第1章 Philosopher's Stone
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3 ハロウィンの悪夢
真夜中のホグワーツ城は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
長い廊下には月光が格子模様の影を落とし、壁に掛けられた肖像画たちが時折、小さな寝息を立てている。
「静かに、ロン。足音が響いてる」
ハリーが囁き、後ろを振り返った。赤髪のロンは不満げにつぶやき、そのさらに後ろでは、ハーマイオニーがエリーのローブの袖をきつく握りしめている。
エリーは、アッシュブラウンの柔らかな髪を小さく揺らしながら、周囲の暗闇に注意深く目を凝らしていた。
4人がたどり着いたのは、マルフォイに指定された3階のトロフィー室だった。ガラスケースの中に飾られた記念盾やカップが、月明かりを浴びて鈍く光っている。
しかし、約束の時間を過ぎても、マルフォイの姿はどこにもなかった。
「……おかしいな。あいつら、遅すぎるよ」
ロンが鼻を鳴らしたその時、隣の部屋から床板を踏み鳴らすような足音が聞こえてきた。その足音に混じって、しわがれた低い声が響く。
「どこだ……どこかに悪ガキどもが隠れているな? 匂いでわかるぞ……」
「フィルチだ!」
ハリーの顔から血の気が引いた。管理人に見つかれば、今度こそ確実に退学だ。マルフォイは最初から決闘などする気はなく、ハリーたちを夜の廊下に誘い出してフィルチに密告したのだ。
「こっちよ、急いで!」
エリーが瞬時にハリーの腕を引き、4人はトロフィー室の反対側の扉から全速力で飛び出した。背後でフィルチの飼い猫であるミセス・ノリスの鳴き声が聞こえる。恐怖で心臓が早鐘を打つ中、4人は暗い廊下をがむしゃらに走り抜けた。
しかし、行き着いた先は、頑丈な木製の扉が固く閉まっており、行き止まりになっていた。
「鍵がかかっているわ! もうおしまいよ!」
エリーは絶望的な声を上げた。足音はすぐそこまで迫っている。その時、ハーマイオニーがハリーの手から杖をひったくるように奪い、鍵穴に突き立てた。
「アロホモラ!」
カチリ、と小さな音がして、扉が奇跡的に開いた。4人は中に滑り込み、音を立てないようにそっと扉を閉めた。外の廊下をフィルチがぶつぶつと文句を言いながら通り過ぎていくのを聞き、全員がへたり込むようにして息を吐き出した。
「助かった……。ところでハリー、ここってどこだ?」
ロンの怯えたような声に、エリーがゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、エリーは全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。
そこは、学期始めにダンブルドア校長が「決して近づいてはならない」と警告した、3階の立ち入り禁止の廊下だった。
そして4人の目の前には、天井に届くほど巨大な、怪物の影がそびえ立っていた。それは、3つの頭を持った巨大な犬──地獄の番犬だった。
6つの鋭い眼光が、侵入者である4人を一斉に捉える。怪物が凄まじい唸り声を上げ、鋭い牙からよだれが床に滴り落ちた。
「……走って!!」
エリーが叫ぶと同時に、ハリーがエリーの肩を抱えて扉へと突き飛ばした。4人は転がるようにして部屋から飛び出し、鍵をかけるのも忘れてグリフィンドール寮の前の「太った貴婦人」の肖像画まで、ただひたすらに走り続けた。
息を切らしながら談話室に滑り込んだとき4人の制服は汗でびっしょりと濡れだった。
「あんなの、学校に置いておくなんて!」
ロンが怒りと恐怖で声を震わせる。
すかさず、ハーマイオニーが冷静に言った。
「あなたたち、あの怪物の足元を見ていなかったの? 扉の上に立っていたわ。きっと、何かを守っているのよ」
「守るって、何をさ?」
「そんなの知らないわよ! もう私は寝るわ。あなたたちのせいで命を落とすか、さもなくば退学になっちゃうわ!」
ハーマイオニーはぷいと階段を駆け上がっていった。ロンは呆れたように首を振ったが、エリーはハリーの隣にそっと歩み寄った。ハリーの緑色の瞳は、恐怖だけでなく、何か深い謎に突き動かされているように見えた。
「ハリー、大丈夫?」
「うん……。ごめんね、エリー。僕たちのせいで、君まで危険な目に遭わせて」
ハリーは申し訳なさそうにうつむいたが、エリーはまるで気にしてないふうに笑みを浮かべ、ハリーの冷たくなった手をそっと包み込んだ。
「ううん。ちょっと怖かったけど……楽しかった!ドキドキしちゃった!」
エリーの柔らかい手の温もりに、ハリーの胸の奥がじんわりと温かくなった。ハリーはエリーの目をまっすぐに見つめ、小さく、けれど強く頷いた。
しかし、この事件の後も、4人の関係が完全に平穏だったわけではない。
特に、生真面目で正論ばかりを言うハーマイオニーと、気楽に行きたいロンの相性は最悪だった。
◇
そして迎えた、10月31日のハロウィン。
大広間は、何千匹もの本物のコウモリが天井を飛び交い、くり抜かれたカボチャの中にキャンドルが灯る、幻想的な装飾に包まれていた。
しかし、グリフィンドールのテーブルに、ハーマイオニーの姿はなかった。
「ねえ、ロン。ハーマイオニーはどこ? 授業が終わってからずっと見てないんだけど」
エリーが心配そうに尋ねると、ロンは気まずそうにフォークを動かした。
「……さあね。昼間の『浮遊術』の授業のあと、僕が『あいつには友達がいないのも無理ない』って言ったのを聞かれちゃったんだ。午後の授業もずっと休んでる」
「ロン! なんて酷いことを言うの!」
エリーは珍しく強い口調で怒ると、席を立ち上がった。
「エリー、どこに行くの?」とハリー。
「ハーマイオニーを探してくる。あの子、きっと一人で泣いてるわ」
エリーは散々歩き回って、ようやく女子トイレの奥で、小さく鼻をすするハーマイオニーの声を見つけた。個室の扉をそっと叩く。
「ハーマイオニー、私だよ。アリス。……一緒にお部屋に戻ろう?」
「放っておいて、エリー。私、みんなに嫌われてるの……」
「嫌ってなんかいないよ。ロンだって、きっと言い過ぎたって反省してる。私は、ハーマイオニーのいつも一生懸命なところと、とっても賢いところが大好きよ!」
「……」
「ハーマイオニーの顔が見たい」「飾り付け見た?どれが本物でどれが幻か、分かる?」「ずっとここにいたら風邪ひいちゃうわ」「ハーマイオニーがいないとせっかくのご馳走も美味しくなくなっちゃう」
エリーが温かい声をかけ続けると、ようやく扉が開き、真っ赤な目をしたハーマイオニーが顔を出した。エリーが優しく微笑んで抱きしめると、ハーマイオニーはエリーの胸に顔を埋めて、再び泣き出した。エリーは、黙って彼女の背中を優しくさすり続けた。
その時だった。
ドスン、ドスン、と地響きのような不気味な足音が、廊下から近づいてきた。
同時に、古い靴下と誰も掃除していない下水が混ざり合ったような、胃の奥がひっくり返るほどのすえた悪臭が鼻をつく。
「……何、この匂い……?」
ハーマイオニーが顔を上げた瞬間、トイレの入り口に、身の丈3メートルはあろうかという巨大な怪物が現れた。
岩のような灰色の皮膚に、丸太のような太い足。手には巨大な木棍を握りしめている。
「トロール……!」
トロールは濁った目で2人を睨みつけると、雄叫びを上げて木棍を振り下ろした。
「きゃああっ!!」
2人はかろうじて横に転がったが、木棍は洗面台を粉々に粉砕し、破片が四散した。壁際に追い詰められ、恐怖で動けなくなるハーマイオニーの前で、エリーは必死に頭を働かせた。
「(ハーマイオニーを守らなきゃ……!)」
「こっちよ!」
エリーは床に落ちていた蛇口の破片を拾い、トロールの顔目がけて投げつけた。破片が鼻に当たると、トロールは怒ってエリーの方へと向き直った。
「エリー、だめ!危ない!」
トロールがエリーに向かって棍棒を振り上げたその瞬間、トイレの扉が勢いよく開いた。
「エリー! ハーマイオニー!」
駆け込んできたのは、ハリーとロンだった。大広間にトロールが出現したという知らせを聞き、2人がまだトイレにいることに気づいて、先生たちの目を盗んで走ってきたのだ。
「こっちだ、このマヌケ!」
ロンが叫び、反対側からトロールを挑発する。その隙に、ハリーは恐れを知らずにトロールの背後へと走り込み、その背中に飛び乗った。
ハリーはトロールの首にしがみつき、手あたり次第に杖を突き出した。運悪く、杖はトロールの鼻の穴の奥深くにすっぽりと突き刺さった。
「ギャアアッ!」
苦痛に悶えるトロールが激しく暴れ回る。ハリーは振り落とされそうになりながらも、必死にしがみついている。
「ロン! 何か呪文を!」
エリーが叫んだ。ハーマイオニーが「ビューン、ヒョイ、よ!」と続く。ロンはゴクリと唾を呑み、昼間の授業を思い出しながら、杖を大きく振った。
「ウィンガーディアム・レビオーサ!」
ロンの放った魔法が、トロールの手から離れた木棍を捉えた。木棍はふわふわと宙に浮かび上がり、トロールの頭の真上でピタリと止まった。そして、魔法が切れると同時に、トロールの脳天へと真っ直ぐに落下した。
ゴツン! と凄まじい音が響き、トロールはぐらりと揺れると、地響きを立ててその場に気絶した。
静まり返ったトイレの中で、ハリーは鼻の穴から引き抜いた杖をローブで拭い、ロンは自分の仕業が信じられないというように杖を見つめていた。
エリーはすぐにハーマイオニーのもとへ駆け寄り、彼女を抱き起こした。
「2人とも、怪我はない!?」
ハリーが息を切らせながら、真っ先にエリーの顔を覗き込んだ。エリーは少し腰を抜かしていたが、はっきりとした瞳でハリーを見つめ、満面の笑みを浮かべた。
「うん、大丈夫。ハリー、ロン、助けに来てくれてありがとう……!」
そこへ、足音を荒げてマクゴナガル教授、スネイプ、クィレル先生が飛び込んできた。
惨状を見たマクゴナガル教授は、怒りで声を震わせた。
「なんということですか! 一歩間違えれば命はなかったのですよ! 」
ハリーとロンが言い訳を探して口ごもったその時、後ろから小さな声がした。
「マクゴナガル先生、私のせいです」
ハーマイオニーだった。彼女はまっすぐに先生を見つめた。
「私が、本で読んだからって、自分でトロールを倒せると思って探しに来たんです。アリスは私を止めようとして付いてきてくれて……ハリーとロンが来なければ、私は死んでいました」
あの規則の塊のようなハーマイオニーが、2人をかばうために嘘をついたのだ。ハリーとロンは驚き、エリーは胸の奥が熱くなるのを感じた。
結果としてグリフィンドールは5点減点されたが、ハリーとロンの活躍により10点が与えられた。
先生たちが去ったあと、4人は静かな廊下を歩いていた。
「……あの、さっきはありがとう。助けてくれて」
ハーマイオニーが少し俯きながら、ハリーとロンに言った。ロンは照れくさそうに頭を掻いた。
「いいよ。……僕の方こそ、昼間は言い過ぎて悪かった」
2人がはにかみ合うのを見て、エリーはハリーと目を合わせ、クスクスと笑った。ハリーもまた、眼鏡の奥の緑色の瞳を優しく和らげて笑った。
重さ3メートルのトロールに一緒に立ち向かったその日から、ハーマイオニーは完全に彼らの『仲間』になった。
ハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてエリー。
暖炉の火が温かく迎える談話室へ戻っていく4人の背中には、もう誰一人として孤立する影はなかった。
真夜中のホグワーツ城は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
長い廊下には月光が格子模様の影を落とし、壁に掛けられた肖像画たちが時折、小さな寝息を立てている。
「静かに、ロン。足音が響いてる」
ハリーが囁き、後ろを振り返った。赤髪のロンは不満げにつぶやき、そのさらに後ろでは、ハーマイオニーがエリーのローブの袖をきつく握りしめている。
エリーは、アッシュブラウンの柔らかな髪を小さく揺らしながら、周囲の暗闇に注意深く目を凝らしていた。
4人がたどり着いたのは、マルフォイに指定された3階のトロフィー室だった。ガラスケースの中に飾られた記念盾やカップが、月明かりを浴びて鈍く光っている。
しかし、約束の時間を過ぎても、マルフォイの姿はどこにもなかった。
「……おかしいな。あいつら、遅すぎるよ」
ロンが鼻を鳴らしたその時、隣の部屋から床板を踏み鳴らすような足音が聞こえてきた。その足音に混じって、しわがれた低い声が響く。
「どこだ……どこかに悪ガキどもが隠れているな? 匂いでわかるぞ……」
「フィルチだ!」
ハリーの顔から血の気が引いた。管理人に見つかれば、今度こそ確実に退学だ。マルフォイは最初から決闘などする気はなく、ハリーたちを夜の廊下に誘い出してフィルチに密告したのだ。
「こっちよ、急いで!」
エリーが瞬時にハリーの腕を引き、4人はトロフィー室の反対側の扉から全速力で飛び出した。背後でフィルチの飼い猫であるミセス・ノリスの鳴き声が聞こえる。恐怖で心臓が早鐘を打つ中、4人は暗い廊下をがむしゃらに走り抜けた。
しかし、行き着いた先は、頑丈な木製の扉が固く閉まっており、行き止まりになっていた。
「鍵がかかっているわ! もうおしまいよ!」
エリーは絶望的な声を上げた。足音はすぐそこまで迫っている。その時、ハーマイオニーがハリーの手から杖をひったくるように奪い、鍵穴に突き立てた。
「アロホモラ!」
カチリ、と小さな音がして、扉が奇跡的に開いた。4人は中に滑り込み、音を立てないようにそっと扉を閉めた。外の廊下をフィルチがぶつぶつと文句を言いながら通り過ぎていくのを聞き、全員がへたり込むようにして息を吐き出した。
「助かった……。ところでハリー、ここってどこだ?」
ロンの怯えたような声に、エリーがゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、エリーは全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。
そこは、学期始めにダンブルドア校長が「決して近づいてはならない」と警告した、3階の立ち入り禁止の廊下だった。
そして4人の目の前には、天井に届くほど巨大な、怪物の影がそびえ立っていた。それは、3つの頭を持った巨大な犬──地獄の番犬だった。
6つの鋭い眼光が、侵入者である4人を一斉に捉える。怪物が凄まじい唸り声を上げ、鋭い牙からよだれが床に滴り落ちた。
「……走って!!」
エリーが叫ぶと同時に、ハリーがエリーの肩を抱えて扉へと突き飛ばした。4人は転がるようにして部屋から飛び出し、鍵をかけるのも忘れてグリフィンドール寮の前の「太った貴婦人」の肖像画まで、ただひたすらに走り続けた。
息を切らしながら談話室に滑り込んだとき4人の制服は汗でびっしょりと濡れだった。
「あんなの、学校に置いておくなんて!」
ロンが怒りと恐怖で声を震わせる。
すかさず、ハーマイオニーが冷静に言った。
「あなたたち、あの怪物の足元を見ていなかったの? 扉の上に立っていたわ。きっと、何かを守っているのよ」
「守るって、何をさ?」
「そんなの知らないわよ! もう私は寝るわ。あなたたちのせいで命を落とすか、さもなくば退学になっちゃうわ!」
ハーマイオニーはぷいと階段を駆け上がっていった。ロンは呆れたように首を振ったが、エリーはハリーの隣にそっと歩み寄った。ハリーの緑色の瞳は、恐怖だけでなく、何か深い謎に突き動かされているように見えた。
「ハリー、大丈夫?」
「うん……。ごめんね、エリー。僕たちのせいで、君まで危険な目に遭わせて」
ハリーは申し訳なさそうにうつむいたが、エリーはまるで気にしてないふうに笑みを浮かべ、ハリーの冷たくなった手をそっと包み込んだ。
「ううん。ちょっと怖かったけど……楽しかった!ドキドキしちゃった!」
エリーの柔らかい手の温もりに、ハリーの胸の奥がじんわりと温かくなった。ハリーはエリーの目をまっすぐに見つめ、小さく、けれど強く頷いた。
しかし、この事件の後も、4人の関係が完全に平穏だったわけではない。
特に、生真面目で正論ばかりを言うハーマイオニーと、気楽に行きたいロンの相性は最悪だった。
◇
そして迎えた、10月31日のハロウィン。
大広間は、何千匹もの本物のコウモリが天井を飛び交い、くり抜かれたカボチャの中にキャンドルが灯る、幻想的な装飾に包まれていた。
しかし、グリフィンドールのテーブルに、ハーマイオニーの姿はなかった。
「ねえ、ロン。ハーマイオニーはどこ? 授業が終わってからずっと見てないんだけど」
エリーが心配そうに尋ねると、ロンは気まずそうにフォークを動かした。
「……さあね。昼間の『浮遊術』の授業のあと、僕が『あいつには友達がいないのも無理ない』って言ったのを聞かれちゃったんだ。午後の授業もずっと休んでる」
「ロン! なんて酷いことを言うの!」
エリーは珍しく強い口調で怒ると、席を立ち上がった。
「エリー、どこに行くの?」とハリー。
「ハーマイオニーを探してくる。あの子、きっと一人で泣いてるわ」
エリーは散々歩き回って、ようやく女子トイレの奥で、小さく鼻をすするハーマイオニーの声を見つけた。個室の扉をそっと叩く。
「ハーマイオニー、私だよ。アリス。……一緒にお部屋に戻ろう?」
「放っておいて、エリー。私、みんなに嫌われてるの……」
「嫌ってなんかいないよ。ロンだって、きっと言い過ぎたって反省してる。私は、ハーマイオニーのいつも一生懸命なところと、とっても賢いところが大好きよ!」
「……」
「ハーマイオニーの顔が見たい」「飾り付け見た?どれが本物でどれが幻か、分かる?」「ずっとここにいたら風邪ひいちゃうわ」「ハーマイオニーがいないとせっかくのご馳走も美味しくなくなっちゃう」
エリーが温かい声をかけ続けると、ようやく扉が開き、真っ赤な目をしたハーマイオニーが顔を出した。エリーが優しく微笑んで抱きしめると、ハーマイオニーはエリーの胸に顔を埋めて、再び泣き出した。エリーは、黙って彼女の背中を優しくさすり続けた。
その時だった。
ドスン、ドスン、と地響きのような不気味な足音が、廊下から近づいてきた。
同時に、古い靴下と誰も掃除していない下水が混ざり合ったような、胃の奥がひっくり返るほどのすえた悪臭が鼻をつく。
「……何、この匂い……?」
ハーマイオニーが顔を上げた瞬間、トイレの入り口に、身の丈3メートルはあろうかという巨大な怪物が現れた。
岩のような灰色の皮膚に、丸太のような太い足。手には巨大な木棍を握りしめている。
「トロール……!」
トロールは濁った目で2人を睨みつけると、雄叫びを上げて木棍を振り下ろした。
「きゃああっ!!」
2人はかろうじて横に転がったが、木棍は洗面台を粉々に粉砕し、破片が四散した。壁際に追い詰められ、恐怖で動けなくなるハーマイオニーの前で、エリーは必死に頭を働かせた。
「(ハーマイオニーを守らなきゃ……!)」
「こっちよ!」
エリーは床に落ちていた蛇口の破片を拾い、トロールの顔目がけて投げつけた。破片が鼻に当たると、トロールは怒ってエリーの方へと向き直った。
「エリー、だめ!危ない!」
トロールがエリーに向かって棍棒を振り上げたその瞬間、トイレの扉が勢いよく開いた。
「エリー! ハーマイオニー!」
駆け込んできたのは、ハリーとロンだった。大広間にトロールが出現したという知らせを聞き、2人がまだトイレにいることに気づいて、先生たちの目を盗んで走ってきたのだ。
「こっちだ、このマヌケ!」
ロンが叫び、反対側からトロールを挑発する。その隙に、ハリーは恐れを知らずにトロールの背後へと走り込み、その背中に飛び乗った。
ハリーはトロールの首にしがみつき、手あたり次第に杖を突き出した。運悪く、杖はトロールの鼻の穴の奥深くにすっぽりと突き刺さった。
「ギャアアッ!」
苦痛に悶えるトロールが激しく暴れ回る。ハリーは振り落とされそうになりながらも、必死にしがみついている。
「ロン! 何か呪文を!」
エリーが叫んだ。ハーマイオニーが「ビューン、ヒョイ、よ!」と続く。ロンはゴクリと唾を呑み、昼間の授業を思い出しながら、杖を大きく振った。
「ウィンガーディアム・レビオーサ!」
ロンの放った魔法が、トロールの手から離れた木棍を捉えた。木棍はふわふわと宙に浮かび上がり、トロールの頭の真上でピタリと止まった。そして、魔法が切れると同時に、トロールの脳天へと真っ直ぐに落下した。
ゴツン! と凄まじい音が響き、トロールはぐらりと揺れると、地響きを立ててその場に気絶した。
静まり返ったトイレの中で、ハリーは鼻の穴から引き抜いた杖をローブで拭い、ロンは自分の仕業が信じられないというように杖を見つめていた。
エリーはすぐにハーマイオニーのもとへ駆け寄り、彼女を抱き起こした。
「2人とも、怪我はない!?」
ハリーが息を切らせながら、真っ先にエリーの顔を覗き込んだ。エリーは少し腰を抜かしていたが、はっきりとした瞳でハリーを見つめ、満面の笑みを浮かべた。
「うん、大丈夫。ハリー、ロン、助けに来てくれてありがとう……!」
そこへ、足音を荒げてマクゴナガル教授、スネイプ、クィレル先生が飛び込んできた。
惨状を見たマクゴナガル教授は、怒りで声を震わせた。
「なんということですか! 一歩間違えれば命はなかったのですよ! 」
ハリーとロンが言い訳を探して口ごもったその時、後ろから小さな声がした。
「マクゴナガル先生、私のせいです」
ハーマイオニーだった。彼女はまっすぐに先生を見つめた。
「私が、本で読んだからって、自分でトロールを倒せると思って探しに来たんです。アリスは私を止めようとして付いてきてくれて……ハリーとロンが来なければ、私は死んでいました」
あの規則の塊のようなハーマイオニーが、2人をかばうために嘘をついたのだ。ハリーとロンは驚き、エリーは胸の奥が熱くなるのを感じた。
結果としてグリフィンドールは5点減点されたが、ハリーとロンの活躍により10点が与えられた。
先生たちが去ったあと、4人は静かな廊下を歩いていた。
「……あの、さっきはありがとう。助けてくれて」
ハーマイオニーが少し俯きながら、ハリーとロンに言った。ロンは照れくさそうに頭を掻いた。
「いいよ。……僕の方こそ、昼間は言い過ぎて悪かった」
2人がはにかみ合うのを見て、エリーはハリーと目を合わせ、クスクスと笑った。ハリーもまた、眼鏡の奥の緑色の瞳を優しく和らげて笑った。
重さ3メートルのトロールに一緒に立ち向かったその日から、ハーマイオニーは完全に彼らの『仲間』になった。
ハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてエリー。
暖炉の火が温かく迎える談話室へ戻っていく4人の背中には、もう誰一人として孤立する影はなかった。