どうして私一人だけ出来が悪いんだろう……そんな彼女の隣に、音もなく長い影が滑り込んできた。
──ジョージだった。
彼は何も聞かず、ホグズミードの悪戯専門店で手に入れた「バチバチ破裂キャンディ」をアリスの口に放り込んだ。突然口内でパチパチと奇妙な音が鳴り響き、驚いたアリスの涙が止まる。ジョージは悪戯っぽく笑いながら、彼女の頭を大きな手で乱暴に、けれど酷く優しく撫でた。
「泣き虫アリスには、俺の特効薬が一番効くな」
囁く彼の琥珀色の瞳は、冷え切った図書室の中で、暖炉の火のように温かかった。アリスの衣服が彼の制服と擦れ、微かに香る柑橘類の匂いが、張り詰めていた彼女の心を柔らかく解きほぐしていった。
◇
アリスは、毛布をきゅっと握りしめた。
あの頃の図書室の、古いインクの匂いが蘇る。
幸せそうなアリスの隣に座ったハーマイオニーは、素敵ね、と微笑んだ。
「それに、クィディッチをしているときのジョージ、本当に格好良かったのよ……」
アリスの瞳に、かすかな熱が戻る。
◇
熱気に包まれたホグワーツのクィディッチ競技場。豪雨が叩きつける中、ジョージは箒の上で誰よりも強く輝いていた。泥を跳ね上げ、風を切り裂いて進む彼の視線は、普段の軽薄さを削ぎ落とした獣のように鋭い。
アリスがキラキラとした目でジョージを追っていた、その時。目の前に、味方のチェイサーを狙った狂暴なブラッジャーが迫った。とっさのことに身体が動かず、思わずぎゅっと目を瞑った瞬間。──ジョージが驚くほどの速度で割り込み、バットを全力で振り抜いた。
鈍い打撃音と共にブラッジャーが弾け飛ぶ。彼は前髪から滴る雨水を乱暴に払い、地上で見守るアリスへと視線を向けた。背後で光った稲妻が、彼の濡れた赤毛を白く浮かび上がらせる。目が合った瞬間、彼はいつもの、アリスが大好きないたずらっぽい、無邪気な笑みを浮かべた。
「大丈夫か!俺の活躍を見逃すなよ!」
ごうごうと唸る嵐の中、不自然なほどにはっきりとジョージの声が聞こえた。
雨水に濡れて張り付いた赤毛の隙間から、一瞬だけアリスを独占するような熱い視線が注がれる。
そのあまりの勇ましさと、自分に向けられた特別な眼差しに、アリスの心臓は試合の歓声よりも激しく高鳴っていた。
◇
ハーマイオニーはアリスの話を聞き、「それって私も見てた試合よね?そんな場面あった?」と呆れたようにため息を吐いた。
「うそ!覚えてないの!あんなに格好良かったのに!?」
「アリスにとって、でしょう?」
「すっごく素敵だったのに……それに、私が一番ジョージのことを特別だって思ったのは、あの、アンブリッジが学校を支配していたときよ」
◇
ピンク色の恐ろしい独裁者、アンブリッジが学校を支配していたあの暗黒の時代。誰もが怯えたようにこそこそと過ごしていたあの時。
大広間の重苦しい静寂を打ち破ったのは、花火の轟音と、世界を塗り替えるような眩い光だった。ジョージとフレッドが箒に乗って颯爽と現れ、色とりどりの光の矢を放った。ドラゴンの形をした炎が咆哮を上げ、眩い光が廊下を駆け抜けた。
生徒たちの歓声が響き渡る中、アリスが見上げた先には、抑圧された世界を嘲笑うように、誰よりも自由で、誰よりも輝くジョージの姿があった。きらきらした笑顔が、彼をより魅力的に見せていた。
彼は無数の光の火花に照らされながら、ほんの一瞬だけアリスのすぐ近くに寄った。そして、優しい笑顔でアリスの額にキスをひとつ、落としていった。アリスが何かを言う前に、火薬の匂いと彼の体温を消えない刻印のように焼き付けて、ジョージはすぐさま飛び去った。
その背中に見つめ、アリスは完全に自分の心のすべてがジョージに奪われてしまったと確信した。
◇
アリスは毛布に包まったまま、恥ずかしそうに頬を緩ませた。あの時から、アリスにはもうずっと、ジョージしか見えていない。
誰より優しくて、誰より強くて、誰より輝いている。
大好きな、私の恋人。
「学校を去ってからも、ジョージはずっと私のことを心配してくれてた。W·W·Wがどんなに忙しくても、欠かさずに私の体調を気遣う手紙をくれたわ。一緒に、いつも悪戯グッズに紛れ込ませて、防衛術のお守りを送ってくれたりして。離れていても、いつもジョージに守られているって感じてた」
そこまで言って、アリスは一度言葉を詰まらせた。毛布を握る手に、さらに力がこもる。思い出すのは、あの暗黒の時代だ。
「あの……あの恐ろしい闘いのときもそうだった……」
◇
ホグワーツでの最終決戦。すべての人が、自身の身を守るので精一杯だった。アリスも、どうにか生き残るのに必死だった。それでも、闇の魔法使いは容赦がない。
死喰い人の呪文がアリスを目がけて飛んできた瞬間、アリスは足がすくんで、動けなかった。これまでなのだろうか。ぎゅっと杖を握りしめ、覚悟を決めたそのとき。
ジョージが、自身の身を挺してアリスの前に飛び込んだ。ジョージはアリスを強く抱きしめる。
「プロテゴ!」
彼の激しい息遣いと、アリスを絶対に離さないという強い力。
世界がジョージでいっぱいになり、アリスは思わず涙が溢れた。
ジョージの視界の外に別の死喰い人が見え、アリスは咄嗟に「ステューピファイ!」と叫んだ。
ジョージのおかげで、アリスはようやく自分らしく闘うことができたのだ。
◇
「ジョージは私を、命がけで守ってくれた。……それなのに、なんでこんなことになっちゃったの?私を裏切るなんて、考えたくない……。でも、あのメモは、あのハーブの匂いは、何なの?」
ジョージに会いたい。会いたくない。思い出すのはジョージの好きなところばかりなのに。
アリスの声が震え、再び涙が溢れ出した。
ハーマイオニーは何も言わず、ただアリスの肩を優しく抱き、背中をゆっくり撫で続けた。アリスがジョージを深く愛し、信頼していると知っているからこそ、どれほど今回のことがショックだったのかが、痛いほど伝わってきたからだ。
あのおバカさんをどうしてやろうかしら、とハーマイオニーが考え始めた、その時だった。
ハーマイオニーの家の暖炉から、突然、緑色の凄まじい炎が激しく燃え上がった。
「アリス!!」
煤まみれになることも厭わず、炎の中から転がり出るようにして現れたのは、息を激しく切らせたジョージだった。彼の赤毛は乱れ、いつもは整っている衣服はあちこちが引っかき傷のようになっていた。アリスが消えた後、必死に彼女の行方を探し、どうにかしてフルーパウダーを使って飛び込んできたのだろう。
アリスはびくりと身体を強張らせ、毛布のなかに身を隠そうとした。
ジョージは一歩、また一歩とアリスに近づき、その場に膝をついて、アリスの視線と同じ高さに顔を合わせた。彼の琥珀色の瞳は、怒りではなく、深い痛みの色と、切実なまでの愛着で満ちていた。
「お願いだ、アリス。話を聞いてくれ」
ジョージの声は掠れていた。アリスは顔俯け、強情に唇を噛み締めた。
「ジョージ、彼女は傷付いてるの。怒ってるの。納得できる説明がないなら、私が許さないわよ」
ハーマイオニーが厳しい口調で割り込む。ジョージは一度ハーマイオニーに視線を向け、深く息を吐き出し小さく頷くと、アリスの両手をそっと包み込んだ。彼の大きな手は、少し震えていた。
「アリス、ごめん。不安にさせて、泣かせて、ごめんな」
アリスは俯いて、握られた手をじっと見つめたまま動かない。
「アリス、君が見たメモの彼女だけど。結婚式とは別に、君と二人きりで過ごす時間を作りたくて、サプライズや女の子が喜びそうなことを相談していたんだ」
「……?」
「俺は男ばかりの環境で育っただろう?女の子が喜ぶ特別なプレゼントや、一生の思い出になるような演出が何なのか、自分の頭だけじゃどうしても思いつかなくて。彼女は昔からそういうロマンチックなイベントを考えるのが得意だったから、既婚者の友人として、意見を求めていたんだ。もちろん、彼女の旦那も一緒にね」
「……既婚者」
「そうさ。彼女はもう何年も前にマグル生まれの素敵な男性と結婚して、幸せに暮らしている。卒業してすぐだよ」
ジョージはアリスの手をさらに強く握りしめ、胸が締め付けられるような、切ない笑みを浮かべた。
「結婚式に彼女を呼ぼうとしたのも、直前までアドバイスしてもらいたくてさ。アリス、俺は絶対にアリスを世界一幸せにしたかったんだ。……でも、俺の配慮が足りなかった。君に余計な不安を与えて、こんなに泣かせるなんて、俺は本当に最低の婚約者だ。──ごめん、アリス」
ジョージの口から語られた真実は、アリスの頑なだった心を、一瞬でに溶かした。
彼の優しい瞳、不器用なまでの優しさ、そして何より、自分を喜ばせようと必死になってくれていたその気持ち。すべてがいつもの、アリスが愛したジョージ・ウィーズリーそのものだった。
「私のため……?」
「俺が何かをするのは、いつだって君のためさ。そうだろ?」
アリスは毛布を放り出し、ジョージの広い胸の中に勢いよく飛び込んだ。
「……ジョージのバカ!大好き!」
ジョージは一瞬驚いたように身体を揺らした。そして、すぐに愛おしそうに目を細め、アリスの身体を折れんばかりに強く抱きしめ返した。彼の胸の鼓動が、アリスの耳に心地よく響く。思い切り息を吸い、胸の中をジョージの匂いでいっぱいにした。
「知ってるよ。俺も君を死ぬほど愛している、アリス」
二人の間に、ようやくいつもの温かな空気が戻ってきた。ジョージはアリスの栗色の髪に何度もキスを落とし、アリスはその胸に顔を埋めて、嬉し涙を滲ませた。
いつまでも続くキスの雨にくすぐったさを感じたアリスが身を捩ると、二人の視線が交差した。
お互いに愛おしそうにその瞳を見つめ、口付けを交わす。
──その時。
「ここがどこだか、分かってる?」
二人がハッとして顔を向けると、そこには完全に呆れ顔のハーマイオニーが、腕を組んで立っていた。彼女の視線は、冷ややかでありながらも、どこか温かい呆れに満ちている。
「誤解が解けたのは何より。……だけど」
ハーマイオニーは二人に交互に視線を送り、わざとらしいほど大きな溜息をついた。
「次からは、自分たちの家でやってくれる?」
その言葉に、アリスは真っ赤になってジョージの胸に深く顔を隠した。ジョージはいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべ、ウインクをしてみせた。
「善処するよ、ハーマイオニー」
ロンドンの冷たい雨はいつの間にか上がり、窓からは、雲の隙間から差し込む一筋の柔らかな光が照らし始めていた。
アリスは深夜の図書室の片隅で、膨大な課題を前に一人で声を殺して泣いていた。
もう3年生にもなるのに、試験前になると決まって不安で胸が押しつぶされそうになる。文字が滲んで読めず、プレッシャーで呼吸が浅くなる。
周りは、勉強にクィディッチに、何でもそつなくこなしてしまう。どうして私一人だけ出来が悪いんだろう……そんな彼女の隣に、音もなく長い影が滑り込んできた。
──ジョージだった。
彼は何も聞かず、ホグズミードの悪戯専門店で手に入れた「バチバチ破裂キャンディ」をアリスの口に放り込んだ。突然口内でパチパチと奇妙な音が鳴り響き、驚いたアリスの涙が止まる。ジョージは悪戯っぽく笑いながら、彼女の頭を大きな手で乱暴に、けれど酷く優しく撫でた。
「泣き虫アリスには、俺の特効薬が一番効くな」
囁く彼の琥珀色の瞳は、冷え切った図書室の中で、暖炉の火のように温かかった。アリスの衣服が彼の制服と擦れ、微かに香る柑橘類の匂いが、張り詰めていた彼女の心を柔らかく解きほぐしていった。
◇
アリスは、毛布をきゅっと握りしめた。
あの頃の図書室の、古いインクの匂いが蘇る。
幸せそうなアリスの隣に座ったハーマイオニーは、素敵ね、と微笑んだ。
「それに、クィディッチをしているときのジョージ、本当に格好良かったのよ……」
アリスの瞳に、かすかな熱が戻る。
◇
熱気に包まれたホグワーツのクィディッチ競技場。豪雨が叩きつける中、ジョージは箒の上で誰よりも強く輝いていた。泥を跳ね上げ、風を切り裂いて進む彼の視線は、普段の軽薄さを削ぎ落とした獣のように鋭い。
アリスがキラキラとした目でジョージを追っていた、その時。目の前に、味方のチェイサーを狙った狂暴なブラッジャーが迫った。とっさのことに身体が動かず、思わずぎゅっと目を瞑った瞬間。──ジョージが驚くほどの速度で割り込み、バットを全力で振り抜いた。
鈍い打撃音と共にブラッジャーが弾け飛ぶ。彼は前髪から滴る雨水を乱暴に払い、地上で見守るアリスへと視線を向けた。背後で光った稲妻が、彼の濡れた赤毛を白く浮かび上がらせる。目が合った瞬間、彼はいつもの、アリスが大好きないたずらっぽい、無邪気な笑みを浮かべた。
「大丈夫か!俺の活躍を見逃すなよ!」
ごうごうと唸る嵐の中、不自然なほどにはっきりとジョージの声が聞こえた。
雨水に濡れて張り付いた赤毛の隙間から、一瞬だけアリスを独占するような熱い視線が注がれる。
そのあまりの勇ましさと、自分に向けられた特別な眼差しに、アリスの心臓は試合の歓声よりも激しく高鳴っていた。
◇
ハーマイオニーはアリスの話を聞き、「それって私も見てた試合よね?そんな場面あった?」と呆れたようにため息を吐いた。
「うそ!覚えてないの!あんなに格好良かったのに!?」
「アリスにとって、でしょう?」
「すっごく素敵だったのに……それに、私が一番ジョージのことを特別だって思ったのは、あの、アンブリッジが学校を支配していたときよ」
◇
ピンク色の恐ろしい独裁者、アンブリッジが学校を支配していたあの暗黒の時代。誰もが怯えたようにこそこそと過ごしていたあの時。
大広間の重苦しい静寂を打ち破ったのは、花火の轟音と、世界を塗り替えるような眩い光だった。ジョージとフレッドが箒に乗って颯爽と現れ、色とりどりの光の矢を放った。ドラゴンの形をした炎が咆哮を上げ、眩い光が廊下を駆け抜けた。
生徒たちの歓声が響き渡る中、アリスが見上げた先には、抑圧された世界を嘲笑うように、誰よりも自由で、誰よりも輝くジョージの姿があった。きらきらした笑顔が、彼をより魅力的に見せていた。
彼は無数の光の火花に照らされながら、ほんの一瞬だけアリスのすぐ近くに寄った。そして、優しい笑顔でアリスの額にキスをひとつ、落としていった。アリスが何かを言う前に、火薬の匂いと彼の体温を消えない刻印のように焼き付けて、ジョージはすぐさま飛び去った。
その背中に見つめ、アリスは完全に自分の心のすべてがジョージに奪われてしまったと確信した。
◇
アリスは毛布に包まったまま、恥ずかしそうに頬を緩ませた。あの時から、アリスにはもうずっと、ジョージしか見えていない。
誰より優しくて、誰より強くて、誰より輝いている。
大好きな、私の恋人。
「学校を去ってからも、ジョージはずっと私のことを心配してくれてた。W·W·Wがどんなに忙しくても、欠かさずに私の体調を気遣う手紙をくれたわ。一緒に、いつも悪戯グッズに紛れ込ませて、防衛術のお守りを送ってくれたりして。離れていても、いつもジョージに守られているって感じてた」
そこまで言って、アリスは一度言葉を詰まらせた。毛布を握る手に、さらに力がこもる。思い出すのは、あの暗黒の時代だ。
「あの……あの恐ろしい闘いのときもそうだった……」
◇
ホグワーツでの最終決戦。すべての人が、自身の身を守るので精一杯だった。アリスも、どうにか生き残るのに必死だった。それでも、闇の魔法使いは容赦がない。
死喰い人の呪文がアリスを目がけて飛んできた瞬間、アリスは足がすくんで、動けなかった。これまでなのだろうか。ぎゅっと杖を握りしめ、覚悟を決めたそのとき。
ジョージが、自身の身を挺してアリスの前に飛び込んだ。ジョージはアリスを強く抱きしめる。
「プロテゴ!」
彼の激しい息遣いと、アリスを絶対に離さないという強い力。
世界がジョージでいっぱいになり、アリスは思わず涙が溢れた。
ジョージの視界の外に別の死喰い人が見え、アリスは咄嗟に「ステューピファイ!」と叫んだ。
ジョージのおかげで、アリスはようやく自分らしく闘うことができたのだ。
◇
「ジョージは私を、命がけで守ってくれた。……それなのに、なんでこんなことになっちゃったの?私を裏切るなんて、考えたくない……。でも、あのメモは、あのハーブの匂いは、何なの?」
ジョージに会いたい。会いたくない。思い出すのはジョージの好きなところばかりなのに。
アリスの声が震え、再び涙が溢れ出した。
ハーマイオニーは何も言わず、ただアリスの肩を優しく抱き、背中をゆっくり撫で続けた。アリスがジョージを深く愛し、信頼していると知っているからこそ、どれほど今回のことがショックだったのかが、痛いほど伝わってきたからだ。
あのおバカさんをどうしてやろうかしら、とハーマイオニーが考え始めた、その時だった。
ハーマイオニーの家の暖炉から、突然、緑色の凄まじい炎が激しく燃え上がった。
「アリス!!」
煤まみれになることも厭わず、炎の中から転がり出るようにして現れたのは、息を激しく切らせたジョージだった。彼の赤毛は乱れ、いつもは整っている衣服はあちこちが引っかき傷のようになっていた。アリスが消えた後、必死に彼女の行方を探し、どうにかしてフルーパウダーを使って飛び込んできたのだろう。
アリスはびくりと身体を強張らせ、毛布のなかに身を隠そうとした。
ジョージは一歩、また一歩とアリスに近づき、その場に膝をついて、アリスの視線と同じ高さに顔を合わせた。彼の琥珀色の瞳は、怒りではなく、深い痛みの色と、切実なまでの愛着で満ちていた。
「お願いだ、アリス。話を聞いてくれ」
ジョージの声は掠れていた。アリスは顔俯け、強情に唇を噛み締めた。
「ジョージ、彼女は傷付いてるの。怒ってるの。納得できる説明がないなら、私が許さないわよ」
ハーマイオニーが厳しい口調で割り込む。ジョージは一度ハーマイオニーに視線を向け、深く息を吐き出し小さく頷くと、アリスの両手をそっと包み込んだ。彼の大きな手は、少し震えていた。
「アリス、ごめん。不安にさせて、泣かせて、ごめんな」
アリスは俯いて、握られた手をじっと見つめたまま動かない。
「アリス、君が見たメモの彼女だけど。結婚式とは別に、君と二人きりで過ごす時間を作りたくて、サプライズや女の子が喜びそうなことを相談していたんだ」
「……?」
「俺は男ばかりの環境で育っただろう?女の子が喜ぶ特別なプレゼントや、一生の思い出になるような演出が何なのか、自分の頭だけじゃどうしても思いつかなくて。彼女は昔からそういうロマンチックなイベントを考えるのが得意だったから、既婚者の友人として、意見を求めていたんだ。もちろん、彼女の旦那も一緒にね」
「……既婚者」
「そうさ。彼女はもう何年も前にマグル生まれの素敵な男性と結婚して、幸せに暮らしている。卒業してすぐだよ」
ジョージはアリスの手をさらに強く握りしめ、胸が締め付けられるような、切ない笑みを浮かべた。
「結婚式に彼女を呼ぼうとしたのも、直前までアドバイスしてもらいたくてさ。アリス、俺は絶対にアリスを世界一幸せにしたかったんだ。……でも、俺の配慮が足りなかった。君に余計な不安を与えて、こんなに泣かせるなんて、俺は本当に最低の婚約者だ。──ごめん、アリス」
ジョージの口から語られた真実は、アリスの頑なだった心を、一瞬でに溶かした。
彼の優しい瞳、不器用なまでの優しさ、そして何より、自分を喜ばせようと必死になってくれていたその気持ち。すべてがいつもの、アリスが愛したジョージ・ウィーズリーそのものだった。
「私のため……?」
「俺が何かをするのは、いつだって君のためさ。そうだろ?」
アリスは毛布を放り出し、ジョージの広い胸の中に勢いよく飛び込んだ。
「……ジョージのバカ!大好き!」
ジョージは一瞬驚いたように身体を揺らした。そして、すぐに愛おしそうに目を細め、アリスの身体を折れんばかりに強く抱きしめ返した。彼の胸の鼓動が、アリスの耳に心地よく響く。思い切り息を吸い、胸の中をジョージの匂いでいっぱいにした。
「知ってるよ。俺も君を死ぬほど愛している、アリス」
二人の間に、ようやくいつもの温かな空気が戻ってきた。ジョージはアリスの栗色の髪に何度もキスを落とし、アリスはその胸に顔を埋めて、嬉し涙を滲ませた。
いつまでも続くキスの雨にくすぐったさを感じたアリスが身を捩ると、二人の視線が交差した。
お互いに愛おしそうにその瞳を見つめ、口付けを交わす。
──その時。
「ここがどこだか、分かってる?」
二人がハッとして顔を向けると、そこには完全に呆れ顔のハーマイオニーが、腕を組んで立っていた。彼女の視線は、冷ややかでありながらも、どこか温かい呆れに満ちている。
「誤解が解けたのは何より。……だけど」
ハーマイオニーは二人に交互に視線を送り、わざとらしいほど大きな溜息をついた。
「次からは、自分たちの家でやってくれる?」
その言葉に、アリスは真っ赤になってジョージの胸に深く顔を隠した。ジョージはいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべ、ウインクをしてみせた。
「善処するよ、ハーマイオニー」
ロンドンの冷たい雨はいつの間にか上がり、窓からは、雲の隙間から差し込む一筋の柔らかな光が照らし始めていた。
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